悟空は育ての爺ちゃんが亡くなって以来ひとりで暮らしていたらしく、男の二人暮らしというものにひどく慣れていた。俺はといえば、こんなにヒトらしい生き方をしたのはいつぶりだろうと感慨に耽っていた。
やっていることと言えば、朝起きて、剣の稽古をして、飯を食って、風呂に入って、時々悟空の修行の相手をして、夜に寝る。それだけだ。
一日というあまりに短い時間で規則的に行われるルーティン。その一日だって全く同じことの繰り返し、という訳じゃない。取れる魚の違い、天気の変化、修行の成果。
そしてなにより。
「にいちゃん、メシ取れたか?」
「熊を狩ったぞ。鍋にするか」
「おおっ!」
同じ相手との、途切れのない会話だ。気づいたら百年が経過して顔見知りが死んでいた、なんて経験もあるから、なるべく人との関わりは避けていた。
だから、こんな風に日常を共にして、そこまで重要じゃない話をぽつぽつするのは本当に久しぶりだった。大昔の悪友以来かもしれない。ささくれだった心が凪ぐのを感じて心の中で苦笑する。
長い間忘れていたが、寂しかったらしい。たった数日で自覚した。
大きな鍋に解体した肉を放り込んで、キノコと大量の生姜、醤油をぶち込んで煮る。初見のはずの地球の調味料をこんな短期間で使えるのも、昔の知識だろうか。悟空は待ちきれずにでかい魚を焼いて前菜にしていた。こいつよく食うな。やっぱりサイヤ人だ。
「ほれ悟空、できたぞ」
「ありがとな。いただきまーす!……アチチ!」
「がっつくからだろ」
火傷している悟空に呆れつつも、自分も食事を取る。この体は本来病気のために死にかけで、“気”はほんの僅かしか生み出すことができない。そんな中で過酷な宇宙を旅するなら、外的要因から“気”を補充するしかない。その一つが食事だ。
当たり前だが、食べ物は昔生命だった。だから食物に残っている、栄養やカロリーとはまた別の生命エネルギー、平たくいえば“元気”を余すところなく吸収して肉体に蓄える。イメージとしては、バケツでちまちまと水を運び入れる巨大ダムだ。だから一回一回の食事でさえ俺にとっては修行に入る。
何も考えずに食事をする、ということは、この世界に流れ着いてから一度もしたことがない。美味である必要はなく、むしろ集中を妨げてしまうので味なんて無い方がいい。
「にいちゃん、これ美味いな!」
「おー、そうかよ……あ、肉ばっか取るなそれは俺のだ」
ただひとつ、病魔に侵されてなお衰えない食欲のおかげで、俺は今も生き延びている。肉体にしがみついている。
この身に宿る本来の僅かな元気が朽ちて無くなったとき、俺の魂がどこに行くか、なんて、考えるだけで陰鬱だ。
どこにも行けないに決まっているのだから。
+++++
人間らしいルーティンワークは、大昔の、この世界に迷い込む前の前世の記憶を呼び起こす。それに懐かしいなんて感傷を覚える時期はとっくに過ぎ去っていたが、その夢を見るたび、なんとなく悟空を可愛がった。頭を撫でて、風呂を沸かして、物語を語り聞かせて、修行の相手をした。どこまでも自分本位なのは分かっていたが、悟空はキラキラと目を輝かせた。
「にいちゃん、もっかい!もう一回だ!」
「これ以上はダメだ。風呂入って飯食って寝るぞ」
「ケチ!」
「へいへい」
今日も簡単に地面に転がした悟空の首根っこを掴んでドラム缶風呂にざぼんと投げ入れる。ほらなんか歌にあったろ、おいしいご飯にぽかぽかお風呂、あったかい布団がこどもの帰りを待ってるって。
どっか違う気がするけどまあいいか。どうせ正解なんて忘れてるんだし。
カラスの行水よりは長い時間の入浴を終えた悟空の髪を拭いて、飯を食べて、そのあと俺が風呂に入り直して(クッソぬるい)、色々とあったりなかったりした話をして、寝る。ちなみに一番食いついてくるのはこの世界にまだまだいる強い奴の話だ。
……うん、やっぱサイヤ人だわ悟空。
「なーにいちゃん、オラどうやったら強くなれんだ?」
「あー、強いやつと戦って勝てばいい。負けても死ななければ前より強くなれんぞ。で、再戦しろ」
サイヤ人の特性を思い浮かべつつ、当たり障りのない返事をする。まだまだ俺の方が強いが、患った病のことを思えば、そしてこいつが主人公であることを考えれば、いつかおれは抜かされて悟空の強さを下から眺めることになる。教える側から教えられる側へ、そして、守られる存在となる。自分の強さを、過信するつもりはない。悟空のようなサイヤ人とは違うのだ。
それも良さそうだ、と思った。
前世の自分が、喜んでいる気がした。