江風「性転換に負けるわけがないだろう、いい加減にしろ」   作:蒙古襲来

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前話はハッピーエンドで終わりましたが、果たして本当にハッピーエンドで終わっていいのでしょうか。因果応報。自分にやったことは巡り巡って帰ってくるのです。
 
*暗い内容なので注意。後、前話を読んでいないと分からない部分あり。前話のトレース部分多め。


山風復讐編

 

 幼少期に植え付けられたトラウマはその後の人生に多大な影響を及ぼす。

 

 パァンと乾いた音が聞こえた途端、私を押さえつけていた力は消えてなくなった。お父さんとお母さんに名前を呼ばれて、無我夢中で二人の元へと走った。お父さんとお母さんに抱きしめられる。とても安心した。見上げて二人の顔を見るとお父さんもお母さんも泣いていた。私も泣いていた。怖い人はもう居なくなったんだ。

 パトカーや救急車のサイレンが耳にこびりついてしまうくらいにけたたましく鳴っていた。警察官のおじさんたちと何かを話しているお父さんの背中は少し疲れているようだった。お母さんの体に抱き着く。もう離れないようにとしがみついた。もう大丈夫よ、お母さんがいつものように優しくそう言ったので、安心して目を閉じた。

 

 私は優しいお父さんとお母さんのもとに生まれた。

 お父さんはお仕事から家に帰ってくるといつも私と遊んでくれた。きっと疲れていただろうに、嫌な顔一つせずに私の相手をしてくれた。二人で一緒にお風呂に入って、たくさんの歌を唄った。どんなに下手くそな歌でもお父さんは褒めてくれた。

 お風呂から飛び出して家の中を走り回る。そんな私をお母さんは捕まえて、大きなバスタオルにくるんだ。困った子ね、と言いながら私の体を拭く。それが終わるとドライヤーを使って髪を乾かしてもらう。その時にお母さんの指がくすぐったくて私が笑うとお母さんも笑った。

 それから私とお母さん、私より少し後にお風呂を出たお父さんの三人でテーブルを囲んでお母さんの用意してくれたご飯を食べる。温かくて美味しい。また私が笑うと、二人も笑った。

 

 幸せだった、あの日までは。

 

 日曜日。お父さんのお仕事がお休みなので、お母さんの提案で遊園地に行くことになった。私は嬉しくて家の中を走り回り、飛んだり跳ねたりしていた。遊びに行く前に怪我するなよ、とお父さんに怒られたけど、その後にお父さんが肩車をして遊んでくれた。それからお母さんが用意していたお弁当の準備を手伝って、三人で仲良く家を出た。何をしようか、何に乗ろうか、三人で手を繋いで歩いた。ジェットコースターに乗ってみたい、と言うと、もうちょっと大きくなってからね、と二人に言われた。

 

 楽しかった。あの時までは。

 

 突然、大きな声が聞こえた。お父さんが怒ったのかと横を見たけれど違う。周りにいた人たちが大きな声を出して、同じ方向に走り出した。どうしたんだろう。急に体がフワリと浮いた。服を引っ張られたのだ。すごい力で押さえつけられた。お父さんが怒っている。お母さんは泣いている。隣を見ると怖い顔のおじさんがいた。目の前に包丁が現れる。それから。それから。それから。

 

 悪夢から解放されたと思ったのも束の間。それは決して私を逃がしてはくれなかった。

 

 テレビにあの怖いおじさんの顔が映っていた。お父さんがすぐにテレビを消す。しばらく家ではテレビを見なくなった。それもずっと昔の話。長い年月が過ぎた。ジェットコースターになんて年齢的にも、身長的にも余裕で乗れてしまうくらいに時間が経った。それでもあれ以来、外に出るのが怖くなった。だから家に引きこもった。

 フラッシュバックする。どこにいても、何をしていても、あの日あの場所での光景が鮮明に思い出される。あの消し去りたい思い出が嫌でも呼び起こされて私を苦しめ続ける。鼓動が早くなって、息が苦しい。気持ちが悪くて吐いた。それを何度も、何度も繰り返した。それはこれからも繰り返される。生きている限り、ずっと。

 優しいお父さんとお母さんはそんな私を受け止めてくれた。しっかりと、受け止めてくれた。でもお父さんだってお母さんだって人間だから。そのうち限界が来た。お母さんは、あの時私が遊園地に行こうと言わなければ、と自分を責め続けていた。ある日、お母さんがおかしくなった。心労がたまっていたのだろう。お父さんは一人で私とお母さんを受け止めなければならなくなった。喧嘩が増えた。お父さんもお母さんも顔を見合わせればすぐに言い争うようになった。喧嘩の原因はいつも私だった。

 

 私がいなくなればいい。

 

 ふと気が付いた。手頃の紐をポケットに忍ばせ、部屋を出る。お父さんもお母さんも疲れた顔をしていた。もう随分と二人が笑った顔を見ていない。二人に黙って家を出る。あの家ではどうしてか死にたくなかった。幸せな思い出がつまっているからかもしれない。久しぶりに外に出て新鮮な空気を吸う。すがすがしい気持ちだった。死に場所を求めて街をさまよう。

 適当な場所を見つけた。ここなら誰にも見つからなさそうだ。おあつらえ向きの突起を見つけ、紐を掛ける。首をくくって、躊躇いなく飛んだ。首が締まって、意識が遠のく。

 

 暗転。

 

 暗転。

 

 暗転。

 

 遠音に波の音を聞いた。安らぎを覚えるような水の音が幾度となく四方から寄せてくる。潮の匂いが鼻をくすぐった。何事かと目をあけると目の前に青い海が広がっていた。

 ぼんやりしていた意識がたたき起こされた。海鳥の声を聞いて空を見上げる。曇天。ふと下を向くと海面に立つ細い足を見た。思わず飛びのく。なぜ水の上に立っているのか、立てていれるのか。沈むことがないと分かると少し安心した。しかしすぐに不安になった。もう一度下を見る。今度はじっくりと。白い肌、細い足。決定的だったのは海面に映る自分、いや誰かの姿。またもや飛びのいた。海面を蹴り上げ、水しぶきをあげて盛大に飛び上がった。意識に於いては自分なずなのに、映し出されたのは、私よりも少し幼い見た目をした見知らぬ少女だった。

 

 「…え?」

 

 声も自分のものとは違っていた。ゆらゆらと海面に映る自分ではない、何か得体の知れない存在を見下ろしながら、茫然と立ち尽くした。

 海の色はどんよりと濁って見えた。そもそもこれは何だ、夢なのか。首を吊ったところまでは覚えている。それが何故海の上に、しかも別人の姿で?戸惑う中、どこからかエンジンをふかすような音が轟いた。目を細めて音のした方を眺めると水平線の向こうに一つの黒い影を見た。次第にその影は大きくなり、身構えているとあっという間に接近された。

 体がすくむ中、所属がどうとか、野良がどうとか聞かれた。答えに詰まる。自分より少し幼いくらいの少女に詰め寄られ、口を噤んだ。彼女は不思議な格好をしていた。もちろん自分の格好も変だが、よく見てみると同じような制服だった。しばらく沈黙があった後、少女は私に心配すンな、と声を掛けて無線か何かでどこかと連絡を取っていた。

 これは夢だ、と自分かどうかでさえ分からない意識の中で私は結論を出した。少女が何やら話し込んでいる姿をボーっと眺めながら、そう思うようにした。死にゆく体、脳みそが最後に幻想を見せているのだ。

 

 「提督が連れてこいだって。一緒に行こうぜ」

 

 手招きをされ、少女が前を往く。その場で立ち尽くしていると早く、と急かされた。夢の中なら海の上を歩けると納得し一歩踏み出す。次第にスキーをするように体が勝手に動き出して海面を滑るように進んだ。

 ああ、すごい夢だ。海面を走る振動や顔にかかる水しぶき、モーターの駆動する音や知らない海鳥の鳴き声、知覚する何もかもが本当に自分が経験していることかのようにリアルで生々しい。こんな最期が待っていたというなら、私はもっと早く自分の人生を終わらせておけば良かった。

 

 いや、それは何かが違う。何がとは言えないが、違和感があった。

 

 夢の中とは言え、その違和感の正体を探ろうと考えているといつの間にか目の前には大きな建造物がそびえたっていた。そして案内されるがままに工場のようなところに連れていかれた。こうやるンだぜ、と彼女が丁寧に教えてくれたので、足や背中、腕に装着していた物体をなんとか取り外すことが出来た。あたし、江風って言うンだ、よろしくな、と言って握手を求められたのでその手を握った。本当にやけにリアルな夢だなと思った。

 

 「君の名前は白露型駆逐艦、山風だ。気が動転しているようだが分かるか?」

  

 得体の知れない物質が入っているであろう緑色の液体の中に江風と一緒に入った。程よい熱さが身に染みた。裸になった自分の姿は変わらず見知らぬ少女の姿であったが、特に思うところはなかった。夢の中のまがい物だからだろうか、それとも自分自身の姿だからだろうか、少々不思議に感じたが、江風にどうした、と聞かれてそれも霧散した。お湯から上がり、鏡に映る自身の姿をまじまじと見た。緑色の髪、青い瞳。実に夢らしい。なぁ、と声を掛けられた。これで体拭きなよ、と江風に渡されたバスタオルで体を拭いた。洗濯したてのさわやかな香りに包まれて、心地よい気がした。本当に大した夢だ。

 用意された服を着て出ると案内するところがあると手を引かれた。そして連れて行かれた先で、白い制服に身を包んだ男性と出会った。江風はその男の人に隣に立って、頭を撫でてもらっていた。とても嬉しそうな顔をしていた。その時だ。また何か、何か違和感があった。

 

 どうして私がこんな目に遭わなきゃいけないの。

 

 脳裏に浮かんだ言葉に戸惑いを覚える。それは紛れもない、件の経験をして自ら死を選んだ私自身の言葉に相違なかったが、それでも戸惑った。どうしてそんなこと、今更。

 

 「ン、大丈夫か?」

 

 気が付くと江風が私の目の前に立っていた。心配そうに私を見ている。私はもう随分としていない笑顔を無理やり作って、大丈夫、とだけ答えた。

 そっか、と江風は笑った。それから私のことを気遣ってか、彼女は私が眠さに負けて目を瞑るまで気さくに話し掛け続けてくれた。誰かと話すのが久方ぶりで、幾度となく言葉に詰まる私をゆっくりと待って、私の言葉に耳を傾けてくれた。今日は一緒に寝よう、そう江風に言われて、何故だか安心して眠ることが出来た。

 翌日、夢は覚めなかった。その次の日も夢は覚めなかった。何度朝を迎えても夢は終わらなかった。でも別によかった。きっとお父さんもお母さんも私が死んで幸せになっただろうし、夢の中の話だけれど、私は江風と話をしていると救われた気がするから。

 

 「私、山風って言うんだね」

 

 それならこの夢を受け入れてしまおう。受け入れてしまえば気が楽だ。私は山風。お父さんとお母さんの子どもではなくなってしまうけれど、あんな辛い目に遭うのならば最初から無かったことにしてしまえばいい。そうすれば皆が幸せなのだから。

 

 本当に?

 

 本当にそうなのかな?

 

 こんな夢に逃避せずとも、私には優しいお父さんとお母さんがいて、三人で仲良くあの家で暮らしていられればそれだけで幸せだったんじゃないかな?

 

 誰のせいなのかな?

 

 お父さんとお母さんを苦しめた私のせい?それともあの日、遊園地に行こうと言ったお母さんのせい?私とお母さんを受け止めきれなかったお父さんのせい?

 

 私が死ねば解決するの?私が最初から居なければよかったの?

 

 ううん、違うよね?

 

 本当に、本当に悪いのは

 

 「改白露型駆逐艦、江風!出撃するぜ!」 

 

 悪い夢に魘されて起きる。夢の中で悪夢に苦しめられるなんておかしな話だ。でもいつもベッドが汗でびっしょり濡れてしまう。

 最近、現実と夢の区別がつかない。この夢を現実として受け入れようとすると、何かに阻まれる。絶対にこの夢を現実として受け入れてはいけないと強い力が発生する。私がそうしたくてそうしているのに許されない。怖い。不安になる。

 そんな時、いつも私の側にいてくれるのは江風だ。恐ろしくて何もしゃべれずに身を縮める私を抱きしめ、大丈夫、と何度も言ってくれた。江風がいてくれればもう怖くない気がした。それから何度も季節は巡った。相変わらず私の意思に反してこの世界を現実と認めさせない何かがあるけれど、その度に江風が私に寄り添ってくれた。

 正直、海上をスイスイ進めるのも、砲弾を撃つのも、その反対に砲弾を受けて痛い思いをするのも、まだ慣れていない。でも、江風といれば安心出来る。いつまでもこの世界にいたい、そう心から思ってしまうくらいに自分はここに馴染んでしまった。

 

 「…実はさ」

 

 きっかけは私がずっと悪夢に魘されている原因を江風が心配して二人で話し合うことになった際。その頃は自分が最初から艦娘であったと信じて疑わなくなっていたから、実は夢の中のお話なんだけど、と前置きした上で、私は山風である前に別の人生を生きててね、と冗談交じりに話した。すると江風がとても驚いた様子で、実はさ、あたしもなンだよ、現実味ないンだけど、と話したので、二人して驚いた。そして私が同じような夢を江風が見ていたことにシンパシーを感じて悦に浸っていると、江風はいや、アリエナイ話なンだけどさ、聞いてくれよ、実はさ、と照れながら話してくれたのだ。

 

 「…え?」

 

 衝撃を受けた。江風は、艦娘である前はこの世界とは別の世界に生まれて、性別も今とは違って男性だったという。そして聞くにその人生は悲惨を極め、それを呪って自暴自棄になった江風は罪を犯して死んだ。死んだら江風になっていた。そんな話を江風は詳しく私に語った。妙にリアリティーあるンだよなぁ、と最後に付け足した江風は、ンで、山風の姉貴はどンな夢を見るわけ、と言った。

 全身の毛が逆立つような、そんな恐怖に襲われた。体の震えが止まらない。江風がどうした、と心配していた。少し気分が悪い、私はそう言って一人にしてもらった。江風はしぶしぶそれを受け入れた。

 江風の見た夢と私の見た夢には奇妙な一致があった。夢の中の話だ、と一蹴することも出来た。けれど出来なかった。それが私の心に深く刻み込まれた出来事だったから。

 

 私の中で何かが音をたてて崩れ落ちた。それは私が夢と現実を区別した瞬間に他ならなかった。

 

 ああ、思い出した。そうだった。途端に吐き気を催し、その場で吐いた。気持ちが悪い。でもその気持ちの悪さなんて取るに足らないくらいの新たな感情がわき上がってきた。それは私が最初に感じた違和感。さらに言えば、長い間私にこの世界を受け入れさせないようにと働いていた感情、憎しみそのものだった。

 こんな夢に逃避せずとも、優しいお父さんとお母さんと一緒に居られればそれでよかった。それでよかったのに。そんな願いは砕かれた。それを強いたのは誰?私?お父さん?それともお母さん?違う。ついには爆発した。

 

 何が艦娘か。何が山風か。ふざけるな。いや、一番ふざけているのは、江風。お前だ。

 

 自然と足は自分の装備が置いてある工場に向いていた。たくさんの装備の中から自分の物を探し当て、腕にのみ装備を付けた。そして踵を返す。行先は決まっている。

 

 この世界は現実ではない、夢の世界だ。もう何が現実で何が夢かだなんてどうでもいい。ただ言えるのは、この世界にはいるじゃないか。私のこの憎しみを受け止めてくれる子がいるじゃないか。それならば結構。大いに利用させてもらおう。

 

 「見つけた」

 

 ギギギと扉を開ける。腕に装備を付けている分、扉を開けづらかった。果たしてそこに江風はいた。彼女の大切な人と一緒に執務室にいた。

 

 「姉貴?」

 

 江風は不思議そうにこちらを見た。私は手に付けた砲を向ける。そして躊躇いもなく撃った。

 バァン。大きな音が鳴り響いた。白い煙があがり、一瞬だけ視界が悪くなった。少し待つと白煙も薄れた。

 

 「え?」

 

 江風は目を丸くして床に尻もちをついていた。何が起きたか分からない、そんな表情をしていた。

 

 「て、提督?え、え、なんで…」

 

 ようやく自分たちが撃たれたことに気が付き、途端に江風の顔は青くなった。どうやら江風は装備を付けていないとは言え、艦娘であるお陰か何だか知らないが少々怪我を負った程度で済んだ。一方で彼女の隣に横たわる人物はどうだろうか。上半身を吹き飛ばされ、残った体も炭のように黒く焦げ、嫌なにおいを放っていた。

 

 「う、ウソ!ウソだ!なんで、、嫌だ!嫌だよ!!」

 

 残された腰から下の部分を泣きながらゆすり続ける江風。その姿を見て許された気がした。何に許されたかは分からないが、とにかく解放された気がした。

 

 「バーカ!ざまあみろ!」

 

 泣きじゃくる江風に向かって叫んだ。ふと彼女の後ろの壁に空いた大きな穴から外が見えた。

 

 真っ黒な雲に染まった空は私の人生の始まりを祝福するかのようにどこまでも広がっていたのだった。

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