Fate/GrandOrder×月姫 死徒徘徊都市 総耶 作:ryugann
これは、藤丸立香たちが目覚める少し前に起きたことである──
まだ日は落ち切っておらず、我が家へ帰る者もいれば夜の仕事に向かう者がごった返しながら社会の軸が入れ替わる夕方時。
その様子を醜いものを見るように軽蔑した表情でヴローヴは見ていた。
本来ならばまだ死徒の活動時間ではなく、外に出ても陽の光で焼けるしかない。
しかしサーヴァントとなった今、死徒という太陽に嫌われた存在ではなくなったためにいつ外を出てもデメリットが無い存在になったのだ。
ただ、やはり生前の習慣が残っているようで、太陽が出る時間帯は出歩くことはしなかった。それはおそらく他の死徒たちもだろう。
先日、べディヴィエールとハサンによって深手を負わされた今の肉体は聖杯からの魔力供給のおかげで欠損こそ無いが吸血衝動が暴走し、なりふり構わず外へと飛び出た。
相棒は獲物を仕留めなかったことにご立腹で、狩りには同行していない。
だからこそこの理性も味方もない孤立した瞬間を狙う者たちがいることにヴローヴは気付くのが遅かった。
本能のままに徘徊しているうちにたどり着いたのはかつて己が魔眼によって、杭打ち機によって世界から消えた場所だった。
あの時と違うのは崩落せずに本来の土地の役割をしていることと
「──っ!?」
そこでヴローヴは違和感に気付いた。
ヴローヴは本能に従って人間が多くいる場所を目指していたはずなのに着いたのが逆の誰一人いない己の墓場だった場所。
さらにそこが本来の役割を果たしているのなら人は山のようにいるはずなのだ。
緩んだ警戒の紐を急ぎ引き締めて周囲を索敵すると、人払いと誘導を目的とした魔術が織り込まれた結界が貼られていることが判明し、今ここで自分は誘い込まれたことを悟った。
それと同時に現れた複数の気配。
人理から呼ばれた抑止力たるサーヴァントだろう。
彼らは己の武器を振るいヴローヴを討ち取らんと駆け寄る。
ヴローヴも吸血衝動の最中であり、本能から無理やり目覚めた影響か、万全ではないが剣を構え、迎撃の態勢をとる。
「来い、英霊共……!仮にも祖の一角として貴様らを返り討ちにせん……!」
こうして、戦いの火蓋は切られた。
それから一時間以上は経ったのだろうか。
ヴローヴはいつ敗北してもおかしくないほど追い詰められていた。
ヴローヴも騎士としてその武で馳せたが、世界に認められた武を持つ英霊にとってはさほど意味がなかった。
繰り返される剣戟を見えぬ剣で的確に捌かれ、隙を見せた一瞬で致命傷を何度も突かれた。
反撃に転じようとも二振りの槍を持つ戦士が剣士を庇うように流水のように滑らかな動作でヴローヴを翻弄する。
炎を出そうにも足元から現れるゴーレムに阻害され、放てたとしても遠くから放たれる無数の矢と大砲によって打ち消されてしまう。
そして厄介なのはこの霧だ。
いつの間にか現れた霧だが、その中から暗殺者と思われるサーヴァントが足の腱や腕の関節と四肢が動けないよう斬り込み、自由に動かすことが出来ず、剣士たちの補助として動いてる。さらに腹立たしいことにその暗殺者がどんな姿か思い出せないのだ。
おかげでその正体を未だ掴めずに何もできないでいる。
だが、一番警戒すべきは異形の姿をしたサーヴァントだ。
ケンタウロスのような身体で六本の腕を持つそれは指揮官として指示を出しているが時折、己の行動を分かっているかのように指示を出し、容易く致命傷を受ける原因の一端となっている。
「グ、ウゥ……!」
血が流れる。聖杯の魔力ですぐに再生される。
生前の行いとはやはりサーヴァントとなっても引き摺られるのだろう。
血が、欲しい。
「セイバー、奴は弱っている!畳み掛けるぞ!」
「了解しました、ランサー!」
剣と槍の見る者は見惚れるだろう技がヴローヴから流れる血を装飾として華麗に沈みかける夕陽をバックに乱舞する。
身体は再生する。
「……」
「どうしたキャスター?浮かない顔をしているが何かあったか?」
「いや、気のせいか……?僕のゴーレムが戦闘不能になる速度が早まっている……。アーチャー、念のために宝具の準備をしてくれ」
「分かった。だが杞憂に終わるかもしれんぞ。セイバーとランサーが奴の身体が再生する前にさらに傷を負わせている。あと数分で勝負は決まるだろう」
遠くから放たれる矢がヴローヴを覆い尽くす。
その隙にゴーレムはまた現れ、常人が喰らえば粉々になるであろう一撃を何度も叩き込む。
身体が寒さで震える。
「どうですか?今の状況は?」
「ああ、問題ない。僕らの仕事はなさそうだ」
「それは重畳。では私は敷いた結界を消す準備をしておきます」
「……いや、待て。
──様子がおかしい」
理不尽が堂々と闊歩するように蹂躙されていくヴローヴ。
血が滝のように溢れ出る。
寒い。
寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い──
「や、めろ……!」
攻撃は止まらない。血は外に出る。
剣が寒さでかじかんで震えが止まらない。
剣士の剣によって武器は弾け飛ぶ。
「おれから……!」
槍兵の槍が心臓を抉り抜いた。
炎を出す腕は矢によって千切られ、不発に終わる。
「
がむしゃらに身体を振り回して足掻く。
だがゴーレムに拘束され、四肢は捥がれて地面に叩きつけられる。
そして、剣士と槍兵が止めを刺さんと四肢を再生させるヴローヴに狙いをつけて一瞬で近づき──
「……!総員、離脱せよ!」
未来を予測して見た惨劇を回避するべく指示を出すバーサーカー。
だが、もう遅かった。
セイバーの剣がヴローヴの首を跳ねようと皮の一枚まで肉薄したその時。
「──ここは、寒い……!」
猛烈な吹雪がサーヴァントたちを襲った。
ヴローヴを討たんと集ったサーヴァントたちは確かにヴローヴを殺す一歩手前までいけていた。
だが決定打──情報が彼らには欠けていた。
彼らはヴローヴを炎使いの吸血鬼と考えていたがそれこそが誤りだった。
もし彼らが志貴たちと協力関係を結べていたのならこんなことにはならなかったはずだ。だが、たらればを言っても状況は変わることはない。それを彼らは、英霊はよく分かっていた。
「……は、ぁ!」
ヴローヴの首を跳ねようとした瞬間に起きた吹雪と呼ぶには恐ろしいものを浴びたが、魔力放出によって難を逃れたセイバー、アルトリア・ペンドラゴンは周りを見渡す。
周囲は完全に凍り付いて氷河の世界と化していた。
アルトリアはすぐに仲間の無事を確認した。
「無事ですか、ランサー……」
だが、無情にも彼女のそばにいたランサー、ディルムッド・オディナは完全に霊核すら凍り果てており、一つの氷像になっていた。
フィオナ騎士団の猛者がこんな最期を迎えたことに絶句するもすぐに思考を切り替え、ヴローヴがいた場所を見る。
ヴローヴは再生を終え、その場に立ったままだった。
だがさっきと違い、手には剣ではなく一振の大きな槍を持っていたが、何よりもその目には本能が抜けきれていない濁ったものではなく完全な理性が宿っていた。
「無事か……セイバー」
「あなたも無事、とは言えないようですが良かったです。バーサーカー」
ヴローヴより遠くの位置にいたため即死を免れたバーサーカー、項羽は身体が多少凍ってはいたが霊基には影響はなかったようで動きに支障はなかった。
「セイバー、ここは撤退する」
「なっ……!いえ、確かにあなたの言う通りです。しかし、奴がこちらを見逃すとは到底思えません」
「──その通りだ、騎士王。貴様らを見逃すほどおれはまだ落ちぶれてはいない」
覚醒したヴローヴの声が氷河の世界に響く。その声で彼らは確信してしまう。
──奴は、ヴローヴは完全に理性を取り戻してしまった。
本能に従順だった頃でも多くのサーヴァントが敗れ、この特異点を去っていった。本気となったこの状態は一体どれ程の強さを誇るのか。それは今の段階では想像すら出来ない。
「いけ、ゴーレム!」
同じく遠距離からの支援をしていたおかげで生きていたキャスター、アヴィケブロンはヴローヴを瞬時に仕留めんとゴーレムを繰り出す。
それは宝具のゴーレムには劣るけれど、今までの素材がその土地の土から生まれた杜撰なゴーレムとは比ではない程に大きく、強い特別製のゴーレムが出現する。
先ほどのヴローヴでは壊すことは叶わないゴーレムは知覚出来ない速さで拳が振り下ろされる。
「──遅い!」
ヴローヴはそれを難なく躱してしまう。だが、アヴィケブロンはそれを読んでいた。
「今だ!アーチャー!」
「オーララ!喰らいな怪物!」
躱して空中に滞空するヴローヴにアーチャー、ナポレオンの大砲が火を噴く。
この火力では流石のヴローヴも致命傷だろう。
──最も、喰らえばの話だが。
ヴローヴの腕が空を切る。
それだけで寒波は発生し、ナポレオンの砲弾がその火力と勢い諸共凍り付き、地面に落下する。
その余波を喰らったナポレオンとアヴィケブロンは霊核までは及ばなかったものの、身体は凍り付き、身動き一つ出来なくなる。
そしてこの瞬間を逃す気は無いヴローヴの周辺に幾つもの氷弾が現れ、合図をすれば彼らに目掛けて発射される。
「くそ、ここまでか……すまない!」
「だが、せめて道連れにして見せる!ゴーレム!」
ヴローヴの背後に急接近したゴーレムは主を見殺しにしてでもヴローヴを殺さんと己の腕を刃状に変形させ、一刀両断する。
「ぬるい。魔術師が騎士の真似事などするものではない」
だがゴーレムの意思無き覚悟を嘲笑うかのように片手で振り上げた槍で受け止め、反動で仰け反ったゴーレムの無防備な胴体に一突き。それだけでアヴィケブロンの傑作のゴーレムは崩壊した。
その光景を見た二人に氷弾は容赦なく襲いかかり消失した。
一方のアルトリアと項羽は何もしなかったわけではなかった。
彼女たちは氷漬けにされたナポレオンたちの救助に向かった。だが勝負は一瞬で終わり、何も成すことが出来なかった。
そして、今度こそ離脱しようとしたその時だった。
結界に沿うかのように氷塊が円状にアルトリアたちを囲み、逃げ場が塞がれた。
状況は最悪になった。
逃げ場が無くなった今、脱出するにはヴローヴを倒すしか方法は無い。
今、この場に残った英雄たちは覚悟を決める。
「セイバー、貴殿は逃げろ」
「なっ!?何を言っているのですか、バーサーカー!私はあなたたちを見殺しにしてまでむざむざ落ち延びる気など毛頭無い!」
「無論、それも承知のこと。──故に、頼んだぞ、アサシン」
「いきなりどうしたのですか、バーサー……」
項羽が告げた言葉がアルトリアの頭に巡るその前に、何か強い衝撃が首元を襲い、意識を奪われた。
アルトリアを肩に担ぎ上げたのは赤いフードを被り、顔が包帯で覆われたアサシンだった。
「これで、いいんだろう?」
「そうだ。セイバーにはまだ役目がある。それをこの場で殺されるわけにはいかないのだ」
「あんたの未来予知がどうなっているのか知らないが、この特異点が消えるのなら僕はなんだってやる。だけどこれはどうする?いくらアサシンでも気づかれずにあれの上を登るのは無理な話だ」
「心配することは無い。私が道を作る」
項羽は己に残された魔力の全てを宝具に回す。
身体がこれ以上はやめろと警告を促している。それを無視して、霊基が崩壊しかねない力を束ねて──放つ。
「見るがいい、人理を否定する吸血鬼よ。これは人類史の力の一端、かつて覇王と謳われた我が力、その身を持って知るがいい!
宝具、解放──!」
項羽は駆ける。その身で受ける風圧を纏いながら、かつて非道と言われた覇王のように。全てを崩壊させる力、その全てをヴローヴにぶつける。
対するヴローヴは逃げもせずにただ槍を構える。
項羽の宝具などこの槍だけで充分だと言っているのだろうか。その心中は本人しか分からない。
だがそれで良い。
槍の迎撃範囲まで迫る。正面から見れば意思を持った嵐が明確な殺意を持って来ているように見えるほどの圧がヴローヴに降りかかる。
ヴローヴは一歩も引かない。
そして、集められた力の全てを放出した。
放つ直前に旋回し、ヴローヴとは真逆の方向に、だ。
「!?」
これには迎撃の準備が済んでいたヴローヴにとっては意外だっただろう。
そして真逆の位置に放った項羽の意図をすぐに察した。
放たれた方向には全てを通さないとする難攻不落の氷の壁があった。
だがそれは大きく穿かれており、大きな穴が出来ていた。
つまり、逃げ道が出来てしまった。
項羽はヴローヴとの戦いではなく全体を生かすために全ての魔力を使って宝具を放った。
そして、把握していたサーヴァントの気配が殺された者を差し引いても合わないことに気が付いたヴローヴは彼らに初めて、その苦々しい表情を見せた。
「貴様……!最初からこれが目的か……!」
「お前のように他者を貪ることしか知らない吸血鬼にとっては分からないものだ。
これが、人類史の力だ」
「──下がれ!バーサーカー!!」
突如響いた第三者の声。
その正体を知る項羽は動けないはずの身体を無理にでも動かして安全な距離まで撤退する。
ヴローヴはその声のする場所。ビルの屋上を睨む。
そこにそびえ立つはギリシャ神話で語られた神代の弓手。太陽と月を司る神を信仰し、カリュドーンの猪討伐で名を馳せた英雄。アタランテの姿があった。
だがヴローヴの寒波はビルまで浸食していたようで、脚は凍っていて、自慢の速さは既に殺されていた。
「宝具、開帳!
“我、二大神に奉る!どうか、我が敵を討ち果たせ!
声は最後まで紡がれることはなかった。
ヴローヴから放たれた氷塊が真っ直ぐ、落ちることなく放たれ、上半身が吹き飛んでしまったからだ。
──だが、二大神は、彼女が信じた神はその言葉を聞き届けた。
天から無数の矢が無慈悲に、敬虔なる信徒を殺してくれた報いを与えるように降ってくる。
これには流石のヴローヴでも完全な対処は出来なかった。
神の裁きが直撃したヴローヴは跡形も無く消し飛んだ──
「──これは危なかった。しかし……神というのも中々侮れんな」
はずだった。
確かに身体の一部は抉れて肉が外から見えるが、それは無傷に等しいものだ。
なぜ、あの絨毯爆撃を逃れたのか。答えは左手にあった。
ヴローヴの槍を持つ手の反対は空に向けて掲げられており、その上に肉片があった。
それは、おそらく項羽の記憶が正しければアサシン、“ジャック・ザ・リッパー”のものだ。
なぜヴローヴの腕に彼女がいたのか。
おそらく、彼女はアタランテの警告を聞く前にヴローヴに特攻してしまったのだろう。
ヴローヴはそれを回避し、捕まえたその瞬間に亡き弓兵の宝具が展開されたから肉盾に利用したのだと推測される。
子供好きである彼女が間接的にジャックを殺してしまったことを知らずに逝けたのはせめてもの救いだろう。
アタランテとジャックが退去し、生き残ったサーヴァントたちは自分の開けた穴から逃れ、ここに残ったのは自分だけだと項羽は確信し、安堵する。
「──仲間は皆いなくなり、残るは貴様だけだ。降伏は聞き入れるが、どうする」
「笑止。たとえ私一人になろうと人類史は滅びぬ。連綿と受け継がれたそれは必ずお前たちを打倒する」
かつての過去を思い出す。
己が見出だした英雄、劉邦によって四方を囲まれ、完全に孤立したあの時と同じ状況だ。
──いや。
「虞はいない……か」
最期まで自分を慕ってくれた彼女はここにいないことに安心すると同時に寂しいと思ってしまう。
そんな矛盾した考えを捨てることはせず胸に留めた項羽は改めてヴローヴと対峙する。
討死する気は毛頭ない。必ずこの場から生きて脱してみせる決意を抱いて勝算がゼロに等しい戦いに臨む。
「この項羽を倒すこと、容易くないと思え!」
「来い!覇王!」
人ならざるものは互いに正反対の考えを持ちながらぶつかる。
最初の決戦が始まる時は、近い──