錦木さん家のキョウ 作:千束に養われたいだけの人生だった
「あぁぁぁぁぁぁぁ!キョウ!返事をしてよ、キョウ!お願いだから、目を覚まして!」
「…………」
返事はない。
屍と化したキョウには、千束の願いに答える事は出来ない。
「わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
千束はキョウの亡骸に顔を埋めて泣き叫んだ。
「ッ!!」
その悲痛の叫びを聞き、たきなは襲撃者の居る方角に発砲する。
タンタンタンタンタン!
「おっと、おっかないな。どうするリーダー。対象は死んだが、護衛の女も殺るか?」
『…………』
「リーダー?」
『いや、依頼は達成したんだ。これ以上命を懸ける必要はない』
「それもそうか」
『ああ、……飯を食いに行こう』
タンタンタン!カチッカチッ
たきなは弾を全て撃ち尽くした。
マガジンを変えようと、鞄に手を伸ばすが、変えのマガジンは出てこない。
「弾切れ!」
らしくない失敗に、たきなは慌てて、千束を連れてスーパー内に避難する。
反撃はなかった。
そのまま、テロリストは早々にその場を引き上げていった。
そこに残ったのは、キョウの亡骸と泣き崩れる千束。そして血が出る程に拳を握りしめるたきなの姿だけだった。
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とあるオフィスビルの一室。
そこでは一人の男が端末を眺めていた。
端末に映し出されるのは、血に塗れた着ぐるみを着た男。
着ぐるみには無数の穴が開いており、そこからは夥しい量の血が溢れ出している。
この出血だけでも着ぐるみの男が死亡したのは確実だが、それよりも確実に男が死亡したと決定付ける要因がある。
それは頭部。被弾の衝撃で着ぐるみの被り物が脱げ、露わになった男の顔の右半分は原型を留めていない。
脳漿は飛び散り、溢れ出る血液は左側面の顔を覆い隠す。
もはや、男がどんな顔の人物だったのか、知る事は叶わない。
だが、この傷で生きている筈もない。
もし、この傷で生きていられるのであれば、それはゾンビや改造人間ぐらいだろう。
そんな物、現実の世界に存在する訳ない。
気掛かりがあるとすれば、男の骸の傍で泣き叫ぶ少女。
「彼の傍に居るのは護衛か?」
一人しか居ない一室で、男は呟いた。
男の問いに答える者は居ない。この部屋には。
『恐らくは、殺した方が良かったですか?』
問いの答えは、オフィスデスクに備え付けられたスピーカーから返って来た。
少年の声だった。
「いや、彼との関係性が気になってね。何かを叫んでいる様だが、音声は無いのかい?」
『ドローンから撮影された写真なので、そこまでは……』
そうか。と溜息を吐く男の様子に、少年は慌てた様子で叫んだ。
『や、雇った傭兵に話を聞けば何か分かるかも知れません』
「いや、そこまでする必要はないよ」
『そ、そうですか』
男の言葉に少年は安堵した。
「ああ、実に素晴らしい仕事だった。これで先月からの依頼は完全に終わりだ」
長期間ご苦労だった。と労う言葉に、少年は自尊心が満たされた様子だった。
『へへ!日本最高のハッカーとなった、このロボ太に御用とあらば何時でも』
それではと、少年改めロボ太は通信を切った。
「好奇心は猫を殺す。キミも、余計な興味を持ちさえしなければ長生き出来ただろうに」
男は端末に視線を落とす。
着ぐるみの男。ウォールナットはネット黎明期から活躍するベテランハッカーだ。
ここ数十年の間で、ウォールナットは何度も死亡の噂が囁かれていた。
だが今日、ウォールナットの死亡は噂ではなく、真実となった。
「立つ鳥後を残さず。道具らしくある事こそが、
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ピーポー、ピーポー
オレンジ色の夕焼けに染まった街並みの中、一台の救急車がサイレンを鳴り響かせながら走る。
街を行き交う人々は皆、救急車のサイレンの音に気を留めるも、それが通り過ぎれば救急車が通ったなぐらいの感想で記憶の隅に置かれる。
何も珍しい事はない。有り触れた日常の光景の一つだ。
だが、その救急車に乗る者達にとっては違う。
「ぐすっ、ぐすっ」
「…………」
千束はキョウの手を握って啜り泣く。
キョウの遺体は頭部の損傷が激しく、既に顔を隠す面布が掛けられていた。
「すまなかったな。千束」
救急隊員に扮したミカが口を開く。
「…………なんで、キョウを囮にしたの?」
普段の明るさとは掛け離れた、低い声にミカは言葉に詰まる。
千束の隣に座るたきなと、運転席に座る救急隊員に扮したミズキも不安そうな表情で成り行きを見守る。
「適任だったからだ」
「…………そう、本物のウォールナットは無事?」
『ああ、ここに居る』
突如、キョウが被っていた被り物からウォールナットの声がした。
本来なら驚く場面だが、千束もたきなも、その気力は無い。
『すまなかったな』
被り物から聞こえるウォールナットの謝罪と共に、スーツケースが開く。
そこからは、一人の少女が出てきた。
見た目にして、十歳程の少女だ。
「ああ、成程。だから、キョウは……」
千束は車内での会話を思い出す。
「そう言えば、さっきから気になってましたけど、そのスーツケースは何ですか?」
『
スーツケースの中身は正しく、ウォールナットの全てであり、護衛対象そのものだったのだ。
だからこそ、
たきながスーツケースを盾にした際には、身を挺してスーツケースとたきなを助けた。
「錦木千束。ボクはキミに謝らなくちゃいけない事がある」
「ううん。何も言わないで」
千束は申し訳なさそうな表情をする少女を優しく抱きしめた。
「キョウが死んだのは、あなたの所為じゃない」
「違う」
「違わないよ」
「そうじゃない」
「もう大丈夫だからね」
少女を抱きしめる力を強めた。
キョウが命を賭して守った少女だ。
何があっても、守り抜く。そう決意した。
そんな千束の裾をたきなが引っ張った。
「なに?」
千束はたきなの方を振り向いた。
そこには信じられない物を見たかの如く、驚愕に顔を歪ませ酷く震えた指で担架を指差す、たきなの姿があった。
「ど、どったの?」
今まで見た事のないたきなの表情に、千束も困惑する。
「あ、あ、あ……」
声にならない声を上げて指を差すたきな。
千束は困惑しながらも、たきなが指差す方を向いた。
そこには……
「や、やあ……」
右顔の原型を留めていないキョウが、苦笑いを浮かべながら手を上げた姿だった。
死んだと思ったキョウの姿に千束は……
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!でたぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
思いっ切りぶん殴った。
「そげぶ!」
想像だにしてなっかた一撃に、キョウは担架から転がり落ちた。
「た、たたたたたたきな!キョウがゾンビになって甦ったよ!拳銃貸して!」
「た、たたたた、弾切れです」
「落ち着け千束。俺は死んでない」
「「ひっ!?」
ゾンビの様に這い上がるキョウに、千束とたきなは小さな悲鳴を上げた。
「その顔で生きてる方がおかしいわ!」
「ん?ああ、これか」
キョウは右頭部に手をやると、そのままビリッと頭を剥いだ。
「「ひっ!?」」
「か、顔の皮を剥いだ!?気持ち悪ぅ!」
「違う、特殊メイクだ」
よく見ろと、自分の顔を指差すキョウ。
そこには先程までの原型を留めていない右顔はなく、何時ものキョウ顔があった。
「ほ、本当だ」
「じゃあ、その体に受けた傷は?」
「ああ、これは防弾だ。血は本物だが、俺の血ではない」
胸を叩いて、血糊を噴出させるキョウ。
「じゃ、じゃあ顔の傷は!?事前に特殊メイクで傷を用意していたにしても、被り物の傷の位置と同じ位置に傷があるのはどう言う事ですか?」
「ああ、用意した傷の位置に弾丸を受けただけだ」
折角用意したメイクが台無しになるからな。と続けるキョウに、たきなはそんな事出来る訳ない!と叫ぼうとして、隣にいる千束が昼に見せた芸当を思い出した。
弾丸を避ける千束に、弾丸を狙った位置に受けるキョウ。
それは正しく……
「化け物だな」
「化け物よ、実際」
たきなの気持ちを代弁する少女と、それに同意するミズキ。
「まあ、こんな芸当、キョウにしか出来ない。適任と言うのは、そう言う事だ」
「追ってから逃げ切る最大の方法は死んだと思わせる事。そうすればそれ以上捜索されない。まあ、ここまで手の込んだ物とは思わなかったが」
少女は呆れつつ、キョウが剥いだ特殊メイクの皮を興味深そうに広げた。
「つ、つまり。全部計画の内で誰も死んでないって事?」
「そうだ」
「脈が無かったのは?」
「心臓を止めてたからな」
「そんな事も出来るのか?」
「少しの間だけなら」
もう、何があっても驚かないぞと、少女は怪物を見るような視線を向けた。
「よ、よかったぁ~~」
漸く、状況を理解出来た千束は、安堵の息を吐いて脱力した。
「黒人の彼の提案とは言え、計画を了承したのはボクだ。本気で彼が死んだと思い、悲しんだキミには心より謝罪する。すまなかった」
「良いの良いの。皆無事なら、それで、本当に……」
良かったと微笑む千束。その瞳からは涙が零れ落ちた。
「あれ、おかしいな。安心したら涙が……」
千束は涙を拭うが、拭った涙の分だけ、また涙が溢れ出た。
それはやがて、ダムが決壊したかの如く、次々と大粒の涙が流れ出す。
キョウは黙って千束の肩を寄せた。
「心配を掛けたな」
「全くだよ。もう……いぎでで、よがっだぁ!うわぁぁぁぁぁぁ!」
キョウの胸に顔を押し付けて千束は泣き叫ぶ。
外で鳴り響くサイレンの音を搔き消すかの如く。
なえにも負けず劣らずの大声で、千束は安堵の涙を流した。
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あれから暫しの時間が経過し、夜。
手配した救急車や隊員服、キョウの着ぐるみ等の小道具の後処理を終えた後、ウォールナットの中身の少女と別れた千束達は、喫茶リコリコに戻り、和服姿で各々の時間を過ごしていた。
キョウとミカは厨房で作業を行い、ミズキは缶ビールを片手にパソコンに表示された報酬額に顔を頬を緩ませていた。
たきなはホールに待機し、千束はカウンターに突っ伏して、不機嫌そうに唸っていた。
因みに、なえは後処理が終わって直ぐに保育園に迎えに行き、今は座敷ですやすやと眠っている。
「うぅぅぅ……」
「ち、千束」
「…………なに?」
「そろそろ機嫌を直してくれないか?」
「…………事前に教えてくれても良かったんじゃない?」
「…………」
不機嫌そうに口を尖らせる千束に、キョウは困った様子で頬を掻いた。
「いや~。だってアンタ、芝居下手じゃん。たきなと一緒に自然なリアクションを取ってくれた方が良いじゃない?」
「とは言え、私達もやり過ぎた」
すまなかったな。とコーヒーを差し出すミカ。その隣にはキョウ特製の団子セットが並んだ。
「むっ。好物で機嫌を取ろうとも、そうは行かないんだから!」
「じゃあ、要らないか?」
「………………要る」
長い沈黙の末に好物に折れた千束。キョウ特製の団子とミカのコーヒーに舌鼓を打つ。
「美味しい」
「それは良かった。千束に嫌われては生きていけないからな」
「もう、……わたしがキョウを嫌いになる訳ないじゃん!」
気恥ずかしそうに呟く千束に、キョウは「ほっ」と息を吐いた。
「それは安心した」
「…………けっ、見せつけちゃって!」
イチャつく千束とキョウに、ミズキは舌打ちしてビールを呷る。
「ゴホン。ああ、なんだ。二人とも今日は疲れただろう。奥の座敷で休むと良い。今日はもう、店を閉めよう」
「そうしましょ~。あ、ミカ。コーヒー頂戴。苦い奴」
「珍しいですね。ミズキさんがコーヒーだなんて」
「あんな光景見せつけられてら、胸焼けするわ!コーヒー飲んで中和するの」
「……??景色で胸焼けするんですか?」
ミズキの言葉に不思議そうに首を傾げるたきな。
「アンタにも、その内分かるわよ。否が応でもね」
「ほら、コーヒーだ」
「あら、早いじゃない」
「私用に入れていた所だからな。たきな。プレートを裏返して来てくれ」
「分かりました」
そんな日常の会話と共に、千束とキョウは奥の座敷に移動した。
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「「…………」」
先程の元気は何処へやら。
千束はキョウと二人っきりになった瞬間。静かにキョウに抱き着いた。
「……怖かった」
千束は血溜まりに倒れるキョウの姿を思い出し、声を震わせた。
「本当に死んじゃったって、思った」
「…………すまない」
「人の死がこんなに怖い物なんて、知らなかった」
「…………」
悲痛な表情で胸を抑える千束。
「キョウも、こんな気持ちだったんだね」
「…………ああ、リコリスの仕事は危険が付き纏う。幾ら千束が強かろうと、何時も不安で胸が一杯だ」
「…………ごめんね」
「謝る必要はない」
キョウは千束の肩を寄せた。
「わたし、リコリス辞めようかな……このまま、キョウのお嫁さんとして、なえの母親として、残りの人生を歩もうかな」
「千束がそれを望むのなら、俺は力になる。どんな刺客が差し向けられようと、俺が全身全霊を持って排除しよう」
「……流石は、世界最強の殺し屋」
「元だ。今はただの錦木キョウ。錦木千束を愛するただの男で、錦木なえを愛する父親だ」
「そうだね」
千束が目を閉じる。
キョウが、そっと顔を近付ける。
二人の距離がゼロになろうとした、その瞬間。
ピコン。
押し入れから録画音が聞こえた。
「「…………ピコン?」」
千束とキョウは音のした押し入れを見る。
僅かに開いた襖から除くカメラのレンズと、冷や汗を掻く少女と視線が合った。
「「「…………」」」
少女は静かに襖を閉じた。
「な、何か居た!?」
キョウは押し入れに移動し、バンッと襖を開いた。
そこには少女が居た。
今日助けたウォールナット。その人だ。
「ど、どうもぉ……」
「…………串刺しか、銃殺か、好きな方を選べ」
「ひえっ!」
右手に団子の串、左手にデザートイーグルを持ったキョウが殺気を放ち尋ねと、ウォールナットは小さな悲鳴を上げて縮こまった。
「え、ちょ、な、なんで居るの!?」
「暫くここで世話になる。死を偽装したとは言え、ボクの死を疑う者はまだ居るからな。お、お前は知っていた筈だよな!なあ!」
「…………そう言えば、ミカがそんな事を言っていたな」
思い出したように呟くキョウ。
「だよな!つまり、キミ等がボクの部屋に入って来た訳だ。ボクは悪くない!」
「この部屋に先に居たのがお前だと言うのは認めよう。その点でお前にとやかく言うのはお門違いだと言う事もな」
「そ、そうだろう!」
キョウの言葉に安堵の表情を浮かべるウォールナット。
そんなウォールナットにキョウはだが、と続けた。
「その手に持つカメラは何だ?」
「…………」
再び固まるウォールナット。
「俺と千束のイチャイチャを目撃したのは、良いとして、それを記録として残そうとしたのは見過ごせないな。なあ、盗撮犯」
冷や汗を流すウォールナット。
「さあ、選べ。お前の死に方をー-」
涙を浮かべて後退る
傍から見たら事案である。
「ちょい待てぇーい!」
「ぐぇ!」
そんなキョウを、千束は拳骨で沈めた。
ウォールナットには、千束が救いの女神に見えた。
「えっと、うちの旦那がごめんね」
「ま、全くだ。ちゃんと手綱を握っててほしいものだ」
「あはは、面目ない」
苦笑いを浮かべる千束。
「それは兎も角。キミここに住むの?」
「ああ、お前達の仕事を手伝う条件でな」
「ふーん。名前は?」
「ウォールナット」
「そいつは死んだんでしょう?
本名は?と聞く千束に、ウォールナットは少し考え込む様子を見せた。
「…………クルミ」
「あははは、日本語になっただけじゃん。宜しくねクルミ。わたしは千束で良いよ」
「……宜しく。千束」
「うん。宜しくね」
この日、喫茶リコリコに一人の仲間が加わった。