我らが陽炎型駆逐艦娘の一番艦陽炎は海軍内には多数あるけどその中で一番有名なのは間違いなくウチが所属する第二水雷戦隊の旗艦を務める陽炎や。
ウチが二水戦に入る前からエゲツなく強い陽炎の噂は聞いとった。なんでも初陣で30隻以上の深海棲艦を相手に大立ち回りを演じて駆逐イ級を8隻、軽巡ヌ級を1隻撃沈する大戦果を上げたらしい。そっからはトントン拍子に二水戦教導隊に入ってあっという間に駆逐隊司令。順調にいけば水雷中隊の隊長までは確実と言われてたけど二水戦が壊滅したから全部おじゃんになった。今となっては唯一生き残った駆逐隊司令として時に罵声を浴びながらも二水戦の再建の真っ最中や。
ウチが二水戦に入って直ぐに配属されたのが陽炎の率いる駆逐隊やった。ウチは駆逐艦娘の中では強い部類に入るって自覚しとったから正直相当ムカついた。なんでウチより年下の小娘の下につかなあかんのかって。けどその後に行われた訓練で実力差を思い知らされてそんな気持ちなくなった。他の艦娘の間じゃ未だに連合艦隊旗艦が最強の艦娘なんて言われとるけどウチは陽炎こそがその座にふさわしいと思っとる。それくらい陽炎は強い。
これだけ聞くとただ強いだけの艦娘やけど陽炎はそれだけやない。早い段階で親元から離れて命のやりとりをするから性格の荒んだヤツが多い艦娘において陽炎はかなり落ち着いた性格をしていて性格的なものも艦娘の中ではかなりええ方や。変な薬もやっとらんしな。タバコは吸うけどそもそも艦娘と普通の人間じゃ中身が全然違うから喫煙したところで健康への影響はほとんどないから別に問題あらへん。法律的にも艦娘の未成年の飲酒喫煙は自由ってなっとるから別にええ。ウチはタバコ嫌いやけど。陽炎はええとこのお嬢さんなんやし大人しく20歳からにしとけばええのに。
とまぁ、ここまで陽炎を褒め続けてきたけどそんな陽炎にも大きな欠点がある。酒癖が悪い。
「泣き上戸に怒り上戸、笑い上戸に甘え上戸となんでもござれな酔い方すんねん。本人が酒が特別好きやないからあんま飲まんけど酒を勧められたら飲む。ウチらは面倒なのわかってるから飲ませんようにしてんねん。わかったか雪風」
いやほんまこれが無かったら完璧やのに残念やわ。
「はい、ごめんなさい黒潮お姉ちゃん」
肝機能も強なってるから艦娘が酒に酔うなんてそうそうないから普通は予想できへんよな。酒でひどい酔い方する艦娘なんてウチも陽炎以外知らへんし。
「ウチはええねん。被害なかったから。親潮には後で謝っときや」
そう言って視線を向けた先には陽炎に抱きつかれて服を涙と鼻水でドロドロに汚されながら延々と愚痴を聞かされている親潮の姿があった。
雪風が陽炎に酒を勧めた時、偶然トイレに立っとったから陽炎が酒飲んだんを知らんかったせいで普通に横座ったから散々な目におうとる。
「なによりもタチ悪いんは次の日には全部忘れとる事やな」
どんだけ泣き喚こうが人を殴ろうが次の日には綺麗さっぱり忘れとる。覚えとるならともかく忘れてるとなるとどんだけ文句言っても本人には響かへん。
「まさか陽炎お姉ちゃんがあんなになるなんて…」
知らんかったら驚くよな。普段の態度と全然ちゃうし。
「今日は泣き上戸やからまだええわ。怒り上戸にでもなろうもんなら手当たり次第に手が出るから抑えるのか大変なんや」
なんせ当時の中隊長やった神通含む3人がかりでやっと抑えられるくらいの力持っとるからな。酷い時には取り押さえようした奴が2、3人入渠した時もあった。本人も注意され続けて控えるようになったけど特別好きではないだけで嫌いなわけやないからな。偶に気まぐれで飲む時があったからそん時は酷い目にあった。親潮みたいに制服を汚されたり酒飲ませようとしたり。珍しいのやとキスしようとしてくんのもあったな。あん時はみんな必死で逃げ回ったったっけ。ほんでそれが気に食わんかった陽炎が泣き喚いて最後は片っ端からとっ捕まえて殴り倒しとったな。ホンマバリエーション豊かやわ。
「見てる分には楽しいんですけどね」
そう言う不知火の口元は心なしか緩んでいるように見えた。
「なんも楽しないわ」
普段は仏頂面のくせしてこう言う時だけ表情変えんなや。
「てか不知火はウチより近かったんやから止めぇや」
ウチは陽炎の対角線上におったけど不知火は真ん前におったんやから止めれたやろ。
「嫌ですよ。巻き込まれたくないですから」
そう言って不知火は陽炎のグラスにビールを注ごうと…
「ってちょっと待てや」
何やろうとしてんねんコイツは。
「なんでしょうか。不知火に落ち度でも?」
落ち度でもって…落ち度しかないやろ。
「その手に持っとる物はなんや」
「ビールですね」
それがどうしたっていいたげな顔しとるな。
「んな事はわかっとる。なんで陽炎のグラスに注ごうとしとんねん」
さっきまでの話聞いとらんかったんかコイツは。
「陽炎はお酒が好きですからね。空のままだと可哀想じゃないですか」
不知火は訓練学校の同期やから陽炎の事をよう知っとるはずやのにまだ飲ませる気か。
「人に迷惑かけるくらいなら好きでも飲まん方がええやろ。なにより言うて陽炎はメチャクチャ酒好きなわけちゃうし、タバコの方が好きやろ」
飲むんやったら一人で飲めっちゅう話や。てか陽炎は酒はそんなに好きちゃうやろ。
「黒潮には人の心がないんですか。いつもあんなに頑張っている陽炎をこんな時くらい現実を忘れて休めるよう労おうと思わないんですか」
その気持ちはわからんでもない。けど…
「もっともらしい事言うとるけど本気でそう思っとるならそのニヤニヤした笑みをやめぇや」
「…黒潮の気のせいでは?」
そう思うなら口元手で隠すなや。
「鏡持ってこよか?」
ウチが嫌味混じりにそう聞くと不知火は大きなため息を吐いて言った。
「いりません」
「そうか。じゃあその手に持ってるビールも置こか」
これ以上は流石に親潮が可哀想や。
「嫌ですよ。これを注ぐだけでもっと面白いものが見れるのにやらない手はないじゃないですか」
ウチもええ性格しとる自覚あるけどコイツも中々にええ性格しとるな。
「じゃあ不知火が親潮の代わりに陽炎の相手したらええやん。見るだけやなくて体験した方が楽しいやろ」
「さっきも言ったじゃないですか。見てる分には楽しいと。どうして不知火が陽炎の被害を受けないといけないんですか?」
面倒な奴やな。こんな奴のために親潮が可哀想な目に遭うのもおかしな話や。…そうや!
「陽炎!不知火が陽炎のこと頼りなくて上官にしたくない艦娘ナンバーワンやって言っとるで」
ウチの言葉に陽炎は勢いよく親潮の胸元から顔を上げると涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を不知火に向けた。
「頼りないお姉ちゃんでごめんねぇ〜!!」
そう言って今度は不知火の胸元に陽炎は飛び込んだ。作戦成功やな。
「やってくれましたね黒潮っ!」
深海棲艦も裸足で逃げ出しそうな眼光を向けてきたけど陽炎に抱きつかれとるせいでちっとも怖くない。
「やっぱり私なんかが旗艦になるのは不知火も嫌よね。そうよね」
泣きながらダル絡みしてくるとか面倒なことこの上ないな。
「いいえ、そんな事はありませんよ。訓練学校の時からいざという時頼りになる素晴らしい友人だと思っていました」
面倒臭そうな表情と声音でとても本心とは思へんけど陽炎にはそれで十分やったみたいや。
「本当?不知火大好き!」
普段の陽炎なら絶対言わへんような言葉やな。それも同期の不知火に対してなんて…。しかも頭不知火にグリグリ押し付けとるし。相当酔っとるな、関わらんとこ。
「ありがとうございます。私は陽炎が頼りになると思っているんですけどどうやら黒潮はそうでは無かったようです」
アイツ!ウチに標的を逸らす気か!?
「さっき黒潮が陽炎なんかに二水戦の旗艦が務まるわけないって言ってましたよ」
「待て陽炎!ウチはそんな事は言うて…」
その先の言葉をウチは発する事が出来へんかった。
なぜならゆらりと不知火の胸元から立ち上がった陽炎が不知火が手に持っていたビール瓶を奪い取って思いっきり振りかぶりウチに向かって投げてきたからや。
「ふざけんな黒潮死ね!」
なんでウチにだけそんなあたり強いねん。突然の出来事に避けることも出来ず顔面にビール瓶をモロに食らってそのままウチは意識を失った。
ウチが目覚めたんは教導隊のドックの中やった。制服を着たまま湯船に浸かっとったけどその制服が血で真っ赤に染まっとったから相当出血したったんやと思う。まぁ、頭怪我したんやし当然っちゃ当然か。
後で聞いた話やけどウチが気絶した後さらに追撃を仕掛けようとする陽炎を不知火達が必死で止めたらしい。そん時に店の備品を色々壊して請求書が教導隊に届いたから陽炎は神通から暫くの間禁酒するよう命じられら事になったとか。当然やな。二度と酒なんか飲むな。