司令に報告した後、雪風が帰ってくるまで待ちきれなかった私は残存艦隊を迎え入れる事を名目に単身海に繰り出した。
半日ほどして合流した残存艦隊は酷い有様だった。第八艦隊の旗艦を務めていた龍驤の姿はなくもう1人の軽空母鳳翔の姿もなかった。
戦艦は金剛型が4隻全艦が健在だったけど比叡は右腕の肘から先がなかったし霧島は艤装から全ての主砲が脱落していた。比較的マシな榛名と金剛でさえ至る所から大量の血を流し白い制服を真っ赤に染め見るからに重症だった。
巡洋艦は妙高型、高雄型、雷巡2隻、利根型の計10隻いたのにたった3隻しか確認できない。駆逐艦は3隻、そのうち1隻はうちの雪風だ。
「第二水雷戦隊第十八駆逐隊司令の陽炎です」
一度艦隊を追い越し回頭し並走すると私は敬礼した。
「第六十七戦隊戦隊長の金剛ネ」
「第六十九戦隊戦隊長足柄です」
「疲れているところ申し訳ないのだけど何があったか知りたいの。現在は誰が艦隊の指揮を?」
私の問いかけに2人は気まずそうに視線を彷徨わせた。
「…わからないですネ」
「わからない?戦隊長どちらかが龍驤から指揮権を引き継いでいるはずでは?」
「次席指揮官は第六十六戦隊戦隊長の愛宕だったわ」
足柄が金剛に代わって答えた。その愛宕の姿が見えないという事は轟沈したのだろう。
「なら2人のうちどちらかが指揮官よね。どっちなの?」
「だからそれがわからないデス」
わからない?分からないとはどういう事だろうか。
「序列三位以下は皆この第八艦隊に所属するにあたって一斉に昇進したのよ。だから明確な順位付けがされてなくて…」
数が多く消費物資も少なく損耗しても比較的に容易に補充されてくる駆逐艦や軽巡と違って重巡や戦艦、空母は戦場に投入されづらく戦果を上げにくい傾向にある。
戦艦と空母は運用コストと火力から決戦兵器として位置付けられ工廠の肥やしとなり重巡は海上輸送隊などが襲われた際援軍として差し向けられるか、局地戦での勝利を決定付けるための切り札として投入される事が多い。戦艦よりはマシとはいえそれでも出撃機会は少ない。
これらの艦種より出撃機会の多い駆逐艦や軽巡洋艦は比較的容易に階級が上がるのに対して重巡、戦艦、空母は高い階級の艦娘が貴重であり重要な役職についているケースが多くどの部隊も手放したがらない。
第八艦隊の編成が難航していたの原因の一つがそれだったようだ。苦肉の策として本来は階級に相応しくない艦娘を繰り上げで昇進させたがそれが裏目にでたみたいだった。
「3ヶ月あったはずよね。その間誰も気付かなかったの?」
「旗艦の龍驤と次席の愛宕は艦娘のスカウトに忙しかったから気付かなかったみたいデース」
「アンタ達は?仮にも指揮艦でしょう!」
私が声を荒げると2人は肩を縮こまらせた。自分達にも落ち度がある自覚があるのだろう。
直接的な原因では無いかも知れないが間違いなく負けた原因の一つはこれだろう。
「雪風!」
このボンクラの相手をしてもしょうがないと私は頭を切り替えて雪風から話を聞く事にした。
「はい…」
しょんぼりと肩を落として艦列から外れて近づいてきた雪風は至る所に傷を負っていたが、致命傷になるような目立った外傷はないみたいだった。
「何があったの」
視線を左右に彷徨わせた雪風は一度ギュッと目を瞑り意を決して語り始めた。その内容は衝撃的なものだった。
黒潮さん達が離脱して半日ほど経った頃でした。その時雪風達はソロモン海峡に突入していて、戦隊旗艦の川内さんからおそらく1時間以内に敵と接敵するだろうと通達がありました。
実際それは間違いではありませんんでした。
「十時の方向、駆逐イ級一隻を確認」
雪風の横にいた先輩の磯風の報告に皆緊張感をたぎらせました。敵は一隻だけなのでおそらく哨戒艦。近くに敵の本隊がいると思ったからです。
「正面からホ級一、駆逐艦8〜12接近!」
それから5分くらいして先頭を航行する第一中隊から報告がきて旗艦の川内さんの号令で左翼に布陣する雪風の第二中隊と右翼の第三中隊が突撃して敵を蹴散らしました。残念ながら雪風は戦果を上げれませんでしたけど磯風は2隻撃沈していました。
同じような規模の敵とこの後も合計5回くらい戦ったんですけどその頃には戦隊内にはなんとも言えない空気が漂っていました。
陽炎お姉ちゃんも知っての通り深海棲艦には深海棲艦なりにちゃんとした作戦らしきものがある事が分かっています。戦力の逐次投入とかも戦争中期、雪風達人類が盛り返し始めた頃には時々あったみたいですけど最近じゃ聞いた事がありませんでした。だからこの5回の戦闘が深海棲艦の作戦じゃないかってみんな疑い始めてたんです。
「どうしますか姉さん?このまま前進しますか?」
第四中隊の神通さん、そうです陽炎お姉ちゃんのところの中隊長だった神通さんが川内さんに質問したんです。みんな不安に思っていたから正直聞いてくれて助かりました。
「…後退するのなら一度第八艦隊と協議する必要があるけど作戦行動中の長距離無線は使用厳禁だよ」
ごく微弱な電波しか発しない短距離無線と違って長距離無線は傍受されて位置が露呈する可能性が高すぎて作戦行動中の使用は緊急時以外使用禁止でした。だから現在持っている情報から雪風達は方針を決める事になります。
二水戦のいいところは戦隊幹部だけが意見を言うのではなく部下である雪風達にも意見を求めてくれる事です。雪風と二水戦入隊が同期の秋雲が後退を進言して雪風含む5、6人がそれに同意しました。
「秋雲の意見はわかる。私もこの状況はなんというか…気持ち悪い。けど事前偵察にから考えれば残りの敵は戦艦6隻と重巡が数隻、あとはその護衛。ソロモン海峡から敵を追い出す事が目的な以上ここで退くわけにはいかない」
事前偵察と照らし合わせればその判断は間違いないく正しかったと思います。けど前提条件が違ったからその判断は後に大きなミスになりました。
敵を探して彷徨う雪風達の元に急報がもたらされたのはそれから10分後のことでした。
『こちら第八艦隊所属六十八戦隊の利根じゃ。第八艦隊はチョイスル島沖で姫級4隻を旗艦とする大規模な敵艦隊、および艦載機群と交戦し敗退、現在撤退しておる。第二水雷戦隊も即座に撤退されたし』
流石の二水戦もその連絡に行き足が止まりました。いくら精鋭の二水戦といえど6隻もの姫級を含む大規艦隊とあっては勝つのは難しいです。
「全艦進路を変更。左九十度回頭してサンタイサベル島とフロリダ諸島の間を通って太平洋に出て基地に帰還するよ!」
川内さんの判断は早かったです。姫級の艦隊を突破するのが困難だと判断すると、燃料は心許ないですけど比較的安全な太平洋側に出て帰還するルートをとろうとしました。
「九時方向!大規模な敵艦隊!」
まるでその動きを読んでいたかのように深海棲艦は現れました。雪風が見た感じだと戦艦だけでタ級とル級が10隻、それにレ級が2隻。その護衛の駆逐艦、軽巡洋艦が40隻くらいでした。
「命令取り消し!ラッセル諸島とソロモン島の間を抜けるルートをとる!右九十度一斉回頭!」
けどこれもダメでした。
「正面から艦載機!」
全艦が回頭を終えたタイミングで正面から500を超える敵の艦載機が飛来したんです。
「全艦全速で突破するよ!」
川内さんは艦載機群に突入する事を選択しました。これを突破すればぶつかるのは敵の機動部隊、戦艦を主力とする部隊よりは容易に撃破し突破できると判断したんだと思います。
敵の第一波を凌いだ時、雪風の同期の秋雲は姿を消していました。他にも5、6隻姿の見えない人がいましたけどそれを悲しむ時間はありませんでした。正面から戦艦棲姫を2隻を中核とする30隻くらいの艦隊が近づいてきていたんです。
「ここが正念場だよ!あれを突破して陽炎達が待つラバウルに帰って反省会だ!」
そう言って先頭に立って突っ込んでいった川内さんは敵の攻撃を一身にうけてものの数分で海中に没しました。
雪風の所属する中隊の中隊長の長良さんが指揮を引き継いで戦闘を続行しましたけど深海棲艦も巧妙でなかなか突破できませんでした。
そうこうしているうちに後ろからも敵が迫ってきていますし長良さんの号令の下かなり強引に突破を図りました。その時に最後尾にいた陽炎お姉ちゃんのとこの中隊長さんは配下の第二十駆逐隊と一緒に殿軍を務めるためにその場に残りました。
長良さんもこの時敵陣を突破するために無理をして被弾、艦隊から脱落していきました。
この時点ではまだ三分の二くらい残っていて軽巡洋艦も第三中隊の那珂さんと第五中隊の夕張さんが生き残っていました。
艦隊としては全速発揮は不可能でしたけどそれでも戦艦を振り切るくらいの速力は出ますし残った人達が必死に食い止めてくれたおかげで雪風達は戦場の離脱に成功しました。
川内さんの目論見通りソロモン海に出た雪風達は北上してラバウル基地を目指していると、雪風達は敵の機動部隊と激突しました。
空母型の姫級が4隻、戦艦棲姫2隻他20隻。二水戦残存艦隊は残弾が心許無く突破は困難と判断して敵艦隊の脇を通り抜ける進路をとりました。それでも後ろにいた数隻が敵に捕捉されて轟沈、さらに艦載機の追撃で多数の轟沈艦が出ましたし回避行動中に逸れた人もいて水雷戦隊はいつの間にか水雷中隊になっていました。雪風の僚艦だっだ磯風がいなくなったのもこの頃です。
「みんな!元気出して!ラバウルはすぐそこだよ!那珂ちゃんに続いて前進〜!」
指揮を引き継いでいた那珂さんが無理矢理にもテンションを上げて士気を上げようとしていましたけどそれも長くは続きませんでした。
正面に姫級4隻を中核とした50隻くらいの艦隊、おそらく第八艦隊を攻撃した艦隊が待ち受けていたんです。
「……全艦最大船速。正面の敵艦隊に突入し栄光ある二水戦の戦いというものを深海棲艦達の目に焼き付けろ!」
那珂さんらしくない口調と獰猛な表情でした。普段なら那珂さんがこんなこと言えば誰かしらからかったりしそうですけど誰もしませんでした。みんなこれが最後の戦いになると覚悟したんだと思います。
雪風も必死で戦いました。けど心のどこかで死にたくないって気持ちがあったんだと思います。気付いた時には敵艦隊を突破していたんです。まだみんなが戦っていたのに……。けど雪風にはもう一度突入する勇気はありませんでした。雪風はみんなを置いて逃げてしまったんです!
「雪風は生き残ってしまいました。二水戦の誇りを傷つけてしまいました。それでもこうして陽炎お姉ちゃんと最後に会って話したのはせめてみんなの戦いぶりを同じ二水戦の誰かに話したかったからです」
滂沱の涙を流して語り終えた雪風を私はおもいっきり抱きしめた。
「よく頑張ったわね。姉妹艦として、姉として貴女のことを誇りに思うわ。後の事は全部お姉ちゃんに任せて帰ってゆっくり休みなさい」