Clock Collector & Pacifist(完結) 作:ファルメール
小休止の後、警察で阿部刑事から受けた依頼はストーカー対策だった。
依頼人は篠原沙保里という女性。
恋人との自撮り写真をSNSにアップしてから自分や彼氏の近くにストーカーらしき不審人物の姿が見られるようになり、脅迫リプも来るようになったという事だった。警察では痴情のもつれなどではないかと証拠がなければそうした案件には対応しづらく、それで千束へと話が来たらしい。
「ちょっと待ってください。このビルは……」
「そうそう、ガス爆発事件のビル。窓ガラス割れて大変だったっていう。爆発の3時間くらい前かな……」
線は繋がった。
何の気なしに取った写真に、とんでもないものが写り込んでいたのだ。
彼氏との写真の背景には銃取引現場の、しかもその取引真っ最中の画像や密売人の姿まで。
実は先日、フキのチームが押さえようとした銃取引では、実銃は何処にも無かったのだ。情報によれば千挺もの銃がその際に流されようとしていたという。単純にガセネタで取引自体が無かったのか、それとも偽の情報を掴ませられて取引が別の現場で行われたのか。真相を掴もうにも、あの場に居た密売人達は全員が口を無くしている。
だからDAも消えた千挺の行方を追って躍起になっているのだが……
リコリス達は眼前の沙保里に気付かれないよう、声を抑えて話す。
「取引の現場写ってるじゃん」
「知らないですよ」
「銃は消えたんじゃなくて、あの事件の前に引き渡されていたのね」
「そして密売人達がアップされた写真をSNSで見て……」
導き出される結論は。
「めちゃヤバなのに狙われてるよ、沙保里さん」
只のストーカーなら締め上げて終わりだったが、一気に事が重大になった。
その後、千束の提案で安全の為に今日は一緒に居ようという話になり、更に話の流れで親睦を深める為に沙保里の家でパジャマパーティーをという事になった。この辺りは千束のコミュ力が為せる業である。
道端で一度、刹那はくるりと体を回す。
「……」
「ねぇ、千束」
「うん」
ファーストの二人は目配せを一つする。
そうして沙保里の家へ向かう道中。
5人の背後を付かず離れずの距離を保ちながら白いワゴン車が付いてきていた。
一度目の角を曲がった時に荷物でも取りに行ったのだろうか、5人が2人になっており、それからしばらく歩いてもう一度角を曲がった時には、ターゲットと思しき女性一人になっていた。
「よし、一人になったぞ。今だ」
彼等はワゴン車をターゲットのすぐ横に付けるとスライドドアを開けて、頭から袋を被せて車内に連れ込んでしまう。
「むぐっ」
狙いはスマホに入っている画像データ。
服や鞄をまさぐってスマホを見つけ出すと、ロックを解除させる為にホームボタンに無理矢理指を乗せさせる。
その時だった。
プシューッ!!
気の抜けるような音がして、スマホ全体からガスが吹き出した。
「な、なんだこりゃ!?」
「ゴホ、ゴホ」
「し、しみる!!」
「こりゃ催涙ガスだ!! ゲホっ!!」
車内の人間は涙が出て目も開けていられない状態となる。
何故スマホを操作しようとしたら催涙ガスが?
想像を超えた事態に狼狽するばかりの彼等だが、予想外の事態はまだこれからだった。
パシュッ、パシュッ
「うわっ!!」
「ぎゃっ!!」
サプレッサーによって消音された銃声が鳴って、袋に穴が空いた。内側からの射撃だ。銃創の痛みにたまらず、沙保里を押さえていた男達は悲鳴を上げながら飛び退いて、拘束を解いてしまう。そうして沙保里はスライドドアを開けて脱出、袋を引き破く勢いで脱ぎ捨てる。
その下から現れたのは沙保里……に、似た髪型のウイッグを被ったたきなだった。セカンドリコリスの紺服の上に、沙保里が着ていたのと同じようなデザインと色合いの上着を羽織っていた。
「く、くそっ!! 何が……」
運転席に座っていた男は泣きながらドアを開けて逃げ出そうとするが……
いきなり、目の前に固くて巨大な四角い物がぶつかってきて鼻を潰されつつ車内に逆戻りさせられた。
「二流ですね。いくら暗がりとは言え、ターゲットの背格好が微妙に変わっている事に気付かないなんて」
この声は王利絵のものだ。たった今、男の顔面にぶつかったのは彼女が振り回したトランクケースだった。
「念の為、もう二つぐらい入れておきますか」
王利絵はトランクケースから、先ほど沙保里に扮したたきなが持っていたのと同じ形のスマホを2個取り出すと、出来るだけ顔から離して適当にスイッチを押す。するとさっきと同じように、スマホから催涙ガスが吹き出し始めた。
そのスマホを素早くドアを開けて車内に放り込むとすぐまたドアを閉じて、トランクから今度はコの字型の先端が尖った鉄棒を幾つか取り出し、ドアと車体の境目に足を使って打ち込んで、開けられないように固定する。次にはダクトテープを取り出して、内側から窓ガラスが割られないように目張りしてしまった。
この間、およそ一分。
たきなをして、感心するほど鮮やかな手際だった。
「さて、これで後5分もすれば大人しくなるでしょう」
今や車内は大量の催涙ガスが充満して、男達はバルサンで燻されるゴキブリの気分を味わっているに違いない。もしくは『ラックアップ』という映画のスタローンだろうか。
「……これ、いつも持ち歩いてるんですか?」
道路に落ちたウイッグや、羽織っている上着を見つつたきなが尋ねる。
これは最初に角を曲がって追跡してきている男達から死角になった瞬間に、王利絵がトランクから取り出した物だ。
「えぇ」
「さっきの偽装スマホも?」
「はい。実戦使用は初めてでしたが中々の威力ですね。これなら十分使えますよ」
スイッチ類に触らないように注意しながら、4つ目の偽装スマホを掲げる王利絵。
「私の自信作です。最近は今回の依頼みたいに、スマホに入っている情報を狙ってくる相手も多いですからね。そんな連中にはこれ。情報を引き出そうとスマホを弄った瞬間に、催涙ガスが吹き出す仕掛けになっています。一種のブービートラップですね」
「な……」
「ちなみにこっちは本物のスマホですが、カバーがこの偽装スマホの技術を流用していて、専用スイッチを押すとこちらは指向性で催涙ガスが発射されるようになっています。痴漢撃退スプレーからヒントを得た装備なんですよ。これは真剣に特許を取ろうかと思っていまして……」
「……何でも入っているんですね、そのトランク」
「ありとあらゆる状況を想定して準備を整えておくのは普通、当たり前の事でしょう。私は死にたくないですから」
あっけらかんと、王利絵は言い放った。
「だからぬいぐるみや飲み物が出てくるんですか?」
「そうです。おっと……」
刹那から贈られた99番目の腕時計を見る王利絵。
「話している間に5分過ぎましたね。私がバックアップしますから、彼等から話を聞く事にしましょう。たきなさん、あなたのお手柄ですよ」
「はい。ありがとうございます」
「ああ、その前に刹那さんに連絡しておきますね」
「えぇ、分かったわ。じゃあそっちは任せるわ」
沙保里への家への道で、刹那はパートナーからの連絡を受けて満足そうに頷く。
「向こうは終わったそうよ」
「おぉー、早いね。流石、刹那が優秀って言うだけはあるね」
千束もご機嫌である。
最初に角を曲がった時から作戦は始まっていた。
追跡者の視界から外れた瞬間に、千束と刹那は護衛対象である沙保里と一緒に素早く脇道へと入って姿を隠す。同時に王利絵が取り出したウイッグと上着をたきなが装着して沙保里に変装して、男達にたきなを襲わせたのだ。王利絵はすぐ近くに待機して、たきなのバックアップ。
「後は……」
「うん。ねぇ、沙保里さん。この辺りには蚊が飛んでるみたいですね」
「蚊? うん、最近暖かくなってきたしね」
千束がさりげなく前に出て、沙保里と会話して彼女の意識を引きつける。
そうして後ろに回った刹那は、右手にはサプレッサー付き拳銃を、左手にはスマホを持つ。
スマホのカメラを起動させて自撮りモードにして、前を向いたままやや傾けて見てみると、背後上空に自分達を追尾してくるドローンが映っていた。数は一機。
振り向きもせず、スマホの画像だけを頼りに肩越しの一射。
パシュッ
抑制された銃声。
千束がその瞬間だけ気持ち大きめに声を出してくれていたお陰で、沙保里が気付いた様子は無い。
バッグに拳銃を収納してもう一度見ると、スマホには墜落していくドローンが映っていた。この間、およそ5秒。
「あぁ、大丈夫。蚊は叩き落としたわよ」
翌日、リコリコでは。
「で、結局、連中は雇われただけのチンピラで銃の事は何も知らなかったという訳か」
関係者が勢揃いして王利絵からの報告を受けていた。唯一人ここに居ないたきなは、店の制服に着替える為に奥の更衣室へと行っている。
報告を聞き終えて、喫茶リコリコの管理者であるミカは難しい顔になった。密売人が直接出張らずに、わざわざ人を雇って目撃者や画像データを消去しようとするような手間や費用を掛ける事を考えると、これは単なる武器密売ではなくもっと大きな陰謀なのかも知れない。
「そいつらはどうしたのよ?」
「二三枚剥いだり潰したりしてもそれ以上は吐かなかったから、クリーナーに引き渡しました」
「剥ぐ、潰す……?」
あっさりと言う王利絵だが、目的語を聞くのが恐ろしくなってミズキはそれ以上追求しない事にした。酒だ。酒を飲んで、酔って忘れよう。まだ時計の短針が二桁を差してもいないのに、一升瓶からのラッパ飲みを始める。
王利絵は「こいつの出番はありませんでしたね」と呟きつつ、細い針の先が球状になっていて、球体の部分は鬼の金棒のようにいくつものトゲが突き出している道具を取り出していたが……ミズキはそれも当然のように見なかった事にした。
「DAに引き渡したら殺されるでしょうし……刹那さんから聞いていますが千束さんの流儀は『いのちだいじに』でしたよね。敵も。今回の仕事を受けたのはこの支部ですから、千束さんの顔を立てたつもりですが……拙かったでしょうか?」
「いや、良かったわ。覚えててくれたのね。あぁ、今回のクリーナー代は、私が出しておきますから。後ほどこの店の口座に振り込んでおきます」
「おおー、刹那も私と一緒の事やってくれてるんだねぇ。パートナー冥利に尽きるよぉ」
「元、ね。元パートナー……さて、私達はそろそろ行くわ」
ミカに煎れてもらったコーヒーをグイッと飲み干すと、刹那は立ち上がった。王利絵は……自分の理想を形にしたようなこの支部から離れるのが名残惜しそうで中々立ち上がろうとしなかった。
「先生、ミズキさん。久し振りに会えて、楽しかったです」
「またいつでも来なさい」
「あんたなら私も大歓迎よ。金離れ良いしね」
「ふふ……それと千束」
「ん?」
「……次に会う時まで、元気で」
「うんっ、刹那も」
千束は会心の笑みで、かつての相棒を送り出した。