妹が突然魔法少女になった転生者(退魔師)の話。 作:こーす
俺には妹がいる。
志度野まなつ。しっかりものの小学六年生だ。
前世の頃からずぼらだった俺と違って、まなつはしっかりものだ。普段からあまり家にいない両親に変わり、料理を一手に担うほどのしっかりもの。
掃除と洗濯? 流石にそれは基本家にいる俺がやってるよ。料理はあれだね、俺がやると栄養偏るからね。
ええやろ、チャーハンと焼きそばとスパゲッティができれば男の一人暮らしはできるんだよ!
対してまなつは、小学生ながらにしてそこらの飲食店なみのレパートリーがある。うんこれは、俺の出る幕はありませんね。
将来はいいお嫁さんになるだろう。
ともあれ、実際まなつは容姿端麗。告白してくる変な子に口を揃えて容姿は普通だけど、と言われるTHE普通の俺とは正反対に可愛らしい少女である。
黒髪ロングに、クソデカリボンを備え付けた王道美少女スタイル。とはいえ、アニメの中とかでしかみないようなクソデカリボンを現実に成立させている辺り、それは果たして本当に王道なのかという疑問はあるが。
俺にとって、まなつは大切な妹だ。
何を隠そう、俺が退魔師の世界に足を踏み入れたそもそもの原因は、まなつを守るためだ。今から数年前、当時まだ幼かったまなつは偶然妖魔に目をつけられ“呪われて”しまう。
妖魔ってのは、結構悪辣な存在で、まなつのように罪のない子供を呪うことでエネルギーを得たりする。その時はまなつの他にも複数の子供が同時に呪われて、事件になった。
いや、正確には事件になるような事件のはずなのに、全然事件にならないという事件になった。
まなつの呪いは体調不良と診断され、病院に入院されることとなった。そこで、同じようにただの体調不良なのになぜか入院することになった子供が複数いることを知った俺は、直感したのだ。
これは裏になにかある、と。
そこで、病院にいた怪しい人間を尾行した結果、俺は街の裏にある退魔省の事務所にたどり着く。そこでまぁ、色々とやらかした俺は、最終的に退魔師となるわけだが。
ぶっちゃけその辺りは黒歴史だ、今となっては結果オーライとは言われるものの、思い出したくない歴史である。
まぁ、まなつを助けようとしたことに後悔はないけどな?
――そもそもなんの話をするためにこんな話をしているのか。
そう、わざわざ思い出したくないことを思い出して、話をしているのには訳がある。俺が退魔師の世界に足を踏み入れたきっかけは、まなつだった。
しかし、だ。
そのせいか何か知らないが、俺はちょっとした誤解を受けている。
それはなにか、単純だ。
失礼な話である。たしかに俺はシスコンだ。まなつはすごく良く出来た妹で、だからこそシスコンであることはしょうがないことなのである。
事実、まなつのことを知っている俺の知り合いの退魔師の中にも、まなつを溺愛する奴はいる。それくらい愛嬌があって、周りに好かれる存在なのだ、まなつは。
だが、だからこそ声を大にして云いたい。俺はシスコンだが、
創作の話じゃないんだぞ? いや、この世界は創作みたいな世界だが、決してラブコメや色恋がどうこうみたいな世界じゃない。
そう、俺は決して常識を逸脱したようなシスコンではない。あくまでごくごく普通の、どこにでもいる兄としてのシスコンなのだ。
●○
退魔省。
今から千年ほど前、この国において初めて設置された国が運営する退魔組織である。それ以前から退魔師は存在していたし、国に仕える退魔師もいた。
しかし、この国において本格的な退魔師としての活動が可能になったのは、ここ千年ほどのことなのだ。
そもそも妖魔というのは、人々の生活の裏に隠れて魔の力を吸い取ることで存在する怪物である。魔の力を得るには、呪いなどで直接吸い取るか、人々の抱いた恐怖という感情をエネルギーに変換する必要がある。
人類にとって、妖魔とは恐怖の象徴であり、災害だったのである。
それに対抗するためのノウハウを構築するには、ある一定以上の文明水準は必要不可欠。この国ではそれを手に入れるまでにそれだけの時間を要したというわけだ。
かくして成立した退魔組織、退魔省――当時は陰陽寮と呼称されていた。今の呼び方に変化したのは明治時代のころだ――は人々の生活を影から守っていた。
国のバックアップと、非科学的な退魔師でなければ感知できない特別な術式によって、その隠蔽は完璧だった。
情報社会となった現代に至ってもその存在が露呈していないのは、政府の努力と隠蔽術式のはてなきアップロードによる技術革新が大きい。
それでも時折、一般人が退魔の世界に関わってしまうことがある。大抵の場合は記憶処理を受けて、退魔のことなど忘れて日常生活に戻ることとなる。
むしろ現代になってからは、隠蔽術式が高度化したこともあって記憶処理による忘却が基本となった。
少なくとも、明治時代に入って――表の世界がオカルトから離れ、科学によってあるき出した頃から――退魔の世界に迷い込んだ人間が、そのまま退魔の世界に居座ることはなくなった。
その唯一の例外が、志度野まなつの兄である。
彼は、まなつが呪われた際にその異常に気がついた。そもそも彼は、前世の記憶があり退魔の世界が存在しない世界の記憶を持っているために、退魔の気配に敏い。そして、転生という特異な経験から普通ならどうしても非常識と切り捨ててしまう退魔世界の常識を受け入れることができる。
結果、彼はまなつを救うため退魔師の後を尾行して――
気がつけば、
恐ろしいことに、退魔省の事務所に潜入して資料のいくつかを手に入れると独学で退魔の術式を習得。街にはびこっていた妖魔を個人で退治してしまった。
はっきりいって、退魔省始まって以来の一大事である。一般人に存在を気取られて隠蔽されているはずの事務所を突き止められただけでなく、中にあった資料を持ち出され、更にはその資料をもとに独学で妖魔を撃退されるなど。
しかもそのことを、全て終わった後に退魔省へ出頭した彼自身の口から聞かされたとなれば、退魔省の面目は丸つぶれである。
そう、彼は殊勝にもそのことを自白し、あまつさえ記憶処理すら申し出てきたのだ。
彼はあくまで妹を助けたかっただけで、その後のことなどどうでもよかったのだから。
対して、退魔省はそれはもう揉めた。果たして対処を記憶処理だけにとどめて良いのか。そもそも、彼は独学で退魔の世界に入り込み、退魔省が手こずっていた妖魔を退治してしまう存在だ。このまま放逐していいのか?
何より、
だったらいっその事、隠蔽するのではなく彼を大々的に“天性の才能”として受け入れてしまうべきではないか?
もちろん、彼が対魔省に乗り込んで技術を得たことは隠して。つまり、もっと大きな嘘をついたのだ。その嘘に比べれば、大したことのない真実を隠すために。
結果は――今の彼の立ち位置を考えてもらえば、説明は不要だろう。
問題は、
いや、最初のうちは彼はシスコン――というよりも家族思いの異常者なのだろうと思われていた。しかし、のちの行動から単純に彼の行動力がおかしいだけなのだということがわかったため、この出来事がシスコン疑惑に起因することはなくなった。
――だから、彼がシスコンと呼ばれるようになった原因。
それは、
それはある“事故”に原因の一端があった――
●○
「にしても――魔法少女、のう」
そこは事務所だった。デスクとパソコン、それから応接用の椅子などが並ぶ、狭い事務所。一見すると零細企業の事務所だが、あちこちに飾られたオカルトアイテムからそこが異質な場所であることは読み取れた。
世界を裏から守る正義の組織――退魔省の事務所が、ここだ。
そこには、普段二人の女声が詰めている。
これに加えて、主に在宅で呪物の除染をしている退魔師を含めて、系三名が現在のこの街の退魔省の組織構成員だ。
一人はスーツ姿の二十代の女性。茶色がかった髪をウェーブがかったセミロングにしている落ち着いた雰囲気の女性が、パソコンでなにやら作業をしている。
その後ろに、もう一人。
こちらは十代後半程度の美少女だ。巫女服を着ている金髪の少女。あどけない顔立ちだが、浮かべている笑みはどこか妖艶。そして何より――その頭部には狐の耳が生えていた。
作業をしているスーツ姿の女性の後ろから、そのパソコンを眺めている状況だ。
「……はい。おそらくは、この世界の法則とは異なる魔の力を操る技術体系を有する存在です。あの人は“魔力”と呼んでいましたが、漫画の読みすぎじゃないですか?」
「いやぁ……多分、ほんとに魔力って呼ばれてるんじゃないかのう、魔の力じゃぞ? 我々も」
キリっと、真面目な雰囲気で説明するスーツ姿の女性と、のじゃ口調の狐耳巫女。
「そうは言いますが……“ココミ”さん」
「なんじゃい、“アカネ”」
狐耳の少女――ココミは、少しばかりの退屈さが混じった声音で言う。
対するスーツの女性――アカネは、それを咎めるように視線を後方に流した。
「私、いまいち魔法少女というのが信じられません。オカルトかなにかじゃないですか?」
「いやお前さんが言うか――?」
まさかの魔法少女をオカルト扱いする退魔関係者。THE人外を体現する狐耳は、それに半目で返した。
「確かに、突然この街に天魔クラスの魔の力が検出されたのは事実です。それと同時に、仮称“魔法少女”と未確認の妖魔が出現したことも」
「いや、アレは妖魔ではないからな? 定義からして違うからな?」
「同じじゃないですか。魔の力で動いてる人外はだいたいぜんぶ妖魔ですよ」
「今吾が妖魔だつったのじゃ!?」
この世界の人類の敵は妖魔だが、それ以外にも人外は存在する。ココミなんかは見るからにそれだ。
ちなみに、アカネは魔法少女を襲った車の怪物も“妖魔の一種”だと言うが、厳密にはアレは“呪具”だ。というのも――
「妖魔とそれ以外の定義は、人類に敵対しているか否かです。ココミさんはそうではありません」
「相変わらずこの定義、人類のことしか考えてなくていっそ清々しいのぉ」
そして、人類に敵対している“道具”は呪物として扱われる。車の怪物は明らかに怪物だが、車を素体にしているため呪具と称するのが適切だ。
まぁ、そこまで厳密に考えるものは退魔師の中では少ないが。
「……逆に言えば」
キーボードがタイピングする音が響く室内で、アカネが一端話題を切り替えたことで、沈黙が降りる。
「“彼女”が如何に魔法少女を名乗ろうと、現在のこの世界の定義では彼女も退魔師の一種です」
「あー、それはのう」
“彼女”。
そもそも、今回の事件の発端。
突如として魔法少女に変身し、件の怪物を撃退した少女。
「志度野まなつ。……あの人の妹ですね」
「まさか、一般人が独学で退魔師になる、世界で二番目の例があの男の妹君になるとはのぉ」
「……とんだお騒がせ兄妹です」
あの人。あの男。
言うまでもなくまなつの兄だが、退魔世界での彼の評価は“変人”だ。一般人から独学で退魔師となった変人。才能も実力も疑いようはないが――どこかおかしいのだ、言うまでもなく。
「いやしかし、しかしまさかなぁ。あの男の妹君が魔法少女になるとは、くふ、くふふふ……」
「笑い事じゃないですよ。また面倒なことになりますよ……」
「何、天魔が一掃されたこの世界で、新たに天魔級が確認されたことよりは、些細な問題じゃろう」
「
ぴたり――と、キーボードを叩く音が消えた。
それから数回マウスをクリックする音が響いて、
「……だって、あの人の“妹”ですよ!? よりにもよって、どうしてまなつちゃんなんですか……」
「因果、運命、偶然。ふむ、好きな言葉をくれてやろう」
「せめて……せめて、
――嘆息と共に、アカネはあるファイルを開いていた。
それは、先程から災害かなにかのように評される“あの男”の送ってきたファイルだった。タイトルは「魔法少女資料」。
「ま、そこはある意味逆に幸運じゃったじゃろう」
「それで苦労するのは誰だと思ってるんですか! それに今回は――まなつちゃんは当事者です」
「ああ……それはのう」
最後に付け加えたアカネの一言に、ココミもどこか面倒そうな顔をした。これまでの会話から刹那的な感性をしていることがうかがえるココミですら、
「そうなると……読めんのう」
「ええ、本当に――」
カチカチっとダブルクリック。
開かれたファイルは、映像資料だった。
「――
それは、志度野まなつが
二人にしてみれば、それは……
「あのシスコン、これが見せたかっただけじゃろ」
「……ですね」
と、そうとしか見れないものである。
しかし、それは
そちらではないのだが――
彼女たちがそう思うのも、無理からぬことであった。
そう呼ばれたあの男には、そう呼ばれるだけの理由が存在しているのだから――