夏の夜、身を投げようとしていた。それを妖怪に止められ、気がつくと神社にいた。
寝ている状態から身体を起こして辺りを見渡すが、やはり神社である。
足元の石畳、目の前の朱い鳥居、そして背後にある木造、瓦の屋根、『奉納』と大きくかかれた木箱。
……間違いなく神社である。
見慣れぬ光景に周囲を見回していると、境内の奥、神社の裏手から人が歩いてくる音が聞こえてきた。
肩越しに背後を見る。
「ここの住人の格好じゃないわね」
音の出所に視線を送ると、少女が立っていた。ここが神社であり、若い少女ということで巫女ということは何となくわかる。しかし、格好がどうも巫女らしくない。紅白を基調とする着物、ここまではよい。
だがその巫女は、白衣の上から紅いベストのようなものを羽織り、袴はミニスカートのように加工し、その丈は膝よりも高く、襟にはフリルが施され、そして何よりも袖が独立しており、肩を露出させていた。
「くだらない質問をしてもいいか?」
立ち上がり、少女の方へ身体を向け体についた砂を叩きながら尋ねる。
「何かしら?私に答えられる範囲なら答えるわよ」
少女はどうやらこの神社について、俺の措かれている状況について詳しいらしい。
「その格好、本当に巫女か?」
尻を叩きながら尋ねる。
少女は袖で口元を隠して笑っていた。
「変な男ね。紫がここに呼んだのも頷けるわ」
「楽しそうなところ申し訳ないが、お前は本当に巫女なんだな?」
改めて聞く。質問に答えてもらわなければ話も進まない。
少女は一歩、また一歩と歩き、賽銭箱の前に立った。
そして足を肩幅に開く。
「ここは博麗神社よ。そして、私はここの巫女、博霊霊夢よ」
腕を組んでまで偉そうなやつだと思った。
しかし、やはり巫女なのか。以前見たことのあるコスプレの巫女の方がより巫女らしい格好をしていたんだがな。
しかし、神社と同じく『博霊』を名乗っているということは神主は世襲で決められるのだろうか?そして、彼女はその娘ということになるのか?
「色々と失礼なことを考えているようだけど、れっきとした巫女よ。そして、ここには神主はいないわ。神職は私だけ」
俺は「そうか」とだけ呟き辺りを見回した。
あいつなら喜ぶだろうな。
そんなことを考えていると少女が詰め寄ってきた。
俺の顔をまじまじと見ながら「なるほど」と呟いた。
「あんた、今置かれている状況に何の疑問もないの?」
「正直に言えば疑問だらけだが、ここに死にに来たのからな……。そういった疑問に答えを出す必要もない」
彼女にとっては当たり前の疑問であろう。
俺に対する反応を見る限り彼女は俺のような突然の訪問者に慣れている。突然妖怪が現れ、気がつけば山の奥、多くの人間がこう尋ねたのだろう。
「ここはどこだ。」
「何が起きているんだ。」
俺がそのような疑問を持たないことが彼女にとっては疑問なのである。
「疑問に思うことはある」
近づく彼女の目に向かって答える。
「何かしら?」
少女は一歩下がり、俺の疑問に答えるつもりらしい。
「『八雲紫』はどんなやつだ?」
つい数十分前の、ビルの屋上での記憶。酒が入っていたこともあり、確実な記憶とは言えないが確かに覚えている。忘れるはずのない名前。
『八雲紫』
知らない名前ではない。
8年前の夏、俺とあいつが考えた名前。
彼女は自分の知ることのみを知ると言っていた。
つまり、彼女はこの名前を知っているということになる。
少女の方を見ると、御幣を俺の顔へと向けていた。
「残念ながらそれは私の知っていることじゃないわ。知っているのはあいつが妖怪で空間の裂目を利用することだけ」
「いつ頃からここに住んでいるんだ?」
「わからないわ。この郷を創ったっていう記録はあるから数百年はここに住んでいると思うわ」
矛盾が生じる。
あいつがいなくなったのは10年前、そいつが生まれたのは少なくとも数百年前。
どう概算しても数百年の差が生まれる。これは誤差というには大きすぎる。
あいつはそいつなのだろうか。
そいつはあいつなのだろうか。
「かなり悩んでいるわね。答えは出そう?」
少女が尋ねる。俺に向けていた御幣を戻し、今は御幣で左の掌を叩いている。恐らく退屈で手持ち無沙汰なのだろう。
「答えは出そうにないな」
率直に答える。
「緊迫感とかはないのね」
巫女は呟く。
人は自らのおかれた環境を受け入れ、諦めることでその環境に満足し、生きていく。
彼女はそのような経験がないのだろう。諦めることもなく、自身に与えられた殻を破りながら生きてきたのだろう。
俺とは違う。
敷かれたレールの上を走ることを強要され、そのレールを外れるようならば勘当を匂わせられる。
自由を求めて逃れた先にも自由はなく、レールに添って歩かされる日々。
『考えさせる授業』という大義名分のもと、学習要領からも逃れられぬ日々。
大河を泳ぐつもりの水槽のメダカというべきだろうか。
逃れることのできぬ、逃れた先にも待ち構える逃れられぬ壁。
そのような人生はこの巫女にはないだろう。
「お前は煙か」
呟く。風に吹かれるがまま流れ、登り続ける。他からの影響は流すくせに周りに影響を与え続ける。
巫女が羨ましく見えた。
「私は煙じゃないわ。煙はむしろあんたよ」
『博麗の巫女』は言い切った。
「自由に漂う振りをして、僅かな風にも吹き消される。何物にも染まらない振りをして、手で扇げば掻き消されてしまう」
『博麗の巫女』は静かに、力強く語る。
「何でそう言いきれる?顔を見て10分と経っていない筈だが?」
「なんとなくよ」
深く息を吐く。なんとなくで人の性格を決め付けてもらいたくない。
「でも」
博麗霊夢は口を止めずに語り続ける。
「私の『なんとなく』は何よりも頼りになるわ。現にそうして生きてきた」
「不思議なやつだな」
「私にとって今一番の不思議はあんたよ。紫を抜いてね」
八雲紫
どうも知りたがりの性根は治らない。
大学四年の夏から8年と数日。また、知りたいものができてしまった。
八雲紫について知ってから死んでも遅くはないはずだ。
8年前の話を聞いてからでも遅くないはずだ。
私事ですが、ケータイ買い換えました。
使いづらくてケータイを弄るのも嫌になる今日この頃です。