Clock Collector & Pacifist(完結)   作:ファルメール

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第33話 もう一人の狂人

 

「ひとまず、作戦は成功と見て良いでしょうか……」

 

 たきながスマホの画面をスライドさせていく。

 

 SNSは今、ひっきりなしに更新される書き込みで一杯だ。「延空木」「美少女ガンアクション」があっという間にトレンド入りしている。書き込みはどれもが「これCGじゃねぇの?」「本当に演技してる?」「って言うか撃ってるの実弾じゃね?」など、迫力満点な銃撃戦の感想だ。

 

 真島の狙いが配下のテロリストとリコリスとの戦闘の様子を記録・編集した映像を配信する事であろうという予想が立ち、それに対抗する策が先んじて映画に見せかけたリコリスの銃撃戦の模様を配信する事であった。それも血なまぐさいものではなく、あくまでもスタイリッシュに。それをやってのける可能性があるのは、千束と刹那であったのだが……二人は見事にやり遂げたという訳だ。

 

「これで、王手が掛かった筈……」

 

 これは王利絵の発言である。

 

 千束と刹那が壊滅させたのは恐らくテロリストの主力であり、もう真島側には満足な戦力は残っていないだろう。後は真島本人と予備選力に注意しつつ、恐らくはタワーに仕掛けられている爆弾処理を如何にして行うかという話の段階だ。

 

「よし、私達も上に行って二人と合流するぞ」

 

 延空木突入チームの総リーダーである刹那が千束と共に上に行っている為、階下で待機しているチームの指揮権は、残ったファーストであるフキへと委譲されている。彼女の指示に従い、リコリス達は全てのエレベーターと非常階段を併用し、複数のルートから二人の居るフロアへと移動した。

 

 トラップや待ち伏せの可能性も警戒はされていたが、やはり千束と刹那が抗戦したフロアに配置されていたのが主力であったのだろう。抵抗を受ける事も無く、合流する事が出来た。

 

「千束、大丈夫でしたか?」

 

 落ちていたファースト服を抱えたたきなが、相棒に走り寄っていく。

 

「ありがと、たきな。私もとうとう全国デビューだねぇ。転職しようかな」

 

 あははと笑いつつ、ファースト服を身に付ける千束。銃や武器を携帯するであろうリコリスの着用を前提としてデザインされている制服はワンピースタイプでしかもゆったりとしていて、ドレスの上からでも問題無く羽織る事が出来た。

 

「あんたは演技が苦手だから、やめときなさい」

 

 同じように制服に袖を通しつつ、刹那が言った。

 

「それじゃ全員揃った所で、親玉を捕まえに行くっすか」

 

「その指示を出すのは刹那だ」

 

 刹那と合流した事で指揮権を返上したフキが、サクラのともすれば越権行為とも問える発言を戒める。

 

「今はお前がリーダーだ、刹那。指示を……」

 

「えぇ、フキ……それでは……」

 

 最上層階への突入を指示しようとして……

 

「待って!!」

 

 千束の声が、それを遮った。

 

「なんだよ?」

 

 話の腰を折られたようで、ちょっと苛立ったフキが返す。

 

「こ、これ!!」

 

 スマホの画面を見せてくる。

 

「? 何です、千束……」

 

「これは……」

 

 画面には、椅子にぐるぐる巻きに縄で縛られて拘束されているシンジの映像が表示されてた。

 

「……背景の窓から見える風景は、延空木の上層階から見えるものです。吉松さんは、上の階で拘束されているようですね」

 

 淡々と、王利絵が分析・説明した。

 

「人質か……」

 

 どうしたものかと、吐き捨てるフキ。

 

 大きな目的の為には、多少の犠牲はやむを得ないと割り切る事も出来るだろうが……リコリスが人質を見殺しにする所を映像に残される可能性も警戒しなくてはなるまい。先ほどの王利絵の発言通り、既に大勢は決しているからここからは手堅く行くという手もあるが……判断は、中々難しい所だ。

 

 どうする? と視線を刹那に向ける。今のリーダーは彼女だ。

 

「刹那……」

 

 どこか縋るような目付きで千束も視線を送ってくる。

 

「うん……」

 

「あの、刹那。チームを動かす訳に行かないというなら私だけでも……」

 

「上に行くのは私、千束、たきな、王利絵の4名。それで真島の捕縛もしくは殺害と人質を救出するわ。ここの指揮権は再びフキへ移行。爆発物の捜索と、テロリストが逃げないように退路を封鎖して」

 

「刹那ぁ♪」

 

「了解しました」

 

「あーあ……やだなぁ……取り敢えず刹那さん、千束さん、たきなさん3人にはパラシュートを渡しておきますね。正規品、予備、予備の予備を、と……」

 

 上に行くチームに選ばれた3名はそれぞれの反応を返す。

 

「分かった。こっちは私に任せとけ」

 

 フキはいつも通りぶっきらぼうに4名を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 延空木最上階のVIPルーム。

 

 最高の景観が提供されるそこを、誰より早く堪能しているのはアラン機関のエージェント、吉松シンジであった。椅子に縛り付けられて自由が無いのが玉に瑕だが、確かに素晴らしい眺めである。

 

 だがそれも変化が無いのでは些か飽きてきた。

 

 階下では銃声が聞こえてきているから、待ち人が来るまでもう少しであろうという予感はある。

 

 エレベーターのドアが開くアナウンスの音が聞こえてきて……続けて、こちらへ向けて駆けてくる足音。

 

「ヨシさん!!」

 

 現れたのは余人にあらず。

 

 10年前から見守り続けてきた人殺しの天才だった。

 

「来てくれたんだね千束」

 

「だってあんな写真見たら……」

 

 話しつつも千束はリコリス制定バッグからナイフを取り出すと滑らかな手つきで、シンジを縛っているロープを切断していく。自由の身になったシンジは手首をさすりつつ、そして、

 

「奴は死んだか?」

 

 出し抜けに、そう言い放った。感謝の言葉も無く。

 

「えっ……?」

 

「私をこんな目に遭わせた真島を殺したか? 殺してくれたんだろう?」

 

「ヨシさんの期待に応えられなかったのは分かってるけど……でも、私は……」

 

「殺さなかったのか……なんだ、マザー・テレサにでもなったつもりか?」

 

「けど、私は……もらった時間で、誰かを助けたかったの。あなたが私にしてくれたみたいに」

 

 恩送りという言葉がある。

 

 恩をくれた人に恩を返す代わりに、その恩を誰かに施す事。自分を救ってくれた救世主に恩返しする事が出来ない千束が、人工心臓と共に贈られた銃と共に選んだ道がまさにそれ。人を助ける為に、その銃と自分の才能を使う事。

 

「私はそんな事の為に、壊れかけの人形のゼンマイを巻いた訳じゃない」

 

 ただそれは、恩を施した者の望む所ではなかったのだ。

 

「!! 人形……人形か……上手い事言うな、ヨシさん……」

 

「返してくれ。その銃は君に相応しくない」

 

「……」

 

 命をくれた救世主であるシンジの願いを、千束は断れない。

 

 愛銃を、銃身を握って持ち手をシンジに向けて差し出す。

 

 シンジもプロではないにせよ訓練を受けているのだろう。10年振りに自分の手に戻ってきた銃を、迷いの無い手付きで操ってマガジンを排出するとそこに装填された弾丸に目を落とす。込められていたのは、やはりミカが特別に作ったゴム弾頭の非殺傷弾だった。

 

「ミカめ……こんな物を……」

 

 ぼやきつつ、弾丸を装填し直す。新しく込められたのは、通常規格の実弾だ。

 

「君にはこの弾が相応しい」

 

 手の中で銃をくるりと回すと千束へと返す。そうしておもむろにネクタイを外すと、シャツの前をはだける。思わず、千束の目が見開かれた。露わになったシンジの胸部中央には、真新しい手術痕があったのだ。彼に持病があったとは聞いた事が無い……だとすれば……

 

「ヨシさん、そこに……」

 

「君の未来、新しい人工心臓はここだよ。私を撃って手に入れなさい」

 

 今、千束を生かしている人工心臓は製造当時の技術の限界で寿命は後2年ほど。だから刹那は戸籍を持たないリコリスには取得出来ないパスポートをあの手この手で手に入れて、それを探す為に外国に旅立とうとしていたのだが……新型の人工心臓は、既にあったのだ。実用化までされて。

 

 迫られたのは命の選択。

 

 自分が生きる為には、シンジを殺さなくてはならない。

 

「さぁ、躊躇うな。君の人生を、価値を取り戻すんだ」

 

「……」

 

 じっと、千束の視線が愛銃に落ちて……

 

 そしてシンジへと向く。

 

「分かった。撃つよ、ヨシさん」

 

 その言葉を聞いたシンジは破顔一笑する。この言葉が聞きたかったのだ。

 

「それでいい。君の才能が活かされる為なら、私は命を捧げるよ」

 

 ガチリという音がして撃鉄が起こされる。

 

 照準はシンジの眉間。銃口との距離は20センチ。目を瞑っていようと外しっこない。

 

 千束の指が、トリガーに掛かる。

 

「……でも、一つ言っておくよ、ヨシさん」

 

「うん? 何かな、千束」

 

「私は今から本気でヨシさんを撃つつもりだけど……私にヨシさんを殺すのは無理だと思う」

 

「? それはどういう……?」

 

「すぐ分かるよ」

 

 引き金に力が込められて……

 

 響くのは、一発の銃声。

 

 数秒ほど遅れて、カランと冷たい音が鳴る。

 

 千束の銃が彼女の手を離れて、床に転がった音だ。

 

「これは……」

 

「いつつ……」

 

 ほっと息を吐きながら、千束はさっきまで銃を握っていた手をニギニギと揉みほぐして痺れを落とそうとする。

 

「刹那ぁ。ちょっと遅かったんじゃない?」

 

「むっ」

 

 千束と、釣られるようにしてシンジの視線が同じ方向へと向けられる。

 

 そこに立っていたのは刹那。手にした銃の銃口からは硝煙が立ち上っている。たった今の銃声は彼女の銃から発せられたもの。発射された弾丸が、千束の手から銃を弾き飛ばしたのだ。

 

 今、千束は本気で引き金を絞るつもりだった。だが、刹那がそれをさせなかったのだ。

 

「ほら、言った通りでしょ? 私がヨシさんを殺そうとしても、刹那が私に殺しをさせてくれないの」

 

「……刹那ちゃん。君は千束とは十年来の友達だと聞いていたのだがね。君は千束に長生きしてほしくはないのかい?」

 

 自分を殺して新型の人工心臓を手に入れ、それを移植すれば千束はまだまだ生きられるのに。友達だと言うのなら、他人を傷付けても友達に生きて欲しいと願うのが本当ではないのか?

 

 しかし……

 

「えぇ。私は千束に長生きしてほしくないわ」

 

 即答で、刹那は言い切った。

 

「えっ!?」

 

「ええっ!?」

 

 この時は立場の違いも忘れてシンジと、千束の声が揃った。

 

「より正確には、長生きは二番目に千束にしてほしい事」

 

「……じゃ、じゃあ刹那……一番目は何?」

 

「決まってるでしょ。千束、あなたに幸せになってほしいのよ」

 

 またしても、刹那は即答した。

 

「言い方を変えるなら、人生が一番目、命は二番目という事かな。どんなに長生きしたって、やりたくもない事をイヤイヤやらされているような人生は、輝かないでしょ? それよりは悔い無く、やりたい事をやって、死ぬ時に生きてて良かったと思えるような人生を送ってほしいの」

 

「刹那ぁ……」

 

「成る程」

 

 友達に長生きしてほしくないと言い切ったのは驚いたが、聞いてみれば刹那の死生観・人生観にも一理はある。シンジは認めた。

 

「だが刹那ちゃん。君が千束に幸せになってほしいと思うなら尚更、千束には自分の才能を活かす道を進んでもらおうとは思わないかね?」

 

「……才能とは、千束が出来る事でしょ? でも残念ながら、それは千束のやりたい事と全く完全に一致していないようだけど?」

 

「やりたい事をする事が、願いを全て叶えれば必ず千束が幸せになれるというものでもないと思うがね」

 

「……それは、確かに」

 

 刹那は認める。

 

「ちょ、刹那!?」

 

「人生で役割が明確な人間は少ない。だが千束にはそれがあるのだよ。これほど幸せな事は無い!!」

 

 力説するシンジ。

 

「……殺しが、私の幸せなの?」

 

「そうだ、それによって君は世界と人類に貢献出来るのだから」

 

 シンジが、刹那に向き直る。

 

「そうは思わないかね?」

 

「一理ありますね」

 

 と、刹那。

 

「自分の才能を活かす事の出来る場で、誰かに必要とされて役立って称えられ、そうやって生きていく事。それが一つの幸せの形である事は、私も認める所ではあるわ」

 

「そうだろう?」

 

 シンジが我が意を得たりという表情を浮かべた。だが、刹那の言葉には続きがある。

 

「ただしそれはあくまで一つの幸せの形であり、万人にとっての幸せではない。あなたの言葉には確かに一理はあるが、それ以上ではない。それが万人にとっての絶対不変の真理のように語られるのは、傲慢だと思うわ。勿論、千束にとっても」

 

「では、千束にとっての幸せが何なのか。君はそれが分かるのかな?」

 

「分からないわよそんなの。幸せの形なんて人それぞれなんだから」

 

 開き直ったように、刹那は言う。シンジは、ここまで話を引っ張っておいて出てきた言葉がそんな月並みな言葉かと、失望を隠さなかった。

 

「ただ……」

 

「ただ?」

 

「私は千束の幸せが何なのかは分からないけど。でも、自分の生きたいように千束が生きて、そして死んだ時間で止まった時計を私の部屋に飾って、それで私が幸せになる自信は絶対にあるわ」

 

 力強く、刹那は言い切る。

 

「……」

 

「……」

 

 他方、千束とシンジは二人とも目が点になっていた。

 

 二人とも、今まで生きてきてここまで酷い台詞を聞いた事は無かったのだ。

 

「……なぁ、千束」

 

 疲れたように肩を落として、シンジが千束に語り掛ける。

 

「何? ヨシさん」

 

「……私が言うのも何だが、もう少し友達は選んだ方が良いんじゃないかな」

 

「……うん。私もちょっとそれ考えてた。刹那とは少し距離を置いた方が良いかも……」

 

「だが、一つ分かったよ」

 

 シンジがはだけたシャツのボタンを留め直していく。

 

「私は自分の行動は正しいとは信じているが、その一方で自分が狂人である事も自覚している……が、そんな私の上を行く狂人が、千束、君の傍に居たとはね……気付くのが遅かった」

 

「あはは……」

 

「えぇ、自覚してるわ」

 

「私は諦めた訳ではない、が……刹那ちゃん、君の目が黒い内は私の思い通りにする事は無理な事も分かった。だから待つさ。リコリスは常に殉職の危険と隣り合わせの仕事。そうして君のガードが外れたら、その時は千束の考えも変わるかも知れないからね」

 

 実質的な順番待ちの敗北宣言だった。刹那が健在な内は、自分は手出しをしないとシンジは約束したのだ。

 

「それまでは、あの喫茶店でのママゴトを楽しむが良いさ。モラトリアムも大切だ」

 

 ネクタイを締め直すと、シンジは二人に背を向けて非常階段へと歩き始めた。

 

「ヨシさん!!」

 

 千束の声に、シンジの足が止まる。彼が振り返ったのを確かめると、千束は深々と頭を下げた。

 

「10年前、私に命をくれた事、本当に感謝してます。だから……お達者で!!」

 

「あぁ、君もな。千束……」

 

 そうしてシンジは立ち去ろうとして、何かを思い出したように足を止めた。

 

「そう言えば……結局、真島はどうしたのかね? 彼はこの下の階に居た筈だが……」

 

「あぁ、それなら……」

 

「たきなと、王利絵に任せてるわ」

 

「……大丈夫なのかね。その二人で」

 

「心配ないわよ。史上最強のリコリスと、そのリコリスのパートナーであった私。その二人のパートナーなのよ? 上手くやるわ」

 

 そう、刹那が口にした瞬間だった。

 

 足下から衝撃と、それに伴う浮遊感が襲ってきて、鼓膜が破れんばかりの爆音が響き渡った。

 

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