Clock Collector & Pacifist(完結) 作:ファルメール
「刹那さん、今日は任務も無いのにどこへ行くんですか?」
「もう少しよ。たまにはデートも良いでしょ? 一緒に住んで一月以上にもなるんだし」
町中を歩く二人のリコリス。
一人は刹那。もう一人は王利絵。
刹那は手ぶらで、王利絵は片手でトランクケースを引きつつ、もう片手にはバラの花束を抱えている。
「あそこよ」
刹那が指差す先には、こぢんまりとした喫茶店がある。
店頭の黒板には「和喫茶リコリコ」と書かれていた。
「ここですか?」
「そう、ここもDAの支部で……」
「あ、刹那じゃん!!」
横合いから、明るい声が掛けられた。
「!!」
王利絵が反射的に花束の花弁をそちらに向けるが、刹那がぐいっと下げさせた。
そこに立っていたのは、やや黄味が掛かった白髪で、赤い和服を着て買い物袋を両手に提げた少女だった。
「お久し振り、千束」
「おおぅ、また背伸びた? この前の仕事凄かったね。ケガしてない? ちゃんと食べてる?」
ころころと表情を変えながら、話しかけてくる千束。刹那は落ち着いた様子だ。
「質問は一つずつにして。もう体の成長期は過ぎるからあまり伸びていないわ。今はケガしてない。最近は三食食べてるわ」
「で、刹那。そっちのリコリスは? 今日ここに来る子?」
「今の私のパートナーよ」
「芹沢王利絵です。初めまして、千束さん」
「パートナー!!」
千束が目を輝かせる。
「はい」
「そっかぁ、パートナーかぁ。じゃあつまり、あなたが私の後輩って事になるんだね」
「……後輩。じゃあ、千束さんが刹那さんの前の……」
「そそ、同棲相手」
「えぇ……」
「間違いではないわ。昔、一緒に住んでいたから」
千束はからかい半分に言ったようだが、刹那は落ち着いて返した。
「もっとしょっちゅう遊びに来なよ。私も先生も、ついでにミズキも待ってるからさ」
「考えておくわ」
「つれないなぁ。まぁそこが良いんだけど。それで今日は何の用なの? いや勿論刹那なら用が無くても大歓迎だけどね」
「さっきあなたが言った事よ、千束」
ようやく話が本題に入ったかと、刹那は軽い溜息を吐いた。
「え? さっき話した事って言うと……」
「今日、ここに配属されるリコリス、井ノ上たきなさん……彼女の様子を見に来たのよ。満更、私達も無関係という訳ではないからね」
喫茶リコリコ店内でたきなと顔合わせした後、相棒として初仕事に出かける事になった千束とたきなだったが、
「折角だから二人も一緒に行こうよ!! 話したい事も沢山あるし」
との千束の一声で、刹那と王利絵も同行する事になった。
「それで刹那ったら私にはいつもゴーセーな食事作ってくれるのに、自分はカロリーメイトやゼリーですませちゃうの。期限切れのコンビニ弁当やおにぎりどころか、腐った物だって平気で食べちゃうしさ」
「変わっていませんね、昔と。私が支部に配属になった初日とか、食べるのも飲むのも忘れて死に掛けてましたよ。私の配属が一日ずれたら本当に死んでいたかも」
「時計を眺めているとつい時間を忘れてしまうの。愛好家には別に珍しい話ではないわ。お気に入りの品を見ていたら一日が終わっていたというのは」
「…………あの」
「はい、たきな君!!」
イマイチ話の輪には入れていなかったたきなが、意を決したように一言。待っていたかのように、事実待っていたのだろう千束が反応した。
「皆さんはどうしてDAに居ないんですか?」
最初に王利絵が答える。
「私は任務で失態を繰り返して、ファーストから降格、刹那さんの支部送りになりました」
次は刹那だ。
「今の支部は私が司令にお願いして、立ち上げたものだから。発案者の私が所属しているのは当然ね」
最後に千束。
「問題児……だからだよ」
「優秀なリコリスと伺ってます」
「楠木さんがそう言ってた!?」
「あれも、千束さんの仕事だと……」
たきなの視線がやや上を向く。
見据える先には10年前のテロ事件で破壊、傾いた状態となっていて今や平和と安寧の象徴となっている旧電波塔の威容があった。
「いや壊したの私じゃないよ?」
「旧電波塔を一人でテロリストから守ったリコリスは地方でも有名ですよ」
「あ……そう? でも結局壊れちゃってるしね。優秀なリコリスはDAに居る人だと思います」
「そうとも限らないわよ」
千束に異を唱えたのは、刹那だった。
「私の今のパートナーは、支部勤めでも優秀よ」
口角を上げて、ぎょろ目が王利絵を向く。王利絵は「おだてても何も出ませんよ」と肩を竦めた。
「あ、刹那。今の言い方だとまるで昔のパートナーは優秀じゃなかったみたいに聞こえるんですけどー」
「そう聞こえなかったなら私の言い方が悪かった事になるわね」
「ぶー」
「何度あなたの後始末をさせられたのか、私は全て覚えているわよ?」
「うぐぐ……」
「「……」」
こんなやりとりを繰り広げるファーストリコリス二人の背中を見ながら、セカンド二人は顔を見合わせ、どちらからともなく首を横に振った。
そうこうしている間に、第一の目的地に着いた。
保育園だ。
「ちさとー」
「いらっしゃい、千束」
「新しいお友達のたきなお姉ちゃんだよー。こっちは刹那お姉ちゃんと、王利絵お姉ちゃん」
「「「たきなおねえちゃん、せつなおねえちゃん、おりえおねえちゃん」」」
「みんな良い子ですね。良い子には、プレゼントをあげましょうね」
王利絵がトランクを開けると、中からはクマやネコのぬいぐるみが出てきた。
その次は日本語学校。
「エクササイズワン、戸惑っています」
「「「トマドッテイマス」」」
「出身校が同じなので私が出来る言葉は出来ます。あ、たきな、ロシア語は?」
「если немного(少しなら)」
ヒョウ、と二人の後ろに立っていた刹那が口笛を吹く。
「たきなさん、素晴らしい発音ね。あれは養成所での成績も良かったに違いない。王利絵、あなたのロシア語はどうかしら?」
「Еби свою маму задницу」
「……なるほど、良く分かったわ。あなたも優秀だったのね」
その次は組事務所へのコーヒーの配達。
うっかり挽き立てコーヒー豆を怪しい薬物と誤解したたきなが銃を抜きかけたが、千束に制された。
その次の目的地は警察署だが、まだ時間があるので公園でお茶でもしながら小休止を挟もうという事になった。
千束はトマトジュース、たきなは紅茶、刹那はカフェオレで王利絵はブラックコーヒー。どの飲み物も王利絵のトランクケースから、しかも冷えたのが出てきた。
「あの……」
「ん? 何、たきな?」
「この部署は一体何をする所なのでしょうか?」
「……ほう?」
「ごめん、先生から聞いてると思ってたよ。何をする所か……改めて聞かれると考えちゃうな……」
「保育園、日本語学校、組事務所……共通点が見出せません」
「困ってる人を助ける仕事だよー」
「個人の為のリコリス?」
「そうそう、コーヒーの配達も外国語の先生も保育園のお手伝いも喜んでもらえるよー?」
「素晴らしいじゃないですか!!」
若干食い気味に、鬼気迫る勢いで王利絵が千束に同意した。
「お、おう」
『そう、これだよこれ!! ファーストが一人しか居ない零細支部の仕事なんて、こんな長閑なものであるべきなんだよ!! 本当だったら私だって、そんな支部でのんびりと仕事する筈だったのに!! この一月だけでも何度死にそうになった事か!! あぁ、今からでもこのたきなと私が入れ替わったり出来ないかなぁ!!』
『……なーんて事を考えているんだろうなぁ』
千束の手を握って全面的に彼女を支持する旨を伝える王利絵を見て、刹那も思考を回す。パートナーの心の声は、実際には知る術など無いが全く完全に盗聴されている状態だった。
「ですが、こんな事をしていて評価されるのでしょうか?」
「ひょーか?」
鸚鵡返しに聞いた後、たきなから事情を聞く一同。
「うーん、活躍で評価を上げて早くDAに戻りたい、ねぇ」
「私への人事は正当とは思えません」
「それね」
「まぁ……あれは……うん」
刹那と王利絵も消極的ながら、たきなの意見には同意を示す。この二人が今日、リコリコにやって来たのもその件についてだ。
数日前の銃取引現場の一件で、処分を受けたのはたきな一人だった。名目はスタンドプレーに走り、生かして捕らえたかった密売人を殲滅してしまい、作戦を台無しにしてしまったからという事だ。
しかしあの現場に居たのは刹那と王利絵もだし、特に王利絵はたきなの前に密売人の一人を殺害している。だがこの二人はそもそも正規にあの任務に就いていた訳ではない助っ人だし、ミカから「銃取引現場を押さえようとしたリコリスが苦戦中だから応援に行け」という指示しか受けていなかったので、それならああした行動を取るのも止む無しとして処分は行われなかったのだ。
「フキも処分軽減を司令にお願いしていたらしいわ。確かにスタンドプレーではあったが、あの状況ではやむを得ない部分もあったと」
「フキがぁ?」
少し、千束が意外そうな反応を見せた。刹那は頷いて返す。
「王利絵さんなら分かるんじゃないですか? DAに戻りたいって気持ちは」
「分かります!! すっごく分かります!!」
「は、はぁ……」
またしても食い付くように、凄い勢いで王利絵は今度はたきなに同意する。
『DAを出る時は二度とこんな所に戻りたくないと思っていたのに、朝令暮改という言葉があるが一日でその気持ちが360……じゃなかった、180度変わるなんて思わなかったわ!! 今の支部の任務に比べれば、DAの任務なんかお遊びだ!! しかも今日の話からすると刹那さんは自分で今の支部を作ったというじゃないか!! バカなの!? ドMなの!? 何が悲しくてあんなセルフ懲罰大隊みたいな事してるの!? そりゃ私はファーストに昇格してチームを率いるようになってからこっち失敗ばかりだったかも知れないけど、リコリスとして背任行為をした覚えは無いわよ!? 例えば情報漏洩とか敵前逃亡とか。確かに無能ではあったかも知れないけど、卑怯者では絶対になかったわよ!! なのに何でこんな事に!! 世の中不公平だ!! この世に正義は無いのか!! 神様のバカヤロー!!』
『……なーんて事を考えてるんだろうなぁ』
「でもさ。じゃあなんで撃ったの?」
「!」
「あぁ、いやいや責めてる訳じゃないよ。揉めたくないならどうして命令無視したのかなーって」
「……」
ちらりと、たきなの視線が王利絵に向いた。王利絵はと言うと少し気まずそうになる。待機命令を受けていなかったとは言え、たきながPKMを構えているのを見て、エリカに防弾制服を被せて撃ちやすい状況を整え、極め付けに「撃て」と言ったのは自分だからだ。
僅かな時間考えて、たきなの答えは。
「……あの状況では、最も合理的な考えだと判断しました。それがあんな騒動に……」
「なるほど。でもまぁ騒動になんてなってないよ。多分ね。普段はそういうの全部組織が揉み消しちゃう。事件は事故になるし悲劇は美談になる。今回のもきっと表向きには別の事になってるよ」
と、千束。彼女の言葉は的を射ていた。実際に先日の機銃掃射の一件はガス爆発として処理されている。
「最後の大事件も、今や平和のシンボルだからね……」
旧電波塔を、遠い目で見やる千束。
「でしたら……私は何をしたのでしょうか?」
自分のやった事は無意味だったのだろうか? それともそれすら通り越して有害だったのか?
たきなのその疑問には、二人が即答した。
「なーに言ってんの。仲間を救った!! かっこいいって!!」「仲間を助けたのよ」
元パートナーの二人はにやっと笑いながら、視線を合わせる。
「分かった。私、たきなの復帰に協力するよ」
「私も及ばずながら力になるわ。ところで、たきなさん。お近付きの印にこれを……」
刹那がポケットから、小さな包みを取り出して、差し出した。
「これは……」
「あ、刹那。まだやってるんだ、これ」
悪戯っ子のような意地悪げな笑みを見せる千束。王利絵は「うわぁ」とでも言い出しそうに微妙な表情である。
箱の中には、王利絵が着任初日に刹那から贈られたのと同じデザインの腕時計が入っていた。
「私からのプレゼントよ」
「えっと……」
こうした体験が少ないのかも知れない。たきなが、戸惑ったように千束を伺った。
「貰っときなよ。ちなみに私も持ってるんだ」
手を伸ばす千束。彼女の左手には、確かに同じ腕時計が巻かれている。
「ね、たきなは何番目?」
「? 何番目とは?」
「刹那はプレゼントの時計には必ず番号を刻んでるの。私のも、ほら」
千束が自分の時計を外すと、文字盤の裏を見せる。そこには「Ⅰ」と刻印されていた。
「!」
王利絵もそれを見て、自分の時計を外して文字盤裏を見てみる。そこには「ⅩⅭⅨ」と。
たきなが見てみると……彼女の時計の裏には「Ⅽ」と刻まれていた。
「井ノ上たきなさん。あなたが、記念すべき百人目よ」