隼とアイドル   作:八紅星香

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とどけ、アイドル!

 ぽつり、ぽつり。そしてざあざあ。

雨の音が傘の上でオーケストラを奏でるような陽気に、その傘すらもなくしょぼくれた顔をしながら宛もなく、街の中を彷徨い歩いている少女がいた。

 

――もう、あんまりだ。散々なんだ。これ以上は私、頑張れないよ。

 

疲れてしまった。重すぎる期待が。容赦なく浴びせかけられる輝かしい歓声が。

私の胸のうちをチクチクと突き刺して、そうして、少しずつ、少しずつすり減らしていく。

じっとりとフリルが濡れても、パンプスの中が水でタプタプになっても、今の自分の後ろ向きさにはかなわない。

もう、何もかもを手放してしまおうか。そんなことを考えながら、下向いた気分を濡れたアスファルトに垂れ流していたあの夏だったんだ。

 

眩いほどに輝く、一つの星に出会ったのは。

 

 

 桜がひらり、ひらりと舞い散る。

季節は巡り、変わっていく。それは府中トレーニングセンター学園――通称トレセン学園も例外ではなく。

今年もまた、それぞれの夢を抱いてウマ娘が入学してくる。

石畳を進む歩幅に合わせてツインテールとウマ耳が揺れる、そんな少女もその一人。

その名はスマートファルコン。真新しい制服に身を包んで、たっぷりとリボンをあしらった彼女は、校門前で立ち止まる。大きな校舎に目を輝かせ、ぴんとウマ耳を立てた。

 

「わあ……☆ 大きいんだね、トレセン学園って」

 

彼女の視界に広がるのは府中に佇む広大な敷地ひいてはトレセン学園の、競バとしての歴史そのものだ。

此処にどれだけのウマ娘が居て、ぴかぴかの夢を追いかけているのだろう。

 

考えるだけでわくわくする。

そして何より。

これから自分が通うことになるこの学舎は、一体どんなところなのだろうか? そう思うと自然と笑みがこぼれてしまう。

 

「えへへ♪ 早く教室に行ってみたいな~! ダンスレッスンはどこでするんだろ?」

 

校舎を見上げて感嘆の声を上げていた彼女だったが、ふと我に帰る。……あれ? ちょっと待って。何か忘れてる気がするんだけど……。

頃合いを見計らったかのように、大きな時計からチャイムが鳴り響く。

記された時刻は13時5分前。

 

「……あ、入学式! 急がなきゃ!」

 

全力で走れば――ウマ娘の脚力であるという前提を付け加えれば、ぎりぎり間に合う距離だ。

慌てて駆け出す。散った桜の花がぶわっと舞い上がり、ファル子の後を追いかける。

一陣の風となった少女は正門を抜け、勢いそのままにグラウンドへと飛び出していった。

 

 

 そして、およそ3ヶ月の月日が経つ。

咲き誇っていた桜の花はいつしか緑へと変わり、浮足立っていた新入生達が少しずつ学園へと馴染み始める。

馴染み始めたのであれば、彼女らの目的は自然と一つにまとまっていく。トレーナー探しと、それに伴う選抜レースへの出場だ。

それはスマートファルコンも盛れず違わずで、これまでに何度も、何度もそういったレースに挑み、トレーナーからのスカウトを待っていた。

……結果は、芳しくはないのだけれど。

 

溜息はアイドルにはふさわしくない。心のなかで小さくするにとどめて、代わりにあくびを噛み殺した。

時刻は5:30。登校にはまだ早い。けして早起きが得意な方ではないファルコンだったが、どうしても早起きする理由があった。

 

「まだ眠いようでしたら、あと4分34秒程度でしたら仮眠をとる余裕がありますよ」

 

隣で身支度をするのは同室のエイシンフラッシュ。先程起きたばかりだというのに彼女には寝癖の一つも存在せず、そういうところもいつも完璧を目標とする彼女の凄さを感じる。

ファルコンもウマドルとしていつでもカワイく居たほうが良いとは分かっているが、なんだかんだと朝は弱い。あと片付けもそこそこ苦手だ。しょうがないのだ。

 

「ん、大丈夫だよフラッシュさん。ファル子行かなくちゃ。……フラッシュさんも、付き合って早起きしなくてもいいんだよ?」

 

「いいえ、私も私のスケジュールに従って起床しているだけですから。10分25秒後に朝食ですから、急いでくださいね」

 

そう言って、彼女は一足先に食堂へ消えていった。

その背中を見送って、ファルコンもまた手早く制服に着替える。

 

(やっぱり優しいなぁ)

 

昨晩、就寝前に明日の予定を互いに確認した際にフラッシュはこう言った。

―――今朝は私が朝食を用意しますので、ファルコンさんはゆっくり寝ていて下さい。

普段ならそんなことはしないのだが、どうやら気遣ってくれているらしい。フラッシュはそういう娘なのだ。

 

好意に甘えながら、もう一度気を引き締める。今日はファルコンの選抜レースへの出場日。

今度こそ、誰かの目に止まるんだ。

 

そんな意気込みを込めて、頬をペチンと叩く。

 

「頑張るぞ……しゃいっ☆」

 

 

 

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