Clock Collector & Pacifist(完結)   作:ファルメール

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最終話 海外に咲く彼岸花

 

 ヨーロッパ、サンクトリヒ共和国某所。

 

 数年前からこの国では反政府ゲリラが横行していて、国内の治安は乱れに乱れている。これに対して政府軍は人員も装備も十分とは言えない状態が慢性的に続いていて、それが更にゲリラの勢力を拡大させるという悪循環に陥ってしまっていた。

 

 対して、ゲリラとしてはこの分ではいずれ政府を転覆させる事も十分視野に入るとして、気の早い事ながら幹部達の間では少し前までは新国家のポストを決める為の会議なども頻繁に開かれていたものだ。

 

 しかし、ここ最近ではそういった浮ついた空気はどこへやら霧散し、上から下までピリピリとした雰囲気が流れている。

 

 理由としては、数週間前から次々とゲリラ達の拠点が襲撃されて潰されているからだ。そこに配属されていたメンバーは、ほぼ全てが政府軍に捕縛されている。ついこないだは師団施設が複数潰されたという報告があった。水が上から下へと流れるように、これなら次は必ず最大規模の拠点であるこの司令部へと攻めてくるだろうとこれは誰でも予想できることであった。

 

 やったのは政府軍の特殊部隊か、はたまた傭兵か、国連軍か。

 

 そうしたまことしやかな噂がささやかれて、配備された兵士達は夜を徹して警備に当たっていたが……

 

 何事も無いまま太陽が山間から顔を出すのに、僅かに遅れてあくびを噛み殺した一人の兵士が、陽光を背に立つ人影を捉えた。

 

 数は二。同じデザインの、色違いの服を着た女。一方は傍らにトランクケースを持っているようだった。

 

 その内、赤い服を着た方がしずしずと進み出てくる。

 

 既に、彼女の方からもライフルやサブマシンガン、機銃で武装した警備の姿は見えている筈なのに。それを恐れる様子は微塵も無い。

 

 眠気を感じていた者も少なくなかった兵士達だが、それも一瞬にして飛んだ。

 

 訓練されて、目を瞑っていても出来る動作で得物を構え、闖入者へと銃口を向ける。

 

「動くな!!」

 

「手を上げろ!!」

 

 大声で幾人かが怒鳴った所で、赤い服の女はようやく歩みを止めた。

 

 無抵抗を示すように、すっと両手を頭の高さに掲げて、その手が頭上で組まれて……

 

 そして、銃声。

 

 僅かに見えたマズルフラッシュから十発近くが鳴り響いた筈だが、長い一発に思えるぐらいの早撃ちだった。

 

 数秒ばかりのラグを置いて悲鳴が上がり、見張り櫓や高台に配置されていた兵士が、ばたばたと地面に落下する。

 

 いつの間にか、女の両手には拳銃が握られていた。

 

 銃が仕込まれていたのは、服の襟首。正面から死角となったそこに隠されていた二挺拳銃に、女は降伏して両手を掲げたと見せかけ、剣術の居合いのように抜き撃ちしたのだ。しかもそれで百発百中の命中精度。

 

 たった一瞬の出来事だったが、この敵の脅威をゲリラ達に教えるには十分だった。

 

 兵士達には動揺が走ったが、それでも未だ数の利は自分達にある事で自らを奮い立たせ、銃を構え直す。

 

 しかし発砲よりも早く、女の方が動いた。走り出す。

 

 当然、彼女を狙ってゲリラ達が一斉射するが……しかし、当たらず。

 

 弾丸が避けているような、いや、弾丸が通らない隙間・回廊が女には見えていて、そこを通っているように。

 

 女が、銃撃を一発。

 

 銃弾は機銃を持つ兵士の肩に命中し、ぐらついた体の動きに連動するように機銃の向きが変わって、銃口は味方の方を向く。その状態でも指は引き金に掛かったまま、弾丸は吐き出され続ける。

 

 必然、フレンドリーファイアが起こってゲリラの陣地から悲鳴が上がる。

 

 そうして防衛の布陣が乱れたその瞬間、女は走りながら両手の銃からマガジンを排出。空になった拳銃を空中へと放り投げる。同時に、取り出したマガジン二つも同じように空中へと。前に走りながら跳躍、バク転する。

 

 空中で、ジャグリングのように拳銃へとマガジンが装填され、女はそれを空中で回転しながら見もせずに二つともキャッチ。そのまま連射。着地よりも早く二つのマガジン全ての弾丸を撃ち尽くす。

 

「うわっ!!」

 

「ぐわっ!!」

 

「ぎゃっ!!」

 

 そのような不安定でターゲットをまともに目視出来ない体勢ながら、されど必中。ちょうど弾丸の数と同じだけの数のゲリラが、死にはせずにしかし動けなくなるであろう絶妙の位置に弾丸を撃ち込まれ、行動不能に陥っていた。これで、兵士達の警戒網は無力化された。

 

 と、物陰から何やらくぐもったような重低音が聞こえてくる。

 

 重々しい音と共に姿を現したのは、型落ちとは言え戦車だった。ゲリラが運用するにしては破格に過ぎる兵器であると言える。

 

 ここで、もう一人の紺色の服を着た方の女が動いた。

 

 トランクケースを手首の力だけでひょいと抱え上げるとしゃがみ込んで右足で体重を支えつつ、ピンと伸ばした左足でバランスを取った安定感のある姿勢となり、取っ手に付けられたボタンを押す。

 

 すると、トランクケースが中央から真っ二つに開いて、その隙間から対戦車ミサイルが発射された。

 

 噴煙を残しながら飛んだ小型ミサイルは、正確な照準で戦車に向かって飛んでいって、爆発。吹っ飛んだ砲塔が10メートルも舞い上がった。さっきまで動いていた戦車は、あっという間にスクラップへと変わる。

 

 続いて聞こえてくるのは、攻撃ヘリのローター音だったが……

 

 赤い服の女は警備兵の一人が持っていたFA-MASを手にすると、銃口を上に銃身を抱き締めるように支え、トリガーを引いて一連射した。

 

 

 

 

 

 

 

「あぁもう、いつまでこんな事が続くんですか?」

 

「例の、海外流出した武器の所在が掴めるまでよ」

 

 ぶっ潰したゲリラ基地からせしめたジープに揺られながら、ハンドルを握る王利絵がぼやく。愛銃を整備する刹那が、淡々と返した。

 

 最近、ゲリラ基地を次々潰していたのは余人に非ず、この二人であった。

 

 本来、戸籍を持たないリコリスはパスポートが取れないので、当然ながら海外に出る事も無い。今回、この二人が海外に来ているのは特例中の特例措置であった。

 

 半年前の延空木事件で、ほとんどのテロリストは捕縛出来たものの、主犯である真島は地上600メートル以上から落下して死体も見付からずに生死不明。奴が持っていた、海外に流した武器を追跡出来るデバイスも所在不明。

 

 つまり、海を行き交う船のどれかに日本を中継して集められた武器一式が詰め込まれたコンテナが積載されて、世界のどこかを彷徨っているという恐ろしい状況になってしまったのだ。もしそれがどこかの国に流れ着いて、そこで使用されて戦火が上がれば日本は武器密売の中継地としては絶好の場所であると全世界にアピールされたに等しく、安全神話は根底から崩壊する。

 

 追跡出来るデバイスは真島が持っていたそれ一つとは限らない。奴が万一の保険として、延空木に居なかった部下に予備のデバイスを渡していたとしても不思議はない。少なくともその可能性はある。

 

 故にDAとしてはその前に流された武器を回収しなければならなかったが……その任務を与えられたのが、刹那と王利絵であった。

 

 二人は以前に楠木司令との取引で正規品の偽造パスポートを持っていたので、その意味でもうってつけであった。刹那としても、海外に出て新しい千束の人工心臓を探しに行く機会を常日頃狙っていたので、その任務に志願。刹那と契約している王利絵に同行し、二人はDAから各国の諜報機関に短期間出向するという体を取って海外の紛争地帯へと赴き、そこの武装勢力を襲撃しつつ真島が流した武器の行方を追っているのである。

 

「はぁ……リコリス憧れの海外旅……出張が、こんな事になるなんて……」

 

 もう毎日のようになっている泣き言を口にしながら、本日何度目かになる溜息を吐く王利絵。

 

 それでも、これが終われば刹那が持っている政治家や権力者のアキレス腱と成り得る情報を手に入れ、それをダシに取引して新しい戸籍をゲット、リコリスから足を洗って平穏な生活を送る。そんな希望があるからこんな毎日各国のテロリストやゲリラを潰して回るような生活をも甘受している訳だが……

 

「あ、そうだ……千束達に連絡を入れないと……」

 

 刹那はバッグから取り出したタブレットを、スマホと同期させると登録番号を入力する。

 

 数回のコールの後で、相手が電話に出た。

 

 タブレットの画面が呼び出し中の電話マークの表示から、相手側のカメラ表示に変わる。

 

 画面に大映しになったのは千束だった。

 

<あ、刹那。元気?>

 

 ただし、着ているのは喫茶リコリコの和服でもなければリコリス制服でもなく、さりとて私服でもない。病室着だった。良く見ると背景もどこかの病室のベッドの上のようだ。ぴくりと、刹那の片眉が動く。

 

 まだ、千束の人工心臓が寿命を迎えるには一年半ほどの時間がある筈だったが……でも十年前に造られた物である。そろそろ何らかの不具合が起きても不思議ではない。何かあったのだろうかという、不安が顔に出たのだろう。画面の中の千束があははと笑い、服の胸元をぐいっとまくった。

 

「!」

 

 胸部中央には、絆創膏が貼られていて腕の良い外科医が執刀したものであろうが僅かに手術痕も見える。

 

 開胸手術の痕だった。

 

「千束……あなた、それ……」

 

<実はこの前、ヨシさんがやって来てねぇ……>

 

 言い辛そうに千束が苦笑いして、日本で誰かがスマホをひったくったのだろう。画面が揺れて、今度はたきなの顔がアップになった。

 

<二週間前に吉松がやって来て、新しい人工心臓と執刀医を手配したと言ってきたんですよ>

 

「なっ……」

 

 続いて、画面がミカへと移った。

 

<シンジが言うには、刹那、お前が死ぬより先に千束に死なれては困るという事でな。アラン機関としては、千束の才能が無為に失われるのを容認する訳には行かない、との事だ>

 

 あの時、延空木でシンジは刹那が生きている間は千束に殺しをさせるのは無理であろうと、実質的に順番待ちの敗北宣言はしたものの……まだ諦めてはいないようだった。あるいは刹那がそうそう容易くは死なないであろうと見て、長期戦の覚悟を固めたのか。

 

<ボクも情報の裏取りをしたが、近日中にこの技術は世界中に公開される予定らしい。だから今後は人工心臓が故障した場合のバックアップも可能になる訳だ。量産も視野に入るだろう>

 

 と、クルミ。ちなみにこの通話は彼女が組んだシステムによって人工衛星を経由して世界中どこでも屋外からなら圏外無し、同時に強力な秘匿性を保っている。

 

<ま、そーいう訳だから、あんた達が人工心臓やそれを造れる技術者を探して回る必要は無くなったって訳よ。一度戻ってきなさい>

 

 最後に病院だと言うのに一升瓶片手に顔の赤いミズキが画面に取って代わって締めた。

 

<私も、常連さん達も二人が帰ってくるのを待ってるから。だから早めに帰ってきてね~>

 

 再び千束の手にスマホが戻ったのだろう。胸元を直した彼女がバストアップになって、ヒラヒラと手を振ってくる。

 

「えぇ。出来るだけ……近い内にね」

 

 ふっと微笑した刹那のその言葉を最後に、通話が切れる。

 

 そうしてタブレットをバッグに仕舞った所で、

 

「刹那さん!!」

 

 王利絵が目を輝かせる。

 

 そもそも刹那が海外に出たがったのは、千束の新しい人工心臓を探す為だった。もしくはそれを造れる技術者を。王利絵は契約上、刹那のアシスタントとして同行している形である。だがその必要が無くなったという事は、自分達のこの海外出張も中止になるのでは……

 

「言っておくけど、日本に戻るのはまだ先の話になるわよ」

 

「ですよね」

 

 そんな甘い期待は、刹那の一言によってハードパンチャーの凄まじいアッパーを食らったグラスジョーのボクサーのアゴのように粉々になった。

 

 がっくりと肩を落とす王利絵。

 

「次はマチュピチュでのゲリラ潰し、その次は北のシビルスカでのテロリスト掃討、更にその次は砂漠のアルハリで……」

 

 手帳要らずの抜群の記憶力で、この先の海外出張の予定をそらんじていく刹那。王利絵は「もういいです」とそれを中止させた。そしてもう一度、大きな溜息。

 

「はぁ……もうやだ、こんな生活!! なんで私ばっかりこんな目にぃ……」

 

「それはあなたの才能のせいね」

 

 刹那が、あまりにもあっさりと言い切った。

 

「才能ですか、私の?」

 

「そう。あなたは私よりも優秀なリコリスよ」

 

「は……」

 

「ただし、あなたは肝心な時に役に立つ……いや、肝心な時にしか役に立たない。だから、常に肝心な時に置く。簡単な理屈でしょ。きっと楠木司令にもそれが分かっていたのよ。この海外出張にあなたの同行が許されたのはね……」

 

「そんなぁ……」

 

 涙目になる王利絵。

 

 今の彼女は千束の気持ちが少し分かる気がした。誰よりも殺しの才能があるけど殺しをしたくない千束。誰よりも肝心な時には訳に立つけど、肝心な時になど居合わせたくない自分。出来る事、やりたい事、やらねばならない事が全て一致している人間など極少数、どれかが重なっている事すら幸運なのだと以前に聞いた事があったが……それは本当だなと思った。

 

「あぁもう!! 私の平穏を返せぇぇ~~~っ!!」

 

「そもそも平穏の中に居た事なんか無いでしょうに、あなた」

 

 王利絵の鳴き声と終始冷静な刹那のツッコミは二人以外の誰の耳にも入る事はなく。

 

 軍用ジープは沈み行く夕日に向かって、走っていった。

 

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