【完結】逃がし屋・リコイル   作:兼六園

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馬子にも衣装

 ──村雨ビル。

 地上全40階に加え地下3階が駐車場となっているその建物は、防犯の為にと全ての窓ガラスが防弾仕様になっており、警備員は個人防衛火器(パーソナルディフェンスウェポン)の装備が社長から認められている。

 

 1階が受付、2階が食堂、3~8階が客人用ホテル、9階がパーティ用のドレスレンタル店と着付けをする準備室、10階がパーティ会場となり、一般客の立ち入りはそこまでとなっている。

 

 11階から上は社員の職場、宿泊スペース、サーバー管理室、パーツ製造場となっているため、警備は更に厳重になっている。そして38~40階は社長の活動拠点として使われており、秘書である妹の村雨(ひじり)と二人で使っている。

 

 

 

「──千束、ここまでの説明で疑問点はあるか」

「んー? ないよー」

 

 化粧台の椅子を持ってきて腰掛けているジョンは、ベッドにあぐらを掻いて座る少女──千束に問う。彼女はサイレンサーを外したデトニクス・コンバットマスターに別のパーツを装着し、小型のドライバーを回してネジを固定していた。

 

「全部聞いてたからへーき」

「ビルの名前は?」

「春雨ビル」

「村雨な」

「…………冗談ダヨ」

 

 本当かよとぼやくジョンの眼前で、千束はそう言って得物のスライドを引いて調子を確かめる。鞄の横を開いてそこに納めると、そのままジョンに向き直りふと問いかけた。

 

「ジョンってさあ」

「なんだ」

「なんで非殺傷スタイルなの?」

「……さっきも聞いてたな」

「そりゃ、気になるじゃん」

「なら……お互い質問一つに答え一つ、としよう。作戦開始にはまだ少し時間がある」

 

 おおー、と期待の籠った声をだす千束に、ジョンは一拍置いてから答える。

 

「俺……というかうちの派閥が不殺主義なのは、単純にリスクを考えた結果だ」

「リスク?」

「人を逃がすってのは、よくも悪くも恨まれる仕事だからな。ただでさえ恨みを買う仕事なのに、そこで殺しまでやったら、今以上に恨まれて憎まれて……撃たれる数が増えるだろ」

「まあ、確かに」

 

 手元でグロック30のパーツを分解しつつそう言うジョンは、予備のマガジンに手を伸ばし、45口径の非殺傷弾を外しながら続けた。

 

「オマケに、ただでさえリコリスとかいう暗殺者集団にも狙われるんだ。自分の流れ弾でうっかりガキ殺したくねえしな」

「ふぅーん」

「じゃ、俺からもいいか」

「どうぞ」

「リコリスの種類と数」

「なんじゃい人を物みたいに」

 

 一瞬ムスっとした表情を向けた千束だったが、「まあそりゃそうか」と小声で呟く。

 

「リコリスは簡単に言えば3つに別れてるよ。数は……たくさん?」

「仕事先の俺がよく出くわすのは白い制服を着ていたが、あれは?」

「白はサードリコリス、一番下。んで私はファーストで、真ん中にセカンドも居る」

「なるほど」

 

 千束は視線を斜めに上げて記憶を掘り返す時の動きをしながら、指を畳んで数を数える。

 

「なぜ制服なんか着てるのか不思議だったが……お前がここに潜り込めた時点で効果を発揮しているわけだな。誰も、女子高生が銃をぶっぱなすなんて想定できるわけがない」

「そういうこと」

 

 それは要するに、『不審者と言えば?』という質問に「全身黒ずくめで顔を隠している人」と答えるに等しい先入観(バイアス)

 大抵の人物が『女子高生が銃を所持しているわけがない、撃つわけがない』と思い込む。リコリスは、それを利用していたのだ。

 

「……俺からは以上だ。と、これやるよ」

「わっ。──45口径だ、ありがと」

「仕事前に無駄弾使わせちまったからな」

「律儀だこと」

 

 グロック30の予備マガジンから外した非殺傷弾をあぐらで広がったスカートの上に放り投げるジョンに、千束は弾を確認して言葉を返す。

 デトニクスの予備マガジンを取り出して1発ずつ込め直しながら、千束が再度問いかけた。

 

「ジョンってさあ、仕事先でリコリスによく狙われたんだよね」

「そうだな」

「……普通に考えて、顔覚えられたりして危ないんじゃないの?」

「ああ、そのことか」

 

 足元のバッグに銃を仕舞い、それから少し考えるそぶりを見せてから口を開く。

 

「俺はなるべく仕事先では変装するから案外バレないもんだぞ、わざと髭を伸ばしたりカラコンを入れたりカツラを被ったり」

「へぇ~」

「ここで清掃員に扮した時も、髭を伸ばして髪もボサッとさせて、ついでに猫背を維持して『冴えないおっさん』のふりをしていたしな」

 

 それとなく剃り残しがないかと指を顎に這わせるジョンは、その流れで腕時計に目をやり、よしと声を出して椅子から立ち上がる。

 

「ジョン?」

「千束、お前、ドレス着ろ」

「なんで???」

 

 

 

 

 

 ──9階、ドレスレンタル店兼準備室に訪れたジョンと千束。千束は豪華絢爛な衣装の数々の美しさに、惹かれつつもくらりと目眩を覚えた。

 

「な、なんでこんなことに……」

「今日はパーティーがあるからな。別に強制参加じゃないが、()()()()()()()()()。それに、社長こと村雨夕伍も参加が決まっている」

「──なるほど、聖さん(ターゲット)が居るならそれとなく連れ出すことになるし、10階のパーティー会場に居ないなら会場を離れて手薄になった上に侵入を試みることが出来る……っ!」

「そういうことだ。上階への侵入に対して対応しないといけないが、パーティー会場の客と社長も守らなければならないからな」

 

 ドレスを見て回りながら小声で会話を交わす二人。ジョンは簡潔に作戦内容を語り、千束が納得したように返すと、それからおもむろに横合いから声を掛けられた。

 

「お決まりでしたら、試着室へどうぞ」

「へっ? あ、はいっ」

「……お悩みでしたら、僭越ながらお手伝い致しますが、どうされますか?」

「え、ええっと……」

 

 店員に話しかけられ、どうしたものかと悩む千束を見て、ジョンは彼女を一瞥して言う。

 

「是非とも頼みます」

「ちょっ!?」

「この子には……そうだな、赤いドレスを」

「かしこまりました」

 

 こちらです、と続けて先導する女性店員の後ろを歩くジョンに、千束は抗議の声をあげた。

 

「ちょっとジョン!」

「お前がさっさと決めないからだろ」

「ぐぬ……なら、ジョンのパーティー用のは?」

「これがあるから問題ない」

 

 曲げた腕に被せるように乗せていたビニールカバー見せてジョンはそう言い、中の最低限の防弾性能しかないスーツに目を向けて続ける。

 

「社交用は防弾性能が低いからあんまり着たくないんだが……贅沢は言ってられない」

「あー、なんかわかるかも」

 

 それから店員が動きを止め、それに習って足を止めた二人は、眼前でドレスを選ぶ店員を見る。不意に二着のドレスを持ってくると、女性店員は千束の前でそれを広げた。

 

「お客様はスタイルがよろしいので、より映えるこちらをオススメしますが、あえて露出を控えたこちらもご用意いたしました」

「お、おぉ~……どちらがよろしかと聞かれてもなあ。ねえジョン、どっちがいいかな」

「んー…………こっち」

 

 二着を見比べたジョンが、つい、と指を差す。どちらも大人が着るようなデザインだったが──ジョンが選んだのは、店員がオススメした一着目の扇情的な方であった。

 

「スリットが深くて太もも見えるんですけど」

「動きやすくていいじゃないか」

「スケベめ」

「さっさと着てこい」

 

 試着室を顎で指し示すジョンに、千束は仕方ないとばかりに表情を向けてから言われた通りにする。ジョンもまた、もう片方のドレスを受け取りつつ、店員に言った。

 

「手伝ってあげてくれますか」

「かしこまりました」

「千束、いちおう両方着させてもらえ。着心地を試すついでにこの店内で軽く動いてみろ、会場で転けたら笑い者じゃ済まないぞ」

「わかってるー……う゛っ」

 

 背筋を正されてドレスの後ろを閉められたのか、呻き声のようなモノを絞り出す千束。

 店員に手伝われてから数分、暇そうにその辺りのドレスを見ていたジョンは、試着室を開ける音を耳にしてそちらに振り返る。

 

「…………ど、どうだぁ……」

「────」

「……おーい、ジョン~?」

 

 あくまで試着のため、化粧すらせず髪もそのまま。しかしジョンの目に映る千束は、赤いドレスを身に纏い──おおよそ少女と呼ぶのは失礼だと言える妖艶さを放つ。

 手伝いをした店員ですら、ほう、と感嘆の息を吐くほどの姿を見て、ジョンは小さく口を開いたままの顔で固まっていた。

 

「なんとか言ってよ」

「……ああ、まあ、そうだな」

 

 深呼吸をし、スリットから覗く太ももに向かう視線を上げて、()()()心拍数が上がっている自分の体に疑問符を浮かべながらも、呼吸を落ち着けてから言った。

 

「馬子にも衣装だな。服に着られてる感」

「おらぁ!」

 

 投げられたハイヒールをキャッチしつつ、ジョンはもう片方のドレスを見せる。結局二着目の露出の少ない方に決まったのは、別の話。




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