一度は言ってみたい言葉なんですけどどうですかね。もちろん敵に向かって。
その日、セイロン島は悲しみに包まれた。チャゴス諸島の奪還を奇跡的に1隻の犠牲で奪還できたとは言えその犠牲はあまりにも大きすぎた。彼女は東洋艦隊だけでなく、我が日本海軍のインド洋派遣艦隊にとっても精神的な柱となっていたからだ。
ほんの1週間ばかりしか関係性のない私でさえ彼女の死を残念に思うのだ、より関わりの深い艦娘であれば尚更であろう。
「二水戦が壊滅した時も思ったけど遺体が回収できへんのは艦娘の宿命とは言え忸怩たるものがあるな」
「そうね。陸の上とは言わないけどせめて近海で有れば彼女の姿だけでも見る事が……いや、やっぱり見ない方がいいのかもしれないわね。傷付き沈んだNelsonを見るのは、彼女をよく知る者にとってはもっと辛いかも知れないわね」
艦娘と人との違いの一つに死んで水に沈んだ後の変化がある。人については今回は省略するけど、艦娘は沈むと船のようにそのまま海の底に沈んだまま、魚に食べられることもなくとても長い時をかけて身が朽ちていくと言われている。なぜ断定していないかと言うと、この戦争が始まった頃に沈んだ艦娘が未だに当時の姿を保っている事から、本当に身が朽ちらのかもわからないからだ。また、仮に陸で死んで火葬してもその身には傷ひとつ付かず、つけようと思うと骨ごと消し去るような超高火力でなくてはならないことから、艦娘が死ぬと基本的には近海の海に沈められる事になっている。
「そうでしょうか。たとえ傷ついていても、深海棲艦に荒らされる可能性のある遠海よりは近海で沈んだ方が良くないですか?何より近いと見舞いにも行きやすいですし」
「それは人それぞれでしょうね」
沈んだ艦娘を引き上げる事は難しい。まるで名前の元となった軍艦のように重く、サルベージする事が不可能になるからだ。けど深海棲艦だけは艦娘を引き上げる事ができる。一体何に使っているのか見当もつかないけど、死者を冒涜するような真似をしている可能性は否定できない。
「死後の姿を見られたくないと思う者は遠海を、そうでない者は近海を選ぶんじゃないかしら」
「前者はナルシスト、後者は寂しがりと言ったところでしょうか。ちなみに陽炎はどちらがいいですか?」
「別にどっちでもいいわ。死んだらそんなもの考える必要もなくなるんだし」
私は死後の世界があるなんて信じていないから、死んだ後のことなんて考える必要はない。
「なるほど、確かにそれは一理ありますね。けど死後はそうだとしても…」
パンパン、と手を叩く音が響いて私と不知火は会話を止めた。
「やめややめや、縁起でもない。ウチらは死ぬためやなく生きるために戦っとるんや。やのに死んだ時のこと考えるなんて矛盾もええとこや」
………。
「確かにそれは正論ですね」
「…そうね。Nelsonが死んで少し意識しすぎだかもしれないわ」
私達艦娘にとって死は身近なものだけど、二水戦ほどの実力があれば話が変わってくる。普通の深海棲艦との戦闘程度でそんなもの意識する必要はない。けど今回圧倒的強者である戦艦Nelsonが死んだ事で、ただの深海棲艦相手でも油断すれば足元を掬われ死ぬ事がある事を思い出させた。
「まさか私達や本隊でなく後衛の東洋艦隊が群狼に合うとは思いませんでした」
「運良く私達が回避できたのか、それとも意図的にそうしたのか……」
私の呟きに答えたのは後ろに座っていた雪風だった。
「そんなのどっちでも良くないですか?」
ちょうど真後ろの席に座っていた雪風が体ごと振り向きながら、どこかつまらなさそうにそう言った。
「運良く回避できたにしろそうでないにしろどうせ雪風達がここにいるのは後ちょっとの間だけ。その後は今まで通り派遣艦隊と東洋艦隊が防衛に当たるならそのことを考えるのは雪風達じゃなく派遣艦隊と東洋艦隊です」
冷たい言い方かもしれないけど確かに雪風の言っている事は正しい。ここの深海棲艦達が特異な行動をしたからと言って他の深海棲艦もそうとは限らない。寧ろ戦域毎に戦い方に特徴があるのが深海棲艦だ。例えばここインド洋は他と比べて潜水艦を多用しているけど私達日本の艦娘の主戦場たる東南アジアや太平洋は各艦種をバランス良く配置している他、今回戦死したNelsonがその艦娘としての人生の多くを費やしてきた地中海では戦艦が中心となっている。
「結局は現地の艦娘に任せようと言うのは正しいと思うわ。けど折角の機会だもの、訓練の一環だと思って少しは理由を考えてみなさい。雪風だけではなく全員ね」
この場にいた二水戦の艦娘全員に聞こえるように言うとあちこちでうめき声が上がった。
「期限はこの基地を離れるまでにしましょうか。別に嫌だったら真面目にやらなくてもいいけど私が1番いいと思った答えを出した者には報酬を用意するから真面目にやるなら頑張りなさい」
そういうと今度はあちこちで歓声が上がった。なんとも現金な奴らね。
「ただし!ただし、今はNelsonの死に対して喪に服すさなければならないからそこのところくれぐれも配慮して行動するように。以上よ」
それだけ言って立ち上がって部屋から出ようとする私を黒潮が呼び止めた。
「どこいくんや?」
「これよこれ」
白い箱を振ってアピールすると黒潮はため息を吐いた。
「程々にしいや」
黒潮の言葉に私は肩をすくめることで答えると部屋を出た。
「さて、どこにいるのかしらね」
世界のビッグセブン。この言葉が使われたのは約10年前に出版されたアメリカの雑誌、Armadaでの事だった。当時のメンバーは日本海軍連合艦隊旗艦とでち公、第二水雷戦隊旗艦、アメリカ北大西洋艦隊旗艦、アメリカ南大西洋艦隊旗艦、イギリス本国艦隊旗艦、イギリス地中海艦隊旗艦の7隻だった。構成としては駆逐2、潜水艦1、戦艦2、空母2だった。当時から今に至るまで連合艦隊旗艦とでち公はその座に居続けていて不動のものとなっている。では他はどうかというと二水戦旗艦は艦娘が変わる事はあれど二水戦の旗艦がビッグセブンの座から離れる事はない。同じく地中海艦隊の旗艦も今回Nelsonがインド洋に派遣されていた一件を除いて必ずビッグセブンにその名を連ねていた。
また、アメリカ南大西洋艦隊旗艦は北大西洋の奪還に伴い南大西洋艦隊と合併されその名をアメリカ大西洋艦隊旗艦へと変えているけどこの座にある艦娘がビッグセブンから漏れる事はなかった。
実質固定枠と言えるものが5つあることから残りの2つをドイツ、フランス、イタリア、ロシアと言った艦娘保有国の中でも大国と呼ばれる国が争う事になるけど、どの国も基本的には陸軍国家で艦娘自体そこまで精強なものではなく残りの2つも日本、アメリカ、イギリスのいずれかが持っていく事も少なくなかった。
さて、そんなビッグセブンだけど二水戦旗艦を除けば戦死率はすこぶる低い。どの艦娘も基本的には前線に出て戦うよりは後方で全体指揮を取ることの方が多く撃沈されるなどという事が起こり得る状況に身を置かないからだ。これまでビッグセブンの座についた艦娘の数は……何人いるから知らないけど少なくとも戦って轟沈したなんて二水戦旗艦を除けばNelson以外聞いた事がない。だから多くの艦娘にとってビッグセブンの名前は不沈艦とほぼ同義と言っても良かった。そのビッグセブンが沈んだ事が与えた衝撃は大きいだろう。
「ここにも居ない」
戦艦Nelson。戦艦というだけあって攻撃、防御共に駆逐艦とは比べ物にならない程高く他の戦艦と比べてもそれは高い部類に入った。たとえ魚雷の1本や2本当たったところで沈む事はないだろう。だけどそれが3本、4本、5本と数が増えると流石のNelsonも耐えきれない。どんな戦艦でも攻撃を受け続ければいつかは沈む。だからこそ攻撃を防ぐ、あるいは事前に察知するために護衛の駆逐艦がいるわけだけどそれが果たされなかったのは偏に運が悪かったとしか言いようがない。彼女の護衛を構成する艦娘は新兵や実力の低い艦娘ばかり。地中海からついてきたSheffieldは例外だけど彼女1人で全体をカバーできるはずもなく護衛体制は穴だらけと言っても過言ではないだろう。
元々イギリスの主戦場は地中海でインド洋への派遣はあくまでも日本との連携強化のためでしかないから仕方のない事とはいえこれではあまりにもNelsonが哀れだ。せめてもう後1、2隻手練れの艦娘がいれば、あるいは力はまだ衰えていなかったのだからインド洋に移らずに地中海で戦っていればこんな事態にはならなかったかもしれない。間違いなくこの損失はイギリスにとっても大きなものだろう。
「次いなかったら街に行こうかしら」
過ぎたこととはいえ彼女の死の影響はあまりにも大き過ぎた。未だにイギリスには彼女を超える、或いは匹敵するような艦娘は生まれていない。単純に戦闘能力だけなら近しいと言われる艦娘は複数人いるけど、その人格と艦隊の指揮能力までもとなると流石にいない。仮に人格面を妥協したとしても今のあの国に知勇兼備といえる艦娘は存在しない。
そもそも論で地中海での戦いがNelsonの活躍で落ち着きを見せたことで、そう言った実力を上げる場所がイギリスには存在しない。大西洋はアメリカ主導での戦いだから、戦闘面での実力は伸びるけど指揮能力は伸びない。地中海の制海権は未だに争われているとはいえ、Nelsonが作り出した航路を守る為に、これまたNelsonが作り出したシステムに則って機械的な行動を繰り返せば良いだけになったから、こちらも昔ほど能力が必要ではない。この成長の場のなさがイギリスの艦娘に停滞を招いているといえる。
「やっと見つけた」
1時間近く探し回ってようやく見つけた彼女たちに私は声をかけた。