スリランカに帰還した私達を待っていたのは見なれない艦娘からの英語での嘲笑だった。
『かの有名な二水戦がどんなものかと思えば損害を与えた敵をみすみす取り逃すなんて存外大した事なかったわね』
『世界最強なんていうからどんなものかと思えばこの程度で世界最強を名乗るなんて恥知らずも良いところだわ』
イギリス王立海軍がインド洋に派遣している艦隊、東洋艦隊所属の駆逐艦娘JervisとJanusだ。
「自分らが不甲斐ないからウチらが出張ってきたっちゅうのに好き勝手言ってくれるわ」
流石の黒潮も他国の艦娘と揉める事の不味さはよくわかっているからJervis達には聞こえないような小さな声で毒づいた。
基本的に艦娘は高等教育以上の教育を受けていないものが大多数を占めるけどそんな中で黒潮が英語を話せる事には理由がある。日本の安全が確保されている以上二水戦の派遣先は海外だ。派遣先では軍や政府の高官、現地の艦娘とも会う機会がある。最低限の日常会話くらいはできるように二水戦では語学に限ってはかなり力を入れて教育をしていた。だから黒潮は勿論比較的所属期間の短い親潮、雪風も多少は英語を理解できる。ちなみに不知火も一水戦が比較的暇な事と日本を訪れた他国の軍や政府の高官と会う機会がある事から英語くらいは話せるみたいね。
「陽炎教官、言われっぱなしは我慢できません。一発殴ってきてもよろしいでしょうか」
そう言ったのは額に青筋を浮かべた狭霧だ。後ろには獰猛な笑みを浮かべた夕立を引き連れている。
実のところ日本の艦娘は日本語以外にもう一カ国語くらいなら話せるという艦娘はそんなに珍しい存在ではない。二水戦は必要に応じて派遣されるけどそれ以外の艦娘は他国に駐屯している艦娘が多く自然と現地の言葉を理解する事になるからだ。具体的な数はわからないけど私の体感だと現地部隊の艦娘の4、5人に1人は現地の言葉に堪能な艦娘がいるイメージがある。
「ほっておきなさい。あの程度の艦娘を一発殴ったところでスコアが増えるわけでもないんだし、もし仮に増やす事ができてもイ級1隻分が関の山。それならイ級2隻を沈める方が断然良いじゃない」
狭霧が自重なんて言葉を知っているはずもなくJervis達にも聞こえるような大きな声でそう言った。下手に狭霧達を宥めてJervis達を増長させるわけにもいかないし狭霧達の感情を抑えるためにも仕方なく私は狭霧のようにJervis達にも聞こえるような声で言った。
「私達がイ級に劣るとでもいうのかしら?」
予想通りではあったけど日本語わかるんじゃないの。
「あら、これは失礼したわ。日本語が話せないと思っていたのよ、ごめんなさいね」
「日本語が分からない相手なら何を言っても良いと思っているあたり浅ましいわね」
なんというか、イギリス艦娘らしくなく随分とストレートな物言いをしてくるわね。いや、別にイギリス艦娘全員が迂遠な表現を使った悪口を言ってくるわけではないのだけど。
「人聞きの悪い事を言わないでほしいわね。日本語が分からない相手なら部下を宥めるのに多少失礼な事を言っても問題ないと思っていただけよ。それともなに、貴女達は私達が英語をわからないと思っていたから二水戦を侮るような事を言ったのかしら」
「そ、そんなわけないじゃない!」
「そ、そうよ!」
ほんと、分かりやすいわね。駆逐艦は外見から年齢が分かりにくいけどこの子達もしかして艦娘になりたてなのかしら。それなら12歳くらいって事になるけど…。
「そんなにも日本語が上手いのにどうして英語で話していたの?」
いくら若かろうと関係ないけどね。この際二水戦を愚弄した罪はきっちりと償ってもらうわ。
「えっと…それは…」
「あ、わかったわ!何十年も前にスリランカがイギリス領だったからこの基地もイギリスのものだと勘違いしちゃったのね!!日本軍がスリランカから借りているのにイギリスから借りているって勘違いするなんてうっかりしてるわね」
助け舟を出してあげたのに2人は何故か女の子がしてはいけないような形相で睨みつけてきたわ。どうしてかしら。
「誰にでも間違いはあるわ。なんせ私達はスリランカがイギリス領だった頃に使われていた軍艦の名前を受け継ぐ者、その当時の記憶があっても不思議ではないわ」
実際、私を含め幾人かの艦娘が艦娘となった時から身に覚えのない記憶を宿したという報告をしている。これも艦娘になるための手術の副作用と言われている。
艦娘になる方法は俗に手術と称されているけどそれは言葉としては正しくない。というのも艦娘になる方法は至極簡単で注射を一本刺すだけで艦娘になる事ができるからだ。まぁ、この注射が曲者なのだけど…。
「…艦齢が古いだけあってボケがはじまっているのかしら。私達艦娘には名前の元となった軍艦の記憶なんて宿っちゃいないわよ」
「あら、貴女知らないの?日本の連合艦隊旗艦を含め最初期の艦娘には身に覚えの無いない、それこそ元となった軍艦の記憶らしきものを宿した艦娘が多くいたそうよ。それは貴女達イギリス艦娘、その最初の艦娘である戦艦ウォースパイトも例外ではなかったそうよ」
不思議な事にこの事象は年々数を減らしているらしい。というのも私がこの事を報告した時報告を聞いた医官は大層驚いて連合艦隊司令部、及び大本営に慌てて連絡を入れた後すぐに精密検査を受ける事になった。その時聞いた話では初期艦達と同じ方法だとほぼ100%の確率で現れていたものが新しい方法だと数万から数十万人に1人の割合に落ちたと言われている。この辺は機密情報になるから私は詳しい割合を知らないけど医官が慌てるくらいには少なくなっているのだろう。
「そ、そうなの?」
「そうよ。だから馬鹿にするのはやめなさい」
「そんなわけないでしょJervis。性悪二水戦の嘘に決まってるわ」
性悪とは心外な。二水戦ほど素直でいい性格をした艦娘が集まった部隊はないというのに。
「陽炎、遊んでないでいい加減司令部に報告に行った方がいいんじゃないですか。由良や第四艦隊司令官達が首を長くして報告を待っていると思いますよ」
不知火に促されて私は思いの外話し込んでいたことか気づいた。
「それもそうね。私と黒潮で司令部に報告に行くから不知火は後の事を頼むわね」
まったく、コイツらのせいで余計な時間をとったわ。
「了解しました」
不知火の返事を聞いてその場を立ち去ろうとするとJanusが口を開いた。
「逃げるの?」
「貴女達と違って旗艦は暇じゃないの」
「口ではなんとでも言えるわね」
私達を挑発して喧嘩になったところで実力差は明らかだ。結果の分かりきっていることに付き合う必要はない。
「なんとでも言いなさい」
「そんなんだから二水戦は深海棲艦に負けて滅び去ったのよ」
少しおいたがすぎるわね。私達に対する罵声なら許容できるけど先達への罵声は許し難い。
「なぜ二水戦が華と呼ばれるか知っている?」
「何よいきなり」
唐突に話がかわりJanusは訝しげに聞き返して来た。
「その昔、貴女みたいに生意気にも二水戦に突っかかってきた艦娘がいたのだけどどうなったと思う?」
「し、知らないわよ!」
私が出す異様な雰囲気に気付いたのかJanusは少し後退りした。
「海に真っ赤な大輪の華を咲かしたそうよ。故に華の二水戦。貴女もそうなりたいの?」
まぁ、半分以上嘘だけどね。二水戦に突っ掛かってくる艦娘はいつの時代もいるけどそれを殺した事は私が知る限り一度もない。だけど海に血の華を咲かせた事はある。言わずと知れた一水戦が起こした反乱で二水戦は数々の一水戦を海に沈め血の華を咲かした。だからと言ってそれが原因で華の二水戦と呼ばれたわけでもないしなんなんならそれよりも前から華の二水戦と呼ばれているからまったくの無関係だ。
「ま、まさか私もそうするって言うんじゃないでしょうね?」
「どう思う?」
こう言う時は明言を避けることが肝要よ。勝手に最悪の想像をして勝手に怖がってくれる。
「味方殺しは重罪よ!」
Jervisが言う事は正論だけど問題はない。なぜなら
「ここは日本軍の基地よ。いくらでも誤魔化せるわ」
周りは私の味方ばかり、なんの問題もないわ。
私が一歩踏み出すとJervis、Janusは一歩後ろに下がった。それを二、三歩と続ければ簡単に廊下の壁に追い詰めることができた。
「さて、それ以上後ろには下がれないみたいだけどどうするの?」
足下に水溜りを作る2人に尋ねたけど恐怖のあまり口を聞くことができないようだった。
「待ってくれ!」
その声と同時に一際大きな人物が私とJervisたちの間に割って入った。
「余の部下が貴殿らに対して如何に無礼な振る舞いをしたかはSheffieldから聞いた。それは上官である余の責任だ。どうか余に免じて許してはくれまいか」
そう言って頭を下げたのは東洋艦隊旗艦、Nelsonだ。
「……最強の戦艦とまで言われる貴女に頭を下げられては許さないわけには行かないじゃない」
日本と違い戦艦の攻撃力を重視しているイギリスにおいて最強と言われるのがこのNelsonだ。そしてそれは世界的に見ても最も戦艦に力を入れている国がイギリスである事からイギリス最強は世界最強と言っても差し支えはない。もっとも、Nelsonは艦齢が高く引退が近いこともありその実力は全盛期よりも落ちているだろうがそれでも高い実力を持っている事は疑い用がない。未だにNelsonに次ぐと目される艦娘が現れていない事が良い証左だ。
「ありがとう。だが一つ訂正させてくれ」
「何かしら」
「引退も間近だし力も衰えている余はもはや最強と呼ばれるに値しない。現役駆逐艦娘で最強と言われる二水戦の旗艦がそう畏まる必要はない」
謙遜がすぎるわね。
「私はまだまだ若輩者よ。そう言うわけにも行かないわ」
私は謙遜ではなく本気でそう思っている。未だに実力では連合艦隊旗艦に敵うとは思えないし不知火だって私と同等の実力を持っている。それなのに最強なんて滑稽じゃない。
「陽炎、そろそろ行かないよいよ怒られるで」
Nelsonが口を開くよりも先に黒潮が先を急ぐよう促した。
「それもそうね」
予想以上に時間を食ったわ。早く報告に行かないと。
「Nelson、時間が押しているから失礼するわ」
「無駄な時間を取らしてすまなかった。コイツらは余が責任を持って再教育しておく」
Nelsonの言葉にJervis達は震え上がっているけど自業自得ね。
「期待しているわ」
それにしてもNelsonが来てくれて助かったわ。もしあのままJervis達が謝罪の言葉を口にしなかったらそれ相応の対応をしないといけないけどそれは私の本意ではない。だから一言謝罪して欲しかったのだけどあの様子だと口をきけそうになかったから落とし所が難しい。本当にNelsonには感謝してもしきれないわね。
艦これ二期、どうオチをつける気なんでしょうか。