気がつけば13班は腕立てを終えて直立して私の指示を待っていた。
「腕立てが終わればすぐ走る!一番遅い班はスクワット500回よ!」
私の声に慌てて13班は駆け出した。勿論、巻雲の速さに合わせて。
ゴールから一番遠い地点で止められていた13班はそのまま最下位になった。13班がスクワットをしている間、神通は他の班に紙コップ一杯の水を与えた。勿論みんな喜んで飲んでいた。
「罰を受けている戦友の前で飲む水は美味しいですか?13班以外もう一周走ってきなさい!」
みんながヒーヒー言いながらグランドを走り終わると13班にも水を飲ませ神通さんは優しげな表情で問いかけた。
「さて、皆さん。本来今日の起床時間は03:30だったのに何故30分以上早く起こされたのか気になっている事でしょう。これは何故だと思いますか?」
ここで下手なことを言って罰を受ける事を恐れたのか誰も答えないでいた。1分が経過すると神通さんが再び口を開いた。
「そうですか、疑問にも思いませんでしたか。みなさんスクワット500回です」
まぁ今回の場合答える事が正解だったんだけどね。手を上げて答える意志を見せれば取り敢えず罰則は回避できた。当てられて外したら罰族だけどね。
「陽炎さん、現役の二水戦旗艦として教えてあげてください」
神通さんの言葉に従い一歩前に出ると訓練生たちの目の色が変わった。あるものは目を輝かせ、ある者は好奇の視線を向け、あるものは嫌悪の視線を向けた。
二水戦が壊滅したとはいえ残っている駆逐艦娘が精鋭であることに変わらない。臨時とはいえ旗艦を務める私に興味を持つのは当然だし生き残った上に駆逐艦娘のくせに生意気にも旗艦をしているんだ、色々思うところはあるだろう。
「知っての通り二水戦は各地の激戦区に投入され、場合によっては壊滅に近い被害を負った味方を救援する事もあるわ。二水戦は常在戦場を旨とし要請があれば即座に、それこそ艤装さえつければすぐに出撃できる状態を普段から整えなければならない。候補生にはこの二水戦の生活を体験して耐えうるようであれば二水戦としての本格的な訓練が始まることになる。
ここにいる間は定時起床、休憩時間なんて言葉があると思わないことね」
私の言葉に顔を青ざめる者もいれば逆にやる気をたぎらせている者もいる。正直これくらいで根を上げるのなら二水戦には必要ない。再建のために多少基準を甘くするよう上層部からは指示されているけど私も神通さんも端から従うつまりはない。
「けどいくら二水戦でも少しくらい休憩しないと戦うことは無理よ。朝食を食べる許可を与えるわ。次の訓練は艤装を使った訓練を行う。詳しいことは工廠で聞いてちょうだい」
それまでとは打って変わって柔らかい表情でそう言うとどこかホッとした空気が流れたがそんなに二水戦は甘くはない。
「どこへ行っているんですか?」
食堂に向かうため校内に入ろうとする候補生達に神通さんが鋭い声を浴びせた。
「陽炎さんが次は艤装を使った訓練と言ったでしょう。朝食はドックの前に用意しています。駆け足!」
食堂でゆっくり朝食を食べるなんてさせるはずがない。ドックの前には間宮達給養艦に握り飯の入った弁当を作って待たせている。それを候補生一人一人に水筒と一緒に手渡し受け取った候補生をドックへと送り出していくのを見届けると私達は演習場へと移動した。
「二水戦がそんな簡単に壊滅するはずがないわ!たしかな事なの!?」
「…残念ながら」
「近くの泊地の連中に捜索はさせたの!?」
二水戦が壊滅するほどの被害を負ったのなら間違いなく敵も相応に被害を負っている。ただ座して死を待つのではなく間違いなく相手の喉笛を掻っ切らんと獅子奮迅の闘いをしたはずだ。
「無理を言わないでください!ソロモン周辺には未だに姫級12隻を基幹とする100隻を超える艦隊がいるんですよ!」
「姫級!?なんでそんなのがいるのよ!」
目ぼしい敵の戦力は戦艦6隻だけって話だったしそもそも数が違いすぎる!
「それが…どうやら事前偵察に不備があったようです」
「不備!?不備なんて言葉で片付けられると思っているの!?明確なミスじゃない!第八艦隊司令官を…いえ呉鎮の第二艦隊司令部と協議するから詳しい資料と通信設備をよこしなさい!」
思わず第八艦隊司令部に直接文句を言をうと思ったけどすんでのところでそれを飲み込み私は私のなすべき事をするために通信設備を借りることにした。
「十八駆逐隊司令陽炎です」
『陽炎?珍しいな…何かあったのか?』
「二水戦が壊滅しました」
『生き残っているのは誰だ?』
私と違って司令は取り乱すことなくも聞き返してきた。
「触雷して入渠していた私、そして作戦海域に移動中触雷して今朝帰ってきた黒潮、黒潮を護衛し後退中に触雷した親潮です」
つまり作戦参加艦は現状生存者ゼロって事になる。
『…作戦参加艦で生き残っているのは?いったい何があった?』
「わかりません。私も今聞いたばかりで…」
現地にいるのに詳細がわからないもどかしさに陽炎は無意識に親指の爪を噛んでいた。
「陽炎さんこちらが現在確認できる戦闘詳報になります。第二艦隊司令部の方にも送っておきました」
大淀が差し出した戦闘詳報を引ったくるようにして受け取るとサッと目を通した。
「十五駆逐隊所属の新人の雪風が生き残れたみたいね。ラバウル基地に第八艦隊の残存艦隊と合流して帰還中みたいね」
『他は?』
「報告書にはこれしかないわ。現状は壊滅したとみるべきでしょうね」
『バカな…。二水戦は世界最強の水雷戦隊、指揮艦も一流だ。そう簡単に壊滅するとは思えん…』
信じられないのは私も同じだ。
「取り敢えず私は現場で何が起きたのが情報を集めるわ」
『…頼む。こちらでもできる限りの手を尽くす』
通信を切ると私は真っ先にドックに向かった。情報収集よりも先にこの事を知らせなければならない者がいるからだ。
「黒潮!親潮!」
「なんや陽炎。触雷して結局作戦に参加できんかったウチらを笑いにきたんか?」
二水戦が全滅した事を知らないのだろう、不機嫌そうな表情だが悲壮感はない。
「陽炎姉さんがそんな事をするはずないじゃ無いですか。黒潮さんじゃ無いんですから」
冗談のつもりなのだろう親潮は微笑みを浮かべていた。
「二水戦が壊滅したわ」
深呼吸を一つすると私は一息に言った。
「冗談にしては下手すぎるんちゃうか?せめて一個水雷中隊が壊滅したくらいに留めな現実味がないで」
顔を顰める黒潮の横で親潮も不愉快そうに眉を顰めている。
「私が冗談を言うと思う?」
黒潮とは彼女が二水戦に加入して以来3年の付き合いになる。加入して1年の親潮よりは私の事をよく知っている。私の真剣な表情に気付いたのだろう黒潮は鋭い視線を向けて尋ねてきた。
「…何隻残ってるんや」
「雪風一隻」
私の答えに親潮が息を呑んだ。
「ふざけんな。日本が世界に誇る二水戦や。他は?」
声を荒げることもなく普段とあまり違わない声音で黒潮がさらに質問を重ねた。
「私とあなたたち」
私の答えに黒潮は天を仰いだ
「…壊滅か」
現状で雪風一隻となればたとえ他に生き残りがいたとしてもそう多くはないだろう。24年の歴史を持つ第二水雷戦隊は今日壊滅したんだ。
「そうなるわね」
私の答えに親潮は静かに涙を流し黒潮は顔を湯船につけ肩を震わせた。
「生き残りの雪風が戻り次第詳しい話を聞いてくるわ。黒潮と親潮はしっかり傷を治してなさい」
ドックから立ち去る私の背後からは黒潮の慟哭と親潮の啜り泣く声が響いていた。