紆余曲折を経て時間が経過し、ジョンと千束は10階のパーティー会場に入り込む。
パーティー用に調節したスーツに銃を仕込めないことが逆に違和感になっているジョンは、壁と隙間を空けてテーブルが並べられている、その上の料理の数々に視線を向ける千束を見る。
中央をダンスホールとして使うために広々とした空間となっている10階で他の客に紛れていると、料理から目を離した千束が、手持ち無沙汰のまま暇そうに立っているジョンに声をかけた。
「ジョン」
「銃を隠し持てないって違和感あるな──ん、どうした?」
「いや、そもそもの疑問なんだけど、警備員が銃持ってるのおかしくない?」
「それはそうだが」
と、その会話に被せるように、ワッと歓声が上がる。視線を周りに合わせて同じ方向に向けると、そこには約30代前半の、自信に満ち溢れた顔つきの壮年の男が注目を浴びていた。
その傍らには、今まさに千束が疑問を覚えた内容である個人防衛火器──MP7を防弾シールドの裏に隠し持った警備員たちが立っている。
「普通、日本の警備員は警棒と刺又、カラーボールくらいしか武装を許可されていない」
男──村雨夕伍がありきたりな前口上を喋る声に隠れて、ジョンは小声で千束に言う。
「当然だが、日本の警備員は、スタンガンはおろか催涙スプレーすら使ってはいけない。ではなぜ『ここでは銃の所持を黙認されている』のか。……ヒントはこのビル」
「うぇえいきなりクイズ!?」
器用に小声で驚く千束にジョンは続ける。
「ほら、答え出さないとこのあとのダンスの時間に参加してもらうぞ」
「いーやーだーっ……ヒントはこのビルったって、色んなモノ突っ込みすぎてごちゃごちゃで
「わかったか?」
「……もしかして、
その答えに、ジョンは片方の眉を吊り上げるように反応した。それから、視線をマイクとスピーカーで長ったらしく話をしている村雨夕伍に戻しながら口を開ける。
「『ホテルにもなってパーティー会場もあって製造工場も備わっている、大企業の社長が利用している全40階建ての高層ビル』という情報は、それだけで
長い演説が終わり、客たちの拍手喝采の音にジョンの声が掻き消されるも、辛うじて千束は隣でその言葉を聞いていた。
「裏で銃器密造をしているからこそ、村雨夕伍は逆にビルを派手に運用することで、銃を所持する理由に利用しているわけだな」
「へぇ~」
「まあ、それはそれとして、噂ではヤツは愛人用の地下と最上階が直通の個人エレベーターを隠しているプレイボーイと噂されてるんだが」
「く、クズじゃん……!」
「そう言ってやるな。男にも色々あるんだ」
英雄色を好む、という言葉があるように、やり手の経営者である村雨夕伍のような人間は、得てして女にだらしがないタイプである。
ジョンもまた、一応は同じ男としてその感情に対しての納得はあった。理解はしないが。
「……ふぅ~~~ん?」
「なんだ」
「別にぃ? ジョンもそういう話するんだーと思っただけ。タイプの子とかいるの?」
「さあな」
──面倒な話題に逸れたな。と、ジョンは内心で千束のにやけた顔に苛立ちを覚える。
「じゃあ、年上派? 年下派?」
「………………、年上」
「いま私見ながら言っただろ」
「年下に年下が好み、なんて言ったらロリコン扱いは免れないからな」
「うーん賢い」
ふんと鼻で笑いながらそう言ったジョンが、まばらに散った客とその中に紛れてパーティーを楽しんでいる夕伍を一瞥すると、曲げた指の関節で千束の額を小突いて言った。
「あだっ」
「上に乗り込むには早すぎる。今はまだ、パーティーに混ざって楽しんでおくとしよう」
「いいの?」
「間違っても酒は飲むなよ」
──飲まんわ! と返す千束を見て、ジョンはそうかと返す。それから一拍置いて続けた。
「それと、周りの客に絡まれたときの為に、俺はアドリブでその都度適当に返す」
「はあ」
「俺たちの関係は、時に友人時に恋人時に兄妹時に親子だ。上手く合わせろよ」
「親子は無理ない?」
──結果として、千束はげんなりとした表情で切り分けて小皿に移したケーキを小さなフォークで小分けにして口に運んでいた。
思わず「ここはお見合い会場か」と叫びそうなほどに頻繁に男に絡まれ、ジョンはジョンで女に絡まれる。それを繰り返し、個別の言い訳を考えるのが面倒になったジョンは────
『この子は俺の
と言ってしまい、同じく面倒になってきていた千束もまた、その言葉に乗ってしまったのだ。
「……千束、大丈夫か?」
「お帰りダーリン」
「ここまで絡まれるとは、完全に想定外だったな。お前の顔も考慮するべきだった」
「考慮するべき顔ってなにさ」
苦笑を溢す千束に、ワインの入ったグラスを片手に戻ってきたジョンは近づきながら言う。
そして渡されただけで口をつけていないそれをテーブルに置いてから、千束の横に立って中央で何組かが踊っている様子を視界に納めた。
「……結婚、かぁ」
「冗談でも嫌だったか? 悪いな」
「ううん、そうじゃなくて」
一瞬口をつぐんだ千束は、おもむろにジョンを見上げてあっけらかんと言った。
「私──というか、リコリスってみんな戸籍とかが無いんだよね」
「……は?」
「だから海外旅行なんて出来ないし、結婚できるかどうかも怪しい。それに私の場合は……いや、なんでもない。それだけっ」
「今とんでもない爆弾発言があったんだが?」
「そう?」
リコリスには戸籍が無い。それをたった今初めて知ったジョンは、困惑に目を見開く。
今までの仕事の中で、しょっちゅう襲ってきた子供たちにも、目の前で赤いドレスに身を包んだ少女も、暗殺者として育てられ、終いには戸籍が無い。とどのつまり──リコリスが使い捨てだからかと、端的に答えにたどり着いていた。
「千束。俺のツテがあれば、戸籍やパスポートの偽造くらいは出来るぞ」
「……なんだなんだ? 同情か~?」
「──かもな」
流し目で見上げる千束に、ジョンは何かを言おうとして開いた口を閉じると改めて返す。千束は目尻を緩めて、小さく笑ってから言った。
「ふっ、別にいいよそこまでしなくて。ていうか、あんなにリコリス
「あのなあ、普通に考えて、組織を嫌うのと個人まで嫌うのは別だろうが」
「……そっか」
ため息混じりにそう言葉を吐き出すジョン。彼は、ワルツのBGMに乗って体を寄せながら踊るカップルや流れで組んでいる男女を見て、それから千束に視線を戻す。
「──タン、タタン、タン……足は……で……手の位置は……だから──」
彼女もまたダンスを眺め、リズムを口ずさみながら指で太ももをピアノのように叩く。
先程の発言も加味したジョンは、懐から携帯を取り出してアルバムを覗く。
「…………」
酔った客に携帯を取られてやられた、ありがた迷惑なツーショット写真。
自分の顔が見切れるように調整したそれを、ジョンはさっさと消そうとして、しかして削除ボタンをいまだにタップ出来ないでいた。
「……消すのは全部終わってからでいいか」
「ジョン?」
「千束、折角だし踊ってみるか?」
「はい?」
「見ればわかる。ちょっと気になってるんだろ」
「うっ……ま、まあ……ちょっとは」
すいっと指を差した方向に居るグループを見て、千束はぎこちなく頷く。携帯を仕舞ったジョンはその手を差し出すと──千束に向けて微笑を浮かべ、イタズラっぽく呟いた。
「お嬢さん、1曲どうですか?」
「……あははっ、なぁにそれ」
そう言いながらも、千束は、出されたその手にそっと片手を伸ばした。
──目立たないように、それでいて何人目かの女性と踊っている村雨夕伍を視認できるように遠巻きに、ジョンと千束は体を向き合わせてゆったりとした動きで踊っている。
「うおっ、お、おぉ……う」
「そう、そう……呼吸を合わせろ、ほら下は見ない。あと腰を引くな」
「無茶言わないでっ、てっ、おぉうっ」
見て覚えた──と言えればよかったが、いざ実際に踊ってみれば、千束は慣れない動きに苦戦する。逆にどこか慣れた動きでリードしてくれるジョンに、彼女は違和感を覚える。
「ジョンはっ、なんでこんなぁっ、慣れってるのっ!? あぶなっ転ぶ……!」
「気を付けろ……なんでと言われても、そりゃあ、
「こういう時のためって……『ダンス下手なヤツに合わせる』為にってこと?」
「んなわけないだろ馬鹿──だから腰を引くな、背筋を伸ばせって」
「ひゃいいっ!?」
会話を挟みながら腰を掴まれ引き寄せられ、背中に手を伸ばされて背筋を伸ばされる。
「……んん?」
思わずすっとんきょうな声をあげた千束だったが、ジョンもまた、背中越しとはいえ──彼女の体にほんの僅かな違和感を覚えた。
「…………?」
「ジョン~?」
「──ああ、いや、気にするな。……俺はな、あらゆる場所で大抵の事をそつなくこなす為に、基礎的な技術は片っ端から学んだんだよ」
「へぇー、ダンスもその一つ?」
ようやく慣れてきた千束が、ジョンを見上げながら問いかける。
「掃除が出来れば今回みたいに清掃員として入り込めるし、ダンスが出来れば社交場にも入り込める。お前が男に絡まれてたのは単に可愛いからだが、俺がさっきまで女に絡まれていたのは、立場を偽って金持ちということにしていたからだ。それでも嘘だとバレなかったのは、知識を得て別の仕事で経験を積んだからに他ならない」
「知識と経験かぁ……ねえジョン、今ついででなんか変なこと言わなかった」
「いや?」
ほんとかよ……とでも言いたそうな表情を取るが、ジョンの言葉を聞いて千束は考える。
「……知識と、経験……か」
「便宜上は千束も含めるが、お前らリコリスはバカスカ銃を撃って悪党を殺せばいいだけの人間かもしれん。だがな、リコリスを卒業したらもう殺しの才能は要らなくなるだろう」
「そう、だね」
「千束、やっぱり大人になったら戸籍を手に入れろ。それで、世界を見て回ればいい」
「────」
ジョンの言葉に、千束は一瞬目を見開く。大人になったら、そう言われて、彼女は反射的に『そんな日は来ない』と言いそうになった口を閉ざす。それから不意に、そんな千束を見たジョンが疑問を問いかけようとしたその時──
『おおい、良い雰囲気のところ邪魔しちまうが、悪いニュースだ』
「……ナッツ」
「ん?」
「仲間のハッカーからの連絡だ」
トントン、と左耳を叩きインカムの存在を示唆するジョンは、千束を連れてダンスの輪から外れる。人目から注目されない位置にそれとなく歩くと、そのまま千束を横目に通信を続けた。
「どうした、ナッツ」
『携帯を見ろ、1階の監視カメラを映す』
「は? ……千束、ちょっと来い」
「ん~? なに?」
ちょいちょいと手招きされて体を寄せる千束と共に、ジョンが取り出した携帯の画面を開く。ナッツクラッカーの遠隔操作で勝手に映像を開いた画面の向こうでは、異常事態が発生していた。
画面の映像──村雨ビル1階の監視カメラの向こうで、受付の女性が、何者かに銃で脅され拘束されている。金属探知機の電源を切られたのか、更に続々と、堂々と、十数人もの武装した男がこの場に侵入してきていた。
「……ナニコレ」
「有り体に言えば、テロリストってやつだな」
「知っとるわ」
『このタイミングで、ってことは……こいつらもパーティーで社長が気が緩むのを待ってたんだろうな。金目的とかか?』
「いや、それなら銀行襲う方が手っ取り早いだろ。よりにもよって銃での武装を黙認された全ガラス防弾仕様のビルだぞ」
「ハッカーさんはなんて?」
「『金目的か?』だとさ。あとで予備のインカム貸すから、話の続きはそのときにな」
──俺を仲介して会話するな。と小声でぼやきつつ、周りの視線に気を付けながらその場から離れるようにしてパーティー会場の出入口に向かい、ジョンは千束に言う。
「予定通り……とは言えなかったが、
「──テロリスト……の可能性のある武装集団を利用って、ここを戦場にさせる気!?」
「民間人も居ると分かっていて乗り込んできているんだ、余程の馬鹿じゃないなら即撃ち合いにはさせない筈だ。俺なら下の受付の女性を人質にして警備員に発砲できなくさせる」
会場を尻目にすっと扉を開けて隙間に潜り込むようにして部屋をあとにした二人。千束はハイヒールを脱いで裸足になり、ジョンと共に階段へと向かう。そのついでで、上昇しているエレベーターを見て、階段には居ないと判断した。
「いいか、俺たちの目的はあくまでも村雨聖を国外に逃がす手伝いだ。『突然現れたテロリストの制圧』なんかじゃない」
「──わかってる、けど……絶対に死人が出ないとは言い切れないし、下の人たちに罪なんかないんだよ? どうにかしなきゃ!」
「そうだな。どうあがいても、このままではビルの中でとんでもない戦いが起きる」
そうなっては、確実に警備員が、民間人が死ぬだろう。二人の『不殺主義』とはあくまでも『殺しはしない』であって『一切の死人を出さない』ではない。何事も、仕方ないことはある。
「──だが、そうはさせない」
けれども、
「────!」
「千束、作戦を思い付いた。どちらかが警備員に手を貸してテロリストを倒し、どちらかが上に行って村雨聖を連れてくる」
「ジョン……っ」
『それ作戦か?』
「作戦さ。元より、千束が居なかったら一人でこれをやる嵌めになっていたんだからな」
「──うん、やろう! 二人……いや三人で!」
『……はいはい、僕も頑張るぞーっ』
階段を駆け降りるジョンたちは、5階に向かいながら、そう言って決意を固める。
「ああ、やってやろう。逃がし屋とリコリスとテロリスト──トリプルブッキングになってしまっても、やることは変わらない。殺さず、死なせず。それだけだ」