私達新生・二水戦の最初の出撃はインド洋南部からスリランカ近海に侵攻してきた深海棲艦の討伐任務だった。ここには本来、舞鶴に本拠地を置く第四艦隊が麾下の艦娘の約8割を派遣してインド洋北部の守りについていて比較的練度の高い艦娘が多かった。
呉からインド洋までの距離を私達は自らの足で目指すことになる。船を使えば一気に大量の物資を運べる上私達の負担も少ないという利点があるがその代わり深海棲艦の襲撃に悩まされる事になる。飛行機はもってのほかで味方の護衛がなければ即座に撃墜されるから考慮にすら値しない。
護衛さえあれば船でもいいが私達二水戦以上の艦娘なんて存在するわけもなく、そんな艦娘達に護衛されてもし乗っていた船が襲撃され、そのまま海の藻屑となりでもしたら末代までの恥だ。
畢竟、私達は自分の足でインド洋を目指すことになる。もちろん無補給ではなく途中何度か補給を挟むが泊地によって対応は大きく異なる。貧乏泊地なら最低限の補給と普通の食事による歓迎会、普通の泊地は十分な補給と少し豪華な食事、裕福な泊地は運べる限界の物資と豪華な食事、そして沖縄泊地は待ちきれないくらいの物資と潜水艦隊旗艦の伊58、通称でっちの手料理により出迎えられる。
「ゴーヤに感謝しながらよく味わって食べるでち」
「はいはい感謝感謝」
こういう手合いは感謝って言っとけば納得するから適当に相手するだけでいいから楽でいいわ。
「本当に感謝してるでちか」
「してるしてる。いごや様さいこー」
疑ってそうな目で見てくるけど所詮でっちだし棒読みでもこう言えば誤魔化せるでしょ。
「ならいいでち!」
初めて会った時はこうも単純な性格だと知らなかったから割と真剣に感謝を伝えて気疲れしちゃったのよね。もっとも、手ずから料理を振舞ってくれるのは第一、第二、第三艦隊に所属する艦娘に対してだけでそれ以外は沖縄泊地の間宮が料理を担当するからここまで出しゃばってはこないらしい。
「陽炎箸が止まってるでち。もっと食べるでち」
さて、いつだったか不知火とでち公は感謝するよう強要してくるというような話をした気がするけど、それは事実であるけど厳密には正しくない。でち公は相手がやってもらって嬉しいことを過剰なまでにした上で、感謝するよう求める。端的に言えば承認欲求が高くてお節介焼きなのよ。不知火は感謝を求めるのは照れ隠しだとか言っているけど正直その考えにはあまり賛同できない。だってあんなにも得意げな顔をしているのに照れているだなんて…。
「なんでちか陽炎。ゴーヤの顔に何かついてるでちか?」
「美味しい料理をありがとうって思っただけよ」
「そうでちか!なら感謝してもっと食べるでち!!」
ちょろいわ〜。
「そういえば、前来た時より艦娘の数が減った気がするんだけど何かあったの?」
以前来た時は泊地内部は艦娘で溢れ、泊地内で非番の艦娘がバーベキューをしたりしていて賑やかなものだった。だけど今日はそんな艦娘は1人もおらず、全員勤務中のようだった。
「陽炎知らなかったでちか?半年前に潜水艦娘は年齢の高いものから順次退役することが決まったでち」
でち公の言葉に思わず眉を顰めた。
「10年の間に大幅に増えた艦娘を、潜水艦娘を退役させて維持する事ができると思うの?」
たった5隻の艦娘から始まった深海棲艦と艦娘の戦いは25年の月日を経て5万隻を超える巨大な集団となった。これは空母、戦艦、巡洋艦、駆逐艦だけの数であり潜水艦や海防艦などを含めるとその数は10万隻を超える。それだけの数の艦娘を支えるには潜水艦艦隊は必要不可欠だ。
「潜水艦娘の数が増えすぎてオリョクルの効率が悪くなってるでち。なかばオリョクルのためにオリョクルをするような悪循環になっていたのを是正するために、連合艦隊旗艦の命令で古い艦娘から順番に退役してるでち」
「新しくオリョクルのための深海棲艦の養殖場を作るとか、出撃させずに基地内で待機させるとか色々やりようはあるんじゃないの?」
「それでも給料は発生するでち」
「それこそオリョクルのおかげで増えた大型艦が陸、空軍に貸し出されて海軍の収入源になってるじゃない」
味方のはずの陸、空軍相手に阿漕な商売をしているのは有名な話で、海軍上層部は陸、空軍からはすごく嫌われている。その反面、陸、空軍は艦娘に対して自主的な自軍への異動を誘うなど勧誘活動をしていて海軍側も陸、空軍の事を毛嫌いしている。とはいえ勧誘活動の結果は芳しくない。油と弾薬は海軍から買うしかないからそう派手に勧誘を行えるわけでもないからだ。
「潜水艦隊は規模の割にオリョクルのできる場所が限定的で、今の数だと収入と釣り合いが取れないでち」
「そうは言っても仮に深海棲艦が大規模に侵攻してくれば、潜水艦隊は前線に出ることになるわ。多くの艦娘を確保していて然るべきじゃないかしら」
未だに太平洋南部や大西洋中部と南部、インド洋の南部は深海棲艦の手にありそれを取り返すにはまだまだ時間も人でもかかる。
「旗艦は潜水艦を減らして代わりに駆逐艦娘を増やすつもりみたいでち」
「駆逐艦をねぇ。正直実力の低い艦娘がこれ以上増えても深海棲艦に対して有効な対策になるとは思えないけどそこのところどう思っているのかしら」
万を数える駆逐艦の中でも実戦に耐えうる実力を持っているのは、第二から第七までの艦隊に所属する艦娘と第一艦隊の一部。それ以外の艦隊に所属していない各地の艦娘を全部合わせても精々3,000人と言ったところだろうか。駆逐艦全体の1割にも満たない数だ。
「ゴーヤに聞かれても困るでち」
「どうして?私と違って長いこと艦隊の旗艦をやってるんだから上層部ともパイプはあるでしょ?」
確か世界で初めて潜水艦という艦種が艦娘に現れたのが今から20年前、でち公はその時に建造された最初の潜水艦娘の一人だから色々な情報が入ってきそうなものだけど…。
「ゴーヤは上層部から嫌われているでちから、詳しいことは何も知らないでち」
「散々やらかしてきたらしいわね」
「やらかしたって言い方は良くないでち。ゴーヤが動かないといけないような事態を上層部がやらかしたのであってゴーヤはその尻拭いをしただけでち。感謝されることはあっても煙たがられることはないでち」
でち公は不愉快そうな顔をしてるけど、傍目から見てもやりすぎなのよね。いくら艦娘が不当に酷使さているとはいえ、艦隊を使って脅したりしたらそりゃ煙たがれるし恐れられもするわよ。
「確かに上層部の落ち度は酷いとは思うわ」
とはいえ、私の本音は絶対に伝えない。間違いなく面倒なことになる。
「今回の二水戦の件も上層部の判断ミスは大きいでち。それを指摘できる艦娘がゴーヤが退役したらいなくなるのが気がかりでち」
「貴女が退役なんて当分先の話しでしょ。それまでに後任を育てればいいじゃない」
「ゴーヤは2、3年以内に退役することが決まってるから、あまり悠長な事は言ってられないでち」
…たいえき……退役!?
「どうして?いくら古い潜水艦娘を退役させると言っても貴女ほどの実力と人望が有ればデメリットの方が大きくないかしら」
「さっきも言ったでち。ゴーヤは上層部に煙たがれているでち」
「でも連合艦隊旗艦あたりが庇ってくれてもいんじゃない?」
なんだかんだ20年の付き合いなんだしそれなりに関係は気付けているんじゃないかしら。
「それはあり得ないでち」
でち公は私の言葉を否定すると周囲を見渡すと私に近づくよう手招きした。
「ここでは話しずらいでち。一度ゴーヤの部屋にいくでち」
でち公に連れられてきたのはこの沖縄泊地にある潜水艦艦隊旗艦の執務室だった。
「どうしてゴーヤが連合艦隊旗艦から庇われることがないか、という事でちが答えは簡単でち。ゴーヤが旗艦から恨まれているからでち」
「恨む?なに、もしかして旗艦は昔一、二水戦に対して土下座して感謝しろって言った事をまだ根に持ってるの?」
意外と旗艦も子供っぽいところがあるのね。
「そうじゃないでち。と言うかなんでそれを知っているでち」
「まぁまぁ、そんな事はどうでもいいじゃない。私が出発するまで時間もあまりない事だし話を先に進めましょうよ」
しまった。でち公にとってこれは黒歴史だったのか。
「…確かにそうでち。けど今度あったらどこで聞いたか教えてもらうでち」
「ええ、生きて合うことが有れば教えてあげるわ」
私の答えにでち公は一瞬虚をつかれたような顔をしたあと寂しげに笑った。
「そうでちね、生きてあえればそうするでち」
でち公の様子に言い知れぬ不安を感じたけどその理由を考える前にでち公が言葉を紡いだ。
「今から10年前、一水戦が反乱した時に旗艦が沖縄泊地に視察に来ていたのは知っているでちね」
「ええ、元一水戦だったウチの不知火が言うにはもし横須賀にいたら参加していたんじゃないかなんて戯言を言っていたけど…」
「よく知っているでちね。けど陽炎、その参加していたと言うのが戯言ではないと言う事は知っているでちか?」
でち公の問いかけの意味を最初私は理解できなかった。けどそれを理解すると同時に私は掠れた声ででち公に尋ねていた。
「まさか…参加する気だったって言うの?」
「気だった、と言うよりは参加しようとしたが正しいでち」
参加しようとした、つまりなんらかの行動を起こしていたと言うわけだ。
「旗艦は何をしたの」
「旗艦は一水戦反乱の報告を受けて直ぐに出撃の為工廠に向かったでち」
「けどそれだけだと一水戦を止めようとしただけかもしれないわよね」
「勿論それだけじゃないでち。工廠内の潜水艦の艤装を破壊した上弾薬に火をつけて爆破までしようとしたでち」
それはいくら旗艦でもただでは済まないんじゃないかしら。
「よくそこまでしておいて旗艦のままでいられたわね。いえ、そもそもどうやって旗艦を止めたの?並大抵の艦娘じゃ止めることなんてできないわよ」
「止めるのは簡単でち。いくら旗艦でも陸の上では十全に力を発揮できないでちから近くにいた艦娘でタコ殴りにしたでち」
「随分と簡単に言ってるけどそう簡単に出来ることでもないでしょう。陸の上だとしても力も戦闘技術も桁違いじゃない」
駆逐艦とは思えない筋力と長年の軍隊生活で身につけた戦闘技術は馬鹿にできない。
「それでも潜水艦娘100人には敵わないでち」
「100人!?確かにそれは勝てないかもしれないわね」
「まぁ、ゴーヤ以外みんなのされちゃったでちけどね」
いや、やっぱり旗艦すごいわ。
「よく止められたわね」
「みんなが必死に旗艦の気をひいてくれたおかげでち。手錠をかけて縛り上げたら流石に大人しくなったでち」
なかなかの大捕物だったのね。いやまぁ旗艦が相手ならそれも当然か。
「縛り上げた時に旗艦は必死でゴーヤに懇願したでち。一水戦のところに行かせほしい、自分が作り上げた一水戦が散り行くのこんな遠く離れた場所ではなく同じ場所で一緒に散りたいと」
「……そんな事言っておきながらよく今の今まで連合艦隊旗艦を務められたわね」
旗艦が一水戦の反乱に参加したとしても成功はしないだろう。勿論、鎮圧側も多大な被害が予想されるけどそれでも鎮圧は可能だ。それでも参加しようとする旗艦の気持ちが分からないわけじゃない。私だって願わくばソロモンに散った二水戦のみんなと一緒に戦っいたかった。たとえそれが死に近づく行為だと分かっていたとしてもだ。
「旗艦はまだ日本に必要な人だったでち。あそこで脱落する事は許容する事ができなかったから、ゴーヤは隠蔽する事にしたでち」
でち公も相当悩んだのだろう、苦悶の表情を浮かべてそう言った。
「けどそれは旗艦の気持ちを無視する事になったでち。だからゴーヤは旗艦からは恨まれているでち」
それは日本にとって、いいえ艦娘にとっては正しい選択だったのかもしれない。けど結果として1人の艦娘の意志を無視する事になったのならでち公がその人物こら恨まれるのも仕方のない事なのかもしれないわね。
「ゴーヤの事を恨んでいる旗艦がゴーヤの退役に反対しないわけがないでち。けどゴーヤが退役したら本当の意味で艦娘を守れる者がいなくなるでち」
「旗艦が残るのならそれでいいじゃない」
旗艦だって艦娘の事を考えて行動しているに違いないのだからそっちに任せて私にそんな重荷を背負わさないでほしいわ。
「今の旗艦が本当の意味で艦娘の事を考えているのか、ゴーヤは自信を持てないでち。だから陽炎、艦娘を、ゴーヤの1番の宝物を守ってほしいでち」
いつになく真剣そうなでち公の表情に私は言葉が出なかった。
「あ、ゴーヤの1番の宝物は艦娘じゃないでちからそこは間違えないでほしいでち」
「艦娘じゃない?それって…」
私の言葉はノックもなしに勢いよく開かれた扉の音に遮られた。
「あ、お母さんこんな所にいたんですね!探してたんですよ!!」
「……お母さん?」
ここにいるのは私とでち公だけ。私が子供を産んだ覚えがないと言う事は…
「紹介するでち。ゴーヤの1番の宝物、娘の大鯨型潜水母艦一番艦大鯨でち!!」
でち公、アンタ子供いたのね。
ゴーヤさんじゅうきゅうさい