「あちゃ〜、見ちゃった」
「……えーと、全員今すぐ悟空から離れろ」
「え、なんで?」
「いいから」
てへへ、と笑う悟空に頭を抱えつつ避難勧告を出す。ぶっちゃけこの段階で尻尾を切り飛ばすこともできるけど、ブルマやヤムチャへの注意勧告として一回変身を見せた方がいい気がするので、あえてそのままほったらかす。周りに一般人いないしな。
悟空は少しの間は正気を保っていた。が、満月の方向を向いて固まったかと思いきや、徐々に巨大になり始めた。膨れ上がった肉体が衣服を突き破り、顔は凶暴な猿のものへと変化。やがて代表は剛毛に覆われ、あっという間に大猿の完成。やっぱバグってるよサイヤ人。
あ、ピラフ一味が大慌てで逃げ出した。唖然とするブルマたちに一応説明。
「悟空はな、満月を見るとでっかい暴れ者の猿になるんだ」
「見りゃわかるわっ!」
「うわあああ!!!ごっ悟空!」
「おまえ知ってたのか?」
「悟空から話聞いたのはさっき」
嘘は言ってない。
「そ、それより!アンタどうにかしなさいよっ!」
「わかった。えっと、悟空は尻尾が弱点だから、そこを切り落とせばなんとかなる」
言いながら剣を抜く。悟空は見境なく暴れていて、ああ、まだ未熟なんだなあと思う。大猿形態を使いこなされると中々厄介なのだサイヤ人は。しかもそれが戦闘種族としての本質ではないというトラップ付きで。
悟空の肉体の解説をしてから、剣を片手に一気に踏み込んで背後に回る。そのまま剣で尻尾を切断すると、シュルシュルと悟空は小さくなっていった。
「も……もとに戻った……」
「尻尾切り落としたから、しばらく大猿にはならないと思う」
「アンタねえ」
ぱこん、とブルマに叩かれたが大人しく受ける。これは俺のミスだからな、うん。満月の位置くらい把握しておけよ。思いがけないミスでどっと疲れたが、それはブルマたちも同じだったようだ。
「それにしても疲れたな……寝るか?」
「それもそうねー。少し休もっかな」
「見張しておくから休みなよ。セクハラしようとする奴はしばいておくから」
「じゃ、マレビトよろしく頼むぜ」
いうや否や、ブルマを筆頭にヤムチャプーアルウーロンは地面に倒れて爆睡し始めた。いいのか……?ピラフ一味はとっとと逃げ出してもう居ないし。悟空は呑気に寝てるし。
仕方ないので悟空に自分の上着を被せて寝かせた。すやすや、体格の大きな二人と小さな三人が並んで寝ている。なんとも平和な光景。
「…………」
前世でもこんな風景を見たことある気がする。なにかで一人だけ出かけて、帰ってきたらまだ小さな弟を、父と母が挟むようにしてすやすやと昼寝をしていた。俺はそれが羨ましくって、どうしたんだっけ?
「……おいこら悟空」
「ふぎ」
なんとなく悟空の鼻を摘んだ。フガフガいってるのに起きない。パッと手を離すと、また落ち着いた寝息に戻った。
はあ、とため息をついて空を見上げる。建物が周りにほとんどないためか、あまりに綺麗な星が見えた。
知っている星座はどこにもなかった。同名の星といってもそんなもんか。異世界だしな。
+++++
捨てられた城からピラフの使えそうな服を拝借して悟空に渡す。ついでに食糧庫も漁ってみんなで朝ごはん。ブルマとヤムチャはお付き合いを決めていて、なんだろう、カードゲームの間になにかあったんだろうか。願いが叶ったようでなによりだ。
「そういや悟空、色々あって尻尾切ったから」
「えっそうなのか!?ま、いいや!」
「いいのかっ!」
「お前本当に軽い性格なんだな……」
呆れるウーロンに内心同意。お前本当にすごいよそういう性格。とりあえず城から掘り出した忍者装束と、落っこちてた如意棒を拾って渡してやる。尻尾が切れてバランスが取りにくくなって何回かこけてたけど、まあ直ぐに慣れるだろ。
「悟空はこれから亀仙人のところで修行か?」
「うんっ!にいちゃんは?」
「……ブルマ、少し力借りていいか?」
「?ええもちろんよ」
流石に自立の術は見つけないとな。ブルマの家は大金持ちらしいしツテもなにかとあるだろう。それを借りて、自分の力だけでとりあえずの金を稼げるようになっておかねば。
やりたいこともいくつかあるし。
「じゃあ、孫くんとはここでお別れね」
「オラ、じいちゃんの形見のボールどうやって見つけるんだ?探し方わからねえよ」
「へいきへいき、ドラゴンレーダーあげるわ!一年経ったらここんとこをぴっと押せば反応が出ると思うわ!」
「わるいな!」
悟空がドラゴンレーダーを借り受けてから、ヤムチャがカプセルの小型飛行機を取り出した。俺は筋斗雲を呼び寄せる。こっちの方が好きだな、太陽の光をたくさん浴びられるから。
さて、悟空とはしばらくの間お別れだ。といっても、いつかどこかで再開するんだろうけど。
「じゃあ悟空、頑張って修業しろよ」
「うんっ!なあにいちゃん」
「なんだ?」
「オラがもっと強くなったらさ、オラと全力で戦ってくれよ!」
おっと、そうきたか。
いつになるかは分からないし、いずれは悟空の相手にもならなくなるのかもしれないけど、そう言ってもらえるのは素直に嬉しかった。
だからお礼代わりに、ひとつだけアドバイスをすることにした。
「そうだな。そうだ悟空、覚えておけよ」
「ん?」
「世界は悟空を中心に回ってる……そう思った方が、楽しいかもな」
誇張抜きで、この宇宙は孫悟空を中心に回っている。なにせドラゴンボールという漫画で、アニメで、主人公という肩書きを背負っていたのだ。
だから、困難も多いだろう。望まぬ戦いを強いられることもあるかもしれない。だからあえてこんなふうに話した。
「オラか?」
「そうだ。だって悟空の人生の主役は悟空だぞ。乗っ取られるなよ」
物語に。
「……?」
悟空は首を傾げていた。うん、それでいい。何もわからないのが正しいのだ、普通は。
「じゃあ、行こうぜ」
「そうだな。武天老師に負けんような達人になれよ!」
「うん!」
「そのうちまたみんなで会いに行くわよ」
別れを終えて飛行機が飛び立つ。それとタイミングを合わせて、俺の座った筋斗雲もふわりと浮き上がった。
「悟空、元気でなーっ!」
「ウーロンもなーっ!」
さあ、どれだけ強くなるんだろう。なんだかとても楽しみだ。
こんなに心が浮き足立つのはいったいいつぶりだったっけ。
「バイバイ、にいちゃん!」
「またな」
悟空の筋斗雲は亀仙人の家を目指してぐんぐん飛んでいき、やがて見えなくなった。
俺は筋斗雲の速さを飛行機に合わせて、同じ軌道を辿る。目指すはブルマの実家のある西の都だ。
そういえば、都市に行くのはこれが初めてだ。
今までの冒険とは多少毛色が違うけど、これも冒険と言っていいのかもしれないな。
+++++
その日の夜、夢を見た。
『や、久しぶり』
「……久しぶりに出てきたんだな、アスラ」
肉体の本来の持ち主であるアスラと、久しぶりに会った。行き場のない俺の魂を受け入れたのに、肉体の主導権を俺に奪われてしまった哀れなやつ。
『だって、タマキくんすごく楽しそうだったでしょ』
「タマキ?」
『忘れたの。人宝珠稀。君の名前でしょ』
そういえば、そんな名前を持っていた気がする。
「お前が楽しかった訳じゃないだろ。いいのか」
『僕じゃどう足掻いでも悲嘆以外のなにも感じられないよ。だからね、僕もすごくうれしい』
この身体に最初から絶望していたのがアスラだった。逆に、ギラギラと渇望を抱いていたのが俺だった。今ではすっかり逆転して、俺は諦念を抱いて、アスラは世界に興味を抱いてる。
『タマキくんは、楽しくなかったの』
「楽しかったに決まってるだろ」
『そう、よかった』
それを最後に、アスラは消えた。それと同時に俺も目覚めた。
起き上がって鏡の前に立つ。アスラという現地民の肉体に、人宝珠稀という異邦人の魂の入ったマレビトが立っていた。
「相変わらずお節介なのな」
はあっとため息をついてベッドに横になった。眠気はすっかり消えてしまっていた。