まれびとの旅   作:サブレ.

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第七十三話

動きを止めたそんごくうに、嫌な予感がした。

なんだか、とても大変なことをしてしまったような。蜘蛛の糸を自ら引きちぎった、そんな予感が。

でも、何をどう間違えたのかわからない。心臓がバクバクを音を立てて、全身が冷や汗で濡れているのがわかる。混乱で、眦に涙が浮かんだ。だけど。これだけはわかる。

 

「なんで、なんでお前が!俺を見て困ってるんだよ!おかしいだろ!」

 

知らない。俺を見てこんな顔をする孫悟空なんて見たことない。いるはずがないのに!

かなり重たかったのであろう剣は、音を立てて飛んでいったし、ごくうに簡単に受け止められた。それで少しだけ冷静になる。俺の肉体は地球人じゃなくてぽんこつのサイヤ人であること、魂が別の世界から来たから、材料として捕まえられてること。

知識だけはある。だけど理解も納得もできない。

多分、今の俺の魂はバビディとかいう魔術師?ってやつの支配下になっている。だからなのか、ごくうのことが、すごく怖い。

怖くて動けない俺に、悟空はとても困ったような顔をして、近づかないまま、喋り始めた。

 

「マレビト。今のおめえはバビディっちゅーやつに狙われてるんだ。だから、オラに着いてきてほしい」

「…………」

 

……そうか。

マレビトって、俺のことか。

 

「バビディは魔人ブウってやつを復活させた。マレビトの言ってた通りに。ここは危ねえんだ。えっと、……怖いかもしれねえけど、守っからさ。一緒に行こう」

「…………」

 

そんごくうが一歩踏み込む。全身の力を総動員して一歩分後ずさる。

危ないって、どうしろっていうんだよ。

着いていくって、どこに?

 

「ひっひっひ。面白いくらいに術が効いてるじゃないか。そう思うだろ?魔人ブウ」

「!?」

「おい!」

「おっと、殺しちゃだめだよ。こいつの肉体が死んだら、魂が世界の隙間に落っこちちゃうからね」

 

もう一歩分後ずさって、背中が柔らかな何かに触れた、と思ったら、首筋を掴まれて持ち上げられた。なんてことないように首を絞められているおかげで呼吸が苦しい。大きな手を引き剥がそうと、涙目になりながら手を引っ掻いて無駄な抵抗をする。

 

「おい、マレビトを離せ!」

「嫌だね。そんなに欲しいなら奪い返せばいいじゃないか。さっきみたいになればいいだろ」

 

その言葉と共に、心臓が握りつぶされるような痛みが走って思わず呻いた。金色になったら俺が苦しいぞと言わんばかりに。

そうか。人質になってるのか、俺。

痛くて苦しいのに笑えてくる。初めての経験だ。

どさり、と地面に落とされたかと思えば、悟空がブウに殴られて遠くに吹っ飛んでいた。

あれ、金色じゃない。

……俺なんかほっといて金色になればいいのに。

一方的に洗脳されて、無様に転がされる以外に何もできない俺なんか。

 

「……待て、よ、ブウ。俺がいきてて、いちばん、ふりえ」

「黙ってなよ」

「い゛、ああ゛ッ」

 

激痛が走り、内側から両脚が破裂した。原型は辛うじて留めているが、これで立ち歩けなくなった。

嫌になる。

でも、このままだと悟空死ぬ。どうしよ。

どうしよ、じゃない。俺が招いた事態だろう?

 

「〜〜〜っ!」

 

痛みを基軸に無理やり頭を叩き起こす。恐怖を押し殺して頭をなんとか回転させる。霞む視界の中、辛うじて前を見る。

怖い。苦しい。だけど、俺のせいで悟空が苦しいのは、ちがう。

 

「ご、くう。いいから……たすけなくって、いいから!」

「いやだ!」

 

えっ。

ボロボロの悟空から発せられた言葉に、文字通り思考が停止した。一瞬の沈黙。それを縫うかのように、やっぱりボロボロになったラディッツが駆け込んできた。空から勢いをつけて、ブウを蹴り飛ばそうとしてかわされる。

あれ?

なんで、ラディッツがここにいるんだ?

だってたしか。あいつは。

 

「マレビト……!」

「……ごめん」

「チッ……謝るな」

「なあんだ。もう起きてきたのか。ベジータも役に立たないね。まあいいさ。ボクには稀人と魔人ブウがいるんだ」

「う、ぐう……!」

 

心臓が握りつぶされて呻く。死んではないけど、ギリギリのところで辛うじて生かそうという魂胆が透けて見える。ブウと悟空の間にラディッツが立ちはだかっている。

怖い。痛い。でも、何か言わないと。

 

「…………はあ」

 

盛大に。ラディッツがため息をついた。怒られた?思わず肩が跳ねた。

ブウとバビディが大笑いしていて、そこでようやく、両目からぼたぼたとずっと涙が流れているのに気がつく。慌てて拭って、表情を取り繕う。

ブウに髪を掴まれて、そのまま持ち上げられる。相変わらず呼吸が苦しくて胸を引っ掻いた。

 

「マレビト。必ず助ける。生きていろ」

「…………」

 

たすける。たすける?たすかる?

だめだ、思考が追いつかない。言われた言葉は記憶してるのにな。

ラディッツが、悟空を無理やり抱えていなくなった。後には俺とバビディとブウが残されて。

でもとにかく、二人がいなくなってよかった。

そう思った途端に流石に限界が来て、すとんと意識が沈んだ。

 

 

目が覚めたらマジで真っ暗な空間にいた。意識ははっきりしてて、さっきまでの極端な恐怖は感じない。多分、バビディの洗脳から戻ってきた。

おちつけ、思考はクリアだ。こちらに来たばかりの俺じゃない。ちゃんとこちらの世界での経験を積んできた俺が戻ってきてる。

手探りで周囲を探ったら、直方体の小さな部屋らしい。時々盛大な地震が起きてすっ転ぶし、それでなくても背中に違和感がある。あと気が全く感じられない。

なんかもう、この揺れ方知ってる気がする。

あれだ。子供が肩から下げて、たまに降ったりして反応楽しむ虫かご。

そんなことを考えてたら、かぱりと蓋が開いて、巨大なブウの笑顔が俺を覗き込んだ。

……予想当たった。俺、どうやったのか知らんけど、体だけ小さくされて虫かごに詰め込まれてるわ。

 

「虫ケラ呼ばわり肯定してきたけど、まさか虫と同じ扱いされるとは……」

 

流石にこの展開は予想外だった。しかも脚いまだに潰れてるから外出られないし。あー覚えある。無理やり捕まえて足もげたバッタをプラスチックケースに入れて振り回してた記憶ある。

 

「蓋開けたら、バビディに怒られるんじゃないのか?」

「あいつ、もう殺した」

「…………マジか」

 

なんかもう、想定内というか予想外というか。

 

「で?俺の扱いはこのまま?」

「おまえは、人質だってバビディが言ってた。だから人質」

「……人質の意味分かってるか?」

「殺さないように遊んでいいおもちゃ」

 

何もかも違う!だけどこの扱いに至った理由は納得!

 

「いいのか?飛んで逃げるかもしれないぞ」

「おまえ、飛べないようにエネルギー吸った」

 

……悟飯の気を吸ったあれと同じやつか。つまり俺の気は生きるのにギリギリで、少しでも脱出しようとすると、気を使い切って死ぬと。

で、今入ってる箱は、生命エネルギーの知覚を遮断して遠隔で摂取できないような素材でできてると。

……バビディのやつ、一千年くらいひたすら、俺を捕獲するために準備してきたんじゃないのか。稀人で魔人作るぞーってやたら意気込んでたし。

それがこの捕獲体制か。全くもって嬉しくない。

しかも結局活用してるの他人だし。本人死んでるし。

 

「あとでエサいれるからな」

「エサ」

 

ぱたん、と蓋が閉められて真っ暗な空間に戻る。エサとかいらないから生きた人間と触れ合わせてくれ。せめて太陽。気が、マジで生命エネルギーが枯渇寸前。

……なんつーか。規模がバカでかいだけで昔の俺だ、魔人ブウ。小さくて、弟が生まれる前で、好きなことに目がなくて、愚かにも今の環境が変わることがないと信じていた、無邪気で残酷な自分が思い出される。

箱が振り回されて、盛大に体を打つ。しかし、サイヤ人の強靭な肉体は意識を失うことはなく、エネルギーの枯渇しかけた肉体は受け身を取るだけの余裕すらない。瞬間移動なんてしようものならまず間違いなく死ぬ。

 

「今死んでも、メリットもデメリットもないよなあ……」

 

バビディが生きてたなら、実験動物にされないように気を使い切る選択肢もあったんだが。それがなくなって、ただの虫扱いされている今、俺が気にすることはまるで全然ない。

多分このあと、ブウは俺のことを忘れる。よくある話だ。どこかに置き去りにされた虫かごと、干からびたバッタの組み合わせなんて。

悟空たちがブウを倒しても、俺の入ったカゴがどこかに置き去りにされていては……

かり、と壁を引っ掻いてみる。案の定、何も起こらない。

死にたくないから、限界まで生きてみようとは思う。思うけど、生き延びる未来が全く見えない。

 

……いや、どーしよ。

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