Fate/GrandOrder×月姫 死徒徘徊都市 総耶 作:ryugann
「■■■■■■──!!」
「え──」
フェンリルが俺目掛けて落ちてきている。
フェンリルの重さに加えて上空から落ちている分の引力と重なって、当たってしまえば間違いなく潰されて死ぬ。
だけど避けきれない。エドモンたちはフェンリルの方に集中していたため俺から距離が離れていて、マシュもボロボロの身体に無理を言わせて立っているため、俺のそばに来ても吹き飛ばされてしまうだろう。
つまりチェックメイト、詰みだ。
ガンドを撃つか?駄目だ。あれは相手の動きを止めるもので引力の動きまで止めることは出来ない。
逃げる?それも駄目だ。この距離ならどこに逃げようとしても簡単に軌道修正で衝突する。
令呪を使う?……駄目だ。命令を告げる前に死ぬ。
なんということだろう。今の俺に出来ることなんてもう無かった。いっそ潔く散る方が良いかもと考えてしまう。
「──それは駄目だ」
脚に力を入れて走り出す。出来るだけフェンリルから離れようと全力で駆ける。
そうだ。俺は、俺たちは異聞帯で生きていた多くの人たちから託されてここに立っているんだ。
ケルヌンノスやORTと戦った時と比べたらこんなのまだかわいいものだ。
こんなところで諦めてたら、色んな思いを託してくれたみんなに、カルデアのみんなに、顔向け出来ない──!
「良くぞ申されました、藤丸立香!」
フェンリルと接触する直前、横から風が吹いたと思えば、俺は何かに抱かれながら空を跳んでいた。
エドモンたちでも向こうで戦っている志貴たちでもない。誰かと思って首を上げると、そこにはカルデアで見知った顔があった。
彼女こそ、かの壇之浦で名を馳せ、最初の幕府を創設した初代将軍に連なる一族。そして最後は兄によって追い詰められ、果てた英雄。その幼名。
「牛若丸!?」
「ウルク以来ですね、藤丸殿!」
まさかの助っ人に驚いてたが、フェンリルも空中にいることで自由に動けない俺たちに狙いを定めて氷塊を展開し、放とうとする。
だが、これ以上の狼藉を許すほど俺の仲間たちは甘くはない。
「その魔弾が放たれることは無いぞ、氷狼!」
「ここで仕留めます!」
フェンリルの氷塊はすべてエドモンに粉砕され、隙が出来た横腹をシエルがいつの間にか持っていた蛇腹剣で大きく切り裂いた。
「マスター!牛若丸さん!」
その間、落下していた俺と牛若丸は無事に着地し、それとほぼ同時にマシュが来てくれた。
「ごめんなさい……私が気をつけていればマスターを危険に晒してしまうことはなかったのに……」
「マシュは悪くないよ。油断してた俺が悪いんだから。だから俺たちも油断しないで気をつけていこう」
「……はい!マシュ・キリエライト、もっと精進していきます!ところで、なぜ牛若丸さんがこちらに?」
そうだ。今回のメンバーには彼女はいなかったし、特異点に召喚されたにしては俺のことを知っていて、ウルク以来って言ってたのが気になる。
「マシュ殿もお変わりないようで何よりです。詳しいことは分かりませんが、ウルクに召喚された時の状態でこちらに現界したようで……今は秋葉殿の食客として世話になってます」
「そうなの?でも屋敷にいなかったけど……」
「その時は下水道に蔓延る死徒の討伐に赴いていました。しかし親玉の二十七祖はいなかったので無駄足かと思いましたが、秋葉殿から至急こちらに向かうよう連絡が来たので来てみれば、藤丸殿たちとまた会えるとは思いませんでした」
まさかの再会に喜んでいるのもつかの間、背中からフェンリルの唸り声が響く。
裂かれた腹から内臓が溢れているはずなのに、敵意は衰えることなく冷気を撒き散らし、近づくことが出来なくなっていた。
近づこうとしたエドモンと式もマントや革ジャンが凍り始め、これ以上近づけば身体まで凍ってしまうと判断、後退せざるを得ない。
フェンリルは一歩も動かずにじっとこちらを見るだけで何もしてこない。
だがここまで彼と渡り合ったのだから、その狙いはすぐに分かる。
『フェンリルの霊基が修復を始めてる!聖杯からの魔力供給鬱陶しいなぁ!』
ダヴィンチちゃんが思わず愚痴っているが、ようやく与えられたダメージが回復されるのはまずい事態だ。
だが、それを止めるためにもまず近づかなければ何も始まらない。シエルが黒鍵やアサルトライフルで遠くから攻撃を仕掛けても吹雪と冷気によって届かずにいる。
(どうする……!ヴラドの宝具なら届くかもしれないけど、今ヴローヴの足止めでいない。今から呼んでも間に合わない……!)
「──では私が行きましょう」
頭を悩ませる立香の前に牛若丸が立つ。その姿は、かつてウルクまで迫ったゴルゴーンと対峙した時を思い出す。
「牛若丸?」
「すべてを凍らす世界ならば、凍る前に仕留めて戻れば良いだけ。実に簡単です」
立香が止める間もなく刀を抜く構えに入り、飛び出さんとする牛若丸。
こうなっては彼女は止まらない。それに、現状この手しかないと理解した立香は迷わず手をかざした。
「瞬間強化──!」
「ん?おお、身体が身軽に。感謝します!!」
指揮官である立香が手助けするという判断をしたのならそれに倣ってサーヴァントたちも動き出す。
「一瞬だけだが道を開く。行け!」
「牛若さん!」
シエルが大剣をバットのように構え、なんとホームラン宣言を出しながら彼女を呼んだ。
牛若丸はその意図を察し、木葉のように空を舞い、大剣に張り付いた。
その瞬間だった──。
「行きますッ!!」
その掛け声を合図に大剣を振りかざすと、船が転覆するほどの強風が吹き荒れ、エドモンの黒い炎が突風と重なり炎の風となったことで周囲の吹雪が霧散する。
その中を一人の燕が駆ける。
まさに神速。一歩、地を踏む度にその速さは加速されていき、壇之浦にて八艘もの船を跳んだ伝説の証明を果たすだろう。
侵入者に気づいたフェンリルが迎撃しようと氷塊を展開し、発射するがそのすべてが掠りもせずに避けられる。
否。すべてではない。真正面に迫る氷塊は一刀で切り捨てられ、それを足場として跳んでいく。
だが、この絶対零度の世界は牛若丸を蝕む。
露出している肌からは霜が現れ、酷いところは凍り始める。
それでも速さは衰えず、むしろ上がっていた。
これには愛すらも憎悪に変えた魔狼も驚くしかない。なにせ今迫らんとする侵入者の顔は笑っていたから。緊張で強ばるでも、間に合うか分からない恐怖でもなかった。
彼女は彼の平安から魑魅魍魎を退治してきた狂人とも呼べる源氏の血を引いているのだ。
この程度で怯えるわけがない。
そしてとうとう手に届く範囲まで迫った。
──だが、そこまでだった。
何かにぶつかったように勢いが殺されたのだ。
その正体は大気。この極寒の地で凍った大気が壁として牛若丸の脚を、翼を捥いだのだ。
フェンリルは後ろへ跳び、氷塊を展開。その数は八つ。今度こそトドメを刺そうとニヤリと嗤いながら狙いを定めた。
そしてそれを視界ギリギリで立香は捉えてしまった。
(不味い……!このままじゃ……!どうする!?せめて動きを止めることが出来れば──!)
こんな時でも何も出来ない自分に歯噛みするが、今思った言葉に引っ掛かった。
「動きを…止める?そういえば──」
『もし、奴の動きを止めたいと思った時はこれを吹いてください』
志貴の方に応援へ行ったハサンから貰った草笛を取り出す。
これを吹いたら何が起こるか分からない。もしかしたら無意味かもしれない。
だけどその心配など微塵も考えることなく草笛を吹いた。
その直後だった。
フェンリルは突然苦しみはじめ、口から血を吐いたのだ。
その拍子に氷塊の狙いが狂い、当たるはずだったがすべてが外れてしまった。
それを、牛若丸は見逃さない。
逸れた八つの氷塊に飛び移り、フェンリルの頭上を捉えた。
そのまま重力の法則に従い、加速しながら狙うのはフェンリルの頸、一点のみ。
黙って殺されるわけにはいかないと凍結した大気の障壁を展開するが、物理の法則が生きている限りその勢いは一瞬だけしか止まらず、その間に前兆もなく突然潰された心臓が再生することはなかった。
最後の手段だと、未だに血を吐き出す口を開けて噛み殺さんと迎撃する。
「遅いっ!」
そう吠える牛若丸の身体はもう限界だろうにフェンリルが噛み捕らえたと牙を突き立てたというのにそれを瞬時に真横へ移動し、地面に着地。
再び蹴り上げて完全に無防備となった首元に刃が、届いた──。
「“薄緑・天刃縮歩”──!!魔狼、獲った──!!」
全てを殺す吹雪の世界が消失した。
結末を目撃した者はいないがその事実は決着が付いたということに他ならない。
正直、身体で喜びを表現したいほどに浮かれそうになるが、まだ喜ぶのは早い。戦いはまだ、終わってないのだから。
「マシュ!行こう!」
「はい!」
向こうにいるヴローヴを倒すため、踵を変えて志貴たちがいる反対側へ走り出す。
まだ警戒していたエドモンたちもしばらく経っても来る気配が無いと判断して立香の後を追い始める。
シエルだけはどこか納得してなかったが、志貴が心配だという気持ちと彼らには何かあるのだろうと考えて戦場を後にした。
「■■■、■■■■■■……!」
結論から言おう。フェンリルはまだ死んでいなかった。
牛若丸の名刀・薄緑は確かにその頸に届き、切り裂いたのだ。
だが、やはり彼女の身体は限界だったのだ。一分にも満たない時間でも氷河の世界に最低限の備えしかしないでこうして生きていること自体が奇跡にも等しかったのだ。
そして刀もフェンリルの氷に覆われた左半身に阻まれて刀身は折れ、首の皮一枚繋がった状態だった。
だからそばで力尽きて倒れてる彼女は無事で、フェンリルはシエルに斬られた横腹と先ほど斬られて何とかぶら下がってる首の修復をしている最中だった。
これをカルデア側は把握しており、立香たちも知っていた。シエルが反対していたのもこれだった。
だが、
さあ、死神はそこにいるぞ──!
「やっぱり生きてたか」
死神の名は両儀式。遠野志貴と同じく直死の魔眼を持つ人間だ。
「申し訳、ありません……。仕留め損ね、ました……」
「安心しろ。ここで終わらせる」
式はナイフを構える。フェンリルは己に待つ末路を悟り、少しでも彼女から離れようとほぼ動けない足を動かして逃げようとするが、身体の損壊が大きすぎた。
引きずりながら下がっても死神の一歩が大きく距離を詰める。
死神は何も言わない。哀れむでも憎むでもない無表情。それがフェンリルの恐怖を煽る。
ふと、そこでフェンリルの視界にカルデアのマスターを捉えた。
ギリギリであるが、自分を前に背中を向いて走るその姿にフェンリルの憎悪が芽生えた。
──もう勝った気になったのか?舐めやがって!オレはまだ生きているぞ!
死を前に錯乱したのか、この状況の中でせめて一矢報いんと最後の力を使って氷塊を一つ展開させた。
まだこの距離なら殺される前に放てる。
死神はフェンリルの狙いに気づき、一気に前に出たが、もう遅い。
──死ね!人間!
そうして無情にも氷塊は放たれる──はずだった。
「!?」
しかし氷塊は動かない。なぜこうなったのか分からないが急いでまた撃とうとするが、身体が動かない。思念が飛ばせない。
──させん。あいつに手を出すのはこれ以上は許さん。
その時、フェンリルの脳内に一つの声が届いた。
──なぜだ!?なぜオレが邪魔する!?人間が憎くないのか!?
──憎いとも。だが、あの男はオレを信じてくれた。それに応えねば彼女に、いるかもしれない子孫たちに顔向け出来ない。それに、これ以上貴様らに好きにさせるのは復讐者としての意地が許さん。
フェンリルの霊基が弱ったことで、狼王・ロボの意識が復活した。ロボの意識はフェンリルの核である
──やめろ!?オレはまだ、死ぬ気は毛頭無──、
その思考を最後に、まだぶら下がっていた首を完全に切断された上に胴体をバラバラにされ、そして
「おい、まだ生きてるか?」
フェンリルが完全に消滅したことを確認した後、式は牛若丸の横に立った。
「……なんとか。しかし、藤丸殿の下に行かなくて良いのですか?」
「オレの役割はこいつの処理だ。あんたの看病をしても文句は無いだろ。それに、あっちにはアイツがいるからな」
「志貴殿ですか……なら、安心ですね」
斯くして魔狼はこの特異点から消滅した。それと同時にフェンリルという霊基も消滅し、人類史から完全に消滅した。これにより二度と彼が呼ばれることは無いだろう。
さあ、吸血鬼となった騎士の末路に終止符を打つ時が来た。