Clock Collector & Pacifist(完結)   作:ファルメール

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第36話 不死身の王利絵

 

<チームベータ、爆弾の解体終わりました!!>

 

<チームガンマ、3つ目の爆弾を発見、引き続き解体作業に掛かります!!>

 

<チームデルタ、テロリスト達の拘束と武装解除を完了。クリーナーの到着を待ちます>

 

「分かった、こっちも4つ目の爆弾を発見した所だ。一つも残すなよ」

 

「了解っす!!」

 

 延空木内部。

 

 チームアルファの部隊指揮官であると同時に、刹那から突入したリコリス達の総指揮権を委譲されているフキの元には、それぞれ別ルートから延空木に入った他のリコリス達からの状況報告が矢継ぎ早に飛び込んでくる。

 

 それらの報告に適切な対応を返しつつ、フキは自分のチームに視線をやって状況確認に移る。

 

 この延空木に侵入したテロリストの排除と、仕掛けられた爆弾の発見及び、解体作業は順調に進んでいる。チームリーダーを務める事も多いファーストリコリスとして、フキは状況が終了するまでは常に最悪の事態を想定するように思考にクセを付けているが、それでもここからは逆転が起きる余地は無い。

 

 少なくとも延空木が爆破・倒壊するのはもう起こり得ない。テロリスト達の最大の目的は、もう挫かれている。

 

 後は、上に行った4人が上手くやるかどうか。

 

 ベストはテロリストの親玉である真島を捕縛して、奴が持っているであろう銃器の行方を追跡出来るデバイスを回収する事だが……

 

 この場が片付き次第、自分達も上に向かうつもりであるが、それまでにはもう決着が付いてしまっているだろう。

 

「千束、たきな、刹那、王利絵……少なくとも死ぬんじゃねぇぞ……」

 

 誰にも聞こえないように、呟いたその時だった。

 

 ドォン!!

 

 天井を伝って衝撃と爆音が襲ってくる。

 

 リコリスとして経験豊富なフキは、すぐにこの衝撃の伝わり方からこれは爆弾が弾けた際のものであると把握する。

 

 延空木を破壊するのにベストのポイントは既に割り出されている4カ所で、全てに突入したリコリスのチームがそれぞれ配置されて爆弾解除の作業を行っている。実際に、それらのどこにも大量の爆弾が設置されていた。

 

 だとするならこの爆発は?

 

「上にも爆弾が仕掛けられてたか? それとも誰かが爆弾を使ったのか……?」

 

 フキがひとりごちて……

 

「た、たきな!!」

 

 エリカの悲鳴が上がった。

 

「どうした!!」

 

 セカンドリコリスは、蒼白な顔で窓ガラス越しに外を指差している。

 

「い……今……たきなが落ちていった……」

 

「な、何だと!?」

 

「嘘ぉ!?」

 

「マジっすか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 600メートル以上の空中に放り出された王利絵、たきな、真島の3人。

 

 たきなは反射的に手を伸ばすが、指先から延空木までは軽く数メートルはある。とても届かない。

 

 ここは東京のどんな建物よりも高い電波塔の上層階。

 

 重力加速度を計算に入れた場合、およそ11秒強で3人は地面とドッキングする。

 

「くっ……!!」

 

 しかしこの状況は想定内だ。

 

 想定内の中では最悪に近いケースだが、それでも想定内。

 

 たきなは制定バッグから伸びている紐を思い切り引っ張る。

 

 王利絵から渡されていたパラシュートがバッグを突き破る勢いで開いて、思い切り空気抵抗を受けた事でたきなの体は急減速。上へ向かってグンと引っ張られるような感覚がする。

 

「はぁ……」

 

 と、たきなが大きく息を吐いて安堵したのは一瞬。

 

 すぐに王利絵と真島はどうなったのか。そちらへと意識を移す。

 

「てめぇ、リコリスゥゥ!! うおおおおおおぁぁあああ!!!!」

 

 真島は……奴は、パラシュートは持っていなかったのだろう。くるくると回りながら、どんどん小さくなって町並みの中へとその姿は消えていく。残念ながらこれで奴が持っているデバイス回収は出来なくなった。とは言えそれは最善の目標であって奴を始末するという次善の目的は達成されている。

 

 瞬時にその判断を下すと、たきなは王利絵を探す。

 

 自分と同じセカンドリコリスの制服は、すぐに見付かった。

 

「王利絵さん!! 早くパラシュートを!!」

 

「分かっています」

 

 リコリス育成課程の他にも独自にスカイダイビングの訓練を積んでいる王利絵は少しも慌てず、先ほどのたきながそうしたようにぐいっと紐を引く……

 

 これでたきなと同じように、王利絵のバッグからもパラシュートが開く。

 

 かに、思えた。

 

 その、筈だったのだが。

 

「不良品……故障……!!」

 

 開かない。

 

 王利絵の目がくわっと見開かれた。

 

 前日の装備チェックはきちんとやっていたのに。

 

 普段の王利絵であれば、こんな高層タワーでの任務に当たって命綱と言えるパラシュートは当然複数持ってきている。

 

 だがここに来るまでに、正規のパラシュートは刹那に、予備のパラシュートは千束に渡していて、予備の予備のパラシュートは今、遙か上にどんどん遠ざかっているたきなの背中に開かれている。今、王利絵が使っているのは予備の予備の予備のパラシュートだった。それが動作不良を起こすとは。

 

「……っ!!」

 

 パラシュートによって降下中で、身動きままならないたきなが声にならない悲鳴を上げる。

 

 手を伸ばすが、掴む事は叶わず王利絵の姿はさっきの真島と同じく、みるみる小さくなっていく。

 

 その王利絵だが、凄い速さで風が体を叩いていて体感温度がどんどん低くなっていく中で、それよりも冷たく素早く、思考を回す。

 

 前の地下鉄の時と言い、現在と言い、どうやら自分は運には見放されているようだ。

 

 だが、決して絶望したりはしない。

 

 世界最高のテロリストは、プロの条件は10パーセントの才能と20パーセントの努力と30パーセントの臆病さ、残る40パーセントは運であると語っている。これを聞くと、才能・努力・臆病さ、つまり慎重さのどれよりも運の要素が強いと取れる。

 

 だが、これにはもう一つの意味もある。才能と努力と臆病さを全て合わせれば60パーセント、仮に才能が全く無くても50パーセント。運を上回る事が出来るのだ。才能は分からないが、少なくとも努力と臆病さに関しては王利絵は最大級のものを持っていると自負している。

 

 その積み上げてきたものを使い、奇運、不運、悪運全てをねじ伏せて、

 

「私は……生きる!!」

 

 王利絵はもう一つの相棒であるトランクをぐいっと引くと、まるでボードに乗るサーファーのように空中でその上に立つ。

 

 そうしている間にも、眼下に見える町並みや人の頭は、もうしっかりと一つ一つが識別出来るまでに距離が近付いてきていた。

 

 チャンスは一度、そして一瞬。全てはタイミングで決まる。

 

 早鐘を打つ心臓、思考を支配しようとする恐怖。

 

 そんな頭や体へのノイズを、王利絵は全てカットする。恐怖は本来死から遠ざかり、生きる為の感情なのにそれが自分を死に追いやるなど本末転倒。

 

 既に地面までは、50メートルを切っているだろう。

 

 今や道を行く人の視線は呆然と、全て彼女に向けられているのが分かる。

 

「私は……死なない!!」

 

 ひったくるように眼鏡を外して、放り捨てる。

 

 と、同時にトランクの取っ手を思い切り引っ張った。

 

 瞬間、今まで落ちるばかりだった体が一気に浮遊感を得る。

 

 トランクの、王利絵が立つのと反対側の面から、光線が発射されたのかと錯覚するような炎が迸った。

 

 これが王利絵の奥の手、最後の手段。彼女愛用のトランクには一度限りの切り札として指向性爆薬が仕込まれているのだ。

 

 本来は対戦車ミサイルを撃ち込まれた時に、戦車のリアクティブアーマーのように爆発の反作用を抑えて被害を小さくする為の装備だが、王利絵はこれを臨機応変に使いこなしている。地下鉄の時は、道を塞ぐ瓦礫を吹き飛ばす為に。そして今は、その爆発の衝撃によって落下の加速度を相殺する為に。

 

 王利絵の理性や本能に刷り込まれた生存の為の欲求は、確実な死まで10秒そこそこという極限状況に在っても瞬時に最適解を弾き出し、彼女を生存させる為に動く。前の任務でビルから飛び降りた時もそうだった。

 

 そして、上へ行く指向性爆薬の力が重力と釣り合って、上がりも下がりもしない、完全な浮遊状態となったその瞬間、王利絵はトランクと自分の手首を繋ぐ手錠を外すと、跳躍。

 

 またしても襲ってくる落下の感覚。今の高さはおよそ3階の建物ぐらいか。それでも、落ちては命は助かっても怪我は免れない高さだが……しかも下は固いアスファルト。

 

 足が地面に触れる瞬間、王利絵は踏ん張るのではなく膝を突き、そこから倒れ込むように全身で衝撃を受け、更に回転するように体を動かしてエネルギーを逃がす。五接地転回法と呼ばれる着地のテクニックである。王利絵は着地時の衝撃を、五等分してケガを免れたのだ。そのまま素早く、すぐ立ち上がれるような体勢を取る。

 

「ふうっ……」

 

「お、王利絵ちゃん……?」

 

「ん……」

 

 九死に一生どころか、九千九百九十九死に一生を得た王利絵の頭の上から、聞き覚えのある声が降ってきた。

 

 顔を上げると唖然とした顔で目を点にしてそこに立っていたのは、喫茶リコリコ常連客の一人、漫画家の伊藤であった。

 

「あぁ、伊藤さんこんにちは。締め切りは大丈夫ですか?」

 

「う、うん……王利絵ちゃんは、その……どうして空から降ってきたの?」

 

 恐らく伊藤は人生の中でこんな質問を口にする機会が来るとは思っていなかったのだろう。自分でも何てマヌケな事言ってるんだと言いたげな顔だった。

 

「話せば長くなるんですが……すいませんがちょっとそこ、三歩ばかり退いてもらえますか?」

 

「え? えぇ……」

 

 言われるままに伊藤が退いて、王利絵がすっと手を伸ばすと……伸ばしたそこに、眼鏡が落ちてきて手に収まった。さっき空中で外して、放り捨てたものだ。王利絵はそれをスチャッと装着すると、天を仰ぐ。

 

 そこに見えるのは、そびえ立つ延空木と上りゆく太陽。

 

「フッ……決まった……空は果てしなく青く……太陽がいやに眩しいな……」

 

 まさに死地からの生還。目に映るもの全てが色鮮やかに見違えるように見えても不思議ではない、むしろ自然な反応、その感覚を楽しむ王利絵であったが……

 

「?」

 

 不思議な事が起こった。

 

 丸い太陽の一角に何か……穴が空いたように黒い点がある。

 

 日食……な、訳はない。じゃあ何だろうと思っている間にも、どんどんとその黒い点は大きくなっていって……

 

「はっ!!」

 

 その正体に気付いた時は、遅かった。

 

「ぐえっ!!」

 

 鈍い音がして、王利絵はぶっ倒れた。

 

 空に見えていた黒い点は、王利絵が手放した愛用のトランクだったのだ。空中で投げ出されたそれが落ちてきて、今、彼女の脳天に直撃。

 

「お、王利絵ちゃん!?」

 

 有り得ない事が立て続けに起きて混乱している伊藤が、倒れた王利絵に駆け寄るが……

 

「ふっかーつ」

 

 何事も無かったように、王利絵は立ち上がった。

 

「だ、大丈夫なの……その、あんなのが落ちてきて頭に当たったのに……」

 

「えぇ。ご心配痛み入ります。でも大丈夫ですよ。ほら」

 

 そう言って王利絵は頭に手をやると……

 

 おもむろに、黒髪のポニーテールの髪型がずるりと動いて、その下から坊主頭が現れた。

 

「な、あ……お、王利絵ちゃん、その、髪は……?」

 

「見ての通りカツラです。ただし特別製で、中に鉄板と衝撃吸収の為のゴムを仕込んでいますがね」

 

「カ、カツラ……?」

 

「えぇ」

 

 何を当たり前の事をと言いたげに、王利絵は説明する。頭はあらゆる生物にとって最も守るべき急所の中の急所。そこに何の防御もせずに、普段の生活やまして任務に赴く訳が無いのだ。

 

「は、はぁ……」

 

 あまりにも想像を超えた事が起こりすぎて、伊藤は固まってしまっている。

 

 そんな彼女にひとまず興味を無くしたように、王利絵はスマホを取り出して、現在突入チームを指揮しているフキへと電話した。ワンコールもしない内にフキは通話に出て、彼女だけではなく背景でも、恐らくはサクラやエリカだろう、リコリス達が大騒ぎしているのが雑音から分かる。

 

 矢継ぎ早の質問を適当に捌くと、王利絵は最も重要な言葉を紡いだ。

 

「最善の結果とは言えませんが……取り敢えず真島を排除して、こちらに死者は無し……ひとまずは……ミッション・コンプリートです」

 

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