孫悟空が死んだという知らせを聞いたとき、マレビトを名乗る男は自宅でピアノと向き合っていた。ため息を一つついて、ピアノカバーを下ろすと、ジャケットを羽織り筋斗雲を呼ぶ。そして、彼の全力で空を飛ぶより遥かに遅いスピードで、孫家のカプセルハウスまで辿り着いた。目を腫らした悟飯の頭を撫で、チチに頭を下げて、遺体の前に佇む。
“なぜか”早々と悟空の病気に気づき、ドラゴンボールの使用こそ他のものに取られたため無理だったが、早期治療のためか思いの外長生きしたのも、もはや過去の話となった。
「おつかれさん」
死人となった孫悟空に対して、マレビトはそう声をかけた。葬儀について簡潔に聞いてから、家族の時間も大切だろう、と言い置いてやはり筋斗雲で帰っていった。
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「死ぬかと思った」
「マレビトさん!?」
悟空の死から数ヶ月後。巨大な轟音と戦闘の気配が膨れ上がったかと思えば収まる。マレビトが筋斗雲に寝転がり悟飯の、正確には孫家に転がり込んできたのはその十数分後だった。
あちこちの傷は決して小さくはなく、骨折している部分も多い。慌てて怪我を治療するために部屋に駆け込む悟飯の背後で、マレビトは部屋の中で雲の上から動かなかった。
「それで、何があったんですか?」
「レッドリボン軍知ってる?」
「は、はい。本で読んだことは」
「ジェネレーションギャップじゃん。まあいっか。俺と悟空……悟飯のお父さんな、レッドリボンにカチコミかけてぶっ飛ばして壊したことあるのよ」
「そうなんですか!?」
「そーなの。で、残党の科学者が人造人間作って俺に復讐しようとしてんの。困ったことに」
冷蔵庫の麦茶を切らしてしまったというような、あまりに軽い口調でしれっとマレビトはそう言った。あまりの事態に絶句する悟飯に、マレビトは困ったようにまなじりを下げた。
「まあそう心配すんな。死にはしないから」
「そんなことないです!今は大丈夫でも、もしかしたら次は……」
「話聞け。まず例の科学者なんだがな、人造人間にもう殺されてる」
「えっ」
「それはもう確認した。でな、人造人間には俺と孫悟空をころせって命令がインプットしてある。つまりだ、俺を殺したらあいつらは存在意義がなくなるんだ。だからその辺をこう、うまい感じに言い聞かせたから」
「つまり……マレビトさんに攻撃はするけど、」
「殺すって一線は越えないはずだ。適当に嬲ったら満足するだろ。で、だ。俺が悟飯のとこに来たのは、この辺の事情をいい感じにラディッツとかベジータとかピッコロに伝えといて欲しいんだよ」
事情を聞いた悟飯は感情的に反論しようとして、最終的に言葉を飲み込んだ。マレビトは、少なくとも地球の戦士の中では上位層に位置する。加えて、彼はナメック星での立ち回りなどから、効率的な立ち回りを考案することも多い。
つまり、マレビトの作戦立案を拒否したところで代替案が出せないのだ。どれだけ悟飯にとっては納得し難い、伯父のような男が傷つくような内容でも、飲み込む以外の選択肢が見つからない。
「ま、いつまでもコレに甘んじてるつもりはない。いつもの通りの時間稼ぎだよ。サイヤ人の進化は宇宙より早いんだから、いずれ人造人間も超えられるイケる」
「じゃあ、マレビトさんがみんなに伝えればいいじゃないですか」
「俺が伝えたところで“日和ってる”扱いになりそーだし。俺より悟飯の方がちゃんと聞いてくれる」
「マレビトさんは、強くならないんですか?」
「俺?ムリ」
「マレビトさんもサイヤ人なのに」
「色々事情があんの」
そうして疲れがピークに達したのか、筋斗雲に寝転がったまま、マレビトはすう、と寝息を立て始める。
それが一時間を超え、十時間を超え、百時間を超える。
眠る場所が筋斗雲から、ソファ、病院のベッドへと移り変わり。
マレビトが眠りから目覚めたのは一月以上が経過してからだった。
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けたたましく電話が鳴り響く。ブルマが通話を始めた途端、スピーカーから大きな男性の怒鳴り声が響いた。
『ブルマか!?俺だ、マレビトだ!悪い寝過ぎた!』
「マレビト!?アンタ起きたの!?病院は!?」
『窓から出てきた、状況はある程度しか分からん!生き残ってんの誰だ!?』
「戦う気!?無茶よ!ベジータたちでも敵わなかったのよ!?」
『俺は他の誰より頑丈だなんとかなるだろ!あとラジオ局でもなんでもメディアにコネあるか!?』
「あるけど……まさか」
『全力で“マレビトが起きた”と流してくれ!悟飯に話を聞いてないとは言わせないからな!!!』
「…………ああもう!生きて帰ってこないと許さないわよ!?」
『ブルマに怒られるのは勘弁だな!』
それを最後に、通話が切れる。
ブルマはぐしゃぐしゃと髪をかき回して、自分が知る限りのメディア関係者を思い起こしながら行動を開始した。
「さっきと同じことしてる気がする」
「もう一月は前の話だけどね」
ブルマは、大怪我を負いながらもなんとか帰還してきたマレビトに顔を顰めながらも的確に包帯を巻いていった。近くには悟飯がいて、ブルマのことを手伝いながら必死に二人の赤ん坊の面倒を見ていた。
「ねえ、マレビト。この期に及んで隠し事は無しよ」
「んあ」
「原因不明の衰弱……気が減少してるってヤムチャたちが言ってたわ。いえ、むしろ」
「気の生成が全くされてない、とか?」
「ええ」
「それ、先天性なんだわ。いやまあ、ここまで悪化したのはナメック星だけどさ。いや、ちょっと違うな。
ナメック星で症状は頭打ちだと思ってたけど、まだ先があった。読み間違えた」
「治せないの?」
「ヒント、ドラゴンボールでもムリ」
「試したのね……」
とりあえずの処置が終わり、マレビトはなんとか身体を起こす。怪我とはまた別の理由で顔色が悪いが、それに頓着するほど余裕はなかった。
今この瞬間、人造人間に対抗できるのはマレビトしかいない。それを誰もがよく分かっていた。
「はいブルマ質問」
「なによ」
「カプセルコーポレーションの全財産と全技術に俺の持ってるコネクションと財産使って、街全体を地下にしまって人造人間に見つからないよう隠すのにどれくらいかかる?」
軽い調子で、マレビトはブルマに難題をぶつけてきた。できるだろう、という、科学者への絶対的な信頼を視線に込めて。
ブルマはマレビトからの提案に驚きながらも、ぐっと表情を引き締める。
「五年」
「よーしわかった。五年稼ぐ」
「マレビトさん!?」
「驚いてる場合か悟飯。五年経ったら次の主戦力お前だぞ?」
青白い顔を無理に取り繕って、マレビトはにっこりと笑う。そして、生徒に授業を行う家庭教師のように、床に指で文字を書きながら持論を語り始めた。
「いいか悟飯。目的のない時間稼ぎなんてするもんじゃない。そりゃただの徒労だ。逆に言えば、希望に向かって一歩でも前進したのなら、立ち向かった一秒は大いなる時間稼ぎになる。
俺はその辺慣れてるから、五年稼げるけど。五年後に俺が無駄になるか意味ができるかは、悟飯とブルマにかかってる」
「僕は、どうすればいいんですか?」
マレビトの顔を、悟飯は不安そうに伺う。マレビトは悟飯の髪をぐしゃぐしゃと大きく撫で回した。
「倒せそうなら倒せばいい。倒せなければ俺みたく時間でも稼いどけ。追加戦力には心当たりあるんだ」
探すのめんどくさいけどな!と笑い、マレビトは肩をすくめた。
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そうして、五年後。
マレビトは完成した巨大な地下シェルターに満足したように一つ頷いて、瞬間移動を使い地球から消えた。彼の知る強者、かつて地球に迷い込んだサイヤ人を探すために。
それは奇しくも、かつてこの星を治めていた神が地球から姿を消したときと、同じ日付であったという。