Clock Collector & Pacifist(完結)   作:ファルメール

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第04話 刹那と王利絵

 

「ところで刹那さん。私達はこのセーフハウスで一緒に生活する事になるかと思いますが……」

 

「えぇ、そうなるでしょうね。安全の上でも」

 

 リコリス棟でもそうだが、リコリスは原則二人同室で生活するのが基本である。有事の際に、夜間はどちらか一人が見張り役を務めて交代で睡眠を取る為だ。

 

 だが……

 

 呆れ顔で、何度か照明のスイッチをオンオフにする王利絵。照明が付いたり消えたりはしない。電気が止まっているのだ。

 

「ちょっと失礼」

 

 台所に入って蛇口を捻ると、水が出ない。水道も止められている。多分ガスもだろう。

 

「どうしてライフラインが全部止まってるんです? 仮にも支部だからDAから支援金が出てる筈だし、依頼の報酬だってある筈でしょう?」

 

「いや、私お金は持たない主義だし……」

 

「……」

 

 これ以上問答しても埒が明かないと考えたらしく、王利絵はスマホに登録された情報部の番号に電話を掛けた。

 

 内容は刹那及びこの支部に支給されている金額と、その使途について知りたいというものである。

 

 機密ではあるだろうがそう深度の深いものでもなかったらしく、一時間もしない内に回答が返ってきた。

 

「……お金を持たない主義ってそういう事ですか」

 

 何の事はない。刹那は振り込まれた全ての金額を、その日の内に全て使い切ってしまうのだ。

 

 弾丸や銃の整備に必要な資材などだけを先に確保して、後は高級料理店で満腹になるまで食べたり、ソシャゲに課金したり、匿名で福祉団体に寄付したり。用途にはまるで一貫性が無い。

 

 情報部からのデータには、刹那の口座の金銭の出入りの記録が添付されていたが、同日に同額の出し入れのみで残高は常にゼロ。普通は水道や電気代、通信費などが日ごとに引かれているものなのに、その口座データからは生活感が全く読み取れなかった。

 

 しかしただの浪費癖という訳でもない。

 

 普通、浪費して無一文になると言ってもそれは文字通り所持金が0円になるのではなく、実際には100円未満の、持っている内に入らないぐらいの端金は残っているものである。刹那は、常にその日の内に現金もデータも、全ての所持金が完全に0円になるようにしているのだ。だから金額を調整する為に、わざわざ複数のスーパーの特売をはしごしたりもしていた。

 

「真面目ですか、律儀ですか、あなた」

 

「だって私達リコリスは、明日死んでもおかしくないじゃない? 1円だって残していたら悔いが残る。勿体無いでしょ」

 

「まぁそうかも知れませんが……」

 

 だから着任初日、栄養失調で乾いて死に掛けていたのだ。そして王利絵に「今日は特別にお金を持っている」と言ったのは、こういう事だったのだ。

 

「それに……」

 

「それに?」

 

「ほら、私は刹那だし。今さえ良ければそれで良いのよ」

 

 王利絵は聞いて損したという顔になった。

 

「上手い事言ったつもりですか。とにかく一人暮らしの時はそれでも良かったでしょうが、私と同室になったからにはそんな生活をされては私にも迷惑が掛かります。少なくとも一緒に住んでいる間は改めてくださいよ」

 

「分かったわ」

 

「よろしい。ところで刹那さん。ここはペットOKですか?」

 

 あまり大きな動物でなければ大丈夫だと刹那が答えて、王利絵が持ち込んだのは金糸雀と熱帯魚だった。

 

「鳥や魚が好きなの?」

 

 水槽に餌を入れながら、尋ねる刹那。

 

「金糸雀は毒ガスを検知する為。熱帯魚は水道水の水質変化をチェックする為です」

 

「あ、そう……」

 

 こうして始まった同居生活だったが、しかし生活を改めろと言われてもそういう口約束は踏み倒されて有耶無耶になるのが常で、王利絵もそれは半ば覚悟していた。

 

 しかし意外、刹那は本当に生活を改めた。

 

 口座にきちんとお金を残すようになり、電気水道ガスがちゃんと部屋に通るようになった。

 

 炊事洗濯掃除は交代で行うようになったが……しかしここでも、問題では無いが変わった事が起きる。

 

「……」

 

 ある日の朝、食卓を挟んで向かい合う二人。

 

 王利絵の前には、トーストにサラダ、オレンジジュースにコーンスープにゆで卵に紅茶と、それなりのホテルで出されてもおかしくないような手の込んだ豪勢な朝食が並んでいる。一方で刹那が食べているのはコンビニ弁当である。しかも蓋に付いているラベルを見ると、賞味期限がかなり過ぎていた。

 

 今日の食事当番は刹那だった。

 

 別に今回だけに限った事ではなく、刹那は自分は腐った物を平気で食べるが、王利絵には手が込んだ美味しい手作りの食事を出してくる(その食事を毎回SNSにアップしていて、「いいね!」が沢山付く)。

 

 掃除をすれば自分の部屋は時計で足の踏み場も無いのに、共同生活スペースと王利絵の部屋は専門の業者顔負けにチリ一つ無くピカピカにする。

 

 洗濯をすれば自分の服は適当に水洗いするだけだが、王利絵の服はきちんと分け洗いしてアイロンを掛けて、糊付けまでする。

 

 そんな生活をしばらく続けて、確信する王利絵。

 

『あぁこの人、自分の事はズボラだけど他人については別人格になるタイプだ……』

 

 そうして、自分がこの支部に配属された事をもう一度考えてみる。

 

『まさか楠木司令、刹那さんが一人暮らしで孤独死するのを防ぐ為に、私をここに飛ばしたんじゃあるまいな……』

 

 有り得ない話ではない。貴重な戦力であるファーストリコリスが任務中の殉職ならいざ知らず、食事するのを忘れて孤独に衰弱死など、笑い話にもなりはしない。

 

「そう言えば、一つ聞いて良いですか刹那さん」

 

「ん、何?」

 

 王利絵は、壁を見渡して尋ねる。そこには無数の時計が掛けられている。

 

 三日でもう慣れてしまったが、よくよく考えると異様な光景である。

 

「時計を集めるのが趣味なのは分かりますけど、どうしてここの時計は全て止まっているんですか? それに、差している時刻もバラバラだし」

 

 沢山の時計が並んでいるのは見た事はあるが、そういうのは例えば東京・パリ・ワシントン・カイロなど各国主要都市の時間に合わせられたりしているのが多かった。10分置きとかになっているのかとも思ったが、そうした規則性は全く見られない。

 

「あぁそれ」

 

 期限切れでヨーグルトになった牛乳を紙パックから直接スプーンで口に運びながら、刹那が答える。

 

「それはね、リコリスが死んだ時刻よ」

 

「え……」

 

 固まってしまう王利絵をよそに、刹那はスプーンで相棒のすぐ後ろに掛かっている時計を差す。

 

「9年前の6月11日、14時19分。それは私の最初の相棒だったセカンドリコリスが死んだ時刻。7歳年上のお姉ちゃんでね。組んだ最初の日から、私を可愛がってくれた。最期までね。私を庇って、蜂の巣にされたのよ」

 

 刹那が持つスプーンは、淀みなく動いていく。

 

「4年前の11月30日、0時5分。私の最初の教え子だったサードリコリスが死んだ時刻。良く笑う子でね。刹那さんみたいになるんだ、刹那さんみたいに強くなって、みんなの平和を守るんだって、いつも私の後ろを子犬のように付いてきてね。でも最初の単独任務で、テロリストと相打ちになった」

 

「……」

 

「8年前の3月3日、4時34分。その前に一度、一緒に仕事をしたチームのファーストリコリスとセカンド2名、サード3名が殉職した時刻。今度一緒に打ち上げをしようって約束してたのに、破られてしまったわね」

 

「……」

 

 王利絵は聞くんじゃなかったと後悔した。朝からこんなクソ重い話を聞かされるとは。自分はそれと知らず霊廟で生活していたのか。いつも楽しみにしていた刹那の手作り朝食が、今は一口でも食べたら吐きそうに思えた。

 

 それにしても……

 

「刹那さんはここに並んでいる時計の、全部のリコリスの事を覚えているんですか?」

 

 明日会おうと約束したのが、最後に見た同僚の姿だったというのはリコリスにとって珍しい話ではない。王利絵もそうして、先輩や同僚を何人も見送ってきた。だから刹那が相棒や後輩の事を覚えているぐらいはまだ分かるが……たった一度、一緒に仕事をしたチームの事も覚えているとは?

 

「えぇ、顔も名前も略歴も、全てね……知っての通り、リコリスは戸籍が無いし死んでも最初から居なかった事にされる。だから葬式なんてものは当然挙げられないし、お墓を作る事も出来ないからね。だから、時計に死んだ時刻を残して、私一人が覚えているぐらいは、せめて……ね」

 

 王利絵は、はっとして左手に巻いた腕時計を見た。着任初日に、刹那から贈られたプレゼントだ。

 

「じゃあ、この時計も……」

 

「えぇ。あなたが死んだ時、その時刻で止まった時計がここに飾られる。私は死ぬまであなたの事を忘れない。だから安心して。寂しくないよ」

 

『うっわっ、キッモっ』

 

 心の声が表情に出ないよう、王利絵はコントロールに苦労した。

 

 どうして刹那のような優秀なリコリスが、DA本部に居ないのかが分かった。危険な任務を請け負うだけなら、本部に居たって出来るだろうに。

 

 腕は良いし、任務はちゃんと遂行するし、この時計の収集も個人の趣味だから、本来なら他人がとやかく言う筋合いではない。だがこんな趣味を持った奴が近くに居れば、他のリコリスの精神衛生上良くないに決まっている。かと言って趣味を禁止してしまえば、モチベーションに影響するかも知れない。

 

 だから支部を作るという名目で、隔離しているのだ。

 

『死んだリコリスの時間をコレクションか……この人、完全にイカレてるよ』

 

「頭がおかしいのはお互い様でしょ?」

 

 少しも気を悪くした風でもなく、優しく笑いながら刹那が言った。

 

『心を読まれた?』

 

「顔に書いてあるわよ。隠そうとしても、隠そうとしてるのが良く分かる。あなたポーカーには向いてないわよ」

 

「はぁ……」

 

「この前、私がボディーソープを切らせていたのに気付いて、あなたに渡しに行った時の事、忘れてないわよ」

 

 刹那の視線が、壁に穿たれた幾つかの穴へ動いた。弾痕だ。

 

「あぁ、あれ」

 

 王利絵は気まずそうな表情になった。

 

 その日、刹那が先に入浴を済ませて王利絵が風呂に入っていたのだが、刹那はちょうど自分がボディソープを使い切ってしまった事を思い出して、買い置きの物を渡そうと、同性である事もあって浴室へ入ろうとした。

 

 そして、銃声がしてバスルームのガラスが吹き飛んだ。

 

 反射的に後方へと跳躍して銃撃を避けた刹那は、転げ回って愛銃を取ると物陰に身を隠す。

 

「ごめんなさい、刹那さん。今のは誤射です」

 

 濡れた体で風呂場から出てきたのは、モデル顔負けの見事なプロポーションの裸体に手榴弾3つが付いたホルスターを巻き、手には拳銃を持った王利絵だった。彼女が手にしていたのはH&K P11。電気発火方式の、水中用拳銃だ。

 

「な、なんでお風呂入ってるのに銃を持ってるの!?」

 

「風呂やプールとか、非武装の所を狙われたらひとたまりもないでしょう。逆に敵はそういう時をこそ狙って襲ってくるものですから。だから私はいつでもお風呂はホルスターを付けたまま入っているんです」

 

 不気味な格好である。と言うか、殆ど変態だ。

 

「あなた、本部では他のリコリスから避けられてたでしょう」

 

 自分が大浴場に入っていて、そこで王利絵が現れたらと想像すると……

 

「人望はあった筈なんですがねぇ」

 

 こんな二人だが、それでも任務の度に死にそうになりつつも何とか共同生活を営んで一月あまりが過ぎる。

 

 

 

 

 

 

 

 その日の朝。

 

 早起きした刹那は着信を知らせるスマホをワンコールで取った。

 

「あぁ、先生ですか。お久し振りです。どうしたんです? こんな朝から」

 

<刹那、トラブルが起こった。既に千束も行っているが、念の為にお前達も向かってくれ>

 

「分かりました。すぐ向かいます」

 

 電話を切ると、まだ寝ている王利絵を起こしに寝室へと入る。

 

 ベッドの上で王利絵は、右手に拳銃、左手にはM16を手にしていびきを掻いていた。

 

「用心深いわね、相変わらず。殆ど病気よ、これは……」

 

 呆れ顔で、刹那は大きな溜息を吐く。

 

 ちらりと視線を窓に向けると、慎重過ぎる彼女には似合わず窓の鍵が外れている。だがこれは王利絵のトラップなのだ。窓のすぐ下にはピアノ線が張られていて、それは壁を伝っていて、天井に伸びて、最後には天井に据え付けられ窓に向けて照準されたステアーTMPへと辿り着く。

 

 つまり侵入者がうっかり窓を開けたが最後、サブマシンガンの乱射に晒されるという訳だ。とんでもない仕掛けである。

 

「それでも、勿論セーフハウスの中というのもあるだろうけど……寝室の入り口に仕掛けてないだけ、信用されてるのかなぁ」

 

 自嘲するようにそう呟き、寝ぼけた王利絵が撃ってきても対応出来るよう心構えすると、少し大声を出した。

 

「起きなさい、王利絵!! いつまで寝ているの!!」

 

「うーん、刹那さん。おはようございます」

 

 寝ぼけ眼の王利絵が、目をこすりながらむくりと起き上がった。幸い、両手の銃を刹那に向けてくる事はなかった。

 

「ふわあぁ……」

 

 眼鏡を掛けて、あくびしながら王利絵は窓へと歩いて行って……

 

「え……」

 

「今日も良い天気ですよ。空気が美味しい」

 

 窓を開けた。

 

「こらバカ!!」

 

「はっ!!」

 

 咄嗟に、二人とも飛び退って頭を低く身をかがめる。

 

「わあっ!!」

 

「ぬおおっ!!」

 

 上がる二色の悲鳴。トラップが作動して、天井のサブマシンガンが火を噴いた。

 

 弾雨が、一瞬前まで二人が居た空間を薙いでいた。窓ガラスが、フレームごと跡形も無く吹っ飛んでしまう。

 

「……きょ、強烈な目覚ましだったでしょう。一発で目が覚めました」

 

 引き攣った顔で、王利絵が言った。

 

「危うく永遠に眠る所だったわ!!」

 

 刹那が怒鳴る。セーフハウスの中で死ぬなど、それこそギャグにもならない。

 

 言いたい事は山ほどあるが、だが今は仕事が先だ。時間が惜しい。

 

「はぁ……まぁ良いわ。お説教は後、準備しなさい」

 

「仕事ですか?」

 

 王利絵はビデオの早回しのようなスピードで、ようやく馴染んできたセカンドリコリスの制服を着ながら全身に銃を装備していく。

 

「えぇ。銃取引現場を押さえようとしたリコリスのチームが苦戦しているらしい。私達もサポートに行くようにとの命令よ」

 

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