「不幸な事故だったな」
『ウンソウダネー』
客に階段で逃げるように伝え、ナッツに警察を呼ばせる裏で、そう言いながら大量の結束バンドでテロリストと警備員の手足を縛るジョン。
すると、ザザザとノイズが走り、それから三人目の声が耳元に混ざり始めた。
【──もしもし~、ジョン~?】
「ん。千束か、どうした」
【こっちはまだエレベーターの中で暇なんだけど、そっちは終わった?】
「ああそうか、音を出さないように低速で動いているんだったか。こっちなら……終わった、安心しろ。誰も死なせてない」
【お~~~! やるじゃんジョン!】
『しゃちょーは肩粉砕されたがな』
【なんで???】
「不幸な事故だったよ。いったい誰があんな酷い真似を……!」
『おめーだよ』
とぼけるようにしてわざとらしく握りこぶしを震わせるジョンに、ナッツは淡々と返す。それを聞いていた千束は、当然の質問をした。
「なんでと言われても、人質に取られたからわざと負傷させただけだ」
【あー、そういうことか。足手まといを人質にしてたら自分が撃たれるからね】
『なんで伝わるんだよ……』
「それに、妹に逃げられたとなれば
【あとは銃器密造・密売の情報をリークすれば、動けないまま逮捕! ってことだね】
『えげつな』
よし、と作業を終わらせて呟いてから、ジョンはおもむろに落ちている無傷の防弾シールドを拾う。それを左手に持ち、右手にはグロック34を握りエレベーターに向かった。
「ナッツ、もう片方のエレベーターをこっちによこしてくれ、それに乗って上に向かう」
『あいよ』
【ナッツくん、もうエレベーターを遅くする必要はないと思うから元の速度に戻して?】
『あいよ』
──忙しいなちくしょう。というナッツのぼやきを聞き流しつつ、ジョンは『↑』のスイッチを押して二つ目のエレベーターを呼ぶ。
「……千束」
【ん?】
「清掃員時代に仕込みもかねて近づいたことはあったが……最上階を守るあいつらは、
【うん】
「その社長が下で撃たれたことは把握しているだろうから、銃を持ったお前は間違いなく俺の仲間として扱われる。女子供だからで手加減をするような奴らじゃない、気を付けろよ」
【────】
「……千束?」
エレベーターの階層表示が下がってくるのを見ながら、ジョンがインカムの向こうで黙る千束に問い掛ける。すると、小さく笑ってから千束はあっけらかんと返した。
【ふっ、誰に聞いてるの?】
「──なら、お手並み拝見だな。俺が最上階に向かうまでに全員倒しておけよ」
【まっかせなさぁい】
その会話を最後に通信を切り、ドヤ顔だろうなと独りごちるジョンは、数十分前のダンスの時に気になった事をナッツに言葉を投げ掛ける。
「ナッツ」
『どうした』
「いや、例えばなんだが──
『いるわけねーだろ。ゾンビかよ』
「……だよな」
彼女の背中に当てた手のひらから
──エレベーターの中で通信を終えた千束は、首の関節を鳴らして深く呼吸する。
『千束、お前の端末を見ろ』
「どしたのナッツくん」
『40階の監視カメラの映像を出す』
片手にAR-15を持ちながら片手で懐から携帯を取り出した千束は、その画面に映像が映っているのを確認する。その中では、エレベーターのある方向に二人の傭兵が向かっていた。
「うげ、
『40階は漢字の『回』の形をしている、上から両側を通って下部分のエレベーターを挟もうとしてきてるぞ。映像を見るに……傭兵は計四人だな。残りは上側にある社長室と中の社長秘書──ターゲットである村雨聖の防衛だろう』
「さてはて……
『あ、頭には当てるなよ。拳銃の倍以上のストッピングパワーがあるからな、頭蓋骨粉砕にでもなったら流石に死にかねんぞ』
「でしょうね……」
呆れたような表情で苦笑を浮かべる千束は、それから一拍置いて口を開く。
「はぁ、どうせならジョンとタッグで戦いたかったな。『行くぜタブス』『OKソニー』とかなんとか言ったりしてさ」
『マイアミバイスとかよく知ってんな、あれ80年代のドラマだろ確か』
「古いアクション映画とか好きだからねぇ。んーで、私はどの任務でも基本的にソロだからさ~そろそろ背中を預けてもいいと思える相棒とか? まあそういうのが欲しいわけですよ」
『ほーん』
言葉は軽く、しかして目線は携帯に映る監視カメラ越しの傭兵の動きを見る。
「……よし、そろそろかな」
視線を上げれば、エレベーターの表示が37、38と上がって行く。そして更に上へと視線を動かして、天井のハッチを見つけた。
──傭兵の一人が、上がってくるエレベーターを斜めから覗き込める位置に立つ。
「……
「了解。──しかし
「さあな、奴らの仲間か別の敵か、どちらにせよ上に来るということは敵だ。相手が誰であれ、俺たちには撃って殺せという命令がある」
δに視線を向け、頷かれるのを確認して、それから左右に開いた扉の向こうへと銃口を向け──
「──誰もいない。隣のエレベーターか?」
今まさに最上階に向かってきているもう片方のエレベーターの表示を見るべく、δの意識が一瞬逸れる。その刹那、ハッチの外からエレベーター内部に上半身を覗かせた千束が、視線が逆さまのまま防弾ベストに向けて2発撃ち込む。
「ぐ、お、ごっ」
気絶のための衝撃に特化した非殺傷弾は、貫通しない為に威力が全身に伝わる。防弾ベストの上からとはいえ、5.56mmを模したそれは、δの体を激痛と共に床に倒すには十分だった。
γが視線を倒れたδに移しながらも銃口はエレベーター内部に向け、千束が降りて飛び出す動きに一拍遅れて追従。
後方に下がりながらSCARをフルオートで連射するが、相手の視線や銃口の向きで弾道を見切る千束に対し、
「づ、くっ……その戦闘力、まさか、噂のリコリス……ってやつか」
「正解」
2連結マガジンのもう片方を挿して薬室に弾薬を送る動作を取りながらそう返した千束は、γの頭に腰から抜いた
「──ん」
その途中、長い廊下の奥の曲がり角から、更に二人の男──残りの傭兵が現れ、それぞれが2丁のSCARの銃口を向けていた。
「
「了解。しかし
「わかっている。まずはこいつからだ」
バラララララ、と弾が辺りに散らばるように発射され、千束の動きは必然的に制限される。βによって動きを止められた千束に向けてαがスコープ越しに心臓を狙い──発砲。
本来なら心臓を貫き、衝撃で骨を砕いていたであろう7.62mm弾は──下半身を固定して上半身だけを逸らした千束に避けられた。
「……馬鹿な……いや、そうか」
「α、どうした」
そして、マガジンを交換するβにほぼ確信した情報の共有を行う。
「あの女はおそらく動体視力に優れており、銃口の向きでどこに弾が当たるかを理解している。
「ならば乱射でまぐれ当たりを狙うか」
「…………そうだな」
レバーを引いて薬室に弾を送りながらそう言ったβに、αは仕方ないと呟いて再度銃口を構える。距離にして20m、AR-15を構える千束は、ぐっと足に力を入れて素早く踏み込んだ。
「来るぞッ!」
「行くよー」
軽口を叩きつつ、獣もかくやと言わんばかりの低姿勢で駆ける。2丁のSCARから放たれる7.62mmが壁や床に弾かれ甲高い金属音が響き、千束の集中力は高まって行く。
この光景を監視カメラで眺めていたナッツは入り込む隙がなく戦闘に言葉を挟めないが、当たり前のように銃弾を避ける千束に引き気味の視線を向けている。そんなことも露知らず、千束は残り数メートルの辺りで、残りの弾丸を吐き出すようにセミオートのAR-15の引き金を連続で引く。
バスバスバスとβの防弾ベストに着弾し、βは痛みに呻きながら倒れ、千束は弾切れのAR-15にリロードする手間すら惜しいとばかりに後方へ捨てるように放り、腰の2011を引き抜く。
「化物が──」
「失礼だ、なっ!」
独特の構えで2011を発砲する千束だが、その弾丸は、αが盾にするように開けた扉に辺り赤い煙を燻らせながら砕ける。
お返しとばかりに放たれたSCARの弾丸は千束が居た場所を綺麗になぞり、そこに居たはずの千束は、既に壁を足場にしてαの後ろを取るように大きく跳躍していた。
後頭部にバンと撃ち込まれた9mmの強装弾が脳を揺らし、αの視界がぐらりと揺れて膝をつく。負けじと振り回すように後ろへとSCARを向けたαは、そのSCARを持つ腕の下に滑り込むようにして膝立ちでスライディングして懐に潜り込む千束と視線がぶつかる。
「じゃあね」
ずざざっと背中を床に付けるくらいに仰け反りながら滑り込んできた千束を見下ろすαは──顎をかち上げるように放たれた非殺傷弾に殴られて、かろうじて繋ぎ止めていた意識を沈ませた。
「────っふぅ~~~っ、強かったあ」
『こわ……』
「そんじゃ、ターゲット連れ出しますか」
やりきったと言いたげに起き上がり体を伸ばした千束は2011のマガジンを取り換えて、捨てたAR-15を拾いそちらのマガジンも交換する。
ナッツの協力もあって扉のロックをあっけなく突破し、ガチャリと扉を開けると──ソファに神妙な面持ちで座っている女性を見つけた。
「っ! あ、貴女は……」
「あなたが依頼者の村雨聖さんですね」
幸薄そう、と表現出来るほどに、女性──村雨聖は疲れきった顔をしている。そんな聖は、頷いて返しながらも更に問い返した。
「は、はい。……あの、念のために合言葉を。『真上に撃った銃弾は』?」
「……あー、はいはい。『明日の自分に落ちる』、ですよね。大丈夫、私は逃がし屋の仲間です。本人も上がってくると思いますよ」
「そう、ですか」
僅かにホッとしたように表情を緩める聖。彼女を前に、千束はくつくつと笑う。
「? ……どうかしましたか」
「ああ、いえ、すみません。さっきのやりとり、逃がし屋と合流したときもやったんですけど──やっぱダサいですね、この合言葉」
「…………まあ、確かに。ふふ」
そう言って小さく笑みを浮かべる聖は、千束の手元の銃に目を向けながらもその警戒心を薄れさせる。ジョンが最上階に到着して二人に合流したのは、それから二分後のことだった。
──ガチャリと開けられた扉の方に、千束は2011を向ける。扉の奥から現れたのは、同じくグロック34を防弾シールドを構えた脇から覗かせるジョン。二人は警戒を解いて、銃を下ろした。
「……ふぅ、驚かさないでよ」
「悪かった。──と、あんたが村雨聖だな。俺は
「はい、お世話になります」
「合言葉でも言っとくか?」
「あー、そのくだりはもうやった」
「そうか。あの合言葉ダサいよな」
「やっぱり!? そうだよね!?」
「……アレって、ジョンさんが考えたわけじゃないんですね……」
千束が声を荒らげ、聖もささやくような声色で呟く。ジョンは自分の考案だと思われたことに「当たり前だろ」と返して続ける。
「あれは俺んとこのボスの教訓が元ネタらしい。『それくらいの腕前では、明日の自分は自分が原因で死んでいる』……とかなんとか?」
「へー」
「……なるほど……」
「と、お勉強はもういいか。早いところ下に降りるぞ、警察と消防と客でごった返してる一階で人に紛れれば追っ手に追われにくい」
二人にそう言って行動を促すジョンは、ふと部屋全体を見回して違和感を覚える。
「……うん?」
「どしたの」
「いや……この部屋、青写真と比べると、少し狭く感じてな」
「気のせいじゃない?」
「──かもな。じゃあ行くか」
そうして来た道を戻るように歩くジョンを戦闘に、聖を挟んで千束が殿を務める。
──音もなく開かれた壁の隠し扉から現れた男には、気づけないまま。
道中に転がっている傭兵の姿を見て、聖は驚いたように口を開く。
「社長──兄の雇ったプロ中のプロを倒すなんて……それも二人で……!」
「俺はやってない、そいつだけだ。まあそんなプロ専門のプロ……とでも考えてくれ」
「ふふーん」
「調子に乗るなよ」
見なくともドヤ顔をしていることはわかり、ジョンが窘めるように言う。それから一拍置いて、ふと疑問を聖に投げ掛けた。
「あんた、どうしてこのタイミングで逃がし屋に依頼してきたんだ」
「……それは」
「今回よりも前にいくらでも機会はあったはずだ。今日この日にどうしても──というわけでもないな、そのわりには突発的に見える」
「ちょっとジョン」
「いえ、いいんです」
ジョンの責めるような声色に割り込む千束だったが、聖がそれを制して肯定する。
「……その通りです、思い立ったのは、ほんの二週間前でしたから」
「それで」
「私は今まで、兄の犯罪行為を知ったうえで見ない振りをしていました。兄のおこぼれのような立場で、密売に目を瞑り金を稼いでいる実情に罪悪感を覚えながら、けれども兄の報復を恐れて行動に移せなかった愚かな人間が私です」
か細い声で続ける聖に、ジョンは返す。
「誰だってそうなるだろう。流れに逆らわずに生きるというのが如何に大変なのかなんてのは、逆らってる側だからこそよくわかる」
「……はい」
「そんな社長秘書殿は、どうして流れに逆らう事を決めたんだ?」
聖はジョンの問いに間を置いて、おもむろに窓の外を見る。それから目尻を細めて言った。
「──天気」
「天気?」
「はい。ある時、なんとなく、窓の外を見たんです。私の暗い気持ちなんて知ったことじゃないとばかりに、外が雲一つ無い快晴で」
幸の薄そうな表情をへにゃりと歪めて、ぎこちなく笑いながらジョンに顔を向け。
「──報復される『かも』なんて、
──あっけらかんと、そう言った。
「……ふっ、そうか」
「天気……天気かあ。じゃあしょうがないかあ」
「え、あ、あの」
「いや、なんだ。俺としては、わかりやすくて助かるくらいだ。兄離れする理由なんか、天気が良いからってぐらいがちょうどいい」
「うんうん、実は野望があって~とかじゃなくてより安心しましたよ!」
「ああ。あんたは充分、立派だよ」
「そう、ですか」
まるで一世一代の告白のようで、それを否定されなかった聖の心拍は高まる。
──この人たちでよかった。そう思案し目尻を緩める聖は、廊下で倒れている傭兵たちの姿を見て、なんとなく、
「…………ぁ」
エレベーターの前まで到達し、来た方とは逆の廊下を警戒するジョンの横で扉の前に立つ千束と聖。閉じていた扉が開くまでのわずかな時間で、聖はふと、二人に質問する。
「あの、皆さん」
「なんだ」
「……彼ら、傭兵は……これで全員ですか?」
「? 私が倒したのは、四人で全員ですけど」
「────」
聖は眉を潜めてまぶたをぎゅっと瞑り、必死に思い出そうとする動きを見せると、二人に弱々しくもしっかりとした声で断言した。
「……前に兄の資料を偶然覗いたことがあって、その時に雇った傭兵の項目も読んだのですが──彼らは合計で
「なに? だとしたらまだ一人残っ
──ドンッ!! という轟音が、ジョンの言葉を遮ると同時に左上腕を通り抜ける。
「っ──千束ッ!!」
「うぐっ」
引っ張られるように前につんのめるジョンは、何が起きたかを確認する前に、反射的に千束の腰を蹴り飛ばして聖を巻き込ませるようにしてエレベーターの中へ放り込む。
「きゃっ!?」
「づっ、ジョン!?」
左腕から激痛と共に力が抜け、代わりにグロックを床に捨てて右腕で防弾シールドを持ち上げたジョンが、千束の声を無視して振り返る。
廊下の先の曲がり角に視線を向けたジョンが見たのは、こちらを覗き込むようにしてM60機関銃を構えている、分厚い防弾ベストに身を包んだ、くだんの五人目の傭兵の姿だった。
「──
呆れたような表情でそう言うジョンに対して、返答するように放たれた無数の7.62mm弾が、防弾シールドを貫き体を滅多打ちにしていた。