Clock Collector & Pacifist(完結)   作:ファルメール

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第08話 カーチェイス

 

 籠一杯の焼きたてふかふかパンに、瑞々しいサラダ。特製の手作りスープに、焼き加減最高のステーキ。フランス料理のコースが一度に出てきたような料理が、テーブル上に所狭しと並べられている。

 

 食事の時間はこの支部に来てからの王利絵の数少ない楽しみだった。普段から刹那は毎食美味しい料理を作ってくれてはいるが、任務が終了した後には特に力が入る。これは彼女なりの打ち上げなのだろう。自分は相変わらず期限切れのコンビニ弁当で済ませてしまうが。

 

 最初は遠慮していた王利絵であったが人間は良くも悪くも環境に順応するもので、今ではもうこれが刹那のスタイルなのだろうと不思議としっくり来てしまったと思っている。

 

 この支部に来て自分が変わったと、王利絵は感じている。それが良い事なのか、はたまた悪い事なのか? どちらなのかは別にして。

 

 毎日食事が出来る事。ベッドに入って眠れる事。朝、目を覚ます事。それら全てに感謝するようになった。刹那が着任初日に言ったようにリコリスは明日死んでもおかしくない身の上だが、それでも生きて今日を迎えられる事、生きて今日を終えられる事が、こんなにありがたいとは思わなかった。

 

 毎日毎日が、神様からの贈り物のように感じるようになった。

 

 いずれにせよ、一つ言えるのは今こうして生きていられる事は奇蹟だという事だ。

 

「今日は患者の臓器を密売していた病院の院長の自宅に殴り込み、その前は機密情報を外国に流していた自衛隊幹部の暗殺、更にその前は汚職政治家を家ごと爆破……」

 

 表向き彼等の死は事故として処理されているが、殺されたのは誰でも一度はその名前を耳にした事があるような、各界のビッグネームである。配備されていた護衛の数は両手両足の指全てを使っても数え切れないぐらいで、後ろ暗い事をしていて敵を多く作っている自覚がある雇い主の意向で、彼等は全員が拳銃やサブマシンガンで武装しており、グレートデンも庭にはゾロゾロとうろついていた。

 

 普通のリコリスなら10名以上のチームを組んで、たっぷり三ヶ月は掛けて偵察を行って相手の戦力や行動パターンを把握し、それでも成功するかどうか分からない、むしろ失敗の可能性の方が高いかも知れない危険任務。

 

 刹那と王利絵は、それを二週間のスパンも空けずに繰り返すのだ。いや、王利絵が来る前と同じペースだったとしたら、今まではたった一人でやっていた事になる。

 

 この経験は一度でも修羅場をくぐったと言えるのに、ここまでのペースで任務を消化するのは狂気の沙汰、自殺行為としか王利絵には考えられない。そりゃDAからの支援金には危険手当も含まれていて実入りは良いだろうが、金は墓場にまで持って行けない。リスクとリターンが釣り合っているとはとても思えない。

 

「はぁ……DA本部の仕事だって危険だから左遷されたかったのに、こんな恐ろしい仕事をやっている部署があったとは……」

 

 刹那の言葉を信じるならここは本部のリコリスの損耗を抑える為に、最も危険な任務ばかりが回ってくるよう彼女自身が立ち上げた支部。自分が危険だ危険だと嘆いていた仕事は、刹那という防波堤によって消化・フィルタリングされた比較的とは言え安全な仕事であったという事実。

 

 知らないという事が幸福なのか、不幸なのか。これは哲学者にとっては永遠の命題だろうが、少なくとも王利絵としては前者だと断じるのにピコ秒の思考も必要とはしなかった。

 

「刹那さん、ここはリコリコみたいに、DA以外からの仕事も受けたりはしないんですか?」

 

「うん? するわよ、普通に」

 

「やっぱりそう……えっ!! 受けるの?」

 

「まぁ、DAからの任務の無い時に、副収入としてだけど……」

 

 随分とあっさり刹那が答えたので、王利絵はノリツッコミ気味になった。

 

「ちょうど今も来てるわよ、一件」

 

 傍らに置いてあったノートパソコンのメール画面を見せてくる刹那。

 

「受けましょう!!」

 

 食い付くように、王利絵が迫ってくる。

 

「え? えぇ……まぁ良いけど」

 

『良し!! いくらDA外の仕事でも、一度仕事を受けてしまえば、次の仕事まで少しのインターバルはあるだろう!! 今は少しでも安全な仕事をこなして、一日でも長く生きていたい!! 外部からの仕事なら、どんなでもDAの仕事よりは楽だろう!!』

 

 

 

 

 

 

 

「……なんて、その気になっていた昨日の私はお笑いでした」

 

 ワナワナと震えながら、王利絵は吐き捨てる。

 

 二人の足下には、嘔吐ガスにやられたり足を撃ち抜かれたりした男達が二十人近く倒れて呻いている。彼等は一様に、重火器で武装していた。

 

 ここは郊外のマンションで、とある武装勢力のセーフハウスである。

 

「今度の依頼人……ウォールナット、でしたっけ? 何でこんな依頼を……? 都内の武装勢力のアジトを襲撃しろなんて。ここで3つ目ですよ」

 

「さぁ……取り敢えず、罠ではない事は確認済みよ。しかし流石はネット黎明期からナンバーワンの称号をほしいままにしている伝説のスーパーハッカーね。極秘の筈のセーフハウスの情報を、複数同時に抜いて送ってくるなんて」

 

「はぁ……まぁ、相場の3倍の報酬を払ってくれる太客だから気持ちは分かりますけどね」

 

 それでも断るべきだったと、王利絵は後悔した。

 

「殴り込みはここで最後でしたよね。次は……」

 

「コインパーキングへ移動するわよ」

 

 刹那が、車の鍵をポケットから取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 時間通りに、指定された駐車場へと移動した二人。

 

 ちょうど、入り口付近に停車していたトゥデイが凄い速さでバックして発車する所が見えた。

 

「……あの軽自動車、こんな町中でバカに飛ばしてるわね」

 

「……まぁ、良いんじゃないですか? 私達には関係無いです。それより……」

 

「……暑いわ」

 

「でしょうねぇ」

 

 王利絵のすぐ横には、声で中身が刹那だと分かるがどこかのテーマパークのマスコットキャラのような着ぐるみが立っていた。

 

「次の依頼は、あの車に乗って羽田まで行け、でしたよね?」

 

 王利絵が指差す先に停めてあったのはなんとLEXUS・LFA。全世界で500台限定のスーパーカーである。刹那が先ほど取り出したのはこの車の鍵だった。

 

「そう。しかもこのラクダの着ぐるみを着て、ね。変わった依頼だ」

 

「アルパカでしょう、それ」

 

 こんなやり取りを交わしつつ、刹那は運転席に、王利絵は助手席に乗り込む。トランクケースも無理矢理詰め込んだ。

 

「じゃ、発車するわよ」

 

 エンジンを掛けてアクセルを踏み込むと、流石はスーパーカーと言うべきか、リコリスとして様々な乗り物の運転訓練を受けている二人をして、今まで体験した事も無いような素晴らしい加速を見せて、着ぐるみを被っていて視界が悪い事もあるが、刹那は思わず壁に追突させそうになってしまった。

 

 さて、スーパーカーを乗り回すという、マニアならば垂涎ものの体験をしているリコリス二人。

 

「音楽掛けますか?」

 

 オーディオ機器を操作すると、車内に演歌が流れ始めた。

 

「渋いわね」

 

 と、刹那。

 

 信号で止まっていると、道行く人がこちらにスマホを向けて写真を撮影しているのが見えた。

 

「あ、そこを右に」

 

 高速道路に入る。

 

「このまま何事も無く終わってほしいんですが……」

 

 王利絵がひとりごちる。

 

 その時、今までは居眠りしてしまいそうなほど刹那が滑らかな運転をしていた車が、いきなりガクリと揺れた。

 

「ですよね」

 

 はぁ、と諦めたように溜息を一つ。

 

「どうしました?」

 

「乗っ取られたわ。ハッキングね、これは……」

 

 刹那が手を離しても、車のハンドルは勝手に動いていて、車載モニターの映像にも砂嵐が混ざっている。

 

「ハッキングって……ルーターは?」

 

「知らないわよ、私の車じゃないし」

 

「……あ、刹那さんミラーを見て」

 

「ん……?」

 

 言われてバックミラーに視線を向けると、この車をピッタリ着けてくるドローンが見えた。あれをどこかのガレージかそれとも地下室かに居るハッカーが操作していて、この車をハッキングする中継器となっているのだろう。

 

「ハンマー」

 

「どうぞ」

 

 前方を向いたまま手を差し出されて、王利絵は熟練の助手が手術中の外科医にメスを持たせるような滑らかさでハンマーを手渡した。

 

 どうしてハンマーを持っているのか、どこから出したのかなんて間抜けな質問はもうしない。この病的に用心深いパートナーが、車に乗る任務だと言うのに車が水没した時の事を想定せずに、その時に窓ガラスを叩き割って脱出する為のハンマーを用意していない訳がない。

 

 刹那はハンマーで運転席の窓ガラスを叩き割ると、窓から手だけを出して、バックミラーの視界だけを頼りに前方を向いたまま拳銃を三連射。全弾がドローンに命中して、撃墜。これでルーターは排除できたが……肝心の車の制御の方はどうするか。

 

「……」

 

 まだ砂嵐が走っているモニター画面にもハンマーをぶつけて叩き割った。

 

 すると、制御が戻ったのだろう。ハンドルの動きに、再び車が連動するようになった。

 

「この手に限るわ」

 

「喜んでばかりもいられませんよ」

 

 王利絵が拳銃のセーフティーを外しながら言った。

 

 左右と後ろ。この車を包囲するようにして、人相の悪い連中が乗ったワゴン3台が近づいてくる。

 

 そして、後部座席のスライドドアが開いて中に乗っていた者や、助手席から箱乗りのようになった者の手には、全てサブマシンガンやライフルが握られていた。その銃口が向けられる先はたった一つ……

 

「ちっ!!」

 

 刹那から受け取ったハンマーで自分の側のガラスをぶち破ると、窓から身を乗り出して王利絵は拳銃を乱射した。何発かは車体に命中するが、ガラスに穴を穿つ事は出来なかった。

 

「防弾ですか。そりゃそうですよね」

 

 マガジンを撃ち尽くすと、王利絵は車内に体を引っ込めてリロードに入る。けたたましい銃声が襲ってきて、弾着の衝撃で車体が小刻みに揺れた。

 

 刹那はハンドルを握る左手で車を操りつつ、ちらりと一瞬だけ見た方向へ、窓から腕を伸ばして連射。その方向から迫ってきていた車に乗る男達の銃が銃口を撃ち抜かれて次々暴発し、車が制御を失ってひっくり返った。

 

「銃」

 

「どうぞ」

 

 刹那は弾丸を撃ち尽くした愛銃を放り出すと、王利絵が取り出した銃を受け取って窓から手を出すが……その指が、引き金を絞る事はなかった。

 

 敵も然る者、恐ろしい命中精度があるのは運転席側だけからだと読み取ったのだろう。後方や助手席側の、銃撃の死角へと車を入れる。いくら刹那が神懸かり的な射撃技術を持っていても、射線に入らないターゲットは狙えない。

 

「さて、どうするか……」

 

「刹那さん」

 

「ん?」

 

「前の車には悪いですけど……ちょっと使わせてもらいますか。非常事態です」

 

 指差す先には、後方で銃撃戦が展開されているのに驚いたのだろう。必死で離れるべく、猛スピードを出している乗用車が何台か見えた。

 

「……」

 

 数秒の時間を置いて、刹那はパートナーの意図を完全に理解した。

 

 今度は前方へと拳銃を六連射。

 

 一発目が前を走っていた車のガソリンタンクのカバーを吹き飛ばし、二発目が給油口の蓋を弾き飛ばす。続け様、それが3回繰り返される。

 

 すると当然の事ながら、蓋が外れたガソリンタンクから路面にガソリンが流出し始める。

 

 そうして出来上がったガソリン溜まりを自車が走り過ぎたその瞬間に、今度は後方へ向けて射撃。

 

 一瞬の間を置いて、路面が火の海と化した。

 

 いきなり目の前に炎の壁が出来て、ドライバー達は度肝を抜かれたらしい。咄嗟に急ブレーキやハンドルを思い切り切って、衝突事故を引き起こした。

 

 これで邪魔者は消えた。

 

「新手が来る前に、羽田に向かいましょう」

 

「ええ」

 

 着ぐるみの足がアクセルを踏んで、弾痕だらけになったスーパーカーが、高速道路を駆けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 都内某所。

 

「くそっ!!」

 

 苛立たしげに叩き付けられた拳の衝撃で、デスクの上の飲み物が倒れてジュースが零れた。

 

 立方体のロボットのヘルメットを被ったこの人物は通称「ロボ太」。世界一のハッカーを自称する男? である。

 

 そう、自称。いくら自分が世界一だと言っても、他人はそれを認めない。何故なら余人が認める世界一が他に居るからだ。それがウォールナット。ロボ太にとっては目の上のタンコブである。奴が居る限り、自分は世界一のハッカーになれない。

 

 ならばどうするか? 決まっている。

 

 許容しがたい不快感を取り除く方法は、一つだ。

 

 世界的に展開する謎の支援機関・アラン機関から、ウォールナットを消せという依頼が来たのはまさに渡りに船。自分の虚栄心(ロボ太にとっては正当な評価を得る)を満たした上で破格の報酬まで貰える。まさに一石二鳥の案件と言って良かった。

 

 だがウォールナットも古い世代とは言え流石にトップハッカー、甘くはなかった。

 

 先んじて都内の武装勢力を次々潰されたお陰で、こちらが動かせる兵隊は20名ばかりになってしまった。

 

「そして囮を用意していたとはね……小心者の用心深さか」

 

 軽自動車を運転して逃げた方と、スーパーカーに乗って逃げた方。どちらもトレードマークの着ぐるみを着ていた。追手を攪乱する為だろう。どちらが本命かが分からない以上、その20名ばかりの兵隊も真っ二つに分けて両方を追わさせなければならなかった。

 

 だが、どちらが本物かはこれで分かった。

 

 スーパーカーで逃げていた方が、デコイだ。

 

 ウォールナットは優れたハッカーではあるが戦いのプロではない。スーパーカーに乗っていた方は、車を運転しながらでも一発も外さないまるで機械、あるいはそれ以上の精密射撃を見せた。目立つスーパーカーに戦闘のプロを乗せて、こちらに兵隊を出来るだけ引き付けさせて仕留める算段だったのだろう。

 

「どっちが本物か分かれば、こっちのもんだ」

 

 見てろよと、被り物の下で舌舐めずりして、残像が残る程の速さでキーボードを叩くロボ太。

 

 たとえ、明日の日の出が西から出ようと動かない事実が一つある。

 

 それは今日が、この国のトップハッカーが名実共に入れ替わる、記念すべき日であるという事だ。

 

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