「あら」
それは全くの偶然だった。イギリスが誇る名艦娘、戦艦Nelsonが基地の裏で壁に背をついて座り、ため息を吐きながら黄昏ていた。
「あぁ、二水戦の陽炎か…」
ついこの間見た覇気ある姿ではなく哀愁の漂う様子に私はなんとも言えない気持ちになった。その強さと気高さとは気の強さから地中海の女王とまで呼ばれたNelsonにはそんな姿はそぐわない。
「どうしたのよため息なんか吐いて」
私の問いかけにNelsonはもう一度ため息を吐くと一度目を瞑った。
「…何も知らない貴様の方がまだ相談しやすいか」
そう小さく呟くとNelsonは私に座るよう促した。
「この間二水戦に無礼を働いた艦娘を覚えているだろうか?」
「JervisとJanusよね。ついこの間会う機会があったけど見違えたわ。流石は世界のビッグセブン、戦闘能力だけじゃなく教育まで一流なんて私もまだまだ精進しないといけないわね」
今から100年以上も前に存在した私達艦娘の名前の元となった軍艦達、その中でも一際強力だった戦艦を七隻を指してビッグセブンと呼称したけど今はその意味合いが少し違う。現在では世界的に見ても極めて高い実力を持つ艦娘の事をビッグセブンと呼ぶ。
日本では連合艦隊旗艦とでち公、イギリスはNelson、アメリカからは正規空母Hornetと軽空母Langley、ドイツからPrinz Eugenがその立場についている。1人分枠が空いているのは昨年8月にソロモン海域で沈んだ先代二水戦旗艦、軽巡洋艦川内がその座についていたからであり現在は相応しい艦娘がいないとして空席になっている。その一枠は大抵の場合、二水戦の旗艦がその座に収まっている。
「ビッグセブンか…。これほど空虚な称号もないだろうな」
ビッグセブンという称号がNelsonにすぎたる物だとは思わない。けどビッグセブンがNelsonに相応しいかと問われると正直疑問だ。
「アメリカの艦娘専門誌、Armadaが勝手に言っている事だものね。たしかに貴女の実力と実績からすれば空虚と言えるでしょうね」
Armadaが艦娘の実績から実力の高いであろう艦娘を勝手にビッグセブン呼ばわりしているだけだし、その本質はゴシップ記事に近く実にくだらない。もっとも、ビッグセブンの称号に憧れる艦娘は少なくない上に、最近では国威のために国も積極的にその言葉を使う傾向にあるから、一概にも無意味と言えないのが現状だ。
「……貴様も同じだろう」
「生憎私は候補の1人としか言われたことがないわ。何より貴女達みたいな偉大な艦娘達と肩を並べるにはまだまだ私は未熟すぎる」
教導隊で教官をしていた時にチラリと耳にした噂で、私が候補に入っていると聞いた。だけど最近は大した戦果も上げれていないし、私がビッグセブンに数えられる事は暫くないでしょうね。
「知らないのか?昨日発売されたArmadaでビッグセブンに貴殿が加えられていたぞ。どうやらこの間の戦艦棲姫との戦いが評価されたようだ」
「意外と読んでるんじゃない。購読してるの?」
私の問いかけにNelsonは首を横に振った。
「Jervis達がArmadaが好きでよく読んでいるんだ。それで余に教えてくれた」
「ああ、たしかにあの子達は好きそうね」
実力的にも性格的にも後方でのんびりしていることの方が似合いそうな2人だ、そういう娯楽が好きなのも納得できる。そういうまともな感性が持てるのが少し羨ましい。
「それにしてもたかだか戦艦棲姫を撃退したくらいでランキングに載るなんて他の候補は一体どれだけ不甲斐ないのよ」
「大西洋、太平洋共に世代交代が活発になり、余のような古く実績のある艦娘が引退し始めている。次世代を担う艦娘の中でも二水戦で4年も戦い続けいた貴様は頭ひとつ抜けている。今回の事は建前に過ぎないんだろう」
なるほど、確かにそうかもしれないわね。実力と言う点では不知火も私に近いものがあるけど生憎実績は私が上だ。同世代で私に勝る実績を持つ艦娘はいないだろう。
「って、そんな事はどうでもいいのよ。どうして貴女はため息なんてついて黄昏ていたのよ」
つい話し込んでしまったけど今問題なのはNelsonが何に悩んでいるかだ。作戦も近いし少しでも作戦に影響のありそうな事は取り除いておきたい。
「JervisとJanusの事で少し悩みがあってな……」
「あら、2人とも随分といい子になっていたじゃない。何が問題なの?」
出会いこそ最悪だったけどあの2人が素直でいい子だと言うのは私にもわかる。なんせ舌が1枚しかないんだもの、それはいい子に決まっているわ。
「まさにそれが問題なのだ。いや、2人が素直で良い娘だと言うのはよくわかっている。余を慕ってくれているのもな」
「なら何が問題だと言うの?」
「東洋艦隊は余と地中海以来ずっと副官を務めているSheffield以外は皆新人か、本来は後方基地に配属される程度の実力しか持たない艦娘だ」
東洋艦隊がイギリスに重要視されていないのは周知の事実だけど新ためて知らされると気が重くなるわね。
「そんな中、Jervis達は余に有終の美を飾はそうとさせてくれている。有難い話なのかもしれないが……」
「貴女はこれ以上戦いたくはない、と言う事かしら」
私の言葉にNelsonは驚いたように目を見開いた。
「別に驚く事はないわ。噂で聞く貴女の性格と今の様子を見ればそれくらい分かるわよ。ようは戦う事に、いえ仲間が死んでいくのを見る事に疲れたんでしょう。だから今だに現役最強と呼ばれながらもこの東洋艦隊に赴いた。違う?」
「陽炎はまるで日本海軍の連合艦隊旗艦の様だな」
私が連合艦隊旗艦に似ている、と言うのはどうだろうか。私は彼女のような人格者ではないし、自分の事で精一杯だから他人の事を思いやることもできない。
「短期間だが日本に派遣されていた事がある。その頃の余は深海棲艦と戦う事が怖かった。いや、今も戦う事は怖いが、あの頃は今ほど力もなく僚艦が沈んだ事もあった。もう少し余が強ければ助けられたかもしれない命が散り、いつ死ぬともわからぬ戦場に身を置き続ける事に疲れていた」
私は艦娘には大きく分けて2つのタイプがあると思っている。1つは生きる為に戦う艦娘だ。今の時代、艦娘ほど生きやすい職業はない。もちろん、深海棲艦と戦わなければと言う注釈はつくが、深海棲艦と戦うような主力部隊に配置されなければ、引退するまで衣食住に困る事な10年程を生き抜くことができる。このタイプは往々にして戦う事が苦手だったり嫌いだったりする。私が思うに、このNelsonや後は黒潮なんかはそのタイプだろう。
そしてもう1つは、深海棲艦を倒す為に戦う艦娘だ。これは自分の生死よりも深海棲艦を何隻沈めるかを第一に考えているタイプで自分の生死は二の次。身内が深海棲艦に殺されていたりするとこのタイプになる傾向がある。二水戦なら雪風がその際たる例じゃないかしら。
「もうこんな世界たくさんだ、そう思っていた時に出会ったのが連合艦隊旗艦だった。彼女は余の心を見透かしたかの様にその事を言い当て、一晩中励ましてくれた。そして最後にはこう言った。『誰よりも強くなればいいんですよ。そうすれば貴女の手が届く範囲で仲間が死ぬ事はなくなりますよ』と。今にして思えばなんとも陳腐なセリフだが、当時の余には天啓だった」
まぁ、確かにセリフ自体は誰でも思いつく様な陳腐なものね。けど自分が悩んでいる時に励ます様な言葉をかけられると、強く印象に残るものだろう。
「陽炎は戦う事が怖くないのか?」
愚問ね。そんなの答えは分かりきっているでしょうに。
「どう思う?」
「……聞くまでもない事か」
私がどんな立場にいるのか知っていれば自ずとその答えはわかる、
「そんなのでは長生きできないぞ」
「長生き?誰にものを言っているの。私は第13代第二水雷戦隊旗艦、駆逐艦陽炎よ。
私の言葉にNelsonは悲しそうに微笑んだ。
「その
「生憎私は守られる側じゃなく守る側なの」
「そうだろうな。だが艦歴の長い老艦娘としては、未来ある後輩達には無条件に守られていて欲しいものだ。貴殿はそうは思わないか?」
わからない、と言えば嘘になるだろう。私なんかよりも遥かに明るい未来を持つ艦娘達が私よりも先に、少なくとも私の手が届く範囲で先に死ぬ事を私は良しとはしない。
「仮にそう思っていても私達の目的はどれほどの犠牲を払おうとも、深海棲艦を駆逐する事。なら部下達は私達が守るのではなく、死なないよう実力を上げる事が肝要なんじゃないかしら?」
「正しくその通りだ。だから私は持てる全てをJervis、 Janusに教えようとしていたんだが、いかんせん艦種が違うからなかなか上手くいかなくて困っていたんだが……」
チラリと気不味気にこちらを見てからNelsonに私はため息を吐いていった。
「教えないから」
「ほんの少しでいいんだ。あの子達に戦場で生きる術を教えてやってくれないか?」
「作戦までそう日はない。教える時間なんてありはしないわよ」
今このタイミングでなければ少しは考えたけど、今は流石に無理だ。
「ならば作戦までの間、二水戦の訓練を見学するだけで構わない。それもダメなのか?」
「作戦前に訓練なんてする訳ないじゃない。それでもし負傷でもしたら大問題よ」
「しないのか?」
「当たり前じゃない。そもそも事前にできることなんて作戦の打ち合わせくらいで十分な訓練は作戦参加するにあたっては大前提じゃない」
1週間前ともなれば作戦に向けて英気を養わないといけない時期だ。訓練はそれよりも前、というより作戦参加が決まるよりも前に完璧なものに仕上げてないといけないものだろう。
「そ、そうか……」
思いの外、期待していたのかNelsonは肩を落とした。
「ところで陽炎はこの場所にはよく来るのか?」
「まぁ、そうね。人がいなくて静かだから」
「そうか。JervisとJanusなんだがアイツらは煙草が好きでな、辞めさせようと常々働きかけていたんだがその甲斐あって最近ようやくJervisが辞めたんだ」
「そう、それはいいことね」
私が渡した煙草が最後になったという事かしら。それなら嬉しいわね。
「陽炎もそう思うか」
「艦娘時代に吸ってた煙草が解体後も辞められずに肺がんになったなんて馬鹿みたいな話もあるし辞めるに越した事はないわ」
「その通りだ。Jervisはやめてくれたからいいが問題はJanusだ。一体何があったのか前よりもさらに体に悪そうな煙草を1日1箱以上吸うようになってしまったんだ。酒保には煙草はないし街でも買えないようにしているのに一体どこから手に入れているのやら……」
頭を抱えるNelsonに私は内心冷や汗を流した。まさか辞めるどころか酷くなるなんて思っていなかった。
「つい先日、ここにJanusが吸っている煙草の吸い殻が入った空き缶が置いてあったから、もしやと思って張り込んでいたんだが一向に姿を現さない。陽炎、なにか知らないか?」
「いえ、何にも知らないわ」
私の答えにNelsonは大きなため息を吐いた。
「そうか……。ここをよく利用するのならJanusとかち合う事もあるだろう。何かわかったら連絡してくれ」
そう言ってNelsonは立ち去った。
「……まさか私の喫煙スポットがJanusと勘違いされてたなんて」
ちなみに自分は煙草は一切吸いません。