かつてはセイロンと呼ばれ紅茶の産地として栄えたこの地は現在ではインド洋における深海棲艦との戦いの最前線だ。セイロンと呼ばれていた頃はイギリス東洋艦隊の基地だったけど今は舞鶴鎮守府を本拠地とする第四艦隊がインド洋防衛の任務についていた。元々第四艦隊は日本海の深海棲艦を駆逐するために作られたけど沖縄諸島、千島列島と言った日本海への入り口の守りが盤石となって以来、最低限の部隊のみを残して必要に応じて重要拠点防衛の任務についていた。現在ではスリランカがそれにあたりヨーロッパと日本を結ぶ交通の要衝であるインド洋を深海棲艦から守るために第四艦隊はスリランカを拠点に部隊を展開していた。
「第四艦隊所属、第四水雷戦隊旗艦兼インド洋派遣艦隊旗艦の由良です。本土からの援軍、ありがとうございます」
第四艦隊の旗艦ではなく第四水雷戦隊の旗艦が派遣艦隊の旗艦を務めているのには理由がある。第四艦隊旗艦が本土と派遣先との調整を担当しなければならないからだ。通常であれば司令がこれを行う必要があるが(第二艦隊は司令が派遣先や大本営との調整を担当している)第四艦隊は派遣先が海外である事から現地政府、住民との関係を構築する必要があり現地に司令を派遣して旗艦が本土との調整役をしていた。
ちなみ現在の第四艦隊旗艦は重巡洋艦の愛宕だ。私は会った事がないけど噂だとあまりの激務に目が悪くなって眼鏡をかけているらしい。第四艦隊の旗艦にだけはなりたくないわね。
「第二水雷戦隊旗艦、陽炎よ。早速だけど状況を教えてくれる?」
「ご存じとは思いますが本来、インド洋はほぼ完全に人類の支配下にあります。深海棲艦のインド洋の拠点、ケルゲレン諸島とスリランカの間には島が少なくこの部分を縦深としてインド洋の国々と連携して監視する事により深海棲艦がインド航路を脅かす事を阻止していたからです」
インド洋は島の位置がいい。東南アジアは島が密集していて各島の防衛に部隊を割く必要があるけどインド洋はそれがない。もしも東南アジアのように島が密集していればこの数でインド洋を守る事なんて到底できなかっただろう。
「それが1ヶ月ほど前、チャゴス諸島への侵攻を皮切りにモルディブ、モーリシャスなどに深海棲艦が艦砲射撃を加えてきました。我々はこれを撃破するために連日艦隊を繰り出し撃退してきました。しかし敵の数が予想以上に多くチャゴス諸島は陥落、モルディブ、モーリシャスも民間人は避難し各国の軍隊による防衛戦を展開しています」
「敵の編成は?」
「敵の主力は戦艦棲姫一、レ級二を中心とする50隻ほどの艦隊です」
「意外と少ないわね、第四艦隊なら倒せない相手ではないでしょう」
多少の被害は出るだろうが第四艦隊なら正面からぶつかればまず間違いなく勝てる数だ。ありし日の二水戦なら2個中隊もいれば被害らしい被害などないまま倒す事ができる。
「ただそれにプラスして潜水艦がかなりの数いるため慎重な行動が求められ我々は戦艦、空母を動かす事ができずにいます。我々第四水雷戦隊では決定力に欠けますし残りの戦隊も航空巡洋艦が中心ですから戦艦棲姫相手には火力負けします」
姫級の戦闘面の強さに目がいくうちは四水戦もまだまだね。姫、鬼級の本当の怖さは指揮能力と作戦立案能力にある。姫級が単に戦闘能力だけの存在であれば二水戦が壊滅することはなかっただろう。奴らの巧みな指揮と作戦が二水戦を壊滅に追いやったのよ。
今回、このインド洋でもそれは遺憾無く発揮されているみたいね。しかも姫級だけでも厄介なのに指揮能力だけなら姫級にも匹敵するレ級がいるとなると私が想像していたよりも困難な任務になるかもしれないわね。
「…対潜水艦戦の成果はどうなっているの?」
「あまりよくありません。我々第四水雷戦隊が確実に撃破したと判断したのは4隻程度です。その10倍は潜水艦がいるだろうと予想されているのでまだまだインド洋ではソナーが手放せません」
「元々インド洋は潜水艦による通商破壊が行われていたわよね。そしてそれは5年前のインド航路の復活と四水戦の船団護衛の結果減少していたはず、なのにどうしてまだそんな数の潜水艦がいるの?」
5年前に第四艦隊がインド洋の守りについて以来彼女達はこの海域の安定のために闘い続けていた。嫌がらせと言わんばかりの大量の潜水艦をインド航路復活から3年ほどかけて第四水雷戦隊が駆逐した事によりそれも終わりを告げたと思っていたけどまだ潜水艦が残っていたのね。
「最近は私達の船団護衛で元々低かった潜水艦の活動がさらに低下していました。おそらく深海棲艦側が犠牲を嫌って潜水艦を温存した結果これほどの潜水艦がインド洋に出現してのだと思います」
皮肉なものね。まじめに船団護衛をしていた事が結果的に敵を強化する事になるなんて。
「潜水艦が増えた理由はわかったわ。なら今度はなぜ貴女達が潜水艦相手に後手を引いているのかという疑問が湧いてくるわね」
四水戦ほど潜水艦との戦いに精通した部隊はない。私達二水戦も勿論潜水艦との戦いはできるがいかんせん経験の差は大きい。潜水艦の発見から撃破までのプロセスはまず間違いなく四水戦に軍配が上がるだろう。
「今までと潜水艦の行動が違っているんです。昔は単艦で魚雷を発射し離脱する一撃離脱式だったんですが現在はいわゆるウルフパックを用いた複数の潜水艦による攻撃をおこなっています。これにより私達が1隻の潜水艦を発見し、それを攻撃しに行こうとすると別方向から複数の魚雷が来て回避せざるを得なくなり結果、潜水艦を取り逃す事につながっています」
戦艦棲姫が指揮を取る事でより効率の良い作戦をとるようになったと見るべきかしら。あるいは…
「潜水棲姫がいる可能性はないの?」
これまでの戦訓から戦艦棲姫は海上の艦艇に対してのみその力を発揮する事がわかっている。つまりウルフパックの利用は戦艦棲姫以外の何者かの影響だと考えるのが妥当だという事だ。
「それは私たちも検討しましたけど…」
「存在が確認できなかったからいないとでも言うの?」
広いインド洋を少し探したくらいで全てを知った気になっているのならそれは彼女達の怠慢と言うべきだろう。
「いえ、いたとしても深海棲艦の拠点であるケルゲレン諸島に引きこもっていると考えています」
「なるほど、確かにその可能性は高そうね」
水雷戦隊が主力の日本における潜水棲姫の評価は著しく低い。多少戦闘経験のある駆逐艦娘なら爆雷を投げ込むだけで倒せるからもしも見つける事ができたらスコアを伸ばすチャンスだなんて面白半分に話されている。実際の所は腐っても姫級、多少戦闘経験があるくらいじゃ倒せない。実力的には戦艦レ級と同じくらいじゃないかしら。もっとも、こんなこと言ってるのは駆逐艦娘に限った話で戦艦や空母だとそうはいかず他の姫級同様恐れられている。
「私達が受けた指令はインド洋で暴れる深海棲艦の艦隊を撃破せよというものよ。今の状態だと戦艦棲姫の部隊を撃破すれば私達は手を引かざるを得ないけどその認識で構わないかしら?」
厄介ではあるけど現状姫級の潜水艦は発見できていない以上、敵の主力は戦艦棲姫の率いる50隻の艦隊だ。命令の都合上それさえ撃破できれば第四艦隊は通常任務に戻り私達は引き上げる事になる。
「構いません。たとえ姫級の潜水艦がいようと所詮は潜水艦、私達の敵ではありません」
潜水艦は駆逐艦や軽巡洋艦の敵にはならないとはいえ随分と大言壮語を吐くじゃない。
「そう、ならいいわ。私達は戦艦棲姫を倒して本土に帰還する事にするわ」
「随分と簡単に言いますけど再建されたばかりの二水戦でそれが可能ですか?」
随分と私の実力を低く見ているのね。
「戦艦棲姫を倒すというだけで有れば私1人で十分よ。それよりも問題なのはレ級含む50隻の艦隊よ。戦闘能力では負けていないけど艦隊の指揮能力を含めるとなれば戦隊規模の艦隊を指揮したことのない私よりは戦艦棲姫に軍配が上がるわ」
結局のところ二水戦が壊滅した原因もそこにある。深海棲艦に指揮能力の高い姫級が艦隊規模に対して少ないと判断して大した作戦を立てる事なく突っ込んだ事で敵の罠にハマった。もしも姫級があんなにもいると知っていればあそこまで一方的な戦いにはならなかっただろう。
「それは不味いのではないですか?」
「真正面から戦えばの話よ。レ級がいるので有ればその50隻は戦艦棲姫、レ級がそれぞれ部隊に分かれて率いているのでしょう?」
大抵の姫級は麾下にレ級がいればレ級にも艦隊を指揮させる。おそらくこの戦艦棲姫もそうだろう。
「2隻のレ級がそれぞれ10隻の深海棲艦を率いて戦艦棲姫のサポートをしています」
つまり戦艦棲姫の部隊は30隻ほどの艦隊というわけね。二水戦より少ないならやりようはあるか。
「なら戦艦棲姫とレ級の部隊、それと潜水艦について詳しい情報をもらえるかしら」
「勿論です。後で用意して部屋の方に戦闘詳報等関連資料をまとめて持っていきます」
潜水艦は速度が遅い。出現しやすい地域を特定してそこから離れた場所で戦えば潜水艦をあまり気にせず戦える筈だ。
「ありがとう。それとあなたの主観で構わないから他に何かインド洋で注意する事とかあれば教えてほしいわ」
「深海棲艦ではないですけどスリランカは要衝ですから他国からも少数ですが艦娘が派遣されています。失礼のないようお願いしますね」
そう言えばスリランカは元イギリスの植民地だった関係でイギリスの艦娘も数名駐留しているんだったわね。黒潮は問題ないとして他に誰が英語ができるか確認しておかないと。
「ありがとう、うちの子達にも注意しておくわ」
今の二水戦は血の気が多い子や問題児が多いから注意しないと。夕立とか狭霧、敷波あたりに特に何するかわからないから注意して見ておかないといけないわね。