「ヨーロッパは美しい街並みが続いているんだ」
自分が幼かった頃、商人だった父が教えてくれた
赤煉瓦と石畳のドイツ
不思議な建築物が続くロシア
可愛さと優雅な空気が流れるポーランド
そして雄大なドナウ川が流れる故郷、ブダペスト
自分の夢は様々な国、街を見て回ることだった
夢は叶った。最悪の形で
戦争が始まって間もない頃、僕は友人と軍隊に志願した
何処か冒険に行くような軽やかな足取りだったのだ
敵はソビエトだったが、此方はいくつもの国々が参加していた
連日送られる大勝利のニュースに、勝利は揺るぎないものだと確信していた
自分はよく友人と冗談を交わした
「僕達が戦争に参加する頃には、もう終わっているだろう」
悲しい事にそれは冗談で終わってしまった
ウクライナで戦っていた自分は、今ではオーストリア国境
友人は遠い永久凍土の下
故郷は奪われた
1945年初頭、我々は祖国を失った
ただ指を咥えて失ったのではない。死力を尽くして奪還せしめようとした
しかし、全て手遅れだった
そして今、我々は残ったトラックで撤退している
他の重機は置いてきぼり
我々はこれからどうなるのか…
……
空からエンジン音が近づいてくる
東の空だ。我々の後方からだ
誰かが叫ぶ
「敵機だ!」
家族も友人も亡くし、生きている意味を見出せない自分は、このまま身を任せてしまいたい。楽になれるならば…
しかし、こんな自分にもまだ生存本能と言う物はあるようで…
停止したトラックから飛び降りた
道路の両脇は深い針葉樹林。全速力で走る
自分の後ろを弾が流れ、遅れた仲間が血飛沫に包まれ肉塊と化した
丁度いい窪みに飛び込み、地面にめり込む程頭を下げる。耳を塞ぎ、口を開けた
自分の前方から激しい爆発音。地面を揺らし、破片が音を立てて飛び散った
土が巻き上げられ自分に積もる
……
…
遠ざかるエンジン音と共に静寂が辺りを包みこんだ
恐る恐る頭を上げる。トラックは炎上し、周りに死体が転がっている
皆無言で道路に戻った
何も考えてはいけない。言葉にも出してはいけない。それでも足を西に向ける
このままでは追撃にやられる
走る体力も気力も我々には残されていない
神は我等を見放したのか?
…見放したのか
疑問は確信に変わった
後方から履帯の軋む音。戦車だ
我等は殿
捕虜はシベリアに送られるらしい
傍の士官が銃を口に咥えた
若い兵士が狂乱に包まれた
皆本能で走り始めた
傍で砲弾が爆ぜる
足をやられた老兵が叫ぶ
履帯の音が近づいてくる
響く機関銃は我々を薙ぎ倒す
その時銃弾が太腿を貫いた
崩れるように地面に墜ちた
遂に最期の時が来た
自分の真後ろには戦車
ここから少しも動けない
履帯が近づいてくる
このまま踏み潰されるのは一目瞭然
願わくば苦しまずに…
一発で…