そうして、彼女は姫となる 作:カルーアミルク
──初めの100年は、困惑と飢えに苛まれ続けた。人の命を脅かさなければ満たされない空腹、さりとて己の手でも、他人の手でも死を迎えられない自分を嘆き、幾度も後悔を続けた。
今となれば笑い話だけどね。ボクだって最初は人の血を啜らないとお腹が膨れないなんて信じられなかったし、信じたくなかった。鹿とかの血を飲んで、吐き散らかした事もあったよ。でもこの牙が、翼がボクに教えてくれた。もうボクに人としての生は有り得ないんだと。
──次の100年は快楽を貪った。好きに喰らい、好きに奪い、好きに殺した。彼女の進む道は血に染まり、その力で多くを支配した。村を、街を、島を、国を。東の海はそのほとんどが彼女の手中にあった。
人としての倫理観を失ったボクはそりゃあ好きに生きたもんさ。村を滅ぼして、街を支配して、国を建ててその玉座に座ったりしてみた。気紛れに他の海に遊びに行ったりもしたかな。いやあ、楽しかったなぁ、本当に、うん。楽しかったよ。この時だったかな?吸血姫なんて言われ始めたのは。
──次の100年では、全てを極めた。武の道は言うまでもなく様々な技術を納め、国は強く発展していった。彼女の支配は恐ろしくも、人々に安寧をもたらしていった。
僕は何もしていないけれどね。ただ暇つぶしをしていただけさ。50年もすれば人のほとんどは死ぬような時代だったからさ。ボクと同じ目線で話せる人もいなかったし、技術くらいしかボクに寄り添える存在はいなかった。
──そしてまた次の100年を経て、彼女は総てに飽いた。止める民の手を振り解き、洞窟で眠りについた。何時か、己の眠りを覚ますものに出会うまでという制約を立てて。
ダラダラと、惰性で100年を生きて理解したのさ。ボクが思う楽しいことはもうないんだって。だから眠ることにしたんだ。小さい島に引きこもって、そこに来られないように何重も何重も結界を張って、そうして洞窟の中に入った。いつか、ボクの結界を壊してくれるくらい強い人となら、きっと共に立てると思ったんだ。
──後に彼女は、東の女王とまで言われた吸血姫は海賊王の剣となる。
『
ウンウン、よく覚えてるよ。ボクを見ても怖気付くどころか豪快に笑って仲間に迎え入れようとしたあのバカのことは忘れたくても忘れられない。
まあでも、アイツも死んじゃったけどねぇ。ボクを呼べばよかったのにそうしなかった。寧ろ『来るな』とまで言ってた。死んじゃったらなんの意味もないと思うんだけどさ。
──彼女は海賊王に連れ添い、そしてその死と共に姿を消した。今となっては御伽噺として語られる彼女は、果たして実在するのだろうか。
実在するよ。だってこうして、今その本読んでるボクがその吸血姫だし。
「ん〜ん!面白かったなぁ!こんなにも正確にボクの足取りを描くなんてなかなか見所のある記者じゃあないか」
宿の一室で、ボクは思わず叫んでしまう。眠くなるまでの暇潰しで買ってみたのだが、予想以上によくできていて読み耽ってしまった。お陰でもう太陽が沈みかけている。
「もう夜かぁ。寝そびれちゃったけど、どうしよっかなぁ。久しぶりに小腹がすいてきたし、ご飯探しに行こうか」
窓を開けると春の匂いと共に血の匂いが流れてくる。その良い匂いに思わずため息が漏れてしまった。これまた久しぶりに嗅いだ、とても美味そうな芳醇で素晴らしい香りだ。
「若い女の子の血だね。うーん、いい匂いだ。それと何かから逃げるような荒い息。困ってるみたいだし、恩を売るチャンスかも」
上手く行けばタダ飯にありつけるかもしれない。そんな打算的な考えで、ボクは夜の世界に繰り出すことにするのだった。