「おはようございます、王様」
「ごくろうさん。これ差し入れな」
「ありがとうございます!!」
俺は衛兵の詰め所にドーナツを差し入れると、衛兵たちは満面の笑みで俺を見送った。
「王様、か……」
王、国王、キング。国のトップ。
即ち、今の俺の事だ。
「あの時の俺を殺してぇ」
勢いで嫁と結婚してしまった当時の俺を思い返し、しみじみとそう思うのだった。
「ぶっちゃけさ、どうすれば良いと思う?」
タクミさんが去ってもう三年。
俺が形ばかりの国王になって同じくらい経つ。
俺は相変わらずマックドで屯している三人組とつるんでいた。
「どうしましたかな、急に」
「ヒデノブ殿は相変わらずですな」
「そこのマスタード取ってくだされ」
こいつら、と俺は内心イラっとしながらマスタードを渡した。
「タクミさんの予言についてだよ。
どうすんだよ、何も準備してないぞ」
俺の言葉に、あー、と彼らは声を漏らした。
「タクミ殿が魔王ですとはねえ」
「実際問題どうすれば良いのでしょう」
「ぶっちゃけ我らには荷が勝ちすぎるのでは?」
この役立たずどもめ!!
「そういった相談は我々ではなく、王宮の議題に出せばよろしいのでは?」
「そうですぞ、何の為の地位ですか」
「何のためにリア充になったでござるか」
俺はちっとも役に立たないこいつらを見限り、ハンバーグを齧った。
「この国じゃ王様なんてお飾りなんだよ。
この国を運営してるの、爺さんの部下たちなんだぜ。
俺が口を挟む余地なんて無いわけ」
「まあ、ヒデノブ殿に国家の舵取りさせたら沈むのは目に見えてますからな」
「こうして我々と共に食事をしているくらいですからなぁ」
「厚い信頼ですなww」
くそ、この元社会のゴミどもが!!
だが俺はハンバーガーを皿の上に置いて溜息を吐いた。
「……マリーが妊娠したんだ」
俺の呟きに、茶化していた三人がお互いに顔を見合わせた。
「俺は何もこの世に残さずに死ぬと思ってた。
煙のように生きて、霧のように消えるんだと。
なあお前ら、地球に居た頃はエコロジーとか温暖化とか資源の枯渇とか、俺たちには関係のない馬鹿馬鹿しいどうでも良い取り組みだと思ってなかったか?」
三人は何も言わなかった。
「俺もそう思ってた。
俺が死んだあとなんて、どうなろうとどうでも良いって。
俺が生きている間に世界が滅びなければ、何でもいいって。
だけど、本当に今更だけど、俺にも後世に残せるものが出来ちまった」
チャンスを下さったメアリース様には本当に感謝している。
だけど、俺の遺したモノを奪い取ると言うなら、かの御方とも戦わなくてはならない。
「……まあ、生涯独り身だろうお前らには関係ない話かもな」
こいつらは結婚なんてしないと公言していたし、三次元には興味ないとかでいつもこうしてここに居る。
ある意味、ずっと変わらないこいつらに俺は安心してたんだ。
俺も、いい加減甘えるのはやめにしよう。
「……それは、違いますぞ」
「実はこいつ、いつも護衛しているキャラバンの商会の娘さんと縁談を持ちかけられているんですぞ」
「拙者も護衛から戻ると丁稚の子がいつも笑顔を見せてくれるのですよ。それを守りたいと思うのは当然の事では?」
……そうか。
誰だって、変われずには生きていけないのか。
「改めて、女王様のご懐妊おめでとうございます」
「我らが友たるヒデノブ王の為なら、我らも戦う所存」
「号令があれば、いつでも仰って欲しいですぞ」
「お前ら……」
友情なんて、嘘っぱちのまやかしだと思っていた。
もしかしたら本当は、俺とタクミさんとの間にも、友情はあったのかもしれない。
俺は友情なんて信じられなかった。
無邪気にそれを一度信じて、裏切られた。
だけど、もう一度だけ信じてみようと思った。
§§§
「おや、これはこれはヒデノブ王ではないですか」
俺たちは相談の結果、キャスリーン卿に話を持ち掛けることにした。
「止めてください、キャスリーン卿。
俺とあなたの仲ではないですか。どうか昔のように接して下さい」
「そうはいきませんな。
あなた様は私の主なのですから」
キャスリーン卿は見た目はともかく、騎士の中の騎士である。
なので、俺の魔王から直接聞いた与太話を信じてくれると思ったのだ。
「……」
「信じてくれるとは思ってはいません。
だけど、彼は必ずやってくる。俺はそう信じています」
「いえ、信じましょう。
実際に魔王の脅威を私はこの身で体感しましたので」
彼女は俺の与太話としか思えない話を真剣に聞いてくれた。
まあ、実際、あの時は彼女も大変だったからな。
「魔王に対抗するには、どうすれば良いでしょうか」
「……やはり、強力な武器が必要なのでは?」
「それは確かに」
確かに魔王と戦うには強力な武具は必要だろう。
ただ、生半可な武器では世界を滅ぼす魔王には太刀打ちできないだろう。
「しかし、王宮の宝物庫には伝説に語られるような武具は無い。
この世界にそれらしい伝承はあるのでしょうか」
王宮の宝物庫、またの名は食糧庫。
悲しいことにこの国の武器の管理は騎士の各々に任される。
もしかして俺って、この辺の意識の改革とかしないといけないの?
「私も魔王に通用する武具など聞いたことはありませぬ。
ですが、無いなら作れば良いだけのこと」
「と言うと?」
「東の果てにはドラゴンが住む山があるとか。
彼奴の牙や鱗を使えば最高の武具や防具ができましょう」
「おお、ドラゴン!!」
正直、俺はちょっと感動した。
このファンタジー世界にちゃんとドラゴンが居ることに。
いや、これまでもオークとかミノタウロスとか居たけど、あいつらイロモノっていうかなんて言うか。
魔物どももガチのモンスター過ぎて、正直これじゃない感があるっていうか。
「なら早速、お触れを出そう。
ドラゴンを倒せる戦士を!!」
俺の王としての仕事はお飾りに過ぎないが、それでも重要な仕事がひとつある。
それは布告だ。国民にイベントを周知させるオフィシャルインフォメーションという
「その必要はありますまい」
「それは、なぜ?」
「この私が、竜殺しの名誉を賜りたく存じます」
§§§
ベオウルフ。シグルド。ジークフリード。
誰もが地球で著名な英雄だ。
最近のラノベではドラゴンを倒すのは学園で決闘するテンプレみたいに安っぽくありふれた展開になってしまったが、竜殺しは本来戦士に与えられる最高の栄誉である。
竜を倒すのはそれだけの偉業であり、無謀なのだ。
俺はその偉業を見届けることとなった。
「ドラゴンを倒すなんて無理ですよ、キャスリーン卿!!」
お供のエイミーはそれを聞いて悲鳴を上げた。
「止めるなエイミー。この国の、この世界の為に必要な事なのだ」
「だからって、ドラゴンですよ、ドラゴン!!
この世界で最強の生き物ですよ!!」
「なら、その座が私に変わるだけだ」
キャスリーン卿はまんまるとした頬を釣り上げ、自信満々の笑みを浮かべた。
「なんで、どうしてですか!?
もう魔王は居ないのに……」
「すまない、エイミー。
俺がキャスリーン卿に頼んだんだ」
「王様、どうしてッ!?」
俺は曖昧に笑うことしかできなかった。
いつか魔王が現れるなんて与太話、エイミーにまで引かれたら俺は立ち直れない。
「王妃様の御身体が優れないのだ。
聞けば、御子を身ごもられたとか。
食の細い王妃様でも、ドラゴンの血肉を食らえば精が付くと王が仰られてな」
「王妃様が、御子を!?
それは、おめでとうございます」
「ありがとう、エイミー」
俺はキャスリーン卿の咄嗟のウソに乗せられることにした。
「それに、ドラゴンの肉は最高に美味と聞く。
一度でいいから、食してみたかったのだ」
と、キャスリーン卿はうきうきしながらそう言った。
ああうん、まあそんなことだろうとは思ったよ。
この人、本当に食べるのが好きだからなぁ。
「キャスリーン卿がドラゴン殺しを成せば、その偉業はこの世界に轟き永遠のモノとなり語り継がれることだろう。
いや、我が子々孫々まで必ず語り継いで見せる」
そうでもしなければ、俺はこの方に一生恩を返しきれないだろう。
「それは、楽しみでございますな」
この人は、本当に騎士物語に出てくるような偉大な騎士だった。
「エイミー、怖いなら付いて来なくてもいいんだぞ」
「私が居ないと、誰がキャスリーン卿にご飯をお渡しするんですか」
東の山へと向かう道中、俺はなんだか懐かしい気持ちになった。
俺が王になる前は、こうしてキャスリーン卿に連れられ、魔物の討伐へと三人で向かったモノだった。
騒がしくも明るいエイミーが、体積三人分のキャスリーン卿が。
そして情けなく卑屈なオレ。
「それよりも、王様もご一緒で良いんですか?
危ないんですよ!!」
「ドラゴンを前にして、危ないから逃げるのなら国中の戦士たちは付いて来ないよ。
それに、キャスリーン卿が戦っている間はエイミーを守らないといけないしね」
俺がそう言うと、エイミーはもうっと言ってプイっと顔を背けた。可愛い。
「でも、王様。ここで死んだら王妃様が悲しみますよ。御子様も生まれるのに」
「俺は勇猛さを示してお義父様からマリーを娶ったんだ。
そんな俺が、あいつを失望させる真似は出来ない」
嫁は世間知らずの温室育ちのお嬢様だから、俺がこの国で最高の戦士だと疑わない。
あの子にとって、それは狭い世界で真実なのだ。
だから、俺はそれが正しいと証明し続けないといけない。
それが夫としてお俺の責任なのだ。
「のろけですか」
エイミーがジト目で俺を見てくる。
うるせー。照れるだろ。
「見えたぞ」
そんな雑談をしながら山登りしていると、キャスリーン卿が山の頂上で眠るドラゴンを見つけた。
デカい。とんでもないデカさだ。
俺たちが戦っている魔物なぞ、あれを前にすれば蟻も同然だ。
なのだが……。
「……どっかのゲームに居そうだな、あんなデザインのドラゴン」
まず水風船を想像してほしい。
それにドラゴンの頭と翼と尻尾が付いていて、小枝みたいな手足が生えている。
「実に脂の乗ったドラゴンだな」
じゅる、とキャスリーン卿から舌なめずりする音を俺は意図的に無視した。
すると、向こうもこちらに気づいたらしく、咆哮を上げてこちらに飛来してきた。
ドスンッ、と超巨大なドラゴンが目の前に現れたのだ。
その質量はキャスリーン卿の十倍以上!!
ドラゴンはキャスリーン卿を見下ろし、良いエサでも見つけたとでも言うように吼えた。
その轟音に俺とエイミーは完全に委縮した。
これが、戦士の魂を挫くドラゴンの咆哮なのか!!
「ふ、イキが良いじゃないか!!」
しかし、真の英雄にはそんなものは効かない。
ドラゴンの威容にも、キャスリーン卿は不敵に笑うだけだった。
「さあ、共に命を食らい合おうじゃないか!!」
闘志を漲らせ、キャスリーン卿がドラゴンに挑んだ!!
キャスリーン卿とドラゴンの戦いは熾烈を極めた。
「キャスリーン卿!! 新しいクリームあんぱんです!!」
エイミーが背負っていた保冷ボックスからよく冷えたクリームあんぱんを取り出し、キャスリーン卿に投げ渡した。
「カロリー充填!! 活力百倍だぁああ!!」
戦闘中にも関わらず、キャスリーン卿はクリームあんぱんをむしゃむしゃ片手で齧りながらドラゴンと激しい攻防を行っている!!
「があああああ!!!!」
ドラゴンの顎が開き、毒々しいブレスが解き放たれた!!!
「マズい、毒のブレスだ!!」
ドラゴンと言えばブレス攻撃が有名だが、神話においては炎を吐く竜はむしろマイナーだ。
最も知名度のある邪龍ファフニールは、毒を吐くとされる。
「ぐわああぁぁ!!」
「キャスリーン卿!!」
その巨体に見合わぬ俊敏さを持つキャスリーン卿も、至近距離から毒の息吹を避けることは適わなかった。
エイミーの悲鳴が聞こえた、その時だった。
「……ふ」
毒を全身に浴びたキャスリーン卿は、笑っていた。
「人類はフグの毒を克服して、その身を食した。
ならば、この身がこの程度の毒を克服できぬわけがない」
「いや、別に人類はフグの毒を克服してねぇよ」
「お前の毒は、お前の肉を食らうソースにしてくれよう!!」
キャスリーン卿にとってドラゴンの毒は蟹の身に付けるかにみそ程度の代物だったらしい。
「ふごおおお!!」
自分と比べて何倍も巨大な怪物に挑みかかるキャスリーン卿。
「……時々、キャスリーン卿が同じ人間なのか不思議な時があります」
「いやぁ、怪物だろ」
エイミーと俺は、猛然とドラゴンに組み付こうとするキャスリーン卿を見ていた。
「あの人は、食欲の怪物だよ」
キャスリーン卿とドラゴンの戦いは数時間にも及び、されどまだ決着がついていなかった。
恐るべきは最強生物ドラゴンの生命力。
あのキャスリーン卿ですら決め手を欠けていた。
「キャスリーン様、そろそろ夕飯の時間ですよー!!」
「なにッ、もうそんな時間か!!」
岩の影に隠れて戦いの推移を見守っているエイミーが、彼女に向かってそう言った。
「くッ、こうなれば奥の手を使うほかない」
「その台詞は追い詰められてから言うもんじゃないのか?」
「エイミー、禁じ手を使うぞ。“罪”の用意をしろ!!」
「わ、わかりました!!」
「なんだよ、“罪”って」
「王様も手伝ってください!!」
「お、おう」
ツッコむ暇も惜しいらしく、俺はエイミーの手伝いをすることになった。
彼女はガスコンロをバックから取り出すと、お鍋をセットして冷凍ボックスから白い塊をドンと鍋に放り投げた。
「なんだ、この白いの」
「ラードです」
「マジかよ……」
かしゅ、とガスコンロのスイッチを入れたエイミーは俺の疑問に即答した。
すぐに調理の準備を手伝う俺は、その内容に戦慄した。
「な、なんて言うことだ。
こんな邪悪な食べ物が存在したというのか!?」
エイミーはホットケーキミックス粉と卵と牛乳の混合物に、バターを取り出しそのまま纏わせて、ラードの油の中に放り込んだ。
「聞いたことが有る。俺自身も耳を疑ったカロリーの悪魔!!
その名も、揚げバター!!
いったいどういう思考回路したらこんな頭の悪い料理を思いつくんだ!!
アメリカ人、恐るべし!!
「出来ました、キャスリーン卿!!」
揚げ上がった揚げバターに粉砂糖と蜂蜜とチョコソースをたっぷりかけたカロリー爆弾を、エイミーはキャスリーン卿に投擲した。
「でかした、エイミー!!」
串で刺しておいた熱々の揚げバターを、キャスリーン卿は難なくぺろりと召し上がった。
次の瞬間、早速カロリーを生命力に変換したキャスリーン卿の魔力が爆発した!!
「人類の産み出した、罪の恐ろしさを知るがいい!!」
キャスリーン卿は上空に跳躍!!
獲物である鎖鉄球を自身に巻き付けた!!
俺はその格好をボンレスハムみたいだな、と遠い目で見ていた。
「喰らうがいい、ギルティ・バター・トルネード!!」
空中で高速できりもみ回転を始めたキャスリーン卿は、凄まじい遠心力と破壊力でドラゴンに鉄球を振り下ろした!!
その強烈な一撃に、さしものドラゴンも倒れ伏した。
「やったあ、キャスリーン様の勝利です!!」
「バターに負けるドラゴン……」
いや、キャスリーン卿は相手が悪かったのだよ、ドラゴンよ。
「さっそく血抜きをするぞ!!」
ドラゴンを仕留めたキャスリーン卿は嬉々として予備の剣を突き刺した。
あっという間に血まみれになるキャスリーン卿。
ドラゴンの血を浴びた人間は不死身の身体を得るというが、多分あの人には必要ないだろうなぁ。
こうして、俺たちの、というかキャスリーン卿のドラゴン討伐は終わった。
彼女のドラゴン討伐を聞いた国民は大喜び。
毎年この日はお祭りの日になり、キャスリーン卿は英雄として歴史に名を残した。
俺は後にその時の感想を彼女に聞いてみた。
「ああ、あの時のドラゴン肉は最高の味だったな。
またみんなで食べたいものだ……」
この人だけは、本当に変わらないんだな、と俺はどこか安心した面持ちだった。
~~~
後の歴史において、晩年のキャスリーン卿の行方は知れない。
誰もその死を確認できなかったからだ。
一説によると、異世界に召喚されたとか、かの“死神”と立ち会って引き分けたとか、無数の伝説が創作として尾ひれがついて出回っている。
そして、この世界に魔王が現れた時、勇者の側に彼女らしき姿を見たという目撃情報があったとか。
彼女の伝説の数々は、今でも楽園ヒマンハラデルで親しまれている……。
前々から予定していたこの作品の番外編はこれにて終了です。
これを持って、正式にこの作品の幕を閉じたいと思います。
本当はキャスリーン卿をもっと掘り下げる予定でしたが、なんと言うか、彼女にはそんなの必要ないかもですねww
でも、彼女のキャラクター性はここで終わらせるのも惜しい気もします。
気が向いたら彼女を主人公にして新連載とかしてもいいかもしれませんねww
それでは、また別のシリーズで。
また会いましょう!