大本営から由良と第四艦隊司令官を通して通達された指示は、私の足を重くするのに十分な内容だった。今回の戦闘で私達二水戦は敵深海棲艦隊、その本隊に大きな打撃を与え、暫くの間敵は今までのような行動はしないだろうと予想され、それは第四艦隊司令部も同意見だった。いくらレ級の艦隊2つが無傷とはいえ深海棲艦艦隊の総数は残り30隻ほど。潜水艦を入れれば数は50を超えるだろうが四水戦がいるなら問題ないだろう。対潜水艦戦なら世界でも三本の指に入る実力があるし、じきにウルフパックへの対抗策も作り出すだろう。問題は……
「で、どうするんや陽炎」
「どうするもこうするも命令である以上は戦艦棲姫は撃沈しなければならないわ」
「それは敵の本拠地、ケルゲレン諸島を落とすちゅうことになるけどやれるんか?」
「不可能に決まってるじゃない」
いくらなんでも二水戦と第四艦隊、それと東洋艦隊だけでは数が少なすぎる。敵の本拠地となれば防衛用の艦隊がいる事は間違いないし、インド洋では航続距離の関係でほとんど確認されていなかったPT小鬼なんかは、多分かなり温存されているだろう。一体どれほどの数がいるか想像もつかない。
「ならどうするんや」
「黒潮も戦艦棲姫がどれくらいの被害を受けたか見たでしょう。おそらく戦艦棲姫はケルゲレン諸島ではなくより近いチャゴス諸島に帰っているはずよ」
一度目の攻撃は敵が多かったから無理だったけど二度目の攻撃で私は戦艦棲姫のみを狙って攻撃した。黒潮、不知火も同じように戦艦棲姫を狙って雷撃をしていたからいくら戦艦棲姫とはいえその被害は計り知れない。
「前線基地に戻っての応急修理か。あり得る話やな」
「第四艦隊の偵察結果次第だけどね。第四艦隊の当面の戦略目標であるチャゴス諸島にいるなら、奪還作戦に参加する形で戦艦棲姫を撃破すればいいだけだし」
「問題は第四艦隊がそれを許すかやな。ただでさえ戦艦棲姫の件でウチらに頼ってるのにこれ以上協力したら第四艦隊のメンツに関わるで」
「そんなもの深海棲艦を倒すことに比べたら些細な事、って言えたら簡単なんだけどね」
実際はそうはいかない。第四艦隊、というより日本軍が太平洋とインド洋の安全を守るためにも、現地住民からの駐屯する部隊への信用というものはなによりも重要だ。この一番重要な時期に私達二水戦が出しゃばって、もし第四艦隊の信用が低下したりすれば、後々大きな問題に発展しかねない。
「戦艦棲姫のみを叩いて後は第四艦隊に任せることになるだろうけど……」
「それはそれで面倒やな。いっそウチらは予備戦力として待機して攻略自体は第四艦隊に任せるんはどうや?」
「それができるのなら一番なんだけどね……」
「なんか問題でもあるんか?」
「新人連中は納得しないでしょうね。なんなら雪風もよ」
狭霧を筆頭に血の気の荒い連中が集まっているし、二水戦の名誉挽回に燃える雪風も戦う機会を奪われる事に納得しないだろう。
「あー、それは確かにそうやな。部隊の士気と陽炎に対する信用に関わってくるからできれば戦っときたいな」
二水戦最初の任務で部下から悪い印象を持たれたら、今後もその印象を元に物事を判断されてしまうだろう。だからこのインド洋での任務は確実に成功させなければならない。
「けど第四艦隊の連中の顔も立たなあかんから難しい話やな」
「それに関してはなんとかならなくもないわ」
「なんやええ案あるんか?」
「簡単よ、レ級の艦隊と戦いながら戦線をチャゴス諸島近海に近付けて、なし崩し的にチャゴス諸島の戦艦棲姫を攻撃するのよ」
これには敵前線基地に出来るだけ近い場所で開戦しなければならないという制約があるけど、今の状態では積極的に攻勢に出てくるとは思えないし問題ないと思う。
「けどそれやとあからさますぎてバレるんちゃう?」
「部下の一部が暴発して追撃を仕掛けたのを無能な指揮官が止められなかった、と言うシナリオはどうかしら」
「それやと陽炎の指揮能力が疑われるで」
「チャゴス諸島を攻略してしまえば過程なんて些細なものよ」
一部の艦娘からは侮られるかもしれないけど結果を出せさえすれば大多数は納得する事よ。
「仮にその通りやとしてや、誰が暴発する部下をやるんや」
「この話を聞いた時点で貴女は共犯者でしょ。もちろん不知火にも話は通すけど一番初めに計画を聞いた以上は重要な役割を担ってもらうわよ」
ここまで聞いて知らなかったフリはさせないわよ。
「えー、自分がそんな無能な立ち回りするんは嫌やわぁ」
「ならそんな無能な部下を持った私はどうなるのかしら」
「より無能な上司として世間の噂になるんとちゃう。そんな事よりこの作戦やと第四艦隊の顔を立てるって言う当初の目的が達成できてへんやん」
「最初から作戦に私達の参戦が組み込まれているよりはマシでしょう」
「そうかもしれへんけど…」
「なによ、他に何か問題があるの?」
「そもそもの話、ウチらだけでチャゴス諸島を攻略できるんか?」
「敵はチャゴス諸島を手に入れて日が浅いから要塞化できているとは思えないからできるんじゃないかしら」
深海棲艦に完全制圧された場所は、泊地棲姫などの陸上型の深海棲艦が配置され管制下に置かれる。チャゴス諸島に姫級がいると言う報告は第四艦隊の報告書にはなかったから、その防備は貧弱だと見るべきだろう。
「それにもし無理そうなら、戦艦棲姫をチャゴス諸島から引き摺り出して撃沈すればそれで作戦は終了、スリランカに撤退すればいいのよ」
「それでええんか?」
「問題ないわ。戦略目標は達成しているのだからどこからも文句は出ないわよ」
もし文句が出たら司令に頼んで潰して貰えばいいだけだ。
「まぁ、それならええけど…」
「って事で手伝ってくれるわよね」
「しゃあないなぁ、貸一やで」
「それなら私が二水戦の指揮艦になった事とと相殺しなさいよ」
ある意味で今この状況を作り出したのは黒潮と言えるのだからそれくらいしてくれてもバチは当たらないだろう。
「姉ならそれくらいでケチケチせんといてや」
「前も言ったけどあんたの方が歳は上なのよ」
「艦娘としてはそっちが姉やからな」
黒潮の言葉に思わず私はため息を吐いた。
「あのね、あんたも知っての通り私達の姉妹っていうのは」
「ウチらに打ち込まれた艦娘になるためのウィルスの発見順やろ。知っとるよそのくらい」
JDDKG-1、通称陽炎と呼ばれるウィルスを打ち込むことにより、私は艦娘陽炎としての力を得た。黒潮の場合はJDDKG-3と呼ばれるウィルスでJは発見国、DDは艦種、KGはウィルスの名称を表し数字は亜種を表す。私の場合は一番初めに発見されたKGウィルスだから1、黒潮は3番目に発見されたから3の番号を割り振られている。
「この怪しい注射の中身をウィルスの定義に当てはめていいのかどうか甚だ疑問ではあるけどね」
「色々黒い噂があるんは事実やけど、これに頼らなウチらが戦えんのもまた事実やろ。なにより歳取ればウィルスに対して抗体がができてくるからその頃に専用の抗ウィルス剤打てば、完全にウィルスを除去することが可能や。ウィルスって定義でええんとちゃうか」
「そうかもしれないわね」
だけど艦娘が世に出るよりも前、この自称ウィルスを使った実験で死人が出ていたのは紛れもない事実だ。未だに何か人体に悪影響があっても不思議ではない。
「今更やけどこんな事廊下のど真ん中で話す事ちゃうかったな」
「それはどっちの話?」
チャゴス諸島奪還の話は二水戦以外に聞かれると不味いのに対してウィルスの話は艦娘以外に聞かれるとあまり良くない。この件は箝口令が敷かれているから聞かれると色々と揉み消しとかが必要になるかもしれない。まぁ、一般にも都市伝説くらいのノリでウィルスの話は広まっているんだけどね。
「チャゴス諸島奪還の話に決まっとるやろ。一応ここは艦娘以外入れんエリアなんやしウィルスの話は問題ないやろ」
「それもそうね」
一応ここは艦娘用の宿舎だから、艦娘以外だと司令くらいしか入れない規則だし、聞かれても特に問題はないわね。
「で、もし聞かれとったらどうするつもりなんや。最悪出撃事態を禁止されかねんで」
「そんなの無視して出撃すればいいのよ。なんの問題もないわよ」
「また物騒な話を……反乱軍扱いされんのはごめんやで」
黒潮は何か勘違いしているみたいね。
「あら、二水戦はあくまでも第二艦隊の所属よ。第四艦隊から出撃を停止されたからと言って従う義理はないわ」
「いやいやいや、理屈はそうやけど原則派遣先の指示には従うよう言われとるやん。冗談やんな?」
黒潮の質問に私は笑顔を作ることで答えると何故か黒潮は顔を青くした。
「ちょ、マジでやめてくれや」
「私は何も言ってないじゃない」
「その笑顔で全部わかるわ」
察しがいいのも考えものね。
「そ、ならもしもの時はちゃんと協力してよね。アンタは私にデカい貸しがあるんだから」
「しゃあないな、あんまりやり過ぎんといてや」
「善処するわ」
私の返答に黒潮は諦めたようにため息を吐いた。