洒落怖
この言葉を知っているだろうか。
正式名称は「死ぬほど洒落にならない怖い話を集めてみない?」で、略して「洒落怖」。
2chのオカルト版(心霊や怪談の話を対象とする掲示板)のスレッドで、まあ要するにネット発祥の怪談を集めたものだ。
くねくね、ヒサルキ、テンソウメツ、猿夢、姦姦蛇羅、八尺様、などなど様々な身の毛もよだつ怖い話が集められているのだが……
「いやー、まじか。これは……」
ここが呪術の世界だとわかってから半年ぐらい、俺は身体を鍛えるのと並行して漫画で五条先生が虎杖にやらせてた呪力に関する訓練とかを必死に思い出しながら色々試してた。それが芽を結んだのかはたまた偶然なのかはわからないけど今日ついに俺の術式が目覚めた!所までは良かったんだけど……
「いや〜 これは流石に使えないなぁ……」
判明した俺の術式は平たくいえば召喚・支配を主とするもの。夏油の呪霊操術とか伏黒の十種影法術に系統としては似ている。ただ夏油みたいに捕らえた呪霊ならなんでもって訳にはいかず、限られた呪霊しか扱うことができない。その「限られた」ってのが問題で……
はぁっと大きなため息をつく。
「洒落怖ねぇ……」
そう、俺はネット怪談の「洒落怖」に出てくる奴らしか召喚できないのだ。いや、俺もネット文化に染まったガキだったからしょっちゅう読んでたし懐かしいんだけどさ。扱うって、あいつらを扱うって……
洒落怖に出てくる霊やら妖怪やら怪物やらってのは大体がとんでもない奴ばかり。
女や子供の中に入り込んだり、姿を見るだけで精神がイカれてしまったり、「それ」がなんなのか理解した人間を再起不能にしたり……
とにかく軽々しい気持ちで扱える奴は一体もいない。呼び出せば最後、周りの人間に甚大な被害をもたらされること間違いなし。戦闘シーンで軽々しく術式を使おうものなら周りの人間を鏖殺なんてこともあり得る。
さらに問題はもう一つ。
こいつら、呪霊相手に役に立つのかわからない。物語の中でのこいつらは大体人間を呪うばかりで呪霊との戦いなんて描写されているはずもない。
つまり俺は特典としてもらった術式を戦闘面でほとんど頼りにできない!
呪霊にどれだけ効くかわからない上に出したら最後周りの人間を呪い尽くす術式なんてそう簡単に使える訳がない。己の体と呪力のみでこの厳しい呪術世界を渡り歩かねばならないのだ。
「はぁ……」
自然とため息が漏れ出る。
そりゃため息も出るさ。神様もなんだってこんな使いづらい特典を用意しやがったんだクソが。
いや、確かにどのつくチートではあるんだよこれ。伏黒とか夏油みたいに調伏の必要がなく全部の洒落怖が最初から扱えるんだもん。
まあ人間が怖い系のやつは流石に除外されてるけど、姦姦蛇羅とかくねくねとかが最初から使えるって考えたらやばいだろ。
まぁヤバすぎるから困ってるんですけど。
さらに気になるのは扱える枠にきさらぎ駅とか猿夢とかの概念系?の洒落怖もあるんだよな……これ呼び出したらどうなるんだろう?
もちろん流石にこんなヤバい奴ら、一体呼び出すのにも莫大な呪力が必要になる。
だけどそこはそれ、神様は今世の俺に運動の才能と呪術の才能をしっかり与えてくれていたたみたいで8歳にしてまあまあの呪力量と卓越した呪力のコントロール、さらには虎杖とか真希さんには及ばないにしても運動神経も抜群ときてる。
でもなぁ……こんだけのチート与えられててもこの世界の上位層には逆立ちしても敵わないんだよなぁ…… 五条悟とか夏油傑とか伏黒恵とか天然チートが多すぎるよ。呪術世界。
つまりだ。
俺は周りの人間を廃人にしないためにも術式に頼らずチート蔓延るこの世界で呪霊や呪詛師と戦わなければならないということ。
・・・いやキツくね? もともとキツかった条件がさらにキツくなってない?
まあでも、やるしかないかぁ……
***
「……武器が欲しいな」
健全な呪力は健全な肉体に宿る。
その言葉を胸に毎日ひたすらトレーニングを続けて丸6年。俺は身長165cm。体重55kgと今年中学1年生に上がる男の子としてはいっとう恵まれた肉体を手に入れていた。
さらにトレーニングの合間に呪力操作の練習をひたすら行い続け、1年ほど前から低級っぽい呪霊を祓い始めてもいる。
そんな風に鍛錬を積む中で感じたのだ。今の俺には武器が必要だと。
いくら中学生にしてはデカいとはいえ大人からに見たらこの体はリーチが狭い。手の長さも短ければ歩幅も小さいため距離を詰めるのにも大人と比べて時間がかかる。さらにウエイトも筋力もいくら鍛えてるとはいえ12歳。筋骨隆々な男やデカい呪霊にマウントを取られたら簡単に抜け出せなくなる程度のものでしかない。そんな体で拳一つで敵の懐に潜り込んで戦うってのはあまりにリスキーすぎる。
今は相手が雑魚だからなんとかなってるものの来年からは潜りの呪術師として活動しようと思っているのだから油断は禁物。もっとこの小さな体に適した戦い方を追求せねばならない。
それで真っ先に思いついたのがシンプルかつ単純明快、リーチが足りないのなら補強しようという訳である。
しかし中学1年生がそう簡単に刀をぶん回せるほど21世紀の日本は甘くない。銃刀法や世間の目という手強い敵が待ち構えているし、まずもって入手経路がない。と、思っていたのだが……
2012年 2月 北白國神社
「……近所にこんな神社があったのか。」
元々俺が住んでいる町は歴史の長い城下町であるため神社や寺や武家屋敷はそこら中に並んでいる。しかしまさか近所に都合よく刀が奉納されている神社があるとは……
さらに都合の良いことにこの神社はどうやら近々移転するらしく今は工事準備のために神主さんが常駐していない。要するにちょっくら刀を拝借してもバレづらいって訳だ。呪力と体の使い方をある程度マスターしている俺には誰にもバレずに本殿に祀られてる刀を頂くことも簡単。
「うー、さぶっ」
夜の森に冷たい風が吹き荒ぶ。季節は冬。あたりに生き物の気配はしない。だが神社というのは不思議なものでそこに神社があるというただそれだけでなんだか違った雰囲気がするように人は感じてしまう。前世ならばただの思い込みだろうと思えたが、今俺がいるのは呪術世界、ならば今俺が感じているこの重い空気も何かしらの異形によるものであるのかもしれない。
考えすぎかもだが警戒を一段階強める。
俺が今まで倒してきた呪霊は大体が3級以下。数回2級とも戦ってはいるが余裕はない。この時間この付近に人はいないみたいだから最悪術式を使うこともできるが使ったら最後どうなるかはわからない。もし何かがいてそれが自分の手に負えないと感じたらすぐに逃げなければ……
「っと…… ここか。」
鳥居を潜り細い山道を登った先にある本殿に到着しあ。時刻は午前2時半。所謂草木も眠る丑三つ時という奴だ。
「……ちゃっちゃと回収してさっさと帰りますか」
行きしなに感じた不気味な雰囲気は本殿に近づくにつれて強くなっている。しかし、ここでビビって引き返すわけにもいかない。俺は最大限の警戒をしながら本殿の扉を開けた。
「ーーッ!!」
飛来物、三。
中から飛んできた何かを後ろにひっくり返ることで不恰好ながらもなんとか避ける。
「……やるじゃねえか坊主。偶然かもしれねえが、今のは仕留めたと思ったんだがなぁ」
本殿の奥、目当ての刀の前に座るボロボロの布切れを着て髪を無造作に伸ばした小汚い男。そして自分の後ろの木には、今避けたクナイのような暗器が4つ刺さっている。
「抜かせ! 遅すぎてあくびが出るかと思ったぜ!」
精一杯の虚勢張りながらジリジリと後ろに下がる。これは今の俺が戦って良い相手じゃない。おそらくは呪詛師。それもまあまあの力量。将来的には倒せるようにならなきゃだが今は逃げるべきだ。
「応応応 そう簡単に逃しゃしねえぜ? このクソガキが」
神社を囲むように、真っ暗な夜でもわかるほど濃く黒い膜が降りる。
「帳……!!」
漫画で何度も見た結界術。まさかこんな早くお目にかかることになるとは。
「帳のことまで知ってるとなるとやっぱりただのガキって訳じゃなさそうだ……
どっかの名家のボンボンの道楽か?
まあなんだっていい。とにかく見られたからには逃すわけにはいかないのよなぁこっちも。」
そう言って男はニヤニヤ近づいてくる。
退路は塞がれ、さらに相手は格上、漏れ出す相手の殺気と呪力から自分が前世で死んだ時以来2度目の死線に晒されていることを否が応でも認識させられる。
・・・死ぬほど怖いけど、ここで死ぬのなら俺が雑魚だったってだけの話だ。2度目の人生、チャレンジしなきゃ損だよなぁ!
自分で自分を鼓舞し、呪力を全力で体に回して敵と相対する。
いつの間にか、足の震えは止まっていた。