動きを止めたそんごくうに、嫌な予感がした。
なんだか、とても大変なことをしてしまったような。蜘蛛の糸を自ら引きちぎった、そんな予感が。
でも、何をどう間違えたのかわからない。心臓がバクバクを音を立てて、全身が冷や汗で濡れているのがわかる。混乱で、眦に涙が浮かんだ。だけど。これだけはわかる。
「なんで、なんでお前が!俺を見て困ってるんだよ!おかしいだろ!」
知らない。俺を見てこんな顔をする孫悟空なんて見たことない。いるはずがないのに!
かなり重たかったのであろう剣は、音を立てて飛んでいったし、ごくうに簡単に受け止められた。それで少しだけ冷静になる。俺の肉体は地球人じゃなくてぽんこつのサイヤ人であること、魂が別の世界から来たから、材料として捕まえられてること。
知識だけはある。だけど理解も納得もできない。
多分、今の俺の魂はバビディとかいう魔術師?ってやつの支配下になっている。だからなのか、ごくうのことが、すごく怖い。
怖くて動けない俺に、悟空はとても困ったような顔をして、近づかないまま、喋り始めた。
「マレビト。今のおめえはバビディっちゅーやつに狙われてるんだ。だから、オラに着いてきてほしい」
「…………」
……そうか。
マレビトって、俺のことか。
「バビディは魔人ブウってやつを復活させた。マレビトの言ってた通りに。ここは危ねえんだ。えっと、……怖いかもしれねえけど、守っからさ。一緒に行こう」
「…………」
そんごくうが一歩踏み込む。全身の力を総動員して一歩分後ずさる。
危ないって、どうしろっていうんだよ。
着いていくって、どこに?
「ひっひっひ。面白いくらいに術が効いてるじゃないか。そう思うだろ?魔人ブウ」
「!?」
「おい!」
「おっと、殺しちゃだめだよ。こいつの肉体が死んだら、魂が世界の隙間に落っこちちゃうからね」
もう一歩分後ずさって、背中が柔らかな何かに触れた、と思ったら、首筋を掴まれて持ち上げられた。なんてことないように首を絞められているおかげで呼吸が苦しい。大きな手を引き剥がそうと、涙目になりながら手を引っ掻いて無駄な抵抗をする。
「おい、マレビトを離せ!」
「嫌だね。そんなに欲しいなら奪い返せばいいじゃないか。さっきみたいになればいいだろ」
その言葉と共に、心臓が握りつぶされるような痛みが走って思わず呻いた。金色になったら俺が苦しいぞと言わんばかりに。
そうか。人質になってるのか、俺。
痛くて苦しいのに笑えてくる。初めての経験だ。
どさり、と地面に落とされたかと思えば、悟空がブウに殴られて遠くに吹っ飛んでいた。
あれ、金色じゃない。
……俺なんかほっといて金色になればいいのに。
一方的に洗脳されて、無様に転がされる以外に何もできない俺なんか。
「……待て、よ、ブウ。俺がいきてて、いちばん、ふりえ」
「黙ってなよ」
「い゛、ああ゛ッ」
激痛が走り、内側から両脚が破裂した。原型は辛うじて留めているが、これで立ち歩けなくなった。
嫌になる。
でも、このままだと悟空死ぬ。どうしよ。
どうしよ、じゃない。俺が招いた事態だろう?
「〜〜〜っ!」
痛みを基軸に無理やり頭を叩き起こす。恐怖を押し殺して頭をなんとか回転させる。霞む視界の中、辛うじて前を見る。
怖い。苦しい。だけど、俺のせいで悟空が苦しいのは、ちがう。
「ご、くう。いいから……たすけなくって、いいから!」
「いやだ!」
えっ。
ボロボロの悟空から発せられた言葉に、文字通り思考が停止した。一瞬の沈黙。それを縫うかのように、やっぱりボロボロになったラディッツが駆け込んできた。空から勢いをつけて、ブウを蹴り飛ばそうとしてかわされる。
あれ?
なんで、ラディッツがここにいるんだ?
だってたしか。あいつは。
「マレビト……!」
「……ごめん」
「チッ……謝るな」
「なあんだ。もう起きてきたのか。ベジータも役に立たないね。まあいいさ。ボクには稀人と魔人ブウがいるんだ」
「う、ぐう……!」
心臓が握りつぶされて呻く。死んではないけど、ギリギリのところで辛うじて生かそうという魂胆が透けて見える。ブウと悟空の間にラディッツが立ちはだかっている。
怖い。痛い。でも、何か言わないと。
「…………はあ」
盛大に。ラディッツがため息をついた。怒られた?思わず肩が跳ねた。
ブウとバビディが大笑いしていて、そこでようやく、両目からぼたぼたとずっと涙が流れているのに気がつく。慌てて拭って、表情を取り繕う。
ブウに髪を掴まれて、そのまま持ち上げられる。相変わらず呼吸が苦しくて胸を引っ掻いた。
「マレビト。必ず助ける。生きていろ」
「…………」
たすける。たすける?たすかる?
だめだ、思考が追いつかない。言われた言葉は記憶してるのにな。
ラディッツが、悟空を無理やり抱えていなくなった。後には俺とバビディとブウが残されて。
でもとにかく、二人がいなくなってよかった。
そう思った途端に流石に限界が来て、すとんと意識が沈んだ。
目が覚めたらマジで真っ暗な空間にいた。意識ははっきりしてて、さっきまでの極端な恐怖は感じない。多分、バビディの洗脳から戻ってきた。
おちつけ、思考はクリアだ。こちらに来たばかりの俺じゃない。ちゃんとこちらの世界での経験を積んできた俺が戻ってきてる。
手探りで周囲を探ったら、直方体の小さな部屋らしい。時々盛大な地震が起きてすっ転ぶし、それでなくても背中に違和感がある。あと気が全く感じられない。
なんかもう、この揺れ方知ってる気がする。
あれだ。子供が肩から下げて、たまに降ったりして反応楽しむ虫かご。
そんなことを考えてたら、かぱりと蓋が開いて、巨大なブウの笑顔が俺を覗き込んだ。
……予想当たった。俺、どうやったのか知らんけど、体だけ小さくされて虫かごに詰め込まれてるわ。
「虫ケラ呼ばわり肯定してきたけど、まさか虫と同じ扱いされるとは……」
流石にこの展開は予想外だった。しかも脚いまだに潰れてるから外出られないし。あー覚えある。無理やり捕まえて足もげたバッタをプラスチックケースに入れて振り回してた記憶ある。
「蓋開けたら、バビディに怒られるんじゃないのか?」
「あいつ、もう殺した」
「…………マジか」
なんかもう、想定内というか予想外というか。
「で?俺の扱いはこのまま?」
「おまえは、人質だってバビディが言ってた。だから人質」
「……人質の意味分かってるか?」
「殺さないように遊んでいいおもちゃ」
何もかも違う!だけどこの扱いに至った理由は納得!
「いいのか?飛んで逃げるかもしれないぞ」
「おまえ、飛べないようにエネルギー吸った」
……悟飯の気を吸ったあれと同じやつか。つまり俺の気は生きるのにギリギリで、少しでも脱出しようとすると、気を使い切って死ぬと。
で、今入ってる箱は、生命エネルギーの知覚を遮断して遠隔で摂取できないような素材でできてると。
……バビディのやつ、一千年くらいひたすら、俺を捕獲するために準備してきたんじゃないのか。稀人で魔人作るぞーってやたら意気込んでたし。
それがこの捕獲体制か。全くもって嬉しくない。
しかも結局活用してるの他人だし。本人死んでるし。
「あとでエサいれるからな」
「エサ」
ぱたん、と蓋が閉められて真っ暗な空間に戻る。エサとかいらないから生きた人間と触れ合わせてくれ。せめて太陽。気が、マジで生命エネルギーが枯渇寸前。
……なんつーか。規模がバカでかいだけで昔の俺だ、魔人ブウ。小さくて、弟が生まれる前で、好きなことに目がなくて、愚かにも今の環境が変わることがないと信じていた、無邪気で残酷な自分が思い出される。
箱が振り回されて、盛大に体を打つ。しかし、サイヤ人の強靭な肉体は意識を失うことはなく、エネルギーの枯渇しかけた肉体は受け身を取るだけの余裕すらない。瞬間移動なんてしようものならまず間違いなく死ぬ。
「今死んでも、メリットもデメリットもないよなあ……」
バビディが生きてたなら、実験動物にされないように気を使い切る選択肢もあったんだが。それがなくなって、ただの虫扱いされている今、俺が気にすることはまるで全然ない。
多分このあと、ブウは俺のことを忘れる。よくある話だ。どこかに置き去りにされた虫かごと、干からびたバッタの組み合わせなんて。
悟空たちがブウを倒しても、俺の入ったカゴがどこかに置き去りにされていては……
かり、と壁を引っ掻いてみる。案の定、何も起こらない。
死にたくないから、限界まで生きてみようとは思う。思うけど、生き延びる未来が全く見えない。
……いや、どーしよ。