博麗神社の境内、敷石の上を静かに歩く。草履が石を擦る音が森の中を木霊していく。
「珍しい奴に出逢うものだな」
煙草を持たない左手で頭の後ろを掻く。仙人か賢者、もしくは巫女がいると踏んでいたが。
「珍しくもない奴に出会ってしまったものだな」
狐がいた。
嫌味ったらしく頭の後ろを掻きながら、一歩一歩と歩いてくる。大きな尻尾が左右に大きく振られ、身体の揺れと相まり、左右交互にその先を覗かせる。
「相変わらず嫌味な奴だな」
煙草を携帯灰皿に入れ、袖にしまう。わざと大きな動作で、肩で風を伐る不良のように、必要以上に大声で話す非常識人のように。
「私から云うべきことは多々ある。『やかましい』、『大きなお世話だ』、『たかが人間風情で』。しかし、貴様は残念なことに紫様の友人である。そんな貴方様に最大限の敬意と信愛を込め、三途の川の川幅を求める程度の頭脳を最大限使役して云うとすれば」
俺の肩程しかない身長を精一杯大きく見せようと尻尾を拡げ、背筋を伸ばし精一杯の威圧をする。それでもようやく顎に届く程度。あからさまな敵意を剥き出しにし、狐は中学生が吸うセブンスターのような、高校生が鳴らす爆音のバイクのような、可愛らしいともとれる微かな反抗心を、細やかな信愛を込めて口を開く。
「貴様ほどではない」
静かに、しかし力強く、自身を如何に尊大に見せるか。それのみを考えている。
狐がそう答え、尻尾が萎むことを知らず、膨らみ続ける様を見ながら、煙草を取り出す。マッチを擦り、火を眺める。リンが燃え尽き木材に火が移る。
木片に移った火をゆっくりと煙草の先に火を近づけ、静かに吸い込む。
大きく煙を吐き出す。
「奇遇だが……」
もう一度吸い込む。先程とは違い、短く強く。
「俺も御前にそう返すよ」
水と油、猿と犬、米と露。様々な表し型があるが、互いに噛みつき合い、互いに罵り合う。
知恵を持つものとは不便だと思う。如何に馬が合わないものとも、その嫌悪を表に出してはいけない。表面では「挨拶はする程度の仲」を演じなければならない。
「お前は、」
狐が語る。弱く、頂上に上り、西へと進み出した太陽を目で追いながら。
「紫様に愛されている。勿論、私の方が愛されている。だが、お前がここに来てから約二年。」
狐が唇を強く噛む。離れているが一筋の赤い流れが見える。
俺はくわえていたタバコを石畳の上に落とし、草履で強く踏み潰す。話が長くなる。そう思い、もう一本タバコを取り出し、火をつける。
「あまりにも短い、私が紫様に仕えた八百と数十年に比べると。しかし、お前は私同様に愛され、信用を受けている。力もない、口先だけで生き残っている人間風情に私が劣るというのか?数多の妖怪と争い、治め、この郷の秩序を守ってきた私にお前が劣るのか?」
知恵があるというのは難儀なものだ。何かと比べなければならない。自身の立ち位置を見るため、定めるため、見下すために自分より劣る何かと比べなければならない。
「千年だな」
狐に聞こえるギリギリの声で呟く。
狐とあいつが共に過ごした時間が八百と数十年ならばあいつが俺を思い続けた千年はどれ程重かったのだろうか。たかが十年、独りだった俺にはわからないことだと思い、それ以上口にすることはなかった。
「何か言ったか?」
狐が尋ねる。尋ね方を見るに、正確には聞くにだが、俺が言った内容までは聞こえていない様だ。
「いや、それだけ長い時間を共に過ごしたなら、お前と賢者様は余程の関係で結ばれているんだろうと思ってな。少し口に出てしまった。」
適当な言葉で濁す。濁した方がいい、そう思ったから、必要以上に首を突っ込む必要はないと感じたから。
「貴様はいつもそうだ」
狐の尻尾が膨らむ。怒りを剥き出しにしている。
「お前はいつも重要なことを言う。しかし、本当に重要なことについては口をつぐむ。触れられたくないことについては適当に誤魔化す。何を隠している?誰に対して嘘をついている?」
「嘘はいつも自分のためにつくものだ」
「それも嘘だ。お前の嘘はいつも誰かを、何かを隠している」
狐の尻尾が僅かに萎む。怒りではない、別の感情が表に出てきたのだろう。呆れ、好奇心、興味、何を求めているかはわからない。
「外の猿には舌が二枚あるものがいるらしいな。貴様は正しくそれだ。心と別のことを口に出す。」
二枚舌の猿。それを俺は知っている。
「残念ながらそれはキツネザルという種類の話だ。狐というのならお前もそうじゃないのか?いつも高慢な、裏意地はたらく狐として、ヒトを化かしてきたのならな」
僅な静寂。
俺は先程石畳に押し付けた吸殻を広い携帯灰皿に入れ、今吸い終わったタバコを石畳に押し付け、火を消してから携帯灰皿に仕舞った。
誤字かあれば報告ください。
とぅいったーにもいます。