前話の続きとなります。
玲治君に大権を貰っていただく話は終わったが、彼は今後どうするのかな。忙しくて嫌になり、どこかに逃げられたらたまらない。娘は……幾度か会話した感じでは玲治君側に立つだろうから、錨にはならないか。
「それで、玲治君は確か社長もやってたかと思うけどそっちはどうするんだい?」
「あー……元々終末で需要も終わりかと思ってたんですが、何故かまだ需要があるので一部縮小しつつも継続ですかね」
職を提供するという意味では助かるが、彼の企業は自動販売機の販売・設置・メンテナンス業だったか。この状況でどのあたりに需要が……いや、その前に飲料等を供給できるのか?
「その、民間企業については詳しくないのだが、崩壊した世界で需要があるのかい?」
「物によっては小規模な結界機能とオカルトアイテム購入機能があるので、まだ買いたい方がいらっしゃるみたいですね」
そういう機能があったのか……確かに結界機能に問題があった時、
「うちも買うべきかな」
「はは、基本企業とか省庁向けですよ。個人向けならもっといいのがありますよ」
持つべきものはコネかな。設置するかはともかく入手できるという状況は助かるね。
「しかし……二足、いや三足のわらじで大丈夫なのかい?もちろん県のトップに立ったとしてもすべての業務をしてくれと言うつもりは無いし、我々も協力するが、体は大丈夫なのかい?」
県トップ、社長、そしてオカルト霊能力者としての戦い。どれも一筋縄ではいかない業務だろう。できれば社長業は誰かに渡してもらい他に専念してもらいたいが……適任者が思いつかないな。
私の親族からは……だめだ、覚醒者はいないし、これ以上身内に権力を与えればいらぬ批判を受けかねぬ。玲治君側でだれか探してもらわなければならないか。
……これもガイア連合側との話し合いの議題かな。
「みんなやりたがらないのでね、人は探しますけど、副社長に大体お任せしてお飾り専任ですかね」
「それで大丈夫なのかい?」
「地元霊能力者にやらせるには問題ですが、さりとてガイア連合で社長業を務められる人はそう多くないので……連合本部もそれで大変みたいですしね」
ガイア連合系企業、いや世界を支配できそうな企業群の一企業、そのトップなんて立場、誰だって喉から手が出せるほど欲しがりそうなものだが……ガイア連合の構成員、やはり良くわからないな。
「世界を牛耳れそうなのに、奥ゆかしい事だ」
「我々は別に世界をどうするかとか考えていませんでしたよ。任せられそうな人たちが全員転けたからトップを走っているにすぎません」
「本当かい?」
「ハハ、疑わしい気持ちはわかりますが、我々の立ち位置としてはプレッパーみたいなもんですよ」
プレッパー、アメリカで世界崩壊に備える……備えていた人々か。たしかにオカルト的世界崩壊に備えていたのは確かだろうが、そこに何の意図もなかったと考えづらいのだがね。
「それにしてはずいぶんと手回しが良さげに見えるよ」
「自宅とその周りを綺麗にする、そのくらいにしておきたかったんですかね。
「直接的な支援は考えなかったのかい」
「
同好会ねぇ。世界をどうこうできる同好会なんて、大多数からは信じられないだろう。まだ世界征服を企む組織だと言われたほうが信じてもらえるだろう、私も含めて。
「ハハ、その言葉、信じておくよ」
「信じていただけないのは悲しいですよ、お義父さん」
玲治君も信じてもらえるとは思っていないのか、悲しむフリで終わらせてくれる。
後は……初登庁の日かな。
「さて……いつから登庁できるかい?」
「あー……来週月曜からなら開いてますから言っていただければ予定にしておきます。そこから何日くらいかかる予定ですか?」
「お披露目の式典をやるだけだから1日で終わる予定だよ。ただ、予備日として1日確保したい」
「二日であれば問題ありません」
「終わった後の登庁は自由だ。県知事室でふんぞり返っていてもらってもかまわないよ」
「そんなことするくらいなら
「君の稼ぎがわが県の存亡にかかわっているらからね、期待しているよ……では、水曜の午前10時からとするから、9時には迎えに行くからよろしく頼むよ」
「わかり……ました」
玲治君は自分の
若者は儀式というものを面倒くさがったり、拒否してきたりもするが、彼はその必要性が分かっている。政治の政は、【まつりごと】とも読む。つまり【祭り事】であり儀式だ。政治家のパーティーも議会も必要だから行われる。玲治君も内心は面倒くさがっているのかもしれないが、参加し肩書に相応しい行動をしてくれるのは立派だ。
それが社会人経験があるからなのか、ガイア連合の人間だからなのかは分からないが、我々にとって助かることは確かだ。*1
さて、彼の説得と段取りはすんだ。あとはこちら側の段取りか。根回しは概ね終わっているから儀式の段取りをすれば概ね大丈夫だろう。スピーチ内容もある程度こっちで考えて彼に修正してもらえばいいだろうし、肩の荷が下りるというものだ。
さてはて、我らの未来は彼の双肩にかかっているが、私のやれる事といえば彼の善性を信じるくらいだな。
鹿威しが立てるカコンという音が響く。
いかんな間が持たん。何か……そう何かを話し、意思疎通をしておかねば。だが……若者と共通の話題が無い。支持者として会う人たちは大抵年寄りだから、そちらのネタはあるのだが、玲治君みたいな20前後の子達の話題とは何だろうか。
しまったな……春華に他の部屋に行ってもらったのは失敗だったかな。居てくれれば場を繋いでくれたろうにね。
ガラッ
沈黙が支配する空間に、突如響く襖を開く音。
「あら、殿方同士の難しいお話は終わりまして?」
なんという絶妙なタイミングか、襖を開け入ってきたのは我が妻であった。その後ろには母と娘。別室で行われていた女性同士の姦しい会話が終わったのか、それとも割り込むタイミングを計っていたのか。
「ああ、概ね」
「それはようございました」
そう言って入ってきた妻は何故か玲治君の隣に座り、反対側に娘、そして母も近くに座る。
女性による玲治君の包囲網が敷かれた。
玲治君は突如の事に驚愕を露わにする。嫁である娘なら兎も角、妻や母は食事の時はこちら側だった。女性同士の話し合いで”何か”があったと察するに十分な事態だ。
「ねえ玲治さん、
「え?」
着席した妻が間髪入れず、ストレートな孫が見たい宣言を投げるが、困惑した玲治君は二の句が継げない。
「玲治さん、私もやや子が欲しいです」
「え?」
いつの間にか玲治君の腕に抱き着いていた娘が、顔を赤らめながら畳みかける。
男親として、彼の妻になってしまったんだなという寂しさと、うちの娘になんて顔させてるんじゃワレェという怒りが湧く。
だが政治家としての自分は、確かに子供は早めに作っておいた方が繋がりとしては良いなと考えてしまう。まったく因果な商売よ、娘や孫も政治的な手ごまとして見てしまう癖がついてしまうとはね。
「今こんな情勢ですし……なにより、玲治君のお母様はお仕事で忙しいでしょう?私やお義母さんが元気で、子育てを手伝えるうちに子供は作っておいた方がいいわよ、絶対」
「え、あの」
確かに彼のご両親はまだまだ元気だが、農業従事者は大体一年中忙しいし……なにより、
「そうよ、旦那が死んで悲しみに暮れる祖母に生きがいを作ると思って、がんばってくれないかしら」
「あ、はい???」
袖口で涙をぬぐうふりをしながら宣う我が母の態度に、心の中で苦笑が漏れる。
何を言っているんだ母さん、殺しても死なないような怪物な癖に……玲治君が困惑してるじゃないか。知っているんですよ、地元が滅茶苦茶になった時、年寄り連中を取りまとめに動いたのを。
「ねえ、草史郎さんも元気なうちに孫の顔を見たいでしょ?」
「ああ、そうだね。草治が帰ってくるとは聞いているけど、嫁の当てがあるやらないやら。僕もいつまで生きれるか分からないし早く見たいのは確かだね」
玲治君は目線で私に向かってヘルプコールをしてくるが……すまない、助けるのは無理だ。
それにだ。私たちが健康なうちに子供が大きくなってほしいのは確かだ。聞くに霊能力者は血統的な要素が大きい。つまり玲治君と春華の子供は霊能力者とて強者である蓋然性が高いという事だ。金を得るにしろ、能力者として期待するにしても拉致のインセンティブは高くなる。
むろん、拉致など簡単には出来ないだろうし、仮に行われれば、反撃は厳しい物になるだろう。だが世に悪の種は尽きまじとも言う。一発逆転で狙う輩はでるだろう。信用できる身内以外に預けるの避けねばならないし、手伝いを雇うことすらリスクになりかねない。
「ええ、その、はい、ガンバリマス」
「義息子のがんばりに期待しておりますよ」
言質を取ったことで一旦は満足したのか、子供を作れという言葉の矛先を収める。女性陣の攻勢にたじたじになっていた玲治君はほっとした表情を見せ、こちらに非難の目線を送ってくる。それを手元のお茶を飲むことで躱しながら思う。
結婚してから3~4年は立っているんだ、そろそろ家族計画を考えてもいいんじゃないかな。一般庶民なら子供の有無は自由な話だが、一定以上の立場では義務なんだよね。別に伊達やハプスブルクになれとは言わないが、(後北条)くらいにはなってもいいんじゃないかな。私も結婚して1年くらいで子供は作ったからね。
「ふー……偉い立場も楽じゃないんですね……」
「分かってくれたようでうれしいよ。ようこそ”こちら側へ”」
玲治君が苦笑いを浮かべ、私も苦笑い。
だがまあ、今のやり取りである程度察しがつくなら政治家としての才能もあるんじゃないかな?息子が帰ってこなかったり、ダメだったら養子として後を……止めておこう。
政祭一致は問題発生時にリカバリーが効かないし、なにより娘に怒られそうだ。
会食もお開きとなり、帰る段となる。車が料亭の入り口に横付けされ、私たちを待っている。
。
玲治君に受け入れてもらえたので私の気持ちは晴れやかであった。拒否された際のシミュレーションは行っていたものの案外すんなり受け入れてくれたためプランBは切らずに済んだし、これからも仲良くやっていけそうでよかった。
そういえば二人はどうやってここに来たのかな。自分で運転してきたのだろうか。
「玲治君はここまで自分で運転かい?」
「いえ、近くまで跳んできて、そこから徒歩ですね」
跳んでくる……よくわからないが、ヘリコプターでも運用しているのだろうか。空も悪魔が出現するとかでジェット機も安全ではないと聞いていたが……
「乗っていかないかい?」
ほんの少しでも娘と一緒に居たい気持ちと、場合によっては親密さのアピールになるかと思い同乗を提案する。
「あー、いえ大丈夫です。やる事もありますし、ここから跳びます」
「それは……どういうことだい?」
ヘリコプターを呼ぶ?いやさすがに危ないだろうし、料亭にはさすがにヘリポートは無い。
私が訝しがっていると玲治君は苦笑を浮かべながら”何か”を”呼ぶ”
「見ていただいた方がいいみたいですね。我々(ガイア連合)の人間はこういう事もできますよと」
【焔】
彼が”何か”を”呼んだ”瞬間、我々に影が差す。影の大きさは全員を包むほど大きく、傍らに巨人が現れたかの様だったが、気配は上から……
バサッバサッ
鳥が羽ばたくような音を聞き、頭を上げれば鳥の姿。赤い……というよりは紅色をした羽をもつ巨鳥が上空を優雅に舞っていた。
「おお……」
『まあ……』
私と妻と母、全員が驚愕の表情を浮かべるしかない状態だった。空を飛ぶその姿からは美しさと共に神秘性をも感じる。神秘性とはなんだと言われるかもしれないが、私の内側から湧き上がるこの不思議な気持ちは神秘性という言葉でしか表せない。
「ではお義父さん、来週よろしくお願いしますね」
「お父様、お母さまにおばあ様、失礼いたします」
「あ、ああ……」
【トラポート】
鳥がひと鳴きすれば玲治君も娘も、そして鳥すらも消え去る。痕跡を残す事も無く、まるで煙が大気に消えていくようにふっと。
もしかしたら……所謂霊能力者であればなにがしかの痕跡が見えるのかもしれない。だが私は一般人、何も見えはしない。非現実的な光景だったが、微かに聞こえる虫の声だけがこれが現実だと教えてくれる。いや、もしかしたらこれは胡蝶の夢?、夢の中で娘婿が超能力に目覚めた世界を漂っている……
「あなた、行きましょう」
妻の声が、思考の海に沈む私を現実に引っ張り上げる。
「ああ、すまない。ちょっと……非現実的な光景でね」
謝りながら車に乗り込む。どの程度の時間ぼんやりしていたのか。数秒のような、何時間もあったような、不思議な気持ちだ。
帰りの車内は静かだ、誰も喋らない。行きはあんなにも姦しかった母も沈黙を貫いている。
鳥の存在に心をうたれたのかもしれない。あの紅き鳥を見た際に、私が受けた圧は筆舌に尽くしがたい。
人に見上げるような山がのしかかるような重圧……それでもまだ弱いと思わされる存在の差。
そんな存在を使役する玲治君と春華は、鳥よりも上の存在なのだろうが彼らからは圧を感じなかった。
もしかして……抑えてくれていたのかな。
同じ圧を感じながら果たして会食はできたか……無理だなと結論付け、一息つく。
頭では格の高い霊能力者がどのようなものか理解していたつもりであったが、相対して初めてわかることもあるということだろう。
義息子が想像を大幅に超えた存在だったことを、喜べばいいのか悲しめばいいのか。すくなくとも知ってしまったことで、かじ取りはさらに難しくなってしまう。
「これからどうなるのかしらね」
窓の外を眺める妻。物憂げな表情が窓ガラスに映る。
『これからどうなるか』、多分誰も知りたがり、誰もが解を持たない疑問だろう。そうだなと同意するのはたやすいが──妻を元気づけるのも旦那の役目か──流石に母さんほどタフではないか。
「まあ、なんとかしてみせるさ」
「ふふ、私と結婚する時も言ってましたわね」
「言った通り、なんとか成ってきたじゃないか」
「そうね……では、旦那様の今後のがんばりに期待すると致しましょうか」
ややおどけて言えば、結婚時の事を思い出したのか妻に笑顔が戻る。
私も若かった。彼女もそれなりの家のお嬢さんとはいえ、政治の家ではなかったし、縁あって
恥ずかしいというより懐かしいと思えるのは、今まで上手くやってこれたからか、はたまた少年の心を忘れていないからか。
「任されましたよ、お嬢様。それに……娘にもかっこいい父親を見せてあげないとね」
「ふふ」
さて、奥様にも言われたし頑張らざるをえないわけだが。玲治君みたいな人を超越しているような何かを抱えている集団ガイア連合。彼らが我々のような矮小の存在を生かしている何らかの目的があるのだろう、まずはその部分を探る事からか……
まさか子供番組に出てくる悪の秘密結社の様に、生贄の儀式でもやるわけではあるまいが、彼らだけで十二分このイカレタ世界を生きていけるはずなのに、苦労してまで世界を維持するのか。
玲治君の言葉からは生きてきた社会を維持し、その恩恵を得るため*2のように感じるが……。
最後の瞬間に後悔したくはない、何か他の理由があるかは探らねばならない。
だが、なんというか……へたすると超常的な力で頭を覗かれかねない存在にどう相対していくか、まったく思いつかない。いっそ目の前で腹でもだして全面降伏するか……いや安く見られるのも良くないか。私だけでなく県民の存続にも関わるから安易な手段も取りづらい。
まいったね、まったく思いつかない。だが兎に角次の式典を行い、玲治君をお披露目し、そこからなんとかしていくかしかあるまい。
遠くに見える不思議な空模様のように、私の考えは千々に乱れていた。
書くのに時間がかかりましたが、ゼルダが神ゲーなのが悪い
次は多分掲示板……かな