錦木さん家のキョウ 作:千束に養われたいだけの人生だった
※後書きに第9話の感想有り
錦木家の朝は早い。と、言うよりも錦木キョウの朝が早い。
妻の千束と娘のなえが起きる前に、家族の誰よりも早く起床する。
起床して先ず行うのは、なえのミルクの準備。
本来ならば、子供が泣き出してから準備をするのがセオリーだが、キョウに抜かりはない。
なえの行動パターンを分析し、なえが空腹で泣き出す時間を計算。
それを逆算し、なえが泣き出す前にミルクを温め、熱すぎず、温過ぎない丁度良い適温のミルクを作る。
ミルクが完成すれば、なえが眠るベビーベットの前で待機する。
「ふぇ……」
数秒後、なえが空腹でぐずり出したタイミングで、なえを抱え上げ、哺乳瓶を咥えさせる。
「……計算との誤差五秒。修正が必要だな」
ミルクを飲ませ終えると、オムツを変え寝かしつける。
リビングに戻ると、そこにはソファーで寝落ちている千束の姿を確認。起きた様子はない。
キョウは千束を起こさないようにテーブルと、その周辺に散乱しているDVDディスクを回収。クリーニングクロスでディスクの埃や指紋を拭き上げる。
拭き上げたディスクをケースに直し、棚に収納する。
この後、掃除機を掛けたい所だが、それは千束が起きるまで我慢する。
「リビングクリア」
次に行うのは、朝食の準備だ。
ここ一ヶ月の献立と家に存在する食材をロード。千束の健康状態と好みから、健康に最適かつ、千束の趣向に出来るだけ沿った朝食を算出。
「今日は確か、護衛任務だったな。移動時間を考えると昼食はサンドイッチが最適か。ならば、朝は余ったパンと卵で目玉焼きトースト。それからコンソメスープを作るか」
献立を決めると、キョウは最小限の動きで調理を始める。
「おはよう。キョウ」
十数分後。台所から漂う香ばしい匂いに反応し、千束が目を覚ます。
「ふぁ~~。コーヒー頂戴」
眠たげに欠伸をする千束の前に、事前に用意していたコーヒカップを差し出す。
「ん。ありがと。朝食は?」
「目玉焼きトースト」
「お、良いね~ラピュタ見ながら食べよ~」
「そんな時間は無いぞ」
「え~~」
「顔洗って来い。もう直ぐ出来るぞ」
「は~い」
千束は眠たげに目を擦りながら洗面台へと足を運んだ。
それから数分後。千束が顔を洗ってリビングに戻って来た頃には朝食がテーブルに並んでいた。
「おお、美味しそう~。頂きま~す。モグモグ。うん。美味し~」
「それは何より」
「キョウはこの後仕事だっけ?」
「ああ、五分後には出る」
「早いねー。リコリコには顔出すの?」
「いや、このまま、依頼人に直接会いに行く」
キョウは朝食を食べ終えると食器を流し台に置いた。
「そっか。あ、わたしは護衛任務。なんでも、凄腕のハッカさんの護衛だって~。どんな人だろ?やっぱり、眼鏡で小柄の男かな?」
「どちらかと言うと、眼鏡を掛けたデブってイメージだな」
「あははは、キョウってば、アニメの見過ぎだよ~」
「そう言うお前は映画の見過ぎだ」
確かに、と千束は笑った、
「でも、眼鏡を掛けたデブって……その理屈だと、キョウも凄腕ハッカ?」
「凄腕かどうかは兎も角、ハッキングぐらい出来る」
「そうなの!?カタカタ、ターンって奴、出来るの!?」
大げさにキーボードを打つジェスチャーをして目を輝かせる千束に、キョウは「ああ」と肯定した。
「そろそろ時間だ。家を出る」
「ちぇ~~。もっと話聞きたかったのに」
「そう拗ねるな。ほら、これ弁当だ」
口を尖らせる千束に、キョウはビニール袋に入った紙製のサンドイッチケースを渡す。
「お弁当!わあ、何々~~」
「サンドイッチだ。たきなと二人で分けると良い」
「サンドイッチ!キョウのお弁当で今日も元気。ありがたい♪」
弁当を受け取った千束は、目を輝かせて小躍りした。
「じゃあ、なえの面倒は任せた。洗い物は水に付けて流し台に置いていてくれ」
「はいは~い。この千束さんにお任せあれ~」
お仕事頑張ってね~。と手を振る千束を背に、キョウは家を出た。
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それから一時間後。朝食を済ませた千束はリコリコへと出勤した。
「千束が来ました~」
元気よくリコリコの門を潜る千束。
するとそこには金髪でスーツの男性客がカウンターに座っていた。
千束は瞬時に過去の記憶を辿り、その男性客の名前を思い出した。
「お、吉さんいらっしゃ~い。ひと月振りですね~」
「やあ、千束ちゃん。覚えてくれてたんだね」
「まあ、お客さん少ないお店ですから、お客さんを覚えるのに苦労はしませんよ」
彼の名前は吉、ではなく、吉松シンジ。
「な~んて。嘘嘘。たきなの初めてのお客さんですから。忘れませんよ~」
たきながリコリコに配属された初日に来店した客で、海外を飛び回るビジネスマンだ。
ミカとは十年前からの知り合いらしく、先月SNSにリコリコ公式アカウントから投稿された写真に写ったミカ(見切れてる)を見て、駄目元で来店した所。無事に十年来の再開を果たせたそうだ。
「今度はどんな国行ってたの?欧米?それともアジア?あ、インドでしょ~」
「残念。ロシアだよ」
「ロシアかぁ~。寒かった?」
「まあ、日本と比べればね。これ、お土産だよ」
「わあ~。ありがとうございます~。そう言えば吉さんと先生は昔からの知り合いだったんですよね~。どこで知り合ったの?」
「千束。そろそろ準備しなさい」
「えぇぇ。もうちょっと良いじゃん。ね、ね。教えてよ~」
「はは、それはまた今度。ミカ。会計を頼むよ」
「はいよ」
名残惜しそうにする千束を背に、会計を済ませて退店するシンジ。
吉松が退店したタイミングで、看板のプレートをクローズに変え店を閉める。
「千束。準備しろ」
「はいはい」
千束はミカからケースを受け取り、座敷に広げる。
ケースの中には千束が愛用するデトニクス・コンバットマスター(スタンドオフ・デバイス装着仕様)とマガジンと弾薬一式が収納されていた。千束は先ず、マガジンと弾薬を取り出し、一発ずつ弾を込めていく。
「で、状況は?」
「現在。武装集団に追われている」
「あらら、早朝の営業なんて、してる暇なんてなかったんじゃい?」
「朝一で来たんだ。無碍には出来ん。どっかの誰かさんが早く来てくれれば話も違ったんだがな」
「うぐっ、色々あったんだよ」
ただの二度寝である。
「あ、たきなおはよ。仕事の話聞いてる?」
「はい。一通りは」
「それは上々。あ、昨日話した物。そこに置いてあるから、帰りに持って帰ってね♪」
たきなはカウンターに置かれた「おすすめ映画厳選。千束セレクション」とメモ用紙が貼られた紙袋を一瞥した。
帰りにDVDプレイヤーを買わないと行けないですね。と考えた。
「そう言えば、ミズキは?」
「既に逃走経路の確保に動いてる」
「おお、張り切ってるね、珍し」
千束は弾を込め終えたマガジンを鞄に収納し、コンバットマスターを点検する。
「相場の三倍の報酬に、一括前払いだからな」
「どうりで」
「それだけ切羽詰まってるって事だろう。敵は五人から十人程度。小銃やライフルで武装している」
「わお、重武装。よくDAが見逃してたね。もしかしたら、消えた千丁の銃と関係があるのかな?」
「可能性はある」
「だって、たきな。DAに戻る切っ掛けになるかもよ」
「はい。頑張ります」
異常が無いのを確認し、コンバットマスターにマガジンを装填。スライドして初弾を装填しセーフティーを掛け、鞄に収納する。
「報告を聞く限りプロよりのアマだが、油断は出来ない。狙撃に気を付けろ」
「了解。んじゃ、行こうか、たきな」
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それから十分後。
千束とたきなは特急電車に揺られていた。
「はい、たきな」
「……これは?」
「キョウのお弁当」
「わたしが貰っても良いのですか?」
「良いよ良いよ」
好きなのどうぞ、とサンドイッチケースを差し出す千束に、たきなは若干の躊躇いを見せながら、ツナサンドを手に取った。
「はむっ」
「美味し?」
「……美味しいです」
「はい、美味しいー♪」
口元を押さえ、気恥ずかしそうに答えるたきなに、千束は蔓延の笑みを浮かべた。
「ん、ごく。そう言えば、今日はキョウさんとなえちゃんは居ないんですか?」
「うん。キョウは別件の仕事で、なえは保育園に預けてる」
「保育園に?なんで普段からそうしないんですか?」
「あー、うん。そうなんだけどさぁ。ほら、わたし達の仕事って恨みを買うじゃん」
だからさ、と千束は窓の景色を見て間を置いた。
「不安なんだ。わたし達の目の届かない場所に居る事が」
「…………」
過保護。とは言えなかった。
リコリスは悪人を殺す殺し屋だ。
その存在こそ、秘匿されているが、完璧なものではない。
裏社会の人間なら、リコリスの存在を噂でぐらいは知っている。
ある日、なえが目の届かない場所で誘拐されたり、暗殺される何てことは、有り得ない話ではない。
だからこそ、千束は不安に思う。目の届く場所で守りたいと考える。
「じゃあ、殺せば良いじゃないですか。そんなに不安に思うのであれば、不安要素を取り除く為に、一人残らず」
「まあ、それとこれは別だよね~」
「わたし達リコリスは国を守る公的機密組織のエージェントですよ。国を守る為ならば、殺人も許可されてます」
千束は苦笑いをする。
国を守る為ならばと、悪人を情け容赦なく殺害するたきなとは対照的に、千束は例え悪人であろうと殺さない。不殺主義を掲げる。
二人の主張は水と油だ。たきなは千束の方が階級が上である事から、渋々千束の不殺主義に従ってるだけだ。
もし、下の階級、或いは同一の階級のリコリスの言葉なら、きっと、従いはしなかった。甘い主張だと、切り捨てただろう。
「そうなんだけどね~。たきなの言う事も一理有る」
だからこそ、千束もまた、たきなの言い分に理解を示す。
「意外ですね」
きっと、殺し絶対ダメ!と反論されると思っていたたきなは意外な反応に驚く。
「殺し、絶対ダメ!って、反論されると思った?」
「ええ、まあ……」
「あはは、いや、正直なえがお腹に居る時、凄く悩んだよ」
家族を襲う不安要素を取り除く為に不殺の主義を捨てるか、貫き通すか。
「でもさ、ある日ふと、思ったんだよね。
なえが大きくなった時。貴方のママは、貴方と国を守る為に沢山の悪人を殺し回った殺し屋ですって、胸を張って言えないなって、
どうせならさ、貴方のママは日本の平和を守る正義の味方なんだぞ~って、胸を張りたいなって、そう思った」
「分かりませんね。日本の平和を陰で守る正義の味方って事なら、リコリスと大して変わらないと思います」
「ま、今は分からなくても、その内、たきなにも分かる日が来るよ。きっと」
「その甘さが、取返しの付かない出来事を引き起こしますよ」
「そうならない為に頑張る!」
力拳を作って微笑む千束に、たきなはそれ以上何も言わなかった。
長くなりそうなので、分割!
いやぁ~~リコリコの登場人物はみんな魅力的なキャラだから書きやすい。
勝手に動いてくれるから、骨組みのプロットだけ作れば、後は勝手に動いてくれる。
だからこそ、異物は取り除く必要があると思うんですよね……
[第9話感想]
ネタバレしたくないんで、一言だけ。
千束ぉぉぉぉぉぉ!
たきなが曇って、俺も曇る!