Clock Collector & Pacifist(完結)   作:ファルメール

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第05話 密売現場の攻防

 

 刹那達のセーフハウスから銃取引の現場の廃ビルは比較的近場であり、スクーターで急行。千束よりも、彼女達の方が先に到着したようだ。

 

「こちら刹那。現着、状況は?」

 

<あまり良くないな。セカンドが一人、人質に取られてる>

 

「了解。場所は?」

 

<ビルの6階だ。急いでくれ。千束が来るにはまだ時間が掛かるが、売人達が痺れを切らし始めている>

 

「分かりました」

 

 通話を切ると、刹那はすぐ後ろを走る王利絵を振り返った。

 

 いつも通りもう一つの相棒とも言えるトランクケースを担いでいるが、拳銃だけが装備の刹那に決して遅れずに非常階段をすいすいと上ってくる。降格されたとは言え、伊達にファーストの赤服を着る事を許されていた訳ではないのだ。

 

「現場は6階よ。リコリスが人質に取られてるらしい」

 

「じゃあいつも通りの作戦で行きますか。私がバックアップ、刹那さんが前衛という事で」

 

 これはコンビを組んでからこっち一月の間で、受け持った全ての任務を成功させてきたフォーメーションである。抜群の射撃技術を持つ刹那が前に立ち、王利絵は後方で露払いを務める。単純ではあるが、このチームの必勝形と言って良かった。

 

「……いや……今回、前に立つのは王利絵。あなたよ」

 

「えぇ」

 

 セカンドリコリスの表情が目に見えて曇った。

 

 

 

 

 

 

 

 渦中の廃ビル6階は、今や一触即発と言って良かった。状況は混沌としつつも張り詰めていて、たとえ誰かがクシャミ一つしたとしても、爆発してしまいそうだ。

 

 床のあちこちには武装した銃密売人達の死体が転がっている。そして生き残った数名が、床に跪かされたセカンドリコリスの後頭部に銃を突き付けていた。

 

「オラ聞いてんのか!! こんなに殺りやがって!! 10秒だ、そっから出てこい!! こいつぶっ殺すぞ!!」

 

「フキ……」

 

「命令は待機だ……!!」

 

「でもエリカが……!!」

 

「構わず撃って!!」

 

「10……9……8……」

 

「分かった、分かった、分かりました。出て行きます!! だから彼女を撃たないでください!!」

 

 行き詰まって煮詰まった状況に埒を明けたのは、フキ達が隠れているスペースからは別の出入り口からの声だった。

 

 両手を挙げたセカンドの紺服を着たリコリスが、進み出てきていた。

 

「王利絵……!!」

 

 彼女の姿を認めたフキが思わずそう呟いて、遮蔽物からぎりぎり顔を出すと周囲を見渡そうとする。応援が来たのだ。王利絵は転属して刹那のパートナーになった筈だから、彼女もすぐ近くまで来ているのだろうか。

 

 だが、隠れたままでは視界が限られる事もあって、刹那の姿は見えなかった。あるいは刹那もここからは見えない所に身を潜めているのかも知れない。

 

「よーし」

 

 一人とは言え、要求に従う良い子ちゃんが居た事に密売人達は機嫌を良くしたようだった。またこれで殺し屋連中にとって人質作戦が有効である事が証明された。そしてたった一人なのと、二人以上居るのとでは人質の価値も違ってくる。

 

 だが、彼等の目は王利絵の右手に握られた拳銃を見落としてはいなかった。

 

「銃を捨てな」

 

「……」

 

 僅かに躊躇った後、王利絵はゆったりとした動きで、手にした銃を床に置いた。

 

「言われた通り捨てましたよ」

 

「持っているのは一挺だけか? 笑わせるな」

 

「!!」

 

 ぎくりとした内心を映したように、王利絵の顔が引き攣った。それに合わせて、密売人はしてやったりという表情になる。

 

 先ほどよりも少し長い時間、考えるように動きを止めた後で、王利絵はまた動いた。

 

 まず右腕の袖をまくって、仕込んでいたスリーブガンを外し、捨てる。

 

 続いて左腕にも、同じように。

 

 そして左右の腰に隠していた小型リボルバーを、一挺ずつ取り出して捨てる。

 

 王利絵の動きは、密売人達を刺激しないようにゆっくりだが、これにはもう一つ狙いがあった。

 

「うまいぞ。一挺ずつ銃を捨てる事で、時間を稼いでいる」

 

 今の内に何とかエリカを救出する手段を講じなければと、フキはインカムに呼びかける。だが砂嵐のような雑音が返ってくるだけだ。先ほどからの通信障害が、未だ続いていて司令部とは連絡が取れない。

 

 同じチームのセカンドリコリス・篝ヒバナも密売人達の隙を伺っていた。彼等の注意は今は王利絵に集まっているが、エリカを人質にしている男は引き金に指を掛けていて、たとえ一撃で頭を撃ち抜いたとしても反射的に指が動いて発砲されるかも知れない。迂闊に動けなかった。

 

 だから二人とも、もう一人のチームメイトの動きには気付かなかった。

 

「……」

 

 一方で武装解除を進めながら、王利絵は視界の端でその動きを捉えていた。だが密売人達に違和感を持たれぬよう、銃を捨てる動きを止める事はしない。

 

 結局、背負っていたリコリスの制定バッグ(これも王利絵が独自に改造して銃を収納するスペースを広く取っている)に入っていた物を含めると、自動拳銃が10挺にリボルバー6挺、デリンジャーは8挺、ナイフが12本と折り畳み式鎖鎌が一式に仕込み分銅一本、強化プラスチック製のトンファーにヌンチャク、手榴弾が6発にプラスチック爆弾が1個、果てはモーゼルM712まで出てきた。交換用のマガジンや銃弾も合わせると更に量が増える。

 

 流石にこれほどの量を隠し持っているというのは予想外だったのだろう。先ほどまでは仲間を殺された怒りに茹でダコのようになっていた密売人達も、今は阿呆のようにあんぐりと口を開けてしまっている。

 

「お前、運び屋か?」

 

 これは正常な反応だと言える。どちらが銃の密売人なのか分かりゃしない。

 

「それで全部か?」

 

「はい、これで全部です」

 

「よし……おい!!」

 

 顎をしゃくって仲間の一人に合図する。

 

 用心深い動きでその合図された男は王利絵に近づくと、脇の下や胸元などに固い物はないかをボディータッチして調べていく。その途中でわざとらしく、王利絵の胸を掴んで揉みしだいた。

 

 王利絵はホールドアップの姿勢のまま、されるがままにしている。表情にも動きは無い。

 

 時間を掛けて、ボディーチェックは完了した。

 

「大丈夫だ。もう武器は持ってない」

 

「よし、じゃあ服を脱がせろ。上も下も全部だ」

 

 着衣を奪うのは武器を隠し持てないようにする為や、対象の羞恥心や屈辱感を煽って動きを制限するには有効な手段である。だがそれ以上に彼等が下卑た欲望を満たそうとしているのは、こんな鉄火場に居ると言うのに緩んだ表情、伸びた鼻の下を見れば明らかだった。

 

「聞いただろう? 服を脱げ」

 

「……それは」

 

 流石に王利絵が躊躇ったようだった。

 

「こいつの頭が弾ける所見てぇのか!!」

 

 エリカに銃を突き付けた男が、唾を飛ばしながら叫んだ。

 

「みんな、私に構わないで!!」

 

「フキ、これ以上は……!!」

 

「っ……!!」

 

 最後に下された命令は待機、新しい指示は来ていない。しかし未だ通信障害が治まらない以上、ここまで来たら現場の判断も止む無しか。くそったれと心中で吐き捨てる。もうやるしかない。

 

「行く……」

 

「分かりました」

 

 この行動の全責任を負う覚悟で、フキが射撃指示を出すよりも王利絵が了承の返事をするのがコンマ1秒だけ早かった。

 

 頭の高さに掲げていた手をゆっくりと下ろして、まず制服のベルトに掛ける。

 

「へへへ……」

 

 王利絵の眼前の男はこれから始まるストリップ劇場を想像して舌舐めずりして……

 

 カチャッと金具の音がする。

 

 そして、キラリと何かが光った気がした。

 

 その後で、景色がくるくると回り始める。

 

 見えるのは、頭を失った胴体が血の噴水を出しながら崩れ落ちる様と、銀色の細長い板のような物を握っている殺し屋の姿だった。そして彼の視界はブラックアウトした。

 

「えっ?」

 

「な……」

 

 人間、予想を超えた出来事を目の当たりにすると、誰もが思考が白く塗りつぶされて、固まって動きを止めてしまう。密売人もフキ達も、敵味方の立ち位置を超えて同じ反応を見せる。

 

 逆に言えば起こった事が予想通りであったのなら思考を止めずに動けるという事。

 

 意識と思考の間隙を縫うようにして、銃声。

 

 弾丸はエリカの頭に密売人が突き付けていた拳銃を、正確に射貫いて弾き飛ばした。

 

「!! 刹那!!」

 

 いち早く我に返ったフキの視線の先に居たのは、草臥れて褪色した赤服を着たファーストリコリス。刹那だった。ほんの少し狙いが逸れればエリカの頭をぶち抜いていたろうが、お約束や訓練ではなく実戦で銃口さえ狙い撃つ彼女の射撃技術である。拳銃のような大きな目標など居眠りしながらでも当てられたろう。

 

 銃声と、人質に突き付けていた銃が吹き飛ばされた事で、注意の逸れる時間は一瞬。

 

 だがその一瞬で、王利絵は次の行動を起こしていた。

 

 胴体だけになった男の死体を踏み越えると、制服を脱いでカッターシャツ一枚の姿に。そして跳躍。

 

 そのままエリカを人質にしていた男の胸に飛び蹴りを入れて吹き飛ばすと、エリカに覆い被さるようにして脱いだ制服をマントのように使い、二人の体全体をカバーした。

 

「良いですよ、撃って!!」

 

 王利絵のその声に「OK」と返す代わりに、ジャキッとレバーを引く音がする。

 

「!! たきな!?」

 

 フキのチームメンバー最後の一人。井ノ上たきなが、この取引現場に置かれていた軽機関銃を腰だめに構えていたのだ。

 

 刹那が、流れ弾を避ける為に再び身を隠す。

 

 そして、轟音と共に恐ろしい破壊力が解き放たれた。

 

「ひ、ひいいいいいっ!!」

 

 その火力の最も近い所に居る王利絵は、左手でエリカの頭を押さえて可能な限り身を低くさせ、右手は制服をしっかりと支えていた。理論上は大丈夫な筈だがそれでも怖いものは怖い。涙目になって悲鳴を上げながら、この嵐を乗り切ろうと必死だった。

 

 時間にしてほんの数秒。だが当事者には随分と長く感じた。

 

「……もう、大丈夫、ですよね?」

 

 銃声が鳴り止んで更に数秒のラグを置いて、おっかなびっくり、制服を掴む手を上げて亀のように顔を出して周囲の様子を伺う王利絵。

 

 窓ガラスは全て無くなって風通しが良くなっていた。

 

 密売人達は、一人残らず血塗れになって倒れている。全員、ピクリとも動いていない。

 

 追撃の銃弾が飛んでこないのを確認すると、気を配りながら用心深く立ち上がって 制服を羽織る。王利絵の制服は防御面積を少しでも広くする為に裾を長めにして、内側にケプラー材をたっぷり縫い込んだ彼女手作りの防弾仕様になっていた。これだけで10キロ近い重量があるものの、実験ではライフル弾もストップさせたスグレモノである。

 

「おい、大丈夫かエリカ!!」

 

「う、うぅ……」

 

 ヒバナが駆け寄って、チームメイトを助け起こす。エリカは、まだ頭の上を機銃掃射が通り抜けていったショックが抜けていないようだった。だが、目立った外傷は無く命に別状は無さそうだ。

 

「……これは、腰帯剣か。私も実物は初めて見たわ。こんな物まで隠し持っているとは」

 

 お見それしましたとでも言いたげな刹那が、王利絵が床に放り出した得物を手に取る。

 

 銀色の細長い金属板にも見える剣だった。刃先が薄く、刹那が軽く手を振ると刀身もペラペラとたわむように動いた。

 

 これは中国発祥の暗器で、非常に良くしなるのでベルトに偽装した鞘に収め、腰に巻いて携帯する仕込み刀だ。

 

 王利絵は密売人に言われて、服を脱ぐ為にベルトを外すと見せかけて、抜き打ちのようにこれを振るって男の首を飛ばしてしまったのだ。

 

「私も実戦で使うのは初めてでした。まぁ、これが使えなくてもこいつらのボディーチェックは甘かったから、他の武器を使ってましたけど」

 

「返すわよ。恋柱のリコリスさん」

 

「どうも」

 

 受け取った王利絵は、迷いの無い滑らかな手つきで、制服のベルトに剣を納刀する。明らかに何度も訓練を重ねた動きだった。

 

「それとこれを」

 

「あぁ、相棒!!」

 

 トランクケースをバーのカクテルグラスのように滑らせる。王利絵は飛び付くようにして受け止めた。

 

「はぁ……やっぱりこれ無しで動くなんて不安でたまりませんよ」

 

 もう一つの相棒を抱き締めて、頬ずりする。

 

「褒めてくださいよ刹那さん。私今回、なけなしの勇気を振り絞ったんですから」

 

「えぇ、良くやってくれたわ。あなたと、そしてもう一人……」

 

 パートナーの頭を撫で撫でしつつ刹那の視線が、弾丸を撃ち尽くした機銃を放り捨てたセカンドリコリスへと動く。

 

 たきなは、目礼して応じた。

 

「二人で、仲間を守ったのよ。私の部屋に時計が増えなくて良かったわ」

 

「刹那」

 

「あぁ、フキ。お久し振り」

 

「まだ生きてたんだな」

 

「お陰様でね」

 

 憎まれ口を聞くフキであるが、表情は普段の彼女から見ると比較的柔らかい。これは二人の間の挨拶のようなものなのだろう。

 

「王利絵とは上手くやってるみたいだな」

 

「優秀よ彼女は。その証拠に今回も活躍したでしょ」

 

 その後に何度か殺され掛けたけど、と付け加える。

 

「あー、その活躍の事なんだけどよ……」

 

「?」

 

 どこか言い辛そうに、フキの目が泳いだ。

 

「お前、誰に言われてここへ応援に来た?」

 

「先生だけど」

 

「……じゃあ、何て言われて来た?」

 

「銃の密売現場を抑えようとしたリコリスのチームが苦戦しているから、応援に行けと。出番は無かったけど、千束も近くに来ていた筈よ」

 

 はぁ、とフキは大きく溜息を吐いた。

 

「拙かったかもな」

 

「?」

 

 

 

 

 

 

 

 井ノ上たきなにDA本部からの異動命令が出たのは、二日後の事だった。

 

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