「「「「かんぱ〜い!」」」」
教導隊での厳しい訓練から永久に解放されたその日、私達13班もとい第十三駆逐隊は教導隊での生活を労うべく近くの居酒屋に来ていた。
「やっと雪風教官のお仕置きからも解放されますね」
雪風教官の指揮下に入らなかった事は幸運というほかないです。
「お仕置きされてたのはほとんど敷波と狭霧だったよね?」
確かに夕立と巻雲は私達ほど罰則をくらっていませんでしたけどそれでも他の人よりは多かったですからね。
「なぜか目の敵にされてたからね。本当まいったよ」
「間宮羊羹をギンバイしたのが逆鱗に触れたっぽい?」
間宮羊羹のギンバイは敷波の役目でしたけどそれならどうして私まであんなに罰則を食らっていたんでしょうか。
「けど陽炎教官もなんだかんだで隙を見ては罰則を与えてきたから油断はできないかもね。特に狭霧は目をつけられてるみたいだし」
「そうなんですよね。できれば黒潮教官か親潮教官の隊がよかったです」
「不知火はダメなんですか?」
「一時とはいえ同じ候補生だった相手の下に着くのは嫌ですね」
いくら実力差があったとは言え同じ候補生だったのに
「夕立はいいっぽい?」
「班長だったのが駆逐隊司令になってもなんとも思いません。そもそも訓練学校からの付き合いじゃないですか」
班長だからって偉ぶるわけでもなかったですし。
「やっぱり雪風教官の悪口を言った事が原因なんでしょうか」
本当にそれくらいしか心当たりがないんですよね。
「すごく前の話だし二水戦の旗艦ともあろう人がそんな陰湿な事するとは思えないっぽい」
「その通りですよ〜。あの陽炎教官がそんな事するわけないじゃないですか」
「そうかな、意外とあり得るんじゃない?」
夕立が皮肉げな笑みを浮かべながら言うと巻雲、敷波がそれに続いて意見を述べた。
「私もあの程度のことで根にもたれているとは思いたくはありませんけど……」
私達候補生、というより外部の艦娘から見た陽炎教官の評価は二つに分かれます。一つは指揮艦としても個人としてもともに高い実力を持ち正しく二水戦と呼ぶに相応しいという評価、もう一つは死んだ他の二水戦の仇すら取らずにおめおめと逃げ帰ってきた臆病者という評価です。私達4人だと巻雲と私が前者、夕立と敷波は後者に近い。とはいえ夕立と敷波共にそのきらいがあると言うだけで本心からそう思っているわけではありません。教導隊で散々その実力を見せつけられていますしなにより入る前から教官の武勇伝はよく聞いていて憧れていましたから裏切られたというショックからそう思っているんでしょう。2人とも教導隊を去っていった艦娘と違って強い艦娘ですし陽炎教官の実力はよくわかっていますからね。
「狭霧と巻雲は陽炎教官を高く評価しすぎっぽい?どんなに強くても欠点はあるっぽい」
「たしかに全てが完璧な人なんているわけありませんね」
少し二水戦の旗艦を、陽炎教官を神聖視しすぎていたのかもしれませんね。旗艦だから性格まで完璧なんてただなら幻想かもしれません。
「そうそう、狭霧みたいなのもいるわけだしね」
「それどういう意味ですか」
思わず私は拳を握りしめました。事と次第によっては一発叩き込むためです。
「そういうところだよ狭霧。他の狭霧はお淑やかな子ばっかりなのに君はどうしてそんなに暴力的なんだよ」
落ち着きなさい私。ここで殴っては敷波の言っている事を肯定しているようなものです。ここは一つ口で言いまかすことにしましょう。
「必死で落ち着こうとしているところ悪いけど空のビール瓶に手を伸ばすのやめてくれないかな」
指摘された瞬間私の手はビール瓶を掴み敷波に投げつけました。
「危ないなぁ」
そんな見え見えの攻撃が当たるはずもなくアッサリとキャッチされました。
「狭霧そういうのやめた方がいいっぽい」
「そんなんだから他の狭霧から野蛮とか言われるんだよぉ」
こいつら人が黙っているからと随分と好き放題言ってくれますね。
「私より弱い奴になんと言われようがなにも思いません」
「狭霧の会合からハブられてるのに?」
「は、ハブられてるんじゃありません!自発的に参加してないだけです!!」
名前が同じ艦娘どうしで何かにつけて会合を開いたりして集まっている艦娘がいます。
艦娘によっては同じ顔ばかり集まって気持ち悪いと言って嫌がるケースもありますが私達狭霧は珍しいことに積極的に関わりを持とうとしています。これの大きなメリットは同型艦よりも類似点が多い、というより全く同じ艦娘同士で効率的な訓練方法や戦闘方法を共有して生存率を上げられるというメリットがありました。
「初めて集まりに出席して以来一度も連絡貰ったないのに?」
「な、なんで知ってるんですか!?」
誰にも言った事ないのにどうして敷波がその事を知っているんでしょう。
「そりゃ他の狭霧に知り合いがいるからだよ。たまにメールしたりするから狭霧の情報も入ってくるよ」
同じ狭霧の私は連絡先すら知らないのにどうして敷波にいるんですか……。
「同じ吹雪型として普通少しくらいは交流があるもんでしょ」
「そもそも普通の艦娘は狭霧達みたいに頻繁に会ったりしないっぽい」
「そ、そうですよ!自分と同じような顔ばっかりいる所に好き好んでいくのなんて他の狭霧達くらいのものですから!」
「……自分で言ってて悲しくない?」
「いいえ、まったく悲しくありません。……本当ですよ?」
だから巻雲、ハンカチを差し出すのをやめてください……。
「今度狭霧に誘うよう頼んでおくね」
「……ありがとうございます」
自分や他の狭霧の中だけで止められているのならともかく敷波にまで知られているのは流石にショックでした。この分だと他にも知っている人がいそうですね……。
「けどもしもう一度参加できても今のままだとすぐに出禁になるっぽい」
「確かにそうかもしれない。狭霧の性格だと大人しくなんてできないだろうし……」
「じゃあどうすればいいんですか……」
というよりどうして私は狭霧なんでしょうか。こんなにも他の狭霧と違うのに。
「親潮教官に立ち振る舞いを教わればいいんじゃない?」
「どうして親潮教官の話になるんですか?」
「だって教官連中の中で親潮教官が一番清楚で普通の狭霧に近いじゃん。それに優しいし」
「私も別に変じゃありません。普通です」
ただちょっと駆逐艦らしく勇猛なだけです。
「それなら陽炎教官の方が良くないですか?」
「巻雲それどう言う意味ですか」
事と次第によっては……
「だって陽炎教官お嬢様じゃないですか」
「お嬢様?それはないんじゃないですか?」
一番手が出やすい雪風教官の次に暴力的な陽炎教官がお嬢様って事はないでしょう。
「それがそうでもないんだですよ。なんと陽炎教官、いわゆる旧華族の一族で遡れば総理大臣までいて今でも政財界に影響力のある名家出身らしいんですよ!」
あの陽炎教官がですか。
「俄には信じ難いですね」
親潮教官ならともかく陽炎教官はないでしょう。
「というか何で巻雲はそんなこと知っているんですか?」
「推しですから!」
二水戦ファンだった巻雲らしいっちゃらしいけどそんなことまで知ってると恐怖を感じるわね。
「もしそれが本当だとして、どうしてそんなお嬢様が艦娘になっているんですか」
「それは今はもう没落寸前だからですね」
「あんたさっきは政財界に影響力があるって言ってたじゃない」
「今でもありはしますよ。ただ一族の主要なメンバーが殆ど死んでいて今は陽炎教官と第二艦隊の金剛だけが現当主の直系らしいですよ」
本当、どうしてそんなことまで知っているのかしら。
「跡目争いしてるっぽい?」
「それどころじゃないみたいですね」
それどころじゃない?
「一族の数が減って権力を維持するのに必死でそんなことしてる暇ないみたいですよ。なんでも陽炎教官と金剛が艦娘になったのも権力を維持するためだとか」
「私達庶民には想像もできない話ですね」
権力を維持するために艦娘になるってどういう意味でしょうか?
「単純に今の時流的に軍の力が大きいけど陽炎教官の一族は軍に対して影響力がなかったからそれを獲得するためだそうですよ」
当主の直系ってことは後継ってことでしょうによくそんなハイリスクなことしましたね。
「けどそれだと後継がいなくなるっぽい?」
「それだけ追い詰められていたんじゃないですか?なんせ一族の中心だった次期当主とその弟が死んでるわけですし」
「尚更どうして艦娘になってるのかわからないな」
当主候補には変わらないのに2人まで死んだらどうするつもりだったんでしょうか?
「さぁ?そんなことまで巻雲に聞かれてもこま…り…ま…」
何故か巻雲はポカン、と口を大きく開けました。
「どうしたのよ巻雲」
すると巻雲だけでなく夕立と敷波も私の後ろに目を向けて驚いた表情を浮かべていました。嫌な予感がして私は後ろを振り替えようとすると…。
「さ、ぎ、り、ちゃ〜ん!!!」
そんな声と共に背中に重みを感じ、私は前につんのめりました。
「な、なんですか!?」
「もぉ、なんですかってなによ〜」
振り返ると真っ赤な髪を黄色いリボンでツインテールにした艦娘、つまり陽炎型駆逐艦一番艦陽炎がいました。
「一体貴女はなんなんですか!?」
「貴女なんて他人行儀な言い方しないでよ〜。私と狭霧ちゃんの仲間じゃない!」
生憎、私はこんなに馴れ馴れしく狭霧ちゃんなんて呼んでくる陽炎を知らない。そもそも私の知り合いの陽炎はそれこそ陽炎教官くらいでこんな性格じゃない。
ふと陽炎の後ろに目を向けると不知火、黒潮、親潮、雪風と言った教導隊の教官と同じという極めて不愉快な面子が揃っていました。
「貴女達の連れですか?早く引き取って欲しいんですけど」
私の言葉に何故か黒潮は考えるそぶりを見せた後、深海棲艦も裸足で逃げ出しそうな悪い笑みを浮かべた。
「そんな仲良さそうなんを引き離すなんて可哀想やわ。しばらく面倒みといたって」
「はぁ!?」
「そっちの3人はウチらが面倒見るから安心しいや」
コイツ、何を言っているんでしょうか。
「夕立、こっちこいや」
黒潮が夕立を手招きすると
「敷波もこっちにきて雪風達と一緒に飲みましょう。もちろん雪風達がおごります」
雪風が邪悪な笑みを浮かべて敷波を追い詰めました。
「わーい、ご馳走になります!」
何故か巻雲は喜んで親潮の所に駆け寄りました。
「ちょっと!」
「狭霧ちゃんどこ行くの〜?」
立ち上がって引き止めようとする駆逐艦とは思えない力で先に引き戻され陽炎の胸元に飛び込みました。ふと視線を胸元のワッペンに向けるとそこには2枚の桜と2本の魚雷をモチーフにしたマークのワッペンが…
「……陽炎教官?」
「なぁに〜?」
と言うことはさっきの黒潮は黒潮教官って事ですよね。
………え、私コレの相手しないといけないんですか?
結局この後、陽炎教官が酔い潰れて眠るまで相手をすることになりましたけど二度と一緒に飲みたくありません。
今度からは宅飲みにしましょう……