第一話
異世界トリップとか、憑依とか、そんな言葉が昔俺が住んでいた世界にあった。どうやら俺は、魂だけで異世界に渡り、そのままとある病魔に侵された少年の肉体に受け入れられた、らしい。
細かいことは覚えちゃいない。原因が何かなんてどうでもいい。この世界から見た異世界、いわゆる前世の記憶も、もう大昔のものになってしまった。
兎にも角にも、この世界に俺の居場所なんてなかった。全く別の世界から迷い込んできた異端の魂。気まぐれにも似た偶然で俺の魂を迎え入れた、病を抱えた肉体以外には。
俺の魂は、この瞬間の肉体にしかいられない。一つの肉体に二つの魂なんてイレギュラーになった瞬間、肉体は老いることを止めた。両親が亡くなり、故郷が消えて、星が滅びてなお、身体は病気でボロボロの状態のまま止まり続けた。
そんな身体でも、動かなければならない。立ち止まってしまえば、永遠という拷問から逃れられなくなる。
そうして、何百年も経過した。
星から星を渡り歩き、時には海賊と、時には銀河パトロールと行動を共にした。多くの知識を得て、瞑想を行い、技を身につけ、気を集める。
そうやって過ごしていた何百年目、とある噂を聞いた。
願いを叶える球があるらしい。ナメック星人が生み出した願い玉を使うことで、どんな願いも叶えられると。
探ってみると、それは二つの星にあった。一つはナメック星に、もう一つは地球に。
チキュウ、という響きには心当たりがあった。俺の魂が本来存在していた星も、こんなふうに呼ばれていた、気がする。今も昔も、あまりに縁深い星だ。
だから、地球に行くことにした。
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願い玉は、七つ集めることで願いが叶う、らしい。情報はそれしかない。
とりあえず第一地球人を探そうと思う。木と土と岩と、とにかく文明が感じられない山の中を歩いていると、小さな子供がいた。尻尾が生えていた。
「……いやサイヤ人じゃねえか」
地球に来て最初に出会うのが異星人ってどんな確率だよ。というかサイヤ人って絶滅してたんじゃなかったか?なんで宇宙の絶滅危惧種と初手で邂逅してるんだ俺は。というかよく無事だったな、地球。宇宙に悪名高き地上げ屋だぜ?誇れることじゃねえな。
「なんか言ったか?」
「いや、なにも」
それにしても に似ている気がした。もちろん、こいつに会ったことはない。
だというのに。
どこかで、見たことがあるような気がした。
「お前、名前は?」
「オラか?オラは悟空だ」
瞬間、耳に蘇ったフレーズに、言葉が詰まった。
この子供はなんと言った?この目を、この顔を、この声を、この名前を、知っている。
『オッス、オラ悟空!』
なんてことだ。笑ってしまうほどに馬鹿馬鹿しい。
記憶は朧げだ。ほとんど覚えていない。タイトルと主人公しか知らない。しかしたしかに、ここはフィクションの世界だ。いや、今の俺からしたらこの世界そのものが現実ではあるが、この世界がフィクションとして成立していた場所が、俺という魂の故郷だった。
俺は何も覚えてない。この子供が物語の主人公であるということ以外に、アドバンテージなんて持ってない。
ただ、この子供の存在だけは知っていた。
「おめえ、なんていうんだ?」
「俺か、そうだな……」
ここ数百年、偽名ばかり使っていた。魂の名前も、肉体の名前も、なんとなく名乗りたくなかった。どちらも今の俺ではないから。だから今まで通りに、偽名を使おう。
「稀人だよ」
「マレビトか」
稀人。全く別の世界からやっていた異端の客人。同じ響きのはずの地球にすら弾かれる、招かれざる来訪者だ。どこにもいけなかったその理由を、ようやく理解した気がした。
せっかくだ、孫悟空に着いていってみよう。サイヤ人の生き残りの、この主人公の人生がどんな道を歩むのか、見てみよう。
気まぐれだ。ただの永遠への暇つぶしだ。
たまたま俺の魂が知っていたから。それだけだ。
「なあ、お前の家に泊めてくれよ。帰る場所がないんだ」
「おう、いいぞ」
自分でもどうかと思いつつ頼むと、二つ返事で快諾された。拍子抜けしながらも、悟空の小さな背中に着いていく。猿の尻尾がふよふよ揺れる。気まぐれから始まった関係は、悪くはなさそうだと思った。