『完結』ピザデブヒキニートの唄   作:やーなん

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結末の章

 

 

 

「もう嫌だ、殺される!!」

 

 ある雨の日、俺はキャスリーン卿の屋敷から逃げ出した。

 彼女の厳しい稽古に耐えかねたからだ。

 

 忘れては無いだろうが、俺は元々引きこもりニート。激しい運動とは無縁だった。

 こんな世界でもなければ生きてることも出来ない甘ったれだ。

 

 それでも、心の底では分かっていた。

 もう誰にも侵食されない俺の部屋は無いし、守ってくれる母親も居ない。

 人類文明の女神のくせに、人権を度外視するメアリース様は鬼畜だし。

 

 それでも、雨の日はやめておけば良かった。

 俺は着の身着のまま逃げ出したからだ。

 それでもこの日を選んだのは、雨の日なら足音が聞こえないだろうという浅はかな考えからだった。

 

 この町は、雨の日は止まる。

 一見中世に見えるこの国は、雨の日は交通手段が限られるからだ。

 この世界には自動車は存在しない。俺が神さまなら、環境汚染を引き起こす自動車は楽園には置かないだろうし。仮に有っても魔物の存在がネックになるだろう。

 

 ここは楽園。人類の夢見る理想郷(ユートピア)

 だけどメアリース様はただ飯食らいを許さないし、人間に人間らしさを求める。

 怠惰に資源を貪る者を養うほど、かの御方は優しくない。

 平穏に生きて欲しいが、停滞は許さない。その為には悲劇も与える。

 

 ここは箱庭。甘いぬるま湯の暗黒郷(ディストピア)

 醜いという嫌悪を女神に奪われた世界。

 全ての人間を幸福にするのは簡単だ。誰も不幸と感じなければいい。

 それでは歪みが大きすぎるから、それを必要最低限に抑えたのがこの世界なんだろう。

 

「あッ、痛ッ」

 

 俺はぬかるみに足を取られ、転んで泥にまみれて這いつくばった。

 当然だ、この世界は道路はコンクリートで舗装されているわけではない。

 

「くそッ、くそッ、くそぉ」

 

 惨めだった。

 自分はやればできる、やらないだけだと言い訳をずっと繰り返してきた。

 その化けの皮が剥がれればこれだ。

 人間社会は人間同士が歯車になることによって成り立っている。

 そこからはみ出した直後、その恩恵を得られなくなりボロが出るのは当たり前だ。

 

 人権に守られ、憲法に守られ、法に守られたゴミだった俺をメアリース様は安息の地から蹴り出した。

 あの御方は正しかった。あんまり認めたくないけど、あの御方には感謝している。嫌いだけど。

 

「大丈夫かい、君?」

 

 悔しくて、痛くて、惨めで情けなくて、戻るに戻れない恥ずかしさで身もだえていた俺に、誰かが傘を差しだしてくれた。

 

 顔を上げた俺は、────。

 

 

 

 §§§

 

 

「いらっしゃいませー」

「一名様ごあんなーい!!」

 

 通いなれたドアを開ける。

 店の中は太ったスーツの男たちと客であるふくよかな女たちが会話に花を咲かせ、酒を嗜んでいた。

 ある種、この世の地獄のような光景だが、キャスト達は俺の顔は知っているので、顔パスで通してくれた。

 

「いらっしゃい。今日は何を呑むんだい?」

 

 バーカウンターにはいつものようにタクミさんがバーテンダーのように振舞っていた。

 

「いつものを頼む」

 

 これからする話は、素面では出来ない。

 すぐに俺の好きなカクテルが振舞われる。

 

「そのカクテルを出すと、最初に会った時を思い出すね」

「ええ、酒を飲んだことが無いって俺に、飲みやすいカクテルを作ってくれたんでしたよね」

 

 カクテルは客の思い出と紐づいている。

 このジュースのように飲みやすいカクテルは初めてタクミさんと出会った時に奢ってくれたものだった。

 キャスリーン卿の屋敷に戻りたくない俺を、何日か匿ってくれた。

 

「……なあ、タクミさん。あんたなんだろ」

「どうした急に。なんのことだ」

 

 からん、とグラスの氷が揺れた。

 

「あの時、オークにやられた俺に話しかけたのは」

「うん? 君は気絶していたんだから呼びかけるのは当然じゃないか」

「違う、そうじゃないんだ」

 

 俺は口下手だから、回りくどい言い方になってしまった。

 

「証拠なんて無い。でも、あんただ。

 ベルモンドの爺さんを動かしていたのは、あんただ」

 

 ああ、言ってしまった。

 

「……ベルモンドさんに聞いたのかい?」

「あの人は神を裏切らないよ。そうだろ?」

 

 タクミさんは優しい笑みを湛えたまま、虚空に指を置いた。

 

「この店の店名の由来、教えていなかったね」

 

 ホストクラブ『L.O』、と彼の指が文字を描く。

 

 L O

 

 L 王

 

 エル おう

 

 エル ケーニッヒ

 

 = 『魔王』

 

 

「さて、改めて名乗ろうか」

 

 彼は言った。あるゲームに於いて、全てが異常に見える中で、唯一正常に見える少女こそが醜悪な化け物だった、と。

 

 女神が黒と言って白が消えたこの異常な世界で、彼は唯一の白だった。

 

「我が名は、タクミ。

 魔王一族序列九位、人は俺を“不夜王”と呼ぶ」

 

 

────“不夜王”

序列九位、魔王タクミ

retsaM thginK ────

 

 

 彼こそが、異常の中で唯一正常に見えるだけの化け物だった。

 

「魔王……」

「そう慄かなくても良い、ここに住んでいるのはプライベートの別荘みたいなものさ。

 何分、俺の仕事は待機時間が長すぎる」

 

 正体を明かしたタクミさんは柔和に笑っていた。

 

「魔王はどこにも居ないはずじゃ」

「確かにこの世界担当の魔王はここには居ない。言ったじゃないか、俺はプライベートで居ると」

「ひとつだけ聞かせてくれよ。

 あんたは人類の敵なのか?」

「その質問はいささか的外れだ」

 

 タクミさんはバーカウンターに両手を組んで椅子に座った。

 本腰を入れて話す姿勢だった。

 

「我々魔王一族は偉大なる母たる邪悪の女神によって産み出される。

 その仕事は神々の代行だ。その仕事のうちのひとつに、女神メアリースに依頼され彼女の創造した世界を滅ぼす役目を担っている」

 

 世界を滅ぼす。

 スケールが大きすぎて逆に陳腐な響きだった。

 だから俺は冷静でいられた。

 

「メアリース様は、なぜせっかく作った世界を滅ぼすんだ。どうして」

「君はビルダー2をプレイしたかい?」

 

 タクミさんは急に話題を変えてきた。

 それが決して話題が脇道にそれるわけじゃないと知っているから、俺は答えた。

 

「サンドボックスゲームは自分のセンスが試されるから、プレイ動画でしか」

「ストーリーのあらすじを知っているなら十分だ。

 あれもまた、破壊と創造の話だ。そう、創造と破壊は表裏一体。メアリース様は人類の造物主であると同時に、最も多く人類を殺した神でもある」

「まるで聖書の神様だな」

「あれもまた、メアリース様をモデルにしているに過ぎない」

 

 まさしく、メアリース様は人類文明そのものだった。

 人類の文明は、かの御方によって齎された物に過ぎなかった。

 

「まだ質問には答えられてなかったね、メアリース様がなぜ世界を滅ぼすのか。その理由は様々だ。

 だが、少なくとも気に入らないとか、ムカつくとか、そんな個人的な感情ではあの御方は動かない」

 

 タクミさんが顔を上げ、指を鳴らした。

 すると、周囲の景色がVRゲームのように切り替わった。

 

「ここは!?」

「俺が以前、仕事で滅ぼした世界の一つだ」

 

 その風景は、高度に発展したSFの世界だった。

 空飛ぶ車、アンドロイドが闊歩し、人々は幸せそうに笑みを浮かべていた。

 極まった科学技術、その恩恵によって人々は何不自由ない生活を謳歌していた。

 

 だが。

 

 空が赤く染まる。

 十二枚の黒い翼を持った、彫刻のような白い肌の魔王が神々によって遣わされたのだ。

 

 ──其は、魔王なり。

 

「なんで、こんな平和な世界を滅ぼさないとならないんだ!!」

 

 俺は叫んだ。

 人々はあふれ出た魔物に蹂躙され、次々と殺されていく。

 惨劇だ。惨劇だった。見るに堪えない残虐が各地で行われていた。

 

「見て分からないかい?」

「……え?」

 

 俺はよく注視してみた。

 見るに堪えないが、それでも見るしかなかった。

 

 そして気づいた。

 この世界の誰ひとりとして、抵抗する者は居ないことに。

 

 戦っているのは全てが自動化したロボットばかりで、人々は逃げまどうばかり。

 

 ある魔物、オークが破壊したアンドロイドから銃をもぎ取り、シェルターに隠れていた人間たちに投げ渡した。

 彼は言った、戦う意思のある者のみ生かしてやる、と。

 だが、彼らは震えるばかりで、誰ひとりとして、戦う意思を示さなかった。

 オークは怒り、その場の人々を皆殺しにした。

 

「全ての人間は、メアリース様によって与えられた物のみで生きている。

 かの御方は試さずにはいられない。人間には尊厳が有ると、それを勝ち取り、人間という種の素晴らしさを確かめずにはいられない」

 

 それは実に回りくどい、自立の促しだった。

 ある程度成長したんだから、自分たちの足でたてるでしょ、とかの御方は言っている。

 立てないのなら、幼子は生きてはいけないのだから。

 

「彼らは滅びるべくして滅んだ。

 誰も立ち向かわず、与えられたに過ぎない技術に驕り、無抵抗に死んでいった。自分たちの弱さなど、言い訳にならない。

 ──……実に退屈な仕事だったよ」

「退屈、退屈って、そんな言い方あるかよ!! 

 あの連中だって、戦えるならそうしただろッ、誰もがみんな強いわけじゃない。俺だってそうだ!! 

 俺は偶々環境が改善されたから強さを身に着けた、俺はあそこにいた人たちと何一つ変わらない!!」

「なら意気地の一つでも見せればよかったのだ。

 死に様まで無様では、見るに堪えない」

 

 死ぬと分かっていて立ち向かえ、死に際くらい美しくあれ、なんて残酷で傲慢なのだろうか。

 これが、我らの造物主にして破壊神の所業。

 

「俺たちは、自由研究のアリの巣じゃない!!」

「だが、君はその自由研究のアリの巣を、宿題が終わったら外に捨てるだろう? 

 ベルモンドさんも言ったじゃないか、メアリース様は人類の概念そのものだと。

 我々人類に、メアリース様の所業を責める権利など無いさ」

 

 タクミさんの言葉は正論だった。

 メアリース様に石を投げる権利があるのは、アリを踏みつぶしたことのない人間だけだろう。

 それでも、俺は納得できなかった。

 

「だけど、それを認めたら、俺たちはただの家畜じゃないか……」

「くくッ、流石にその言葉は呆れるよ」

 

 心底可笑しそうに、彼は俺に言った。

 

「メアリース様の家畜であるのと、引きこもり時代に両親に養われているのと、そこに何の違いがあるんだい? 

 いや、メアリース様にとって家畜は生産を行うから、引きこもりの君は家畜以下の存在だったんじゃないかな? 

 そんな君が家畜扱いに憤る? 思い上がりも甚だしいよ」

「そ、それはッ」

「メアリース様は心の病気で働けない者はちゃんと考慮する。

 君だってチャンスを貰えたじゃないか。

 ハッキリ言って、神々は人間一人一人個別対応なんてしないよ。

 例えば、嵐を司る神が君に対して、これから嵐を起こしますよ、早く逃げてね、なんて言うと思うかい?」

 

 そう、メアリース様は彼女にとっては十分丁寧に管理下の人間に接している。

 

「それとも、君は自由研究のアリの巣の中にいるアリ一匹一匹の要望を聞いたりするのかい? しないだろう? 

 しないくせに、メアリース様を批判するのは浅ましいワガママだよ」

「……」

「知らないうち耐えられたくせに、知ったと途端にメアリース様の所為にする。

 それが人間とは言え、実に身勝手な振る舞いだ」

 

 俺は見事に言い負かされた。

 彼は口先で商売をしていた元ホストなので、そもそも俺が口論で勝てるわけもない。

 だからこれでこの話題は終了した。

 

「……タクミさんが魔王ってことは、元ホストってのも嘘だったんですか? 

 俺たちを騙して、右往左往してるのを笑って見てたんですか?」

「それは違うよ」

 

 俺の沈痛な態度に、タクミさんは首を振って否定した。

 周囲の景色は、いつの間にかホストクラブに戻っていた。

 

「元ホストだった、ってのは本当さ。

 もう、気が遠くなるほど昔の話だけれど」

「そんなに昔に、ホストクラブってあるんですか?」

「並行世界って、考え方があるだろ? 

 あれってメアリース様が文化的成長のサンプリングの為に比較的安定している地球を無数に複製しているからなんだ。

 だから地球の誕生と滅亡はそれこそ数えきれないほど繰り返されているんだ」

「神様って、スケールがでかいなぁ」

「ホント、滅ぼす身にもなってほしいよ」

 

 笑えない魔王ジョークだった。

 

「まあ、思い入れもあるのかもしれないね。

 メアリース様がまだただの人間だった頃、地球に住んでいたらしいから」

 

 その言葉はなかなか聞き捨てならない情報量の台詞だったが、メアリース様の身の上話なんて今回はどうでも良いので一連の質疑応答はカットすることにした。

 

「さて、そろそろ話を戻そうか。

 俺はこの世界にいる間は、ただの人間として振舞うつもりでいた。

 この世界にも干渉するつもりも無かった」

「なら、なんで俺が死にかけた時、手を貸してくれたんだ?」

「それは違うな、あれは君の資質だよ」

 

 タクミさんは俺の信じられないと言った表情を見て、にやりと笑った。

 

「魔力の本質とは、陰と陽なんだ。

 魔力は生命エネルギーに直結しているのと同時に、マイナス面からのアプローチが無ければその深淵には至れない。

 野心や向上心、そう言ったモノでは魔力の真の力は引き出せないんだ」

「つまり、俺が陰キャの根暗オタクだから、魔力の本質を引き出せたってことですか?」

「うん」

 

 くそッ、と俺はバーカウンターの壁を蹴った。

 こんな資質要らなかった。もっと華々しい勇者みたいな、そんな力が欲しかった。

 なにが、うん、だよ!! くそッ、くそッ。

 

「俺を後押ししたのも、その方が面白かったからですか?」

「それもあるけど、友人が死ぬのを見たくないと思うのは普通じゃないのかな?」

 

 俺は、少し面を食らった。

 この神と同じ視点で語る魔王は、そんな真っ当な感性とはもう無縁だと思ったからだ。

 

「ずっと、対等な友達が欲しかった。

 そんな友達と、いろいろな思い出を共有したかった。

 偉大なる母なる女神に、お前も魔王にならないか、と誘われ応じたことに悔いは無い。でも、この身分だと傅かれるのが当たり前で偶に息苦しいのさ」

 

 それは、実に庶民的で、あまりにも普通で、元ホストだったと華々しい経歴を持つ彼には似つかわしくなかったように思えた。

 だからこそ、……怖かった。

 

「俺は、あなたの友人になんて相応しくないよ」

「それを決めるのはヒデノブ、君じゃない」

「だって、だって、見てるモノが違うじゃないか!! 

 あんただってどうせ友人面して馬鹿にして嘲笑ってるんだろ!!」

 

 ……俺にも昔、友達が居た。

 中学で隣の席になって、最初は仲良く出来ていた。

 

 だけど、俺が周囲からイジメを受け始めると、奴は嬉々として俺をイジメる側に回った。

 奴は俺を裏切った。笑い者にした、赦せなかった。

 

「あの魔王の小芝居だって、あんたがやらせたんだろ!! 

 ベルモンドの爺さんが言ってた、上ってのはメアリース様か? 

 あの人はそんな暇じゃないだろうから、あんたなんだろ!!」

「そうだね」

「やっぱりそうじゃねえか!! 

 俺たちと勇者ごっこは楽しかったかよ、誰も居ない魔王の玉座に驚くさまは、さぞ滑稽だったろうさ!! 」

 

 俺はここぞとばかりに早口になって、唾を飛ばしながら彼を罵倒した。

 ここで話し合って理解し合おうとしないのが、俺の弱さだった。

 

「信じてくれとは言わないさ。

 君の前から消えろと言われればそうする。

 だけど、俺がなぜキャスリーン卿にあんなことをしたのかは知るべきだ」

 

 彼は真剣な目で、俺を見て言った。

 

「メアリース様は人類の概念そのもの。

 彼女の姿を思い返せ。あの御方にとって、自分こそが基準なんだ」

 

 俺はあの御方の姿を思い返した。

 マネキンのように、欲情する気さえ起きないほど整ったその肢体と表情を。

 

「あの御方は、自分の理想を他人に押し付ける。人類がそうであるように。

 いつか、いつかメアリース様はこの世界を見て違和感を抱くだろう。

 自分と違うものを排斥するのが、人間と言う生き物だ」

 

 彼の言葉は、真に迫っていた。

 俺はそれを想像してゾッとしてしまった。

 

「それがいつになるか分からない。百年後か、二百年後か。

 だが、その時にメアリース様はこの世界を滅ぼすだろう。

 その時、俺たち魔王一族の誰かが派遣され、蹂躙し、消し去るだろう」

 

 それは、預言だった。

 必ず的中する、恐怖の大魔王の到来を示す黙示録だった。

 

「その際に、俺は必ずこの世界の滅亡の担当として手を挙げる。

 俺の功績ならそれくらいの無理は通せる。

 ────だから、ヒデノブ」

 

「いやだ、止めてくれ、それ以上聞きたくない……」

 

 脳が拒絶する。体が震える。

 なんでそんな恐ろしいことを俺に言うんだ。

 

「俺との間に、少しでも友情を感じてくれるのなら、或いは俺が心底憎いのなら。

 ────その時に俺を止めてくれ」

 

 魔王は言った。俺に勇者に成れ、と。

 この世界を滅ぼす邪悪を討ち、人々を救えと。

 

 それは一般庶民で、ただのピザデブキモオタヒキニートに過ぎない。

 凄い血筋でもなければ、伝説の剣も無い、才能なんてからっきし。

 友情も、努力も、勝利とも無縁の役立たずじゃないか。

 なんで、なんでそんな残酷なことを頼むんだ。

 

「ずっと、ずっと待ち望んでいたんだ。

 この俺を斃せる、勇者を。それがヒデノブ、お前だったら俺は嬉しいよ」

 

 それだけを言い残して、タクミさんはバーカウンターから離れた。

 ゆっくりとした足取りで、ホストクラブの出口へ向かう。

 多くのホスト達が、列を成して頭を下げて彼を送る。

 

「さようならだ、我が友よ」

 

 タクミさんは、それ以来二度と俺の目の前には現れなかった。

 

 

 

 §§§

 

 

 いつか来る滅亡なんて、怠惰な俺には宿題の後回しと同じだ。

 自慢じゃないが、俺は夏休みの宿題を一度たりとも最後まで全部やったことが無いんだ。

 放課後に残され、一人宿題の漢字の書き取りをやらされながら、ムカつく女子たちに囲まれて延々と嬲られる屈辱が分かるか? 

 

 とにかく、俺には手に負えないことだった。

 俺に世界をまるごと滅ぼせる魔王に立ち向かえる勇気や力が有るとは思うか? 

 立ち向かったところで死体が増えるだけだ。

 

 あんなことが有っても、俺は日常に戻るだけだった。

 いつものようにキャスリーン卿に稽古し、魔物の襲来に備えるのである。

 

 そんなある日である。

 このぬるま湯の楽園に、新たなイベントが発生した。

 

 この国の王様が、騎士たちや腕の有るギルドメンバーを集めたのだ。

 

「お前たちを呼んだのは、実は訳がある」

 

 王様というより、山賊の親分って言われた方が適切な見た目をしている。だがこれでもかなり仁君だ。

 その上、この間の大規模侵攻でも前線で指揮を執った。王族としてそれでいいのか、と言いたいが、ここは戦士の国なので皆からの信頼は厚い。

 

「この度、隣国との縁談が破談となってしまった。

 我が末娘では王族の責務を果たせぬだろう、とな。

 この私としても全く不甲斐ないことだが、そう言われても仕方がない故に受け入れた」

 

 そんな侮辱的な理由で破談にされるとか、ここが楽園じゃなかったら普通に中世の倫理観なら戦争になってもおかしくない。

 俺はとりあえず戦争とかじゃなくて安心していた。

 

「仕方がない故に、王家により強い戦士の血を入れることにした。

 これよりひと月後、武闘大会を開催し、優勝者には我が姫を娶らせることにする」

 

 王の宣言に、周囲は歓声が起こ……らなかった。

 まあ、縁談が破談になって隣国から突き返されるような姫君である。

 誰も嫁には欲しくないってことだろう。

 

「マリーや、こちらに来なさい。みんなに挨拶をするんだ」

 

 王様が姫を呼ぶ。

 俺は一体どんな怪物が出てくるのかと身構えた。

 キャスリーン卿みたいなのが出てきても驚かないぞ。

 

「はい、お父様」

 

 そうして現れた姫君の姿に、俺は目を疑った。

 鈴を転がしたような可憐な声に、枝葉のように触れただけで折れそうな細い手足、この世界の住人なら出ていて当然のお腹はすらりと平坦だった。

 肝心のお顔は端正な顔立ちで、美しかった。

 

 え、この山賊の親分からこんなキレイな子が産まれるの? 

 

「マリーベル姫、相変わらず針金のように細いな」

「身体が弱い上にちゃんと食べれないとああなるのか、恐ろしいな」

「ああ、姫様、おいたわしや」

 

 周囲の騎士たちは全く乗り気じゃない様子だった。

 

「ふッ、これだから自信の無い奴らはイヤなんだ」

 

 俺はと言うと、なんだか舞い上がってそんなキモイ台詞が出た。

 

「姫様の気持ちも知らないで、好き勝手言いやがって。

 まあ、お前たちには姫様の伴侶は相応しくないから、当然だなって感じだね」

 

 我ながらキモい。ないわー。

 俺に侮辱された騎士たちも、俺に生暖かい視線を向けるだけだった。この地雷物件を押し付けられるならどうぞって感じだった。

 

「王よ、所詮外見だけで判断する俗物どもなど、この俺がまとめて撫で切ってみせましょう」

「おお、流石はオークのヒデノブよ!! 

 楽しみにしておるぞ!!」

 

 王様は山賊みたいに豪快に笑い、姫様は可憐に頬を染めていた。

 よっしゃ、俺のサクセスストーリーはここから始まるぜ!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 約150年後。

 

 女神メアリースはアラート音に注意を向けると、管理メニューを開いた。

 

 管理番号:296064

 世界名:ヒマンハラデル

 

 警報:住人の九十%以上が健康を損なっています。このままでは深刻な被害が発生します。

 

 なんと、楽園として創造した世界が、健康被害で破滅しそうになっているではないか。

 

「これは失敗作ね。ねえ、誰かいる」

「ここに、メアリース様」

「この世界を滅ぼしなさい。改善の見込みは無いし、文化的成長も停滞気味だし、ちょっと甘やかしすぎたみたい」

「御意のままに」

「任せたわ、魔王タクミ」

 

 

 こうして、飽食と贅肉に満ちた世界を滅ぼすべく、魔王が降臨した。

 

 魔王は手あたり次第に地上に新種の魔物、野菜魔物を解き放ち、肉食を封じた。

 肉を食べられなくなった人々は弱体化し、苦しみ悶えた。

 

 そして魔王の四天王たちも、次々に人々を苦しめ始めた。

 

「さあ、お前たち、私と一緒にダイエットするのよ。

 なぜならこの私が、一人だとダイエットできないからお前たちも一緒にするのよ!!」

 

 四天王リバウンドマスターが捕まえた人々をフィットネスジムに閉じ込める。

 

「なんてことだ、この世界はヘビー級しか存在出来ないじゃないか!! 

 さあ、俺と一緒に減量してボクシングをやろうぜ!!」

 

 四天王ダークフェザーが無理やり輝かしいスポーツの汗を人々と流すべく、人々を恐怖のどん底に陥れる。

 

「見よ、この筋肉を!! この世界にプロテインとささみを齎し、ボディビルの素晴らしさを布教してやるのだ!!」

 

 四天王マッスル・ミノタウロスが白けた観客の前で延々と己の肉体美を披露し、苦痛の時間を強いた。

 

「かつてこの身を打ち破った猛者は、もはやこの世界にはおらぬのか!? 

 さあ戦え、戦って己の誇りを示して見せよ!!」

 

 四天王オーク・バーサーカーがその武勇で騎士たちの心を折り、女性から黄色い声にちょっと戸惑っていた。

 

 

 そうした四天王たちの活躍を他所に、魔王はただ一人玉座の間微睡んでいた。

 

 随分と長い時間が掛かってしまった。

 もう既に、かつての彼の知り合いは全員亡くなっているだろう。

 

 だから魔王は期待などしなかった。

 同時に、この世界を滅ぼす躊躇いも無かった。

 

 黒い翼と、彫刻のような白い肌の魔王はかつての自分を振り返る。

 

 暴力と裏切りで成り上がった、ナンバーワンの座。

 湯水のように女たちは彼に金を注ぎ、破滅していった。

 詰み上がったカネだけが彼の生きがいで、生きた証。

 

 自分を愛さない母親、暴力を振るう父親。

 それらから逃げ出し、夜の世界で成り上がった彼はカネの玉座に座った。

 

 そんなある時、女神メアリースが移民政策を政府に命じた。

 魔物、いや女神メアリースに恭順して人権を得た魔族たちが、次々と日本へ移住してきた。

 

 そんな時、サキュバスの王族が彼の支配するホストクラブに訪れた。

 彼は人生をかけて磨いたトークスキルで彼女を接した。

 

 彼は確信していた。自分に支配できない女は居ないと。

 性欲の支配者であるサキュバス族であろうと、それは変わらないと。

 だが。

 

「醜い。あなたのような醜い心の持ち主は初めてよ」

 

 そのサキュバスは、彼を相手にもしなかった。

 彼女が気に入ったのは、まだホストになりたてで接客のイロハも分かっていないような若い新人だった。

 

 彼の地位が失墜し、彼が今までそうしてきたように周囲から裏切られるのはすぐだった。

 

 自らが破滅させた女性に刺され、死の淵で彼は神に会った。

 

「よかったら、私の息子にならないか?」

 

 彼は、頷いた。

 

 

 

 

 彼は、目を開けた。

 誰も近づくなと命じた玉座の間に、侵入者が近づいて来たのだ。

 

「これは驚いた」

 

 侵入者は、彼も見覚えのある人物だった。

 

「まだ生きていたのか、キャスリーン卿」

「なに、老いなどでやせ細るより早く太れば良いだけの事」

 

 謎の理屈で長命を得たキャスリーン卿が、ニヤリと笑う。

 だが、流石にその肉体は全盛期を終えていた。

 彼が最後に見た時より、半分ほどの体重に減っている。

 

「それより、あなたに会わせたい人が居る。

 私は、ただの立会人だ」

 

 彼は、次に入って来た者の姿に目を見開いた。

 

 

「────約束を果たしに来た」

 

 

 現れたのは、線の細い少女だった。

 身に纏うのは、この世界の技術の粋を集めた鎧と、この世界で最高の食材であるドラゴンの牙を研いだ龍殺しの剣。

 キャスリーン卿に師事し、この日の為に鍛えられてきた。

 

「それが、魔王の到来を予言した我が祖先、預言王ヒデノブの遺言です」

 

 彼は、その可愛らしい顔立ちに、なぜかかつての友の面影を見た。

 

「ああ、待っていた。実に長い時を、待っていた」

 

 両目から涙が伝うのを感じながら、魔王は玉座から立つ。

 

「さあ、勇者の一族よ。

 この世界を救いたくば、この私を斃して見せよ──ッ!!!」

 

 この世界の命運を決める戦いが、今始まろうとしていた!! 

 

 

 

 

END

 

 

 





これにて、『ピザデブヒキニートの唄』は完結となります。
急な思い付きの割には、キレイにまとまった気がします。
毎回これだったらいいんですけどね!!

作者がヒキニートにやたらとあたりが強いのは、主人公より酷いのが身内に居るからです。しかも母親を泣かすタイプのゴミクズ野郎です。
作者が嫌いなのはそいつだけで、それ以外のヒキニートの方がに関して思うことはありません。

私は小中高と十二年ずっといじめられっ子で、友達に裏切られたとか、女子に囲まれて嬲られたとか、二話目に言われた台詞とかほぼ実体験です。
仮に復讐する機会があっても、きっと関わりたくないで終わるでしょう。もう相手の顔も覚えてませんし。どうでも良いですし。
まあお陰で真っ当な社会生活を送れてるとは言い難いですけど。

まあ、それらの体験があったからこの作品が完成したわけです。結果オーライ。
ちなみにタイトルの元ネタは、言わなくても分かりますよね? 三話目でも言及したあの名作エロゲ―です。

さて、長いあとがきもこのくらいにしておきましょう。
この作品を気に入って下さったら、高評価・お気に入り登録お願いします。
評価次第では、あと何話か番外編を書いてみたいと思います。

それでは、何卒宜しくお願い致します。
最後に、この作品を読んでくださった全ての読者の皆様に、感謝を!!
では、また!!
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