「くそッ、あのタル女め。
今日もしこたまボコりやがって」
俺が一人前になるまでは、俺はキャスリーン卿に戦士になる為の稽古を付けられていた。
厳しい稽古に耐えて、俺は周囲に認められる戦士へと成長した……と一言で言えば簡単だが、その道程は挫折と苦難に満ちていた。
毎日毎日逃げ出したくなるような──というか一回逃げ出した──稽古に耐えられるのも、キャスリーン卿は俺に稽古の後にたらふく飯を食べさせてくれるからだった。
それに、他に行く場所も無い。
それと同時に、俺はキャスリーン卿の期待を裏切るのが怖かった。
俺なんかが強くなれるなんて、この時は少しも思っていなかった。
太れることが、この世界の強さだと俺は語ったが、無理に食べることが決して楽しく楽な事ではないのは誰もが知っているだろう。
アスリートでも、食べれることは才能の一つに数えられる。
適切な運動、適切な休憩、適切な食事が肉体を作り上げる。
食事は、立派なトレーニングの一つなのだ。
だから毎日毎日運動して、食べて食べて運動して食べて食べてたべて……。
太れることは強さだが、それは体を鍛えないこととイコールではない。実際、キャスリーン卿はあの肉体で凄まじい体幹を有している。
鍛錬がきつくて食べたものを吐いたことは両手では数えきれない。
そんな毎日を送りながら、俺は休憩の時間にマックドにやってきていた。
「ボブさん、いつもの頼む」
「OK!! いつものだなボーイ!!」
カウンターのボブさんに注文を出すと、俺は適当な席に座った。
「おや、ヒデノブ殿。今日はキャスリーン卿はご一緒ではないのですかな?」
「よくあの御方に付き合ってられますな」
「我らは一日でギブですな」
すると、隣の円卓を囲む三人組が話しかけて来た。
このマックド、どうやら地球出身者のたまり場になっているらしく、こいつらも俺と同郷の日本人どもだった。
しかも三人揃って俺と同じ元ヒキニートだったゴミクズである。
「キャスリーン卿はシエスタ中だよ」
彼女の体調管理は万全なので、今はベランダで昼寝中である。
昼寝とか良い身分だな、とは思うが、実際良い身分である。
食欲旺盛で有名なバッタも、日向ぼっこをするらしい。それは新陳代謝を高めて、より多くを食べれるようにするためだとか。彼女の昼寝はそんな合理的な理由もあるのだ。
「お前たちは気楽でいいよな。俺も冒険者になればよかったわ」
ファンタジーモノの異世界と言えば、ギルド。ギルドと言えば異世界転生の鉄板である。
勿論この世界、というかこの国にも冒険者ギルドは存在する。
こいつらはその所属なのだ。まあ、あまり真面目ではないようだが。
「我ら、自由人ですからな」
「街道警備で魔物を狩って、日々の暮らしは十分ですぞ」
「こっちの飯は美味いですからな」
この世界の魔物は食えるし美味い。
奴らはデカいし多いから、適当に倒せばそれなりの稼ぎにはなる。
冒険者ギルドとは名ばかりの肉屋、どちらかというとハンターギルドなのだ。
「ギルドはいいよな、お前らみたいな根無し草も採用するし」
「まったく、ザルですなwww」
「いえいえ、現代日本の採用システムが煩雑なだけですぞ」
「拙者、小論文苦手なのに採用試験なんて無理ゲー。
二十年後の会社で活躍している自分を書けとかどうしろと」
俺は就職活動なんてしたことないから、こいつらの苦労はわからなかった。
彼の愚痴を聞いていると、ボブさんが俺の食事を持ってきてくれた。
俺はまず喉を潤すためにコーラを一口飲んだ。
「ボブさん、これ氷入ってないぞ?」
「悪いな、今日は製氷屋が風邪ひいてダウンしてんだ!!」
「おいおいマジかよ、ぬるいコーラなんて冷めた中華並みに呑めたもんじゃないぜ!!」
俺はアメリカンなオーバーな態度で不満を示した。
「そうだ。おい、ベルモンドの爺さん。氷頼むよ」
俺は常連客の一人に声を掛けた。
店の隅っこに座ってビールとソーセージを齧っているのは、ベルモンドって爺さん。
やせ細った体躯に腹だけは餓鬼みたいにでっぷり出てる、仙人みたいな長い髭にとんがり帽子を被ってる魔法使いの爺さんだ。
「なんで儂がお前の為に魔法を使わねばならん」
「いいだろ、そのソーセージの材料を取って来てるのは俺らなんだから」
「ふん、まあよかろう」
爺さんが指を鳴らすと、俺のグラスに氷がどぼどぼと落ちて来た。
普通は大きな氷の塊を一つ作るのが精いっぱいなのに、このような小粒の氷を一度に大量に作れる爺さんはこの世界では珍しい純正な魔法使いだった。
「サンキュー」
「おい、爺さん!! 俺たちにも頼むよ!!」
「ぬるいコーラなんて飲めたもんじゃねえしな!!」
「違いない!!」
ぎゃはは、と笑う三人組に、爺さんは氷の塊を彼らの頭の上に精製して黙らせた。
「相変わらずの腕前ですな、ベルモンドさん」
その時、店内に新しい客が入って来た。
「タクミか」
「今日も魔法のご教授をお願いしたい」
入って来たのは、白いスーツを身に纏ったすらりとした長身の金髪の男だった。
この世界では珍しい、太っていないこのホスト然とした男は、元の世界では実際にホストだったらしい。
「タクミさん、あんたまで戦わなくたっていいだろうに」
俺は彼と知り合い、いや友人関係だった。
俺のようなピザデブと、イケメン元ホストとは水と油みたいな組み合わせだが、なんとなくウマが合った。
「そうもいかないだろ、ヒデノブ。
近々魔物の大規模侵攻があるんだろ?
俺も男として、町を守りたいわけよ」
「だったら手っ取り早く太った方がいろいろと楽だぞ」
「悪いが、贅肉が増えるのは俺の美意識に反するのさ」
そう言って、タクミさんはふさぁっとロン毛をかき上げる。
「大規模侵攻、もうそんな時期ですか」
「去年は大変でしたな。我々も生き残るので精一杯でした」
「死体の片づけとかマジしんどかったでござる……」
三人組はタクミさんの出した話題に陰鬱な表情になった。
大規模侵攻。
その名の通り、魔物どもの定期的な人類圏への進行を差す。
街道の哨戒や突発的な魔物退治はギルドが請け負っているが、それだけでは騎士団はただ飯ぐらいだ。
騎士団の役割は、こう言った魔物の集団に対する為にある。
特にこの国、俺が今住んでいる都市国家は戦士の国でもある。
戦えるものは殆どが駆り出される。
他国とも共闘して、魔物の軍勢と対抗するのだ。
そして、俺の初めての集団戦だ。
「お前らは民間人なんだから、後方支援に徹すればいいだろ。タクミさんもだ」
俺はキャスリーン卿の部下だし、前線に出るだろう。
その為に俺はこれまで鍛えてきたのだ。
「俺も死にたくはない。己の分は弁えるつもりだよ」
キザったらしい仕草で、タクミはそう言った。
三人組も小さくうなずいた。
平和なこの国に、嵐が訪れようとしていた。
§§§
遂に、魔物どもの大規模侵攻が確認されたと伝令が入った。
統率の取れた騎士団を主力に、ギルド員が後詰めだった。
とは言え、こちらにそこまで高度な戦術は無い。
会敵したら、当たって砕けろ、だ。
「キャスリーン様、いもけんぴです!!」
「うむ」
行軍中にエイミーにいもけんぴを渡され、ばりばりとそれを貪るキャスリーン卿。
なぜいもけんぴだって? いもけんぴのパッケージ裏見てみ、カロリーえげつないから。
「ヒデノブ様……どうぞ」
そして俺にもいもけんぴを差し出してくる。
「ありがとう。不安なのか、エイミー」
「……はい」
俺の問いに、エイミーは俯いてしまった。
「私の父も、騎士でした。
だけど、数年前の大規模侵攻で命を落としました。
キャスリーン卿はお強いですけど……」
悪かったな、まだ未熟で!!
「大丈夫だよ、俺はまだ死なないって」
彼女を安心させるようにそう言ってから、俺は思った。
俺が生きなければならない理由ってなんだ?
俺は死んで神に出会った。
もう一度死んでも同じことだろう。
来世が有ると分かって、なぜ生に固執するのだろうか?
「ヒデノブ、気を引き締めろ。敵だぞ」
俺がふとした疑問を抱いていると、敵の軍勢が現れた。
「他国の軍と合流する前に会敵か、やむを得ん。
──総員、抜剣!! 突撃せよ!!」
自身がそう叫びながら、真っ先に突撃するキャスリーン卿。
騎士団の面々や俺は叫びながら敵へと向かって行った。
「ヒデノブ氏、混戦ですな!!」
「敵は予想以上に数が多いようで!!」
「これは去年以上でしょう!!」
前線が混戦している。三人組がお互いの背を預けあって戦っていた。
「お前ら、大丈夫か!!」
俺が槍を振るって魔物をなぎ倒すと、横合いから別の魔物が襲ってくる。
しかし、その魔物は上空から火炎が降り注いで焼き尽くされた。
「こっちはなんとかね!! けど、油断しちゃダメだよ!!」
「タクミさん、サンキュ!!」
魔法使いの杖を持ったタクミさんが声を掛けてくれた。
彼は三人組と行動を共にしているようだ。
俺はと言うと、キャスリーン卿とははぐれてしまった。
あの人は単独で無双してるから、一人で突っ走れるんだよな。
俺たち凡人どもは、固まって行動した方が良さそうだ。
そうして、俺たちはタクミさんの援護を受けながら、周囲の魔物を倒していった。
そうしていると、カンカンカン、と金属の打ち鳴らす音と共に魔物たちが引いて行った。
「何がッ」
魔物の波が引き、その奥から何かがこちらに歩み寄ってくる。
「腕に覚えのある者は聞け、我こそは魔王様の四天王が一人!!
──オーク・バーサーカーである!!」
その怪物は、流暢に人間の言葉を話した!!
「魔王、四天王だと!?」
「バカな、魔王が現れたと言うのか!!」
「いや、それよりも見ろ。奴の肉体を!!」
「あれは伝説の怪物、正真正銘のオークだと言うのか!?」
騎士たちは本物のオークの登場に慄いていた。
オークがなんやねん、と思うだろうが、この世界においてオークは鬼みたいな扱いに近いのだと思う。
誰だって本物の鬼に戦いを挑みたくは無いだろう。
「くくく……この世界に派遣されて良かった……ちょっと涙が……」
「おい、良いのかそれで」
周囲の畏怖を感じてちょっとオークは嬉しそうだった。
「
さあ、俺と戦え、戦って死合おう!!」
強キャラ感溢れる……というか、振り返って思い返せば、こいつはかなり強敵だった……そんなオークに人間たちはビビっていた。
生憎キャスリーン卿は別のところで戦っている。
「くっくっく、オークがなんぼのもんぞ!!」
「こちらには怪物の如き強さを持つ、キャスリーン卿の一番弟子がいるのだぞ!!」
「ささ、先生!! よろしくお願いします!!」
「おい、お前らなぁ!!」
俺の後ろに隠れて好き勝手言っている三人組を俺は睨んだ。
「お前も戦士ならば、俺と戦え!!」
「くそッ、こうなったら仕方ないッ」
なし崩し的に俺はオークと一騎打ちをする羽目になった。
「……? なぜこの世界に我が同胞がいる?
なぜ人間側にいるのだ? メアリース様の怒りでも買ったか?」
「悪かったなオーク面で!!」
俺の顔を見て不思議そうにするオークに、俺はむかっ腹が立って怒鳴り返した。
「ひそひそ、やはり奴はオークの血が……」
「だからキャスリーン卿は彼を目にかけて……」
後ろの方であらぬ誤解が発生しているが、もう無視することにした。
「ふッ、まあいい。さあ、始めようかッ!!」
オークは長大なバトルアックスを振りかざし、襲い掛かって来た。
「ぐッ、ああ!!」
俺は咄嗟にランスで攻撃を受け止めた。
重い。そして強い。
奴はこの世界のルールにおいて、的確な強さを有していた。
即ち、奴は筋肉と皮下脂肪のバランスが取れた、動けるデブにしてパワーのあるデブだったのだ!!
バトルアックスの一撃が、旋風を巻き起こす。
その連撃は嵐の如き暴虐だった。
「くそッ、くそッ、くそッ」
ハッキリ言って、俺の手に余る相手だった。
俺は防御するだけで精いっぱいで、俺以外の誰もが束になっても勝てる相手ではなかっただろう。
こいつに対抗できるのは、キャスリーン卿ぐらいだろう。
……だから、俺が負けるのは別に俺の所為じゃないはずだ。
どこかで、そう思ったのだろう。
そして、それは対峙している相手が如実に感じれたはずだ。
「勝つのを、諦めたな」
金属と金属がぶつかり合う轟音の最中、オークの声はハッキリと聞こえた。
「ならば、速やかに死せよ。勝つ気の無い者など、戦士の恥だ」
長物同士の得物で、不意にオークが距離を詰めて来た。
その剛腕から振るわれる拳が、俺の顔面に突き刺さった。
死んだ、そう思った。
「ヒデノブッ!!」
奴に殴り飛ばされ、地面に倒れた俺にタクミさんが駆け寄って来た。
その時追撃でトドメを刺そうとしたオークが、一瞬躊躇した。
タクミさんの牽制の魔法の火炎弾を、オークはうっとおしそうに振り払った。
「ヒデノブッ、起きろ!!」
意識が遠のく。
タクミさんの声が、遠くに聞こえる。
「ヒデノブ様ッ!!」
エイミーの声が、聞こえ……。
──おや、こんなところで死んでしまうのかい?
誰だ、俺に話しかけるのは……。
──思い出すんだ、君の中に眠る記憶を。
「ヒデノブ? じゃあお前のあだ名はデブだな!!」
「ぎゃはは!! たしかにデブだもんな!!」
なんでだ。
なんでそんなことを言うんだ。
俺がお前たちに何かしたって言うのか?
「息が臭いんだよ、しゃべんじゃねーよ!!」
「そもそも声がきもいんだよ!!」
「なんかこの教室、他より温度高くねーかぁ?」
なんで、なんで俺は虐げられるんだ?
太っているからか? 痩せる努力をしないからか?
他人より食い意地が張ってるからか? 虐げても誰も何も言わないからか?
それとも、俺が生きているからか?
俺が生きているのが気に食わないのか?
俺が産まれたのが悪いというのか?
醜い。
醜い。俺が醜く産まれたのが悪いのか?
俺とお前たちにそこまで差なんてないくせに。
自分たちのことを棚に上げて、どうして俺を責め立てる。
俺はただ、教室の片隅でひっそりと居れれば良かったのに。
お前たちの輪の中に入りたいとも、邪魔をしたいとも思ったことは無いのに。
醜い。
醜い。
いや、──憎い。
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い──。
俺を否定する全てが憎い!!
俺はただ、普通に生きていれば満足だったのに!!
あの女神も、あの女神が造った人間社会も、全てが憎い!!
──そうだ、その気持ちを思い出せ。こんなところで簡単に死ぬなんて、面白くないじゃないか。なあ? ヒデノブ。
「……ヒデノブ?」
ゆらり、と立ち上がった俺にタクミさんが怪訝そうな声をかけた。
だが、この時ハッキリ言って俺の意識は無かった。
何をしたのか、正直覚えていない。
だけど、一つ覚えていることが有る。
「うおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!! 」
とてもスッキリしたってことだ。
「なんという、ウォークライ!!」
「奴もまた、オークの化身というわけか!!」
この時、周囲はそんな言葉を交わしていたとか。
だが、断じて言わせてもらう。俺に秘められた力とか、隠された血筋だったとか、そんなものは俺には無かった。
ただ、やり場のない怒りが、憎悪が、爆発したのだ。
まあ要するに、だ。
デブだって、キレるとヤバい。
「やはり、貴様は、我がどうほ──」
結果だけ言うと、俺はオークを倒したらしい。
その代わり、これ以降の俺の異名はオークのヒデノブ。
本物のオークを下した、オークそのものなんだとか。
いやほんと、止めて欲しかった。
§§§
さて、正直なところ、今回の戦いで重要なのは、俺が魔王四天王のオークを倒したことじゃなかった。
「見るがいい、この筋肉を!!」
俺が居る戦場とはまた別の戦場で、また別の強敵が存在していた。
「我こそは、魔王様の四天王の一人!!
マッスル・ミノタウロス様よ!!」
てっかてかの筋肉をポージングして見せつける、牛の怪物だった。
生憎と俺はボディビルに詳しくないから、何て名前のポーズなのかいちいち説明できない。悪しからず。
「この贅肉に塗れた、プロテインもささみも無い愚かな人類どもよ!!
このマッスル・ミノタウロス様が滅ぼしてくれよう!!」
「さて、それはどうかな」
「なにやつ!!」
この筋肉の化け物の前に現れたのは、誰あろう、贅肉の化け物であるキャスリーン卿だった。
「憐れな奴だ。好きな食べ物を我慢するなんて。
そんなことを誇ってどうする」
「愚かなのはお前の方だ。
強さとは、美しさとはッ!! 心身を鍛えることによって成されるのだ!!」
「では見せてやろう、お前の言う愚かさの果てに得た強さと美しさを!!」
「ふん、暴飲暴食の果てに得た力なぞ、我が筋肉の前に捻りつぶしてくれようぞ!!」
こうして、問答を終えた両者は激突した。
先手を取ったのは、身軽なミノタウロスの方だった。
「ふんッ、フンッ、墳ッ!!!」
恐るべき怪力から放たれる連続パンチがキャスリーン卿を打ち据える。
「おや、なにかしたかね?」
「なんだと、俺の打撃が効かないだと!?」
ミノタウロスの連撃は、キャスリーン卿の分厚い脂肪を揺らしただけだった。
「どれだけ筋肉を鍛えようとも、所詮は打撃力が上がるに過ぎない。
我が皮下脂肪の前に、打撃は無力!!」
「……我が連撃を受けて小動もしないその体幹、ただの贅肉の塊では無いようだな」
一方、ミノタウロスの方も認識を改めたようだった。
「だが、所詮は脂肪の塊よ!!
見るがいい、この奥義を!!」
ミノタウロスはまた別のポージングをして、高速で筋肉を動かし始めた。
そしてなんということだろうか、彼の全身が高熱を発し、炎を纏ったではないか!!
いや、どういう理屈だよ。
「この脂肪を燃焼する熱で炎を身に纏ったこの俺に、お前は勝つ術などない!!」
「ふふふ、わかっていないようだな」
「なに?」
「試してみればいい」
ミノタウロスはキャスリーン卿の挑発に乗った。
「後悔するなよ!!」
炎を纏ったミノタウロスの赤熱した鉄拳が、キャスリーン卿を襲う!!
しかし。
「バカなッ、なぜ炎を纏った我が拳が通用しない!!」
「知らなかったのか?
ある種のモンスターは“あついしぼう”によって炎や冷気を半減するという。
だが、それより更に分厚い脂肪を手に入れた私は、半減の上位互換、炎や冷気の無効に至ったのだ!!」
ドヤ顔で勝ち誇るキャスリーン卿。
いや、その理屈はおかしいやろ。
「そんな馬鹿な……。
認めてなるものか、筋肉が脂肪に劣るなど!!
こうなっては、最後の手段ッ!!」
ミノタウロスは注射器を取り出して、自分の腕に刺した。
「くくく、これは高濃度のプロテインスープ……。
それを動脈注射した。これにより口内接種より数倍の効率で効果を発揮する!!」
ただでさえムキムキで暑苦しかったミノタウロスの筋肉が、山のようにパンプアップし始めた。
「愚かな。ドーピングに頼るとは」
「黙れッ、筋肉が脂肪に屈するなどあってはならないのだ!!」
「ふッ、好きなだけ付き合ってやろう」
そうして始まったのは、最強の盾と矛の戦いだった。
そして、その戦いを制したのは。
「くッ、筋肉が言うことを利かない!!
乳酸菌が溜まったか!!」
「これで満足か? では倒れろ!!!」
ミノタウロスの猛攻を耐えきったキャスリーン卿が、反撃の拳を繰り出した。
たったそれだけで疲弊したミノタウロスは倒れた。
「ドーピングに頼った時点で、お前の敗北は決定していたのだ」
「おのれ、この屈辱は忘れん!!
いつか必ず、この身体を磨き上げ、お前を倒す!!」
それだけ言って、ミノタウロスは倒れた。
「勝った、キャスリーン卿が魔王の幹部を倒したぞ!!」
「我ら人類の勝利は揺るがない!!」
「キャスリーン卿、ばんざーいッ!!」
二人の一騎打ちを見守っていた人類の士気は上がり、魔物たちは怖気づいた。
「さあ、魔王軍なぞ恐れるに足らず!!
皆の衆、魔物どもを殲滅せよ!!」
こうして、魔王の幹部を二人撃破した俺たち人類側の勝利が決まろうとした直後だった。
「────全く、情けない」
快晴の青空に、暗雲が渦巻いた。
「あれはなんだ!?」
「見ろ、あれはッ!!」
人々が、空を指差す。
魔物たちは戦いの最中なのに次々にひれ伏した。
「──―我は、魔王なり。
此度派遣した我が四天王の二人を倒したこと、褒めてつかわそう」
暗雲の中心に渦巻く影が、人類に語り掛ける。
「その褒美に、今回は引き下がろう。
だが、その代わり、お前たちの希望の芽を、一つ摘み取っておこうか」
虚空の影が、地上を指差す。
その先は、キャスリーン卿が居た。
「勇壮なる戦士よ。お前には、朽ち果てて貰おうか」
§§§
俺が目覚めた時は、戦いは終わっていた。
俺は野営地のベッドで目を覚ますと、知らずのうちに味方から称えられ、混乱する頭で状況を整理しようとした。
「ヒデノブさまぁ~~!!」
だが、そんな暇もなく、俺の寝ていたテントにエイミーが突撃してきた。
「どうしたんだ、エイミー!?」
「キャスリーン様が、キャスリーン様がぁ!!」
どういうわけか、彼女は泣きじゃくって俺に縋りついていた。
訳を聞こうにも要領を得ない。
「ぐすん、とにかく、こっちに来てください!!」
俺は彼女に引っ張られ、テントを出た。
周囲では、戦場での戦後処理が行われていた。
味方の死体の埋葬や、負傷者の救護、炊き出しなどが行われ騒がしかった。
やがて、一つの救護テントの前に連れて来られた。
「……キャスリーン様、ヒデノブ様を連れてきました」
「ダメだ、入れるな」
「入ります」
「止めてくれ!!」
エイミーは容赦なく、テントの入り口の布を外した。
「は? 誰だ、あんた?」
その中に居たのは、ぶかぶかのシャツを着た美女だった。
適度に鍛えられ引き締まった肢体が布の上から把握できるほどの恵まれた体をしていた。
この世界ではありえざる、すらりとした長身の金髪の美女が己の膝を抱いて泣きはらした目をしていた。
「キャスリーン様です」
「え、は、嘘だろ!?」
「止めてくれッ、こんな私を見ないでくれ!!」
声は幾分か違和感があったが、キャスリーン卿で間違いなかった。
俺は頭が混乱して、何が何だか分からなかった。
そんな俺に、エイミーは言った。
「キャスリーン様は、魔王に“激やせ”の呪いを掛けられてしまったんです!!」
…………え、べつに良くね?
二話目の投稿です。
当初の予定では三話でしたが、キャラの掘り下げをするともう一話ぐらい増えそうです。
起承転結の四話でキリも別に良いですし。
需要があれば番外編のエピソードも書くかもしれません。