Clock Collector & Pacifist(完結)   作:ファルメール

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第09話 大ハード!! ウォールナットは二度死ぬ!!

 

 羽田空港の駐車場に、二重の意味で人目を引く車が駐まっている。

 

 世界に500台しかないスーパーカー、LEXUS・LFA。カーマニアなら一度は自分がこれに乗る夢を見るだろう。

 

 そのスーパーカーのカウルが、穴だらけになっている。そんなカーマニア達がこれを見たら、悲鳴を上げて頭を掻き毟るだろう。

 

 さて、そんな二重の意味で値段の付けようもない車に乗ってきた二人組。刹那と王利絵は空港内のターミナルに居た。刹那は未だに着ぐるみを被ったままなので、当然目立つ。利用客はおろか職員も含めて、今日の空港中の視線が全て彼女に集まっているかのようだった。

 

「目立ちますねぇ」

 

「この格好ではね」

 

 普段は都市迷彩となるリコリスの制服を着ていて目立たない事に慣れている刹那は、ここまで衆目に晒されるのはあまり経験がなく、居心地が悪そうだった。

 

「まぁ、気にしても仕方が無い。仕事に掛かりましょう」

 

「確か、この第1ターミナルに爆弾を置いておくから、それを使って爆死したように偽装してくれ、でしたよね。しかも、出来るだけ沢山の人の目に付くように」

 

 いよいよ妙な依頼内容である。まさかウォールナットはこの依頼にかこつけて刹那を謀殺しようとしているのではないか? とも疑うが、それはすぐに却下される可能性だ。

 

 確かにハッカーという仕事の性質上、ウォールナットはリコリスに狙われたり仕事を邪魔されたりした経験があるかも知れないが、だからとていくら腕利きとは言え、刹那は所詮は何百人、あるいは千数百人ぐらいは居るだろうか? (王利絵も総数は知らないが)そんなリコリスの中の一人でしかない。

 

 仮にたった一人のリコリスを消す事が出来た所で、それでDAから目を付けられて本格的に狙われるようになったら割が合わないにも程がある。

 

 勿論、人間の感情はロジックを超えて時に驚く程の暴発を生むのは承知しているが、無視して良いとは言わぬまでも、低い可能性ではあるだろう。

 

 では、残る可能性は……?

 

「多分、微塵隠れでしょうね、これは」

 

「微塵隠れ……って言うと……えーと……?」

 

 イマイチ耳に慣れない単語に、王利絵は首を傾げる。どこかで聞いたような……だが思い出せない。

 

「あなた、忍者漫画は好きかしら?」

 

「NARUTOは全巻読破してますが」

 

「……私のイメージは忍者武芸帳やカムイ伝なのだけど……まぁ、良いか。微塵隠れとはその言葉通り、爆発などに巻き込まれて木っ端微塵になってしまって死体の確認が困難な状況になって、死んだと見せかけるやり方の事よ」

 

「では」

 

 決して頭が悪い訳でない、寧ろ明晰な頭脳を持つ王利絵はすぐに刹那の言いたい事に気付いたようだ。

 

「多分、ウォールナットは誰かに命を狙われているのでしょうね」

 

「ええ、だから道中でも雇われの武装勢力が襲ってきた」

 

 着ぐるみを被れというのが依頼条件に入っていたのは、多分陽動・攪乱の為だろう。きっとウォールナット自身も同じような着ぐるみを着ているのだ。目立つスーパーカーに乗って移動する事で、敵の注意を引き付けている間に、本命がどこかに逃げるという作戦だろう。

 

「それで微塵隠れをするという事は」

 

「殺される前に死ぬ事が、最も賢い護身の術、という事でしょうね」

 

 そこで刹那は軽く手を振った。「話は終わり」の意味だ。リコリスは究極的には鉄砲玉。鉄砲玉が、余計な事を考える必要は無い。寧ろ鉄砲玉が物を考え、手を出し口を出すようになってしまえば、それで鉄砲玉の役目は終わりだ。

 

「でも、おかしいわね? この辺りに爆弾を置いておくという話だったけど……」

 

「ブリーフィングでは黒いアタッシュケースに入れておくという話でしたよね?」

 

 指定された位置に来て探してみるが、観葉植物や柱の陰にそれらしい物は見られない。

 

「予定が変わったのかな?」

 

「それにしては連絡もありませんが……」

 

「ん? あれだ」

 

 刹那が指差す先に王利絵が視線を送ると、サングラスにマスクの男が、バッグを大事そうに抱えているのが見えた。

 

 二人ともリコリスという職業柄、毒ガスや凶器、爆弾などを持った人間は歩き方や視線の動きなど、どこがなんだとは個人差もあって一概・具体的には言えないが、動きに一般人とは異質なものが混じるのでそれを見逃さない。

 

「でもおかしいですね? 運び屋を仲介するなんて話は聞いてませんが……」

 

「……まぁ良いか。私は爆弾を受け取ってくるから、ここの見張りをお願い」

 

 サングラスとマスクの男が男子トイレに入っていって、躊躇い無く着ぐるみを被った刹那もその後を追って男子トイレに入った。

 

 王利絵はトイレの入り口が視界に入って、尚且つ何か起こった時にはすぐに対応出来るようなポイントに立って、怪しい者が周囲に居ないかどうか、異常な物が無いかどうかに気を配る。

 

 と、その時だった。

 

「王利絵じゃねーか?」

 

 聞き覚えのある声が背後から掛けられる。

 

「!」

 

 振り返れば、見知った顔が立っていた。

 

 ファーストリコリスの赤服を来た鋭い目の少女、フキだった。そのすぐ後ろには刈り上げた髪型が特徴的なセカンドリコリスが立っている。こちらは王利絵は見た事の無い顔だった。

 

「なんでお前、こんな所に居るんだ?」

 

「フキ……それにそちらは……」

 

「どもーっす、乙女サクラっす」

 

 握手を求めて差し出された手を、握り返そうとする王利絵。

 

 すると、袖口から隠し銃が飛び出した。

 

「うっわ!!」

 

「……失礼しました」

 

 思わず飛び退いてバッグから銃を抜きかけるサクラと、慌てて銃を仕舞う王利絵。フキは一般人に見られていないか、360度に視線を動かす。そしてどうやら目撃者は居ない事を確かめると、はぁっと大きく息を吐いた。

 

「王利絵、お前なぁ。初対面のリコリスと挨拶する度に同じ事やりやがって。ギャグでやってんのか? いい加減学習しろよ」

 

「すいません、フキ。普段からこうだから、つい忘れてしまって」

 

「先輩から聞いてた通りの人っすね」

 

「聞いてたとはどのように?」

 

「死ぬ程用心深くて、寝ている時でも完全武装で防弾の服を脱がない、風呂にもホルスターを巻いて銃を持ったまま入る、殆どビョーキだって」

 

 どこか楽しそうに、からかうようにサクラは言う。

 

「殆どじゃないな。こいつのは完全に病気だ、心のな」

 

「精神鑑定では優秀、正常、異常無しと判定されました。私達リコリスの仕事は常に命懸け。死なない為にはこれぐらいの装備は普通でしょう」

 

「じゃあ、そのトランクには何が入ってる?」

 

「日常的な物ばかりですよ」

 

「……具体的には?」

 

「防毒マスク、各種医療器具、飲み物各種、レーションに着火剤、ランタン、ライト、汚れた水を飲料水に変える装置、小型テント、サーマルゴーグルに地雷探知機、指向性マイク、松明、双眼鏡、暗視ゴーグル、動体探知機、生態センサー、アクティブソナー、段ボール箱、それから……」

 

「もういい」

 

 頭痛を覚えて額に手を当てたフキが、会話をそこで打ち切った。

 

「……戦場にでもお出かけっすか?」

 

 どん引きした表情のサクラは、そう言うのが精一杯だった。

 

「……たとえ核戦争が起きて世界中の人間が全滅しても、お前だけは絶対生き残れるよ。私が保証してやる」

 

「ありがとうございます」

 

「皮肉で言ってんだよ」

 

「分かっていますよ。ところでフキ、あなた達こそ、どうしてここに居る……って聞くのも野暮ですか」

 

 DA本部勤めのリコリスは、任務外の勝手な外出は出来ない。その彼女達が本部の外に来ているという事は……

 

「それで、どんな任務ですか?」

 

 少しだけ、フキは躊躇ったように間を置く。当然ながら守秘義務があるが……まぁ同じリコリス同士なら問題は無いだろう。

 

「爆弾処理だよ。ラジアータが、空港に爆弾が仕掛けられるという通信を傍受したんでな」

 

「でも拍子抜けするくらいあっさりと回収出来たっすよ。ほれ」

 

 サクラが、後ろ手に隠していた物を差し出す。

 

 黒いアタッシュケースだった。

 

「……えっ?」

 

「それにしても何か気に入らねぇんだよな。まるで見つけて下さいと言わんばかりに無造作に置かれていただけだったし、そもそもタイマーが作動していなかったし」

 

「ちょっと待ってください……」

 

 王利絵は段々、頭の中に一つの可能性が生まれていて、そしてそれが恐らく正しいのだろうという確信めいた予感に背筋を流れる汗が氷点下の温度になった気分だった。

 

 自分達は黒いアタッシュケースに入った爆弾を回収して、爆発によってウォールナットの爆死を偽装しにここへ来た。

 

 そして爆弾が所定の場所に見当たらず、代わりに爆弾を持ったと思しき男の姿を確認した。

 

 フキとサクラが爆弾を仕掛けるという情報を受けて処理の為にここへ来ていて、サクラが黒いアタッシュケースを持っている。

 

「……と、いう事は……!!」

 

 王利絵の視線が男子トイレの入り口に動いて、釣られるようにフキとサクラも同じ方向を見やる。

 

 次の瞬間、トイレからバッグを持った着ぐるみが飛び出してきた。

 

 一瞬だが、半開きになったバッグの口から作動してカウントダウンしているタイマーが見える。爆弾だ。

 

「っ!?」

 

 サクラが着ぐるみをテロリストと判断して、バッグに手を伸ばして銃を抜きかけるが、王利絵に止められた。

 

「なんで邪魔するっすか?」

 

「優れた判断力ですが、あれは味方です。あの着ぐるみもリコリスですよ」

 

「何っ? じゃあ、あの中身は刹那か!?」

 

 驚いている間にも、着ぐるみを被っているとは思えないスピードで刹那は走って行く。王利絵もフキもサクラも、慌ててその後を追っていく。

 

「あぁ待って刹那さん!! そのばく……バッグは違うんです!! せめてこの液体窒素スプレーを……!!」

 

 トランクから取り出した缶を掲げながら王利絵が叫ぶが、全力疾走していてしかも着ぐるみ越しでは聞こえないのか刹那は振り返らない。

 

「あ、あの人、自分を犠牲にして空港を守る気っすか!?」

 

「知るか!! とにかく追うんだ!!」

 

 そのまま連絡用の通路から外へ出ると、ちょうど空港の作業員が車から降りかけている所だった。ツキはある。

 

「降りるんだ」

 

 刹那は作業員を引きずり下ろしてしまうと、キーが挿さったままのその車のアクセルを思い切り踏み込んで、発車させた。

 

「あぁっ、車泥棒だ!!」

 

 叫ぶ作業員を尻目に、走り出した車が向かう先は滑走路だ。あそこなら、広さがあるから爆発しても被害は最小限に食い止められる。

 

「……聞いていたよりも、随分とタイミングがシビアね? あの運び屋の男も、素直に渡さなかったし……」

 

 着ぐるみの中で、刹那はひとりごちた。

 

 任務に不確定要素は付き物だが、今回のは何か妙だ。

 

 と、その時だった。着ぐるみの胸の隠しポケットに入れていたスマホが着信音を奏でる。

 

「?」

 

 画面を見ると、掛けてきているのは今回の依頼人であるウォールナットからの緊急連絡用にと通知されていた番号だった。

 

 通話ボタンを押す。

 

「もしもし、こちら刹那」

 

<ウォールナットだ>

 

 聞こえてきたのは男とも女ともつかない、加工が施された合成音だった。

 

「どうかしたの? 今はちょっと取り込み中なのだけど……」

 

 助手席に置いた爆弾に目を送ると、タイマーは1分を切った所だった。

 

<今回の依頼の事だが、状況が変化して僕の身の安全は、ひとまずだが確保された。だから現時点で依頼を中止させてもらう。勿論、報酬は約束の額を支払う。これから解除コードを送って爆弾を止めるから……って、なんだ、まだ爆弾を起動させてはいないのか>

 

「……起動させていない? 任務中止? じゃあ、この爆弾は……!!」

 

 ここへ来て、刹那にも状況が飲み込めてきた。

 

 爆弾のタイマーに表示された数字の列が、全て一種類のゾロ目になった。

 

 

 

 

 

 

 

「おい、どうした? 何かあったのか?」

 

 都内を走る救急車。

 

 その助手席にはウォールナットことクルミが、携帯電話へと怒鳴っていた。

 

「どうした?」

 

 救急車を運転するのは、救急隊員に変装したミカである。

 

 今回の作戦はウォールナットからの依頼を受けたミカが主導で、幾段階かに分かれている。

 

 第一段階として、刹那と王利絵に別口で依頼して近隣の武装勢力を襲撃させ、敵が動かせる戦力を削る。

 

 続いて第二段階、目立つようにLEXUS・LFAを用意して、ウォールナット自身はトゥデイに乗って逃げる。どちらの車にも、リスの着ぐるみを着た「ウォールナット」が乗って、追撃してくる敵の戦力を分散させる。

 

 第三段階は、ウォールナットが死んだと見せる事。これにはいくつかのパターンを用意されていたが実際には「任務中に護衛失敗でウォールナットが撃たれて死亡」というプランBが使われる事になった。ちなみに防弾と血が吹き出る加工を施したウォールナットの着ぐるみを被っていたのはミズキで、護衛役が千束とたきなである。

 

 それ以外にはプランAとしてハリウッド張りの大爆発が用意されていて、こちらが刹那達へ伝えられていた計画だった。

 

 クルミは刹那に任務中止の連絡を入れていたのだが……突然、その通信が切れたのだ。切れる瞬間に、爆発するような音が聞こえた気がするが……

 

「何かあったんですか?」

 

 後部の寝台席から体を乗り出すように、たきなが尋ねてくる。

 

「囮役の、刹那……だったか。あいつとの連絡が途切れた。何かあったのかも」

 

「なんだ、その事か」

 

「じゃ大丈夫だね」

 

「あ、ビールもう一本ちょうだい」

 

 その名前が出た途端、車内の空気が一斉に弛緩した。蚊帳の外なのは外様のくるみと、付き合いが浅いたきなの二人。

 

 別働隊と連絡が取れないという状況なのに、この気安い空気はどうだ。皆は、事態の深刻さが分かっていないのだろうか?

 

「ちょっと……!! 分かってるんですか? 何か予想外の事態があったのかも……」

 

「たきな」

 

 落ち着かせるように、千束の手が相棒の背中をぽんと叩いた。

 

「刹那なら大丈夫だよ」

 

 

 

 

 

 

 

「サクラ、お前さっき爆弾のタイマーを見たんだろ。時間はどれぐらいだった?」

 

「確か、9分40秒ぐらいだったっす……」

 

 フキが、腕時計に目を落とす。千束やたきな、王利絵が持っているのと同じデザインの、刹那から贈られた時計だ。見えないが文字盤の裏には「Ⅱ」と刻まれている。

 

「だとすると、弾けるまで後10秒……」

 

 顔を上げると、滑走路へまっすぐ走って小さくなっていく車の影が見えた。

 

「タイムリミットだ……」

 

 フキが言い終えたのとほぼ時間差無く、爆発。

 

 炎と煙が上がって、轟音と空気を叩く衝撃が襲ってくる。

 

「あああ……」

 

 仲間の死は初めてではないが、そのショックには慣れるものではない。壮絶な爆死を遂げた同僚に、サクラは動揺を隠す事は出来ないようだった。

 

「いや、待ってください。あれは……」

 

 双眼鏡を覗いていた王利絵が、声を上げた。

 

「貸せ!!」

 

 フキが、双眼鏡を奪い取って覗き込む。

 

「ちょっと、私にも見せて下さいっすよ」

 

 サクラが、王利絵の取り出した予備の双眼鏡を奪って覗き込む。

 

「あぁもう」

 

 予備の予備の双眼鏡をトランクから出して、3人のリコリスは双眼鏡で爆破地点を見る。

 

「おおっ!!」

 

「あれは!!」

 

「刹那さん!!」

 

 爆炎を背に、頭が外れてあちこち破れて焼け焦げたボロボロの着ぐるみ姿の刹那が、こちらへ向かって歩いてくる。

 

 理想を言えば爆弾が弾ける前に処理する事だったが、大勢の民間人の命はこれで救われた。次善の結果と言えるだろう。

 

 フキはスマホを取り出すと、DAに繋ぐ。

 

「こちらフキ……任務完了しました。処理班を寄越してください」

 

 自分達リコリスの仕事はここで終わりだ。

 

 終わりだが……またもう一仕事がある。大勢の命を救ったヒーローを、どうやって騒がれず、可能な限り人目に付かず速やかに空港から脱出させるか。まぁこれは情報部の腕の見せ所と言えるだろう。お手並み拝見だ。

 

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