『完結』ピザデブヒキニートの唄   作:やーなん

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転化の章

 

 

 

 まず、最初に断言しなければならない。

 

 魔王の呪いによってキャスリーン卿が激やせしてしまい、人間の標準並みのボディになってしまった。

 

 だからと言って、俺が彼女に惚れるとか、そう言う安直な展開は無いから安心してほしい。

 いや、マジで無いから。

 

 仮に見惚れるほど美しくなってしまったキャスリーン卿に俺が惚れたなら、結局俺は外見だけで人を判断する人間ってことになってしまう。

 俺が最も嫌悪する、そんな人間に。

 

 それにあの方は尊敬しているし、感謝もしているが、それはどちらかというとオカンに向ける親愛に近いと言うか。

 

 そう、口煩いオカンが病床に臥せっている感じだった。

 

 

 

 からん、とグラスの中の氷が揺れた。

 

「あまり飲み過ぎるなよ」

 

 タクミさんがカウンター越しに話しかけて来た。

 ここは彼の経営する風俗店のひとつで、彼がオーナーを務めるホストクラブだった。

 店名は『L.O.』という。ちゃんとした読み方はあるらしいが、こじゃれたネームには興味なかった。

 

 彼はホストとして一線は退いているが、こうして客に酒を振舞っているらしい。

 この店は男の客もオーケーというホストクラブで、俺は友人の店と言うことでたまに飲みに来ている。

 

「キャスリーン卿はまだ立ち直れないのか?」

「……ああ」

 

 タクミさんは俺の横の席に座り、グラスを手に俯いている俺に尋ねて来た。

 

「ああ、まるで拒食症の患者みたいだ。

 毎日常人の二十倍のカロリーを摂取していたのに、今じゃ三倍程度で……」

「それ君が拒食症を勘違いしてるよ」

「部屋から全然出てこないし、エイミーもしょんぼりしてる」

 

 とにかく、今のキャスリーン卿は見てられなかった。

 

「ヒデノブ」

「なんですか、タクミさん」

「君は彼女を元に戻したいと思うかい?」

 

 彼は俺の方を向いて、真剣な表情で尋ねて来た。

 

「それは……」

「君は地球ではPCゲームも嗜んでいたんだっけ? 

 なら往年の名作もプレイしていたのかな?」

 

 タクミさんは突然話題を変えて来た。

 彼はこう見えてゲーマーで、俺たちはそこから話が弾んで仲良くなった感じだった。

 

「それは、まあ」

「じゃあエロゲ―は?」

「ははッ」

 

 俺は曖昧に笑って見せた。

 それは暗黙の了解って奴だ。

 

「十八禁のゲームの中には、エロを目的にしたモノも数多いが、一部にはZ指定に代表される一般的な表現では市場に出回るのは不可能なモノも存在するよね。

 君はあの名作をプレイしたことはあるかい?」

 

 彼はそう言って、ひとつのゲームのタイトルを挙げた。

 

「ああ、名作らしいですね。俺はプレイしたことは無いですけど」

「じゃあ簡単なあらすじとネタバレをしよう。どうせ二度とプレイする機会はないんだ、構わないよね」

 

 彼はそう言って、語り始めた。

 

「その作品の主人公は、交通事故に遭って手術を行った。

 しかしそれが原因で、五感に異常がきたす様になった。

 見るモノ全てが鉄錆びた肉塊のようになり、人々は耳障りな騒音のように聞こえる。主人公はそれに耐えながら平静を装って生きて来た。

 だがある時、彼は肉塊に見える世界で少女に出会うんだ」

「ああ、わかった。その少女は化け物なんだろ?」

「正解。全てが異常に見える中で、唯一正常に見える少女こそが醜悪な化け物だった」

 

 俺が先読みしても、彼は不快感を示さず頷いて見せた。

 

「主人公は唯一正常に見えるその少女を愛した。

 君はこの贅肉に満ちた世界にやって来て、君にとってこの世界の常識は全て異常だった。

 そんな中で、キャスリーン卿は更なる異常によって君にとっては正常に見えるようになってしまった」

 

 タクミさんはテーブルの上で両手を組んで、顎に手を乗せた。

 その視線はどこを向いているのか、少なくともどこか遠くを見ているようだった。

 

「本当に醜悪な化け物は、どちらなのだろうね? 

 今の彼女か? それとも前の彼女か? それともこの世界そのものなのか……」

「いくらタクミさんでも、キャスリーン卿を悪く言うのは許せないですよ」

「ああ、悪い。悪気はなかったんだ。そう言うことを言いたいんじゃなかった」

 

 タクミさんは柔和な笑みで、俺を見た。

 

「この醜さの概念の無い世界では、外見の醜さは問題にならない。

 君はもう気づいているんだろう? ……どうして君がこの世界に馴染めないのか。

 そう、外見が問題視されないのなら、浮き彫りになるのは……」

「そんなこと、言われなくても分かってる!!」

 

 そうだ、外見が問題にならないのなら、次に目が行くのは人間の本質──内面の美醜だ。

 

 俺は醜い。産まれながら誰にも望まれぬ醜さだ。

 だが、それ以上に俺の内面は醜悪だった。

 

 女神メアリースは、俺が社会に役に立たなかったのを責めたのではない。

 俺が俺であるこの醜い自分を変えようとしないことを責めたのだ。

 彼女はきっと俺が失敗しただけだったら、あそこまでボロクソに言わなかっただろう。

 

 ……俺は、そのゲームの主人公のように美しく見える何かを愛することすらできない。

 

「呪いは、それを掛けた本人にしか解けない。

 他人が解くことも出来るだろうが、それは術者の数倍以上の技量が必要だとベルモンドさんが言っていた。

 そして、この世には魔王以上の魔法の技量を持つ存在は居ないだろうね」

「……キャスリーン卿の呪いを解くには、魔王を倒すほかないってか」

 

 俺はグラスの残りを呷って、代金をテーブルに置いた。

 

「もう行くわ」

「あまり思いつめない方がいいよ」

「大丈夫だよ」

 

 俺は立ち上がり、タクミさんに言った。

 

「俺の心はもう決まってる」

 

 

 

 §§§

 

 

「爺さん、教えてくれ」

 

 俺はマックドに行き、ベルモンドの爺さんを問い詰めた。

 

「なんじゃ、ヒデノブ。そんな険しい顔をして」

「魔王城はどこにある?」

 

 からん、と爺さんはフォークを皿の上に落とした。

 

「なんでそんなことを儂に聞く」

「あんた、昔魔王の討伐に向かったんだろ? 

 当時の生き残りはあんただけだって聞いた」

 

 俺は情報収集の結果を爺さんに突き付けた。

 

「……止めておけ」

 

 爺さんは顔を逸らし、絞り出すように言った。

 

「行ったところで、後悔するだけじゃ。

 魔王には決して勝てない」

「やって見なきゃわかんねぇだろ」

「わかりきっておるから言っているんじゃ」

 

 爺さんは溜息を吐いた。

 

「なぜじゃ、なぜ魔王に挑む」

「キャスリーン卿を救うためだ。

 このままじゃあの人はダメになる」

 

 だが、俺が魔王に挑もうと思ったのはそれだけじゃない。

 

「キャスリーン卿ももう終わりだな……」

「あんな風にしなびたキノコみたいになっちまうとな」

 

 何も知らない連中が、そんな話をしていた。

 醜いと言う概念が無くても変わらない。人は外見で物事を判断する。

 あれだけ、みんな慕っていたくせに。

 もうあの人を見放しているんだ。

 

 それがたまらなく悲しかった。

 

「食べても食べても吐いちまうだよ。

 食べることがあの人の生きがいだったのに。

 俺はあの人に拾われた恩がある。その恩を返すなら今だ」

「愚か者め、その為に死ぬことが恩を仇で返すことになるとなぜわからぬ」

「外野がつべこべ言ってんじゃねぇよ!! 

 さっさと魔王城の場所を教えろって言ってんだ!!」

 

 煮え切らない態度の爺さんに、俺は更に詰め寄った。

 

「そんなに怒鳴るな!! 

 ……いずれにせよ、儂には選択肢など無い、か」

 

 爺さんは観念して、紙とペンを用意して簡単な地図を描いた。

 

「この国から北に一週間ほどの魔族の領域に、魔王城はある。

 この辺りまで行けば遠くからでもわかるじゃろう」

「サンキュー、恩に着る」

 

 地図を手に取り、俺はマックドを立ち去った。

 爺さんはそんな俺の背をじっと見ていた。

 

 

 

 俺は荷造りを終え、夜中に門を出ようとした。

 

「おや、ヒデノブ氏。抜け駆けですかな」

「一人で魔王討伐とか、ズルいですな」

「我らも勇者パーティにいれて下され」

 

 門を出た先の街道に、武装したマックドの三人組が待ち受けていた。

 

「お前ら……何言ってんだよ」

「彼らからは、僕が話した」

 

 横から話しかけられ、そちらを向くとタクミさんが杖を持って立っていた。

 

「たきつけた以上、俺も付いて行かないと筋が通らないだろ?」

 

 彼は前髪をかき上げ、白い歯をきらりと見せた。

 

「それに一度でいいから、こういうのやってみたかったんだ」

「……」

 

 俺は彼らになんと言えばいいのか分からなかった。

 感謝すれば良いのか、危険な旅なのにバカな奴らだとでも言えば良いのか。

 それを選べるほど人生経験があったわけではなかった。

 

「なら、行こう」

 

 なにより、本当は友達を作るのが怖かった。

 

「ああ、一緒にキャスリーン卿を助けよう」

 

 タクミさんの言葉に、三人組も頷いた。

 

 こうして、ヒキニートと元ホストという至上最低の勇者パーティが結成された。

 

 

 

 §§§

 

 

 一週間の長いようで短い道程。

 

 人類の生存圏を脱し、魔物の領域を突き進むこと数日。

 何度も何度も魔物の襲撃を打ち破り、気の休まぬ時間を過ごした。

 

 そうして、俺たちは辿り着いた。

 

「あれが、魔王城……ッ!!」

 

 暗雲立ち込める禍々しい魔の城が、広大な平原のど真ん中にそびえたっていた。

 まるで、いつでも攻めて来いと挑発するように、いっそ滑稽なほど無防備に。

 

「不気味な城だ。魔物すら寄せ付けないように感じる」

 

 タクミさんは周囲を警戒しながらそう口にした。

 そう、周囲は不気味なほど静かだった。魔物さえも周囲に見渡らない。

 

「……魔王を倒せば、魔物は居なくなるのでしょうか」

「そしたら我らは無職ですな!!」

「体力も付きましたし、次は農家でもやりますかな?」

 

 不安を紛らわすように、三人組は希望を語る。

 

「少なくとも、魔物の組織的進行は終わるはずだ」

 

 そうすれば、先日の戦いのような死者や、エイミーの親父さんのような戦いの犠牲者はいなくなるはずだ。

 

「行こう、みんな」

 

 この時、俺は柄にもなく人類を救おう、だなんて、そんな気でいたんだ。

 人々の英雄に成れば、俺の醜さは個性として受け入れられるって、そう心のどこかで思ってたんだ。

 

 

 

「やはり、来てしまったか」

「せめてもう一日あれば……」

 

 魔王城の城内の広間には、オーク・バーサーカーとマッスル・ミノタウロスが待ち受けていた。

 

「この奥に、魔王様はいらっしゃる。

 残りの四天王二人と共にな」

「だが、お前たちは魔王様に会うことなく、ここで死ぬだろう」

 

 オークが獲物を構え、ミノタウロスがポーズを決める。

 

「「ここから先へ、行かせるわけにはいかない!!」」

 

 二人は、決死の覚悟で俺たちの前に立ちはだかった。

 

 四天王オーク・バーサーカーが現れた!! 

 四天王マッスル・ミノタウロスが現れた!! 

 

「今度はチームバトルですぞ!!」

「以前の我々とは違うのですッ!!」

「男子三日あわざれば刮目してみよ、ですな!!」

 

「いやあ、今回の旅は楽しかった。

 その終着を共に見よう。みんな!!」

 

 三人組が、タクミさんが、奮起する。

 

「そこを退け、俺たちは魔王に用があるんだ!!」

 

 俺たちの戦いの火ぶたが切って落とされた。

 

 

 

 二人は本当に強敵だった。

 

 ミノタウロスを撃破し、オークを集中攻撃してあと一歩のところまで追い詰めた。

 

「もはやここまでか……」

 

 しかしその言葉は諦めとは無縁だった。

 

「だが、ただでは終わらぬ!!」

 

 彼の気迫が膨れ上がった。

 

「我ら魔族を見守りし、狂乱と月光の女神ルナティアよ!! 

 この身に万夫不当の死神の加護ぞあれ!!」

 

 そして彼は理性を捨てた。

 まさしく鬼のような形相で、全身のリミッターを解き放ったのだ!! 

 

「これは、マズいですな!!」

「窮鼠猫を噛むって奴ですかな!!」

「火事場の馬鹿力かもしれません!!」

 

「俺がやる」

 

 気圧された彼らの前に、俺が出た。

 一瞬で、一撃で仕留めなければ被害が出る。

 

 俺は全身の魔力を解き放ち、全身のカロリーを燃焼させた。

 

「豚は豚らしく、ブーブー言ってろやああぁぁぁ!!」

 

 俺は全力でオークにぶつかって行った。

 

 

 

 

「はッ……」

 

 そしてまたしても、俺は奴を倒した時の記憶が無かった。

 

「俺はどれくらい寝てた?」

「ほんの数分ほどだよ」

 

 俺は床に転がってタクミさんに治癒魔法を掛けられていた。

 

「もう起きれる。早く行こう。

 ……魔王はもう目の前だ」

 

 俺は彼の制止を振り切り、心配そうに見ている三人組を無視して奥の扉へと向かった。

 

「待て、待て、行くな、頼むからそこへ行ってはならぬ!!」

「その先に行ったら後悔するぞ!!」

 

 もう立ち上がることすらできない四天王の二人が、必死に叫んでいた。

 

「今更、退けるかってんだ!!」

 

 俺は両開きのドアを押して、魔王城の最奥へと足を踏み入れた。

 

 

 かくして、魔王城の玉座の間には、衝撃の展開が待ち受けていた。

 四天王二人は、俺たちが扉を開けると、がっくりと力尽きた。

 

 魔王の玉座には、いかめしい悪魔のような顔のローブを纏った男性の──―パネルが置いてあった。

 その左右には、サキュバスのような四天王と鬼のような大男の──パネルが置いてあった。

 

 そしてパネルには、こう書かれていた。

 ──『こちらのコンテンツは準備中です』と。

 

「は?」

 

 この時の俺の感情は、筆舌にし難かった。

 

「あのー、すみません」

 

 その時、室内の別の扉が開いて、トカゲ男みたいな魔物が入って来た。

 

「魔王四天王のバイト、面接会場ってここですか? 

 トイレ行ってたら迷っちゃって……」

 

 トカゲ男は俺たちの顔を一通り見ると。

 

「あ、なんか取り込み中っぽいですね、すんません」

 

 彼はタダならぬ雰囲気を察して、元の出入り口に戻って行った。

 

「一体、どういうことだ?」

 

 タクミさんと困惑する俺たち。

 その時だった。

 

 パネルの裏から、誰かが現れた。

 

「何奴!!」

「待て待て!! 儂じゃ儂じゃ!!」

 

 そこに居たのは、なんとベルモンドの爺さんだった。

 

「爺さん、何だこれ。なんだよ、この悪ふざけは!!」

「悪ふざけ、か。確かにそうかもしれんな」

 

 爺さんは観念した様子で、溜息を吐いた。

 

「まずは、儂の身分を明かそう。

 儂は女神メアリース様に仕える神官にして、この世界の運営を管理する者の一人じゃ」

 

 そう、爺さんは女神の直属の部下だった。

 あとで聞いた話だが、女神の神官は女神様直々に選ばれる超絶エリートなんだとか。

 つまり、この爺さんはこの世界の王様達よりよっぽど偉いってことになる。

 

「ベルモンドさんが、神官?」

「左様。ここまで来た以上、話さぬわけにはいくまい」

 

 唖然とするタクミさん、そして俺たち。

 爺さんは粛々と話し始めた。

 

「管理番号296064。それがこの世界じゃ。

 我らが造物主、女神メアリース様はとあるコンセプトにてこの世界を創造した。

 お前たちはメアリース様の最終目標を知っているか?」

「メアリース様の最終目標?」

 

 俺はオウム返しに尋ねた。

 

「メアリース様の最終目標とは即ち、全人類が目指す“楽園”の創造。

 全ての人間が苦しむことなく、生を謳歌できる人類の夢の地を創ること。

 この世界はそのモデルケースを確立する為の、実験的サンプルに過ぎない」

「意味が、分からないですな。

 女神様はなぜわざわざそんなことを……」

「それは人類が望むからだ。

 メアリース様は人類の概念そのもの。人は死後、死を恐れ楽園を想像する。かの御方は転生も事業にしているから、楽園は地上に創造するおつもりなのだ」

 

 三人組は、その返答に顔を見合わせた。

 

「おい、おかしいじゃないか。

 ここは楽園だって? なら、なんで魔物が居る!! 

 魔物の犠牲者が出て、魔王が現れたなんて話になるんだ!!」

 

 俺は爺さんの話に余計混乱して、そう声を荒げて問うた。

 

「お前たちは魔物を女神が用意したことについてどう考える?」

「わけわかんねーから聞いているんだ!!」

「仮に魔物が居なかった場合、どうなると思う?」

 

 爺さんは俺に真顔で尋ねて来た。

 

「……魔物は、人類を分断させている、そう言うことですか?」

「流石は儂の教え子じゃのう。その通りじゃ」

 

 タクミさんの答えに爺さんは頷いた。

 

「人間は集まれば、思想の違いで対立する。

 やがて考えが別たれ、殺し合いに発展するじゃろう。

 それが人間の歴史じゃ。メアリース様は人間の愚かさを熟知しておられる。

 故に、この世界の魔物とは、人類がある程度手を取り合い、争い合うことを抑制する為の踏み台に過ぎない」

 

 なんて傲慢な、人間らしい傲慢で残酷な発想だった。

 まさに人類の概念そのものたる、女神の所業だった。

 

「魔物とはお前たちに倒され、その血肉を持ってお前たちを飢えさせない為に存在する。

 そしてもう一つ、お前たちはこの世界をどう思う。

 醜さの概念の無い、食欲や睡眠欲、性欲を十分に満たされるこの楽園の雛形を」

 

 俺たちは、何も答えられなかった。

 だが、爺さんは話すのを止めない。

 

「いくらでも好きなように過ごせる、安全な世界。

 しかし、人間は飽きる生き物だ。どんな素晴らしい世界でも、停滞は壊死に繋がる。

 故に、ほどほどの刺激を人類に与える必要があった。

 それが魔物たちのもう一つの役割なのじゃ」

 

 そう、つまりは……。

 

「魔王なんて、初めからどこにいなかった……」

 

 俺から出たのはまるで、往年の名作レトロゲームの主人公の台詞みたいな台詞だった。

 爺さんも、ゆっくり頷いた。

 

「今年も、例年通りの魔物の大規模侵攻の予定じゃった。

 しかし、上から急遽『魔王降臨』シナリオを実行しろと仰せつかってな。

 本来なら世界各国の協力の後、連合軍の発足を待つはずたったのじゃ。

 だと言うのに、お前たちは儂らの仕事の予定を狂わせおって」

 

 最後は爺さんの愚痴が主だった。

 

「キャスリーン卿の呪いは解いておいた。

 それをここまで来た土産にして、今回は帰れ」

 

 こうして、俺たちの魔王討伐の旅は呆気なく終わってしまった。

 

 

 

 §§§

 

 

 行きは一週間程度だったが、帰りは倍以上かかった。

 魔物たちは俺たちを襲わなかったのにである。

 

 それだけ、俺たちの失意は大きかった。

 

 この世界は、ぬるま湯の楽園。

 全ての人間がほどほどに苦労しながら、生を謳歌できる女神の箱庭。

 女神による完璧な管理によって織りなされる、夏休みのアリの巣の自由研究程度の産物だった。

 

 それが、この世界のどうしようもない真実だった。

 

「……只今帰りました」

 

 俺は、久方ぶりにキャスリーン卿の屋敷に戻って来た。

 すると、どかどか、と聞き慣れた足音がやって来た。

 

「キャスリーン卿、今もどり」

 

 パチン、と俺は頬を張られた。

 顔を上げると、幾分か体重を取り戻してふっくらしたキャスリーン卿が居た。

 

「心配、したんだぞ!!」

 

 俺は彼女に抱きしめられ、どうしてか泣いていた。

 後からやって来たエイミーや、他のメイド達も俺が無事に帰ってきたことに涙していた。

 

 こんな、こんな下らない世界だけど、確かに俺の居場所はここにあった。

 

 

 

「魔王は、魔族たちの身内同士の争いで、既に討たれていました」

 

 それが、俺たちが話し合って決めた今回の魔王討伐の結末だった。

 俺はそのように王に報告した。

 

 俺たちは英雄にならなかった。

 そんな資格は無いと思ったし、ぬるま湯のように優しいこの世界にマウントを取るのは情けなくも思ったからだ。

 

 俺たちには日常が戻った。

 

 そして今日は、稽古は休みの日だった。

 

「ヒデノブ様、どこかにお出かけですか?」

「ああ、ちょっと人に会いにな」

 

 庭で日向ぼっこしているエイミーに声を掛け、俺は向かうことにした。

 

 

 ────今回の一件を仕組んだ、全ての黒幕に会いに。

 

 

 

 

 





次回で、完結いたします。
良ければ高評価・お気に入り登録お願いいたします。

需要があれば、完結後にサイドエピソードを書こうと思います。
ええ、需要があればですけど!!
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