先日、こんなお話を読みました。

彼女を寝取られた主人公が、彼女への未練を剛毅果断に断ち切り、生き直し、幸せを掴む。
主人公を裏切った優柔不断な彼女は、結局間男に棄てられ、主人公にも決定的に拒まれ、最終的に破滅を迎える。

彼女については全く自業自得だと思いましたが、どういうわけか彼女を救うお話を思いつき、書き上げてみました。
※同一HNでPIXIVにも投稿済みです

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寝取られた彼女の煉獄

躓きの始まりは、私が先輩に体を許したことだった。

凄く…気持いいことをいっぱいされた。

そして先輩無しではいられない体になってしまった。

もう後戻りは、出来なくなってしまった。

 

…その時私は、同級生と交際していたというのに…。

 

私はもう先輩無しではいられない体になっていたけれど、同級生に…彼にそんな私を知られてしまうことが怖かった。

気持いいことをしてくれる先輩からは離れられない。

でも交際している彼から離れてしまうのが怖い。

私は彼と何とか繋がりを保ちながらも、先輩ときもちいいことをする日々が続いた。

 

…不安定な日々が続いた。

そんな日々がいつまでも続くはずなんてなかったのに。

 

その年の十二月頃、私は先輩と一緒に居るところを、彼に見つかってしまった。

そして彼に、自分たちはもうこれまでだと言い切られてしまった。

 

待って。

違うの。

話を聞いて。

話をさせて。

 

私は彼に何度もメッセージを送った。

慌てていたし、焦ってもいた。

そして彼からの返答は…私への決定的な拒絶と、別離を告げた。

 

…。

私は最後に、ごめんなさい、とだけメッセージを送った。

返答は無かった。

それから高校に居る間、彼と言葉を交わすことは無くなった。

 

後は先輩とのセックスに明け暮れる日々が続いた。

先輩とのセックスは気持ち良かった。

他にもしたことはあったかもしれないけれど、この頃の記憶は先輩とのセックスに占められていた。

 

そんなセックスに明け暮れる日々にも、終わりがやって来た。

先輩が他に女を作った。

どうして?先輩には私がいるのに?

そうして先輩を問い詰めたら…。

 

「もうお前は要らない。」

 

私は…棄てられてしまった。

 

高校に居る間、先輩とのセックスに明け暮れて、学業その他を顧みなかった私は、家族からも見放されてしまっていた。

私にはもうどこにも行くところが無い。

 

 

彼に拒絶され別離を告げられてから、私は先輩とのセックスに明け暮れていたけれど、彼のことを忘れたことは無かった。

 

彼に会わなくては…。

彼は東京の大学に進学していた。

彼のご両親から彼の住まいを聞き出して、私は彼に会いに行った。

 

私と彼は、コーヒーショップで向かい合った。

もう一度やり直したい、そう懇願したけれど…。

 

自分では無く、セックスの上手い男の方を選ぶような女とやり直すつもりは無い。

先輩に新しい女が出来て、棄てられた?

まずは新しい女より自分の方がいい女だって、もう一度自分を売り込めば良いじゃないか。

あるいは先輩のことは諦めて、新しい男を見つけるのも良いかもしれないね。

…今のあなたなら、引く手数多でしょう?

 

今のあなたなら、引く手数多でしょう。

…セックスが出来れば、気持ち良くなれれば、相手は誰だって良いんだろう。

…結局あなたはそういう女だ。

…売女。

私は「今のあなたなら、引く手数多でしょう」という彼の言葉に、こんな意味を見出してしまった。

違う、そんなのじゃない…私は…。

 

でも言葉は出てこなかった。

出てくるのは涙と嗚咽ばかり。

彼は私に背を向けると、私を顧みることも無くコーヒーショップを出て行った。

 

 

************************

 

その日の夕方、私はビルの屋上にいた。

どこのビルだったか、どうやって屋上まで上がったかも覚えていない。

 

…柵を乗り越えようとしたとき、私は声をかけられた。

 

「お客様、そこは危険です…お下がりください。」

 

振り返ると、少し離れたところに臙脂色のジャケットを着た大きな女の人が居た。

ビルの警備員さんらしい。

警備員さんは私に向かって一歩踏み出し、もう一度繰り返した。

 

「そこは危険です。お下がりください。」

 

このとき、私は半ば錯乱していた。

「来ないでください!放っておいてください!」

 

私の絶叫を聞いて、警備員さんは一旦立ち止まった。

警備員さんは少し思案するような様子を見せると…ふと、私の後ろに視線を向けた。

 

…?

つられて首を後ろに向けたけれど、目を引くような物は何もなかった。

それでまた警備員さんの方を向いたとき…。

 

警備員さんは、私に手で触れられるところまで近づいてきていた。

 

 

 

次に目を開いたとき、私は暖かい部屋にいて…長椅子に寝かされていた。

さっきの警備員さんが、私の顔を覗き込んでいた。

銀色の髪、褐色の肌、アンダーリムの眼鏡を掛けた…綺麗な女の人だった。

 

警備員さんは人間じゃなくて…艦娘の…武蔵さん、だった。

 

「気が付かれましたか。」

武蔵さんは私に確認した。

「…ここ、は…。」

「当ビルの警備室です。」

「なん、で…私…ここに…?」

「それは…お答えしかねます。あなたは先程屋上に居られて…今は警備室に居られる。私から申し上げられることは、これだけです。」

 

私は…この武蔵さんに保護されてしまったらしい。

「どうして…。」

「?」

「どうして助けたりしたんですか!放っておいてくれなかったんですか!私は…私はもうこうするしかなかったのに…!」

「落ち着いてください。」

「落ち着いてなんかいられませんっ!どうして!どうしてこんな余計なことをっ!」

私は…この時少し暴れたけれど、武蔵さんは私の肩を押さえて、私の動きを制していた。

落ち着いてなんかいられないと言ったけれど、無駄に暴れて疲れた私は…大人しくならざるを得なかった。

 

「…落ち着かれましたか。」

「………。」

「…先程、どうして助けたりしたんですか、と仰いましたね。」

「……?」

武蔵さんは私に顔を寄せて、囁くように言った。

「…よろしければ、当ビル1階にあるファストフード店でお待ちください。少しお話をしましょう。」

 

 

…私は警備室を出ると、武蔵さんに勧められたままにこのビルの1階にあるファストフード店を訪れた。

オーダーをして、席に着く。

武蔵さんは、お待ちくださいと言っていたけれど…いつまで待っていればいいんだろう?

…そんなことを思っていたら、お店に武蔵さんが姿を現した。

 

「待たせた。」

灰色のダウンコートと、ダークグレーのニットとパンツ。

これが武蔵さんの装いだった。

 

武蔵さんは私の横に腰を下ろした。

お話をしましょう、と言ったのは武蔵さんだったけれど、口火を切ったのは私の方からだった。

「…お話って言いましたけど…何なんですか?お話って…。」

「ん…ああ、貴女をこのまま帰しても、場所をを変えて同じことをするんじゃないかと思ってな…。」

…武蔵さんは、私がしようとしたことをぼかして言った。

そう言えば、武蔵さんの話し方は警備室での話し方から変わっていた。

 

「それで、監視カメラで貴女が屋上に向かうところを見たとき…。」

…武蔵さんは、私がどうして…しようとしたのか、直截的に聞いてきたりはしなかった。

監視カメラで私が屋上に向かっていたこと…このビルに入ったこと…ビルの最寄り駅、地下鉄O駅で降りたこと…地下鉄車内のこと…地下鉄S駅で地下鉄に乗ったこと…。

武蔵さんは事実を、ただ事実を細かく、丁寧に遡って私に問い、確認していった。

…こうして事実を細かく、丁寧に確認されているうちに、私はビルの屋上でどうして…しようとしていたのか、話してしまっていた。

 

「…すると貴女は、先輩とやらが貴女の他に女を作ったことについて、その先輩を問い詰めたのだな?」

「…はい。」

「ならば貴女は自分を、自分の本性を偽っているのではないか。」

 

…?

どういう意味だろう。

「どういう…意味ですか…。」

思ったままを、武蔵さんに尋ねてみた。

武蔵さんは、こう答えた。

 

「貴女が、他に女を作った先輩を問い詰めたとき。」

「誰かを愛したときは、その誰かだけを愛し続けなければならない。」

「…という…掟のようなものが前提にあったのではないか?」

 

「でも…愛し合うって、そういうことでしょう?」

 

「なら、貴女自身はどうだったか?」

「一時のこととは言え、先輩と肉体関係を持ちつつ、彼との繋がりも保ち続けようとしていた。」

「そして彼に先輩との関係を見咎められたとき、貴女は彼への愛を諦めた。」

「貴女自身誰か一人だけを愛せていないし、彼を愛し続けることも出来ていない。」

「そんな貴女が『誰かを愛したときは、その誰かだけを愛し続けなければならない』という掟を前提にして、先輩を問い詰める…というのは。」

「私の目には、貴女が自分を、自分の本性を偽っているように見えるのだが。」

 

「でも私はっ!彼が離れてからは先輩のことだけを…ッ!」

 

「それでも貴女は一時のこととは言え、『二人を愛して』いたし、彼への愛を…諦め、棄てたという事実があることには変わりはない。」

 

「う…っ。」

 

「それから…貴女は先輩に…棄てられた後、すぐ彼に近づいたそうだが。」

「それは何故だ。」

 

「何故…って…。」

 

「男が…セックスの相手が必要だからではないのか。」

 

「!ち、違う!違いますっ!」

 

「では何故だ。」

 

「………。」

 

「…貴女が彼に先輩との関係を見咎められたとき、彼を追いかけずに先輩の所に留まったのは、貴女が先輩とのセックスを必要としていたからだろう。」

「貴女は、貴女の体はやはりセックスを必要としているのだ。」

「それを指摘されて『違う』と言うのは…これも私の目には、貴女が自分の本性を偽っているように見える。」

 

「………。」

 

「先輩に棄てられた後、まず彼に近づいたのは、彼への愛を貫けなかったことへの償いのつもりか。」

「これからは彼を、彼だけを愛し続ける、と。」

「ここでも貴女は、自分の本性を偽っているように見える。」

 

「偽ってる、偽ってる…って…!」

 

「貴女が先輩に体を許したとき、貴女は先輩を愛していたか?」

「その時愛していたのは、先輩ではなく彼だったのではなかったか?」

「だが貴女は、愛していたはずの彼ではなく、先輩に体を許した。」

「そして先輩と体を重ね続けた。」

「このことは貴女にとって、セックスの相手など誰でも良いということを示している。」

「そんな貴女が今度こそは彼と、彼だけと…と言うのは、やはり自分の本性を偽っているように見える。」

 

「貴女は誰か一人だけを愛し続けることは出来ない女だし、とにかくセックスを必要としている女なのだ。」

 

「どうして…。」

「?」

「どうしてそこまで言われなくちゃならないんですか!初対面のあなたに!」

「貴女は自分が侮辱されたと思うのか。」

「当たり前でしょう!誰か一人を愛し続けることは出来ないとか、とにかくセックスを必要としているとか…!侮辱でなくて何なんですか!」

「そう感じているのなら、貴女も初対面の私を侮辱していることになるな。」

「…!?」

 

「私自身、何よりもセックスを必要としているし、特定の一人を愛するということができない艦娘(おんな)だからな。」

 

「私はセックスが好きだ。」

「オルガスムスは…イクという感覚は、天がヒトの体に、我々の体に与えた恵みだと思う。」

「このオルガスムスという感覚を誰かと分け合うセックスという営みは。」

「そうすることで親愛の情を分かち合い、人と人とを結びつけるセックスという営みは。」

「人間にとって、我々にとって、何よりも大切な営みだと思う。」

「いやらしいとかふしだらだとか、ましてや汚らわしいなどと言ってセックスから距離を置くということは、むしろ天地の理に背いていると思う。」

「だから私は、求められれば男にも女にも股を開くし、望まれれば他の艦娘とも行為に及ぶ。」

 

「勿論こんな生き方は、広く世間に認められるような生き方ではない。」

「ビッチだの売女だのと罵倒されることはいつものことだし、他所の武蔵から苦言を呈されることも屡々だ。」

「だがこうして色々な人間や艦娘と体を重ねているうちに…こんな私でも良いと、こんな私が良いんだと言ってくれる人間や艦娘にも出会えた。」

「…提督がそうだし、同僚の金剛もそうだ。…姉さん…大和などは、こんな私を妻と呼んでくれる。」

「これを愛と言って良いかはわからないが、私は提督も金剛も大和も、失いたくはないと思っている。」

「…名前を出すのは控えるが、私にはこんな相手がまだ二人居る。」

「まあ私は、五股を掛けているビッチ、というわけだな。」

「五人の情欲と精をこの身に受けられることは、嬉しくて堪らない。」

「こんな浮気な私を受け容れてくれることが、嬉しくて堪らないんだ。」

 

「…私の生き方はあまり褒められた生き方ではないし、失ったもの…というよりそもそも得られなかったものも多い。」

「しかしその一方で得られたものもあった。」

「対して貴女はどうだったか?」

「『自分は誰か一人を、一人だけを愛し続けることが出来る』と、自分の本性を偽ってきた貴女は、一体何を得ることが出来たか?」

「彼には背を向けられ、結局先輩にも棄てられたではないか。」

「先輩に棄てられた後、セックスの相手を…傍に居てくれる誰かを欲しても、絶対に応じてくれるはずもない彼に縋るしかなかったではないか。」

「それどころか、今や貴女は、貴女自身を失おうとしているではないか。」

「彼を知らずして己を知れば、一勝一負す。彼を知らず己を知らざれば、戦う毎に必ず殆し。」

「確かに自分の本性を認めたところで、全てが上手く行くとは限らないが。」

「自分の本性を偽り、目を逸らし、知らないままでいたのでは、何をしようが上手く行くわけがないのだ。」

 

 

そうだ…誰でも良い…抱いてほしい…慰めてほしい…。

それが…私の、本性…。

…誰でも良い…抱いてほしい…慰めてほしい…。

……目の前に居る武蔵さんでも……。

 

 

その後、私と武蔵さんはホテルで一夜を共にした。

凄く…気持いいことをいっぱいされた。

武蔵さんの体は女の体だったけれど…先輩より、ずっとすごかった。

 

私をイかせた後、武蔵さんは私に自分もイかせるように求めてきた。

どうすれば良いかわからなかったけれど、武蔵さんが私にしてくれたことを、そのまま武蔵さんの体にしてみた。

武蔵さんをイかせると、同時に私もイってしまった。

艦娘はセックスでイクと、相手から―――相手が男の人でも女の人でも、艦娘でも―――精気を奪ってイかせてしまうという性質がある。

私はそのことを、身を以て体験した。

私は武蔵さんに精気を奪われて消耗し、ホテルを出る前に休まなければならなくなった。

それで、結局一泊することになった。

 

武蔵さんとのセックスはすごく気持ち良かった。

武蔵さんも気持ち良かったと言ってくれた。

けれども…武蔵さんは私を愛しているわけではない、とも言った。

気持ち良いという私の感覚は、あくまでも私の肉体に備わった感覚なのだと武蔵さんは言った。

だから誰が相手でも気持ち良くなれるし、先輩に…特定の誰かに拘ったり、縛られたりする理由は何もないのだとも。

武蔵さんとセックスをしたことで、私はセックスと愛情とは―――関係はあるけれど―――別物なのだということを知った。

 

先輩と気持ち良くなれるのなら、彼とだって気持ち良くなれる。

だからあのとき私は、どれだけ気持ち良くても先輩は彼じゃないと言って、先輩を振り切るべきだった。

先輩とのセックスが良かったとしても、愛しているのはあくまでも彼の方だと言い切るべきだった。

そして逃げも隠れもせず彼の前に跪いて、彼からの審判を受けるべきだったのだ。

許されなければ、裏切りの罰を受け入れる。

許されれば、その時は改めて…。

…今頃になって、手遅れになってからわかるなんて。

やっぱり私は、どこまでも愚かだったのだ。

 

 

 

それから私は、暫く武蔵さんの所に身を寄せることになった。

 

そう言えば、武蔵さんは、自分には大和という()がいると言っていた。

いわば私は、武蔵さんの「浮気相手」だけれど、そんな私が武蔵さんの所に身を寄せても良いのか…。

大和さんは、私を…淡々と受け入れてくれた。

大和さんは私にこう言った。

私が武蔵さんとセックスした程度のことで途切れてしまうほど、大和さんと武蔵さんの絆は脆くはない、と。

武蔵さんが浮気したときは、武蔵さんが大和さんの()だということを改めて武蔵さんの肉体にわからせるだけ、と。

自分たちにとってセックスは、どこまでも誰かと誰かを結びつける営みなのだから、と。

 

武蔵さんと大和さんの絆。

他の誰かとセックスしたぐらいでは途切れない絆。

そんな絆があるのなら、あり得るというのなら、私は…やっぱり間違っていた。

 

…武蔵さんのところに身を寄せて、することはいろいろあった。

次に住む所を見つけたり、身分証明書を取得したり…仕事を見つけたり。

その間、武蔵さんは私に数学を教えてくれたりもした。

それでどうにか仕事と次に住む所を見つけてから、私は武蔵さんの所を離れた。

 

 

************************

 

 

私はK市のソープランドで働くことになった。

お金を貯めながら、行政書士の資格を目指している。

(武蔵さんは、資格を取ることも勧めてくれていた。)

 

「今のあなたなら、引く手数多でしょう?」

あのとき彼にこう言われて打ちのめされ、自分で自分を貶めてしまったけれど。

今の私は、こう言われて思い上がらないように、自制しなければならない。

…鼻に掛けるようで、あまりこういうことは言いたくないけれど、私は結構稼げている。

 

「風俗堕ち」なんて言い方もあるけれど、自分からこの仕事に就いてみると「堕ちた」という感じはしない。

人にもよるし、お店にもよるのだろうけど…実際勤めてみると、何と言うか、案外普通に「仕事」だった。

 

色々な人と肌を合わせることは、何も恥じるようなことじゃない。

屈服そのものでもなければ、激しい精神的苦痛を伴うことでもない。

それがわかれば、本当に普通の「仕事」だということもわかった。

 

それでも仕事である以上は、困難や面倒に直面することもある。

自分で何とか出来ることもあれば、お店の人に助けてもらうこともある。

そうしているうちに、大体の困難や面倒は、案外何とかなるものだと思えるようになった。

そうしているうちに、何とかなった困難や面倒のことなど、さっさと忘れてしまうようになった。

 

…でも、その日私が直面した困難は、暫く私の記憶に残ることになった。

 

先輩が、お客さんとして現れたのだ。

 

 

内心動揺はしていたけれど、普段通りに、先輩にもサービスした。

顔を合わせたときも、サービスを始めてからも、先輩は私が私―――自分が棄てた女―――だということについては触れなかった。

忘れてるのかなと思った。

でも、それならそれで良いとも思った。

普段通りにサービスして、満足して帰ってもらおう…。

それで良いはずだった。

 

でも…。

やっぱり、先輩は私のことを覚えていた。

そして…私のサービスが気に入った、また自分の女になれ、連絡先を教えろと言ってきた…。

 

勿論、私は拒んだ。

先輩は大声を出して私を恫喝した。

店長とボーイさん二人の三人で対応して…先輩は出入禁止になった。

店を追い出されるときまで、悪態をつき続けていた先輩は…。

 

私は店長に頭を下げた。

店長は、私は何も間違ってないと言ってくれた。

ただ先輩が私を、私たちを逆恨みしている様子だとも言った。

店長は私に、身の回りを警戒するように言った。

もしかすると、警察に相談した方が良いかもしれないとも言った。

 

「あの、それなら相談したいところがあるんですが…。」

私がこう切り出すと、店長は私の申出を聞き入れてくれた。

 

 

************************

 

その日、すっかり暗くなった時間帯。

帰宅途上で…先輩は私の前に現れた。

殺気立っていることが、私にもわかった。

 

怖い。

身が竦んだ。

先輩が私に近づいてくる。

 

その時、私と先輩の間に忽然と現れた人がいた。

現れたその人は…武蔵さんだった。

 

「何だアンタは?俺はそいつに話があるんだよ。退けよ。」

「こちらにはお話しすることはありません。お引き取りください。」

 

気が付けば中学生ぐらいの女の子が二人、私の側に付いていた。

この子達も…艦娘らしい。

 

武蔵さんは先輩への対応を続けていた。

先輩は…刃物を取り出した!

 

「これが見えねえのか?いいから退けよ!」

「私に刃物は通りません。私の顔に見覚えはありませんか?」

 

自分の目の前に居る人が艦娘の武蔵さんだと理解した先輩は、取り出した刃物を収め、舌打ちをしてこの場を離れていった。

すごすごとその場を離れる先輩の姿は、見ていて本当に…。

 

「お怪我はありませんか?」

武蔵さんが私に声をかけた。

「え?…は、はい、大丈夫です。」

「そうですか…。それでは、このまま私どもがご自宅までお送りします。」

 

そして私は武蔵さんと、中学生ぐらいの女の子二人(駆逐艦の子だと思う)に付き添われて、無事に帰宅することが出来た。

 

 

…私は、武蔵さんの勤め先―――海神警備・岩川台営業所に身辺警護を依頼したのだ。

武蔵さんが来てくれないかなと思って申込んだら、本当に武蔵さんが担当に付いてくれた。

やって来た武蔵さんの対応は素っ気なかったけれど、武蔵さんたちは私を確りと護りきってくれた。

 

 

この後も先輩の、私とお店への嫌がらせは続いた。

でも武蔵さんたちは先輩からの嫌がらせを、完璧に退け続けた。

私やお店にしつこく嫌がらせを仕掛けながら、武蔵さん達に阻まれ続ける先輩は、本当に…。

 

…そして先輩は、警察に逮捕された。

武蔵さんたちは私を、私たちを警護する一方で先輩の身辺調査なども行っていた。

それで先輩の、犯罪行為の証拠を蒐集し続けていたらしい。

武蔵さん達が蒐集した証拠によって、先輩は刑事告発され、逮捕されてしまったのだ。

あまり詳しくは言えないけれど、先輩はこれで人生が詰んでしまったということだった。

 

後で知ったことだけど、海神警備・岩川台営業所の身辺警護サービスは、依頼人を護るためなら加害者を破滅させることも厭わない、という評判だった。

それで岩川台営業所で身辺警護を担当する艦娘は、「ハングマン・フリート」とも呼ばれているらしい。

(何でも昔、悪人を社会的に破滅させて抹殺するダークヒーロー達を描いたテレビドラマがあって、その番組名からこの名が付いた、とか…。)

 

先輩はもう二度と私の前に現れることはない。

でも私の気分は、晴れやかにはならなかった…。

 

 

武蔵さんが身辺警護契約の完了を報告するために、私の部屋に来てくれた。

武蔵さんが契約完了について報告・説明してくれている間…私の気持ちは沈んでいた。

 

「…と、判断しました。これを以って……どうかされましたか?」

「え?」

「立ち入ったことをお伺いしますが…まだ何か、ご懸念がおありですか?」

 

…事務的な口調だったけど、武蔵さんは私を心配したようだ。

でも、武蔵さんが言うような懸念があったわけじゃない。

私は、武蔵さんの気遣いに応えることにした。

 

「ごめんなさい。懸念があるというわけじゃないんです。」

「もう先輩は…あの人は私の前には現れない。」

「それはわかっていますし、安心もしています。」

「でも、お店を出入禁止にされて、悪態をつきながらお店を出て行くあの人の姿は、本当に見苦しかった。」

「武蔵さんに刃物をちらつかせて、武蔵さんが艦娘だと知ってすごすごと退散していったあの人の姿は、本当に情けなかった。」

「私やお店にしつこく嫌がらせをして、ことごとく武蔵さん達にそれを阻まれたあの人は、本当にみっともなかった。」

「犯罪の証拠を押さえられ、刑事告発されて、警察に逮捕されていったあの人は…本当に惨めだった。」

「それで思ってしまったんです。」

「私は、ほんの一時期のこととは言え、あんなに見苦しくて、情けなくて、みっともなくて、惨めな男に、身も心も捧げていたのかと。」

「あのとき私には彼がいたのに、彼を裏切って、あんな男に。」

「彼ほどじゃなくても、良い人はどこにでも―――お店のお客さんの中にも―――いるのに、あんな男に。」

「あの人がお店に現れてから、この日までの間、私は自分のバカさ加減を思い知らされたような気がするんです…。」

 

「そうですか…なるほど…。」

「…貴女は、あの男との思い出が実は黒歴史であったと理解したわけだな。」

「だが、貴女自身も言っていたし、私からも強調させてもらうが。」

「あの男は、今後二度と貴女の人生に関わってくることはない。」

「黒い歴史(イストワール)は、物語(イストワール)として完結したのだ、読了されたのだ。」

「完結した…読み終えた物語(イストワール)は、本棚に置くだけのこと。」

「何と言っても今貴女は、新しい物語(イストワール)を書き、読んでいる最中なのだからな。」

 

そう言って武蔵さんは説明・報告を再開し、説明・報告を終えると帰って行った。

 

それから武蔵さんには会っていない。

私は黒歴史を心の本棚に置いて、新しい物語を書き続けている。

 


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