Clock Collector & Pacifist(完結) 作:ファルメール
延空木上層階の展望室。
本日完成する新電波塔の中で、一般客の立ち入りが許されたスペースとしては最も高く、東京中を一望出来る最高の景観を提供する場所で、百人以上は入れるであろうその空間を独り占めするという贅沢を享受しているのは政治家でも芸能人でもなく、世間からは後ろ指を指される者。テロリストであった。
真島は空になった何本目かのジュースの空き缶を、ポイと放り捨てる。
くるくると空中を回り飛んだアルミ缶は、しかしゴミ箱の口には惜しい所で入らず、縁に当たって弾かれる。
真新しい大理石の床に落ちて冷たく気持ちいい音を立てて空き缶は転がって……そして、靴の爪先に当たって止まった。
「オウ、やっと来たか。リコリス」
テロリスト、真島が視線を上げるとそこには赤と紺の制服を着た二人のリコリス。千束とたきながそれぞれ銃を向けて立っていた。
「……もう二人か」
振り返りもせずに、そう言い切った。
実際に、エレベーターから降りてきた千束とたきなの反対、非常階段の側からはこちらもファーストとセカンドのリコリスコンビ。刹那と王利絵が真島に銃を向けていた。
「真島、ヨシさんは?」
些か落ち着きを欠いた千束が食い付くように尋ねる。
当然の反応ではある。シンジには、色々と思う所はあるだろうがそれでも千束にとっては命の恩人、救世主だ。そんな人が人質に取られているのだ。冷静ではいられないだろう。たきなはパートナーがいつも通りでない事を感じ取って、何かあった時はフォロー出来るよう、微妙に立ち位置を変えた。
「慌てるなよ。吉松なら上の階だ。見張りも付けてない……って言うか……」
投げやりに、真島は言い放った。
「もう俺だけだ。さっきのガンカタ、格好良かったなぁ。他の奴等は下に配置してたがみんなお前ら二人にやられた」
「……」
嘘ではないだろう。ここに来るまでにも、テロリストは居なかった。今更たった一人の人質の為に、大勢の部下を割いたりもしないだろうしする意味も余裕も無い。
「行けよ。追いはしねぇから」
尤も、追わせちゃくれねぇだろうがなと真島は言外に語っている。千束以外にもここにはたきな、刹那、王利絵が居る。
「……たきな」
「行ってください、千束。ここは私に任せて」
「……ありがと!!」
パートナーとアイコンタクトを交わし、千束はもう振り返らずにエレベーターに乗り込み、上の階へと移動していく。
「刹那さん、千束さんのサポートは私が……」
「上には私が行くわ。王利絵、あなたはたきなさんと一緒に真島を確保して」
「うぇぇ~……まぁ、分かりましたよ」
露骨に嫌そうな顔を見せたが、それ以上は不平を言う事も無く、王利絵は非常階段を上がっていく刹那を見送った。
こうして、この展望室には真島、たきな、王利絵の3人だけが残される事になった。
「両手を見える所に挙げて、膝を突きなさい!!」
「よせよ」
愛銃をぴったりと眉間に照準しつつたきなが警告するが、真島は少しも動ぜずに返した。
「悔しいがどのみち、この延空木の戦いはお前らDAの勝ちだ。俺に逆転の目はもう無ぇ」
言葉ほどは悔しくなさそうに、客観的な分析として戦争屋は淡々と言った。
「それにしても……10年前もそうだったが今回もまた見事に、してやられたぜ。特に……この延空木を爆破する作戦だけじゃなく、本当ならここで俺の部下とリコリスが銃撃戦を行う様子を記録して、それを編集してネットに流すつもりだったんだが……まさか、本来なら隠される筈のリコリスの存在を、そっちから明らかにしてくるのは……予想外だった」
「思い付いたのは私ですよ。上手い手だったでしょ?」
「……確かにすげぇがよ。普段から何食ってりゃ、そんな事思い付くんだ?」
「三食欠かさず、好き嫌いせずバランス良く食べる事……でしょうか」
「そっか……」
王利絵の回答は天然なのか皮肉交じりの回答なのか判別しかねるものだった。
「まぁベストとは行かなかったが、次善の結果は出てる。俺が吉松から追加で買った武器は既にコンテナに積み込まれ、船で海外へと輸出されている筈だ」
「それでそのどこかの国で戦火が上がれば、日本は武器の闇取引の舞台として格好の場であると全世界にアピールされ、安全神話が崩壊する、という事ですか……」
全く以て、真島の策はたきなの予想通りであった。
「だがあなたは、そのコンテナを追跡出来るデバイスか何かを持ってる筈だ。そうでなければ、その武器が日本を経由して持ち込まれた事を説明出来ない」
「オウよ」
懐をまさぐる真島。
たきなは銃をドロウしてくるのかと警戒して引き金に掛けた指に力を入れるが、真島は「安心しろよ」とゆっくりとした動きで、取り出したスマホを掲げた。
「こいつで、コンテナの現在位置が分かるようになってる」
「それを渡しなさい!!」
「焦るなよ。俺を殺して、奪い取りゃ良いだろ」
スマホをコートのポケットに入れると、真島は飲みかけのジュースをグイッとあおる。そうしてすぐ傍らに置いてあった栓が開いていない缶を王利絵に向けてきた。
「飲むか? 美味いぜ、このジュース」
「……遠慮しますよ」
「そっか……そっちのは……」
たきなを見る真島だが、王利絵以上に取り付く島の無さそうな彼女の様子を見てすぐに諦めた。
「それにしても少し驚いたぜ。正義の味方気取りの悪党が、お前らみたいなガキだったのにはな」
「悪党はテロリストであるそちらだと思いますが」
たきなの指摘を受けた真島はくっくっと喉を鳴らす。
「善悪の物差しは現代に於いては法だ。お前らリコリスは法の下に存在しているのか?」
「いいえ?」
どうしてそんな当たり前の事を聞くのかと呆れているように、王利絵は返した。
「リコリスは平和維持の為、法の外に存在するエージェント。法を超えているなんて何を今更。100年以上言うのが遅いですよ」
「法を超えている? ハハ、お前ら何様だよ」
「リコリスの存在によって平和は守られています。危険は最初から無かったものとして。それで十分でしょう」
「お得意の情報操作か。だが、危険が存在する事を知らなければ、人は平和の意味すら忘れてしまうんじゃねぇのか?」
「……あなたの言う事にも一理はありますね」
「なっ……?」
と、王利絵。たきなは同僚がテロリストの意見に同意を示した事に少し動揺したようだった。
「確かに人々が自分の意思で平和を掴み取る事が出来たのなら、それに越した事はありません。ですが、その為にはまず人々の意識を高めて、本当の意味で平和を願う必要があるでしょう。そして残念ながら、今の日本人はその段階に達しているとは言えない。それまでは、リコリスによってもたらされる歪な平和であっても十分と考えるべきです」
「……ふん、だが善悪の天秤というのはお前らみたいなのに操られるもんじゃない。バランスをとらなきゃな」
「だから自分がバランスを取ると? そっちこそ何様ですか?」
「それに善悪のバランスと言いましたが、それは話が逆ですね」
「……ほう?」
「秩序と混沌の天秤は釣り合っているべきでしょうが。でも歴史を見てもその力関係は対等ではありません。第一次世界大戦がたった一人の男の銃弾から始まったように、一人のバカは百人の賢者が何十年も掛けて営々必死に築き上げたものを一瞬にして吹き飛ばす。平和はそれだけ作り上げる事も維持する事も大変でしかも脆いもの。だから、秩序側はリコリスという裏技を使ってやっとフェアなんですよ」
実際にはそれでもまだ秩序側は分が悪いかも知れない。混沌側はたった一度、平和を破壊する事が出来ればそれで勝ちだが、秩序側にはそのたった一度の失敗も許されず平和を維持し続けていかなければならない。そもそもの勝利条件が違うのだ。
「……成る程、言うじゃねぇか。だが俺はどっちかと言えば混沌じゃなくて秩序側だぜ? さっきも言ったろ? 大事なのはバランスよバランス。善と悪、秩序と混沌、治と乱。どっちも勝らないように、弱い方の味方をしているだけさ」
「……あなたは戦争屋という事でしたが……戦争そのものと言った方が、適切ですね……」
「かもな。じゃあ逆に聞くがお前らリコリスはどうだ? 秩序を守る筈の人間が法の外に存在し、平和を守る為に人殺しをする。色々と矛盾が多いようだけどよ?」
「……リコリスは最初からDAにエージェントとして育てられます。矛盾多き存在として、それでもこの国の平和を守る為に。言わば、必要悪としてずっと昔からこの国の暗部に存在してきたもの……私は、そう思っています」
「そうか。そっちはどうだ?」
真島が、王利絵に向き直った。
「……他のリコリスは知らないですが、私にとっては矛盾とか必要悪とか、どうでも良いんですよ」
「えっ……王利絵さん?」
「と言うと?」
「私は平和主義者でね。平和が好きなだけなんです。ちょっとしたプール付きのお家に住んで、お金に不自由せずにほどほどに贅沢をして100歳まで慎ましくのんびり生きていく……そんなささやかな幸せだけが望みなんですよ」
「……それはささやかとは言わないと思いますが」
「……俺が言うのも何だが、お前さんも結構俗だな」
立場を超えて、リコリスとテロリストは二人とも王利絵には呆れたようだった。
「なのに孤児である私はリコリスとして育てられ、物心付いた時から訓練訓練、そしてリコリスになった後は任務任務、それでやっとファーストになって少しは自分の裁量で自分の命を守れるようになったと思ったら失敗続きで降格されて、そしたら死ぬような任務ばかり受け持つとんでもない支部に飛ばされる……!! 全部あなた達テロリストのせいだ」
「い、いや……特に後半は俺のせいじゃないと思うけどな……文句ならDAに言ったらどうだ?」
逆恨みどころか言い掛かりに近い王利絵の恨み節を聞かされて、真島も少したじろいでいるようだった。
「……私は平和が好きだと言ったのは本当ですが……逆に言うとね。私の平和を乱されるのが、私だけの平和を乱してくる奴が、大嫌いなんですよ」
ガチリと、撃鉄を起こす音が展望室に響く。
「だから、私だけの平和を乱す奴は許さない。殺しますよ」
「どんな平和主義だよ、そりゃ……」
ドン引きした真島は、やれやれと首を振った。
「だが……最後は生き残った方が正しい、か。良いねぇ。分かり易くて好きだぜ。そういうのは」
真島は、ちょうど手にしていた栓の開いていない缶ジュースを王利絵に向けて思い切り投げ付ける。
「!!」
王利絵は、素早くトランクケースを手元に引き寄せるとそれを盾にするように身を隠した。缶は彼女の頭の上を通り過ぎていく。
「っ!!」
たきなが反射的に愛銃を連射するが、間一髪真島の動きの方が早かった。身を翻して腰掛けていたシートの裏側に退避すると、それを持ち上げて即席の盾にした。そこに隠れつつ、懐から取り出したリモコンのスイッチを入れる。
重々しい機械の駆動音が鳴り響いて、窓から差し込む陽光が少しずつ陰っていく。
火災発生時に窓を封鎖する為の、防火シャッターが降りているのだ。この展望室の360度全ての窓に。
「それじゃあ始めるかリコリス。これがこの延空木の、最後の戦いだ」