「やっと見つけた」
私が声ををかけた先にいたのはNelsonの部下、いや元部下のJervisとJanusだった。
「陽炎さん…」
泣き腫らした目をこちらに向ける2人の横に私は無言で腰掛けた。
「……泣いていても何も変わらないわよ」
涙を信じない、とはどこの国の言葉だっただろうか。これほど真に迫った言葉はないと私は思う。泣いてつくられるのは文字通り涙だけだ。
「じゃあどうすればいいって言うのよ!」
いつもの私なら自分で考えろと言って突っぱねるところだけどこの間のNelsonとのやり取りもあるし少しくらい面倒を見てあげるのもいいだろう。
「二水戦が壊滅した時、私は共に沈むべきだった。その思いは今でも変わらないけどその機会を逸して今まで私は生きているわ」
一息つこうと煙草を口に咥え、マッチを取り出そうとしだけどそれを使う事はなかった。煙草嫌いのNelsonの冥福を祈る為にも、今日くらいは禁煙してもいいだろう。
「結局私は二水戦を再建することで多少なりとも死んでいったみんなに報いようとした。そうする事で彼女達が守りたかったモノが少しでも守れればいいと、そう言う思いもあったわ」
これは嘘ではないけど、正直なところそれよりも黒潮に頼まれたからと言うのが理由の大半を占めている。だけどそれは余談というものだろう。
「貴女達はNelsonに命を救われた。ならその救われた命をどう使うか、Nelsonにどう報いるか考えればいいんじゃないかしら」
私がそう言うと2人は再び滂沱の涙を流しだした。どうやら慰めるのは失敗したみたいだ。
「Nelsonは、Nelsonは私達を庇って死んだのよ!私達がちゃんと護衛できていれば沈むことなんてなかったのに!!
「私達が任務を完遂できずに魚雷に当たって沈む分にはまだいいんです。けどあろうことか任務を失敗した馬鹿な私達をNelsonは庇って沈んだんです」
それは私も聞いた。なんて馬鹿な事をしているのだろうと内心呆れたけど、Nelsonらしいとも思った。彼女と話したのは短い時間だったけどどれほど彼女が優しい性格をしているかはその短い時間で十二分に知ることができている。
「潜水艦を察知できず四方から飛来した魚雷、その直撃コースにいたJervis、Janus両名の前に無理やり飛び出て最低4本の魚雷が命中、轟沈したんだったわよね」
何故か知らないけどNelsonがこの2人のことを可愛がっていたのはあの言動からよくわかっていだけどまさかこれほどとは思っていなかった。
「一つ言っておくけどNelsonの轟沈に関しては貴女たちは悪くは悪くないわ。死者に鞭打つのは趣味ではないけど単にNelsonが馬鹿だっただけよ」
そう言った瞬間、2人から拳が飛んできたけどそれを甘んじて受けるほど私の性格は良くない。2人の拳を軽くいなして私はさらに続けた。
「日本と違ってイギリスでは戦艦の護衛に駆逐艦が必ずいるしドクトリン上も戦艦の方が重要度は上よ。見捨てればいいものを態々身を挺して庇ったような奴を馬鹿と言わずして何と言うのよ」
ほんと、あんなに優しい艦娘がどうしてここまで長生きできたのか不思議でしょうがないわ。
「駆逐艦が魚雷に当たるのはただの間抜けだけど戦艦、空母が魚雷に当たるのは駆逐艦の責任よ。だけど自分から当たりに行くような馬鹿な事にまで責任を負う必要はないわ」
これは余談だけど、日本だと戦艦も空母も駆逐艦では火力が不足していると判断された時や、敵の空母が多い時くらいしか投入されないから、そもそも駆逐艦が護衛をする機会は少なかったりする。私は2、3回経験はあるけどどちらも対地攻撃をする戦艦の護衛だった。空母の護衛は基本敵に秋月型みたいな防空能力の高い艦娘の役割だから、私はしたことがないけど要領は同じ、護衛対象に攻撃を当たらないようにすればいいだけだ。
「形はどうあれ貴女達はNelsonに命を救われた。救われた命をどう使うか、それを考えることの方が今ここで泣き喚くよりよっぽど生産性があるんじゃないかしら」
やっぱり私に人を慰めると言うのは無理ね。私自身が過去に囚われているせいでどんなに前向きな事を言っても空虚に聞こえてしまう。
「仮にそうだとしても私達にそれを使う機会なんてありはしないわよ」
「祖国の英雄戦艦Nelsonを死なせた私達に次の機会なんてモノが与えられるとは到底思えないです」
確かにこのままだとそんな機会は一生来ないだろう。
「機会なんて人から与えられるモノではないわ。自ら掴み取ってこそよ。手始めにこのインド洋から深海棲艦を駆逐しなさい。そうすればNelsonが守った貴女達の価値を全世界が知ることになるわ」
幸運な事にこの子達が配備されているのはインド洋の対深海棲艦戦の最前線だ。出撃して戦果を上げる機会はいくらでも作り出せるしなにより幸運なのはNelsonの直接的な仇をその手で討てる可能性がある事だろう。私は二水戦として各地を転戦しているからソロモンの深海棲艦と戦う機会が与えられるかどうかは完全に上層部の判断に委ねる事になるけどこの子達は東洋艦隊司令部と第四艦隊が許せば、いやなんなら許可を得ずに無断出撃することさえも可能だ。その幸運にこの子達は感謝すべきだろう。
普通の兵士なら脱柵扱いされそうな事でも艦娘ならある程度は許される。今はそうではないけど一昔前だと艦娘はとても貴重な存在だったから多少艦娘が軍機に違反した程度許されていたからだ。その事例を元に軍機違反を許される艦娘は後を絶たない。日本でさえそうなのだから判例主義を採用しているイギリスなら尚更過去にそんな判例が有ればそれに基づいた行動を取らざるを得ない。現在はそれを変えようと言う動きも出始めているけど当分先の話だろう。
「私達にそんな事できるわけないわよ。実力はイギリス駆逐艦娘艦娘の中でも精々平均程度。駆逐艦娘の本場である日本からすれば私達なんて前線で戦えるかどうかさえ怪しい実力しかない。違いますか?」
「あら、よくわかっているじゃない。その通り、貴女達なんて日本じゃどんなに良くても二線級の力しかないわ。最前線で戦うなんてあり得ないわよ」
作戦開始前に見た東洋艦隊の訓練の様子から彼女達の実力はある程度測れている。Nelson、Sheffieldはともかく他の東洋艦隊の艦娘は皆実力が3つほど落ちる。Nelsonは勿論、Sheffieldも日本にいればまず間違いなく数字付きの艦隊に所属できるほどの実力がある。けど他の艦娘はダメね。日本が小型艦に力を入れているのもあるけどそれにしても弱すぎる。どんなに良くても最前線への補給部隊の護衛か、最前線に近い東南アジアの泊地付きの艦娘と言ったところだろうか。どちらも重要な事には変わらないけど戦闘の機会は少ない。戦闘が少ないと言うことは一線級の艦娘が配置されることはない場所ということでありJervis達は日本ではその程度の実力でしかない。それでも十分な実力ではあるけどインド洋という一つの大洋を奪取するには実力が不足していると言わざるを得ない。なんせ人類は未だに一つの大洋しか奪取できていないわけだしそれでさえ日本、イギリス、アメリカの三大艦娘国家とロシア、ドイツ、フランス、イタリアと言った艦娘が比較的強い国が総力を上げてやっと奪取したという有様だ。しかもそれは支援部隊のロシア、ドイツ、フランス、イタリアの艦娘が壊滅状態になり主力の日本、イギリス、アメリカの連合艦隊でさえ損耗率は3割を超えた。おかげで世界の対深海棲艦の戦線は数年間に渡って停滞を余儀なくされた。
「インド洋の深海棲艦最後の拠点、ケルゲレン諸島の奪還作戦がなぜ5年間の間一度も行われていなかったか知っている?」
私の問いかけに2人は首を横に振った。
「インド洋は北極海奪還時に激突した欧州棲姫や欧州水姫のような強力な深海棲艦は確認されていない。なのに奪還に動かないのは深海棲艦の本拠地と目される南極が近いせいよ。直接敵の本拠地と接するのは現状得策ではないと判断してケルゲレン諸島は緩衝地帯として残されているのよ」
先の北極海の奪還時の被害の補填が未だ終わらないと言うのも理由の一つではあるけど半ば遊兵と化している第三艦隊を使えば奪還後も南極からの深海棲艦の攻撃を防ぐことは可能だろう。もっと言うとドイツ、ロシアの2カ国は北極海の奪還で艦娘に余裕が生まれているから本来ならもっと早いペースで海を奪還できてもいいはずだった。それが出来ていない理由は北極海を奪還した時とは比べ物にならないくらい各国の足並みが揃っていない事にあった。
例えばドイツ。今この国は潜水艦以外は艦娘になった後、試験に受からなければ正式に艦娘として任官することが出来ずそのまま市井に戻される事になっている。
一見すると少数精鋭と思えるけど実際はそうでもない。そこからさらに日本で言う一個艦隊、その半分ほどの人数の精鋭部隊を作り出しその部隊のみが大西洋の深海棲艦との戦いに派遣されているから他のドイツ艦娘はまともな実践経験が無く殆どは実戦に耐えられない。北海で行われるオリョクルをもっとも活発に行っているのがドイツだから深海棲艦の数を減らしたりするときに戦闘はするみたいだけどそれも年数回とかそんなレベルだからこれは数に含める必要はないだろう。
何より艦娘の数が減ったことで今じゃドイツは資源輸出大国の一つとなっていて今更自国の国力を削る事になる艦娘の派遣と数の拡大などするはずがない。ロシアももはや戦後と言わんばかりに艦娘の数を削減し国内の復興に力を入れているから北極海奪還時ほどの力はない。逆に三大艦娘国家は艦娘の数も練度も上がっているけど3国だけでは限界がある。西太平洋からインド洋を日本が、東太平洋と大西洋をアメリカが、大西洋からインド洋にかけてをイギリスが担う事で辛うじて戦線を維持しているけど決定打に欠けているから戦線は膠着気味だ。
「もし仮にケルゲレン諸島が落ちるような事があれば世界はこのインド洋防衛の為に戦力を割かざるを得なくなるし場合によってはここを拠点に南極の深海棲艦を叩くような作戦が練られるかもしれないわ。そうすれば後々貴女達は深海棲艦との戦いに終止符を打つ決定打を放った事になりその名は永遠と語り継がれる事になる」
この子たちにそこまでの力があるとは思えないけど言うだけならただだしいいだろう。
「私達にそれが出来るほどの力はありませんよ」
「そうね。けど幸運な事に貴女達は第四艦隊と、過去に日本海を解放した経験のある第四艦隊と同じ基地にいるのよ。彼女達から深海棲艦との戦いのノウハウを学べば今より多少マシになるんじゃないかしら」
世界的にも数少ない海を奪還した経験のある艦隊だし学べることは多いだろう。
「それになにも貴女達だけでインド洋を奪還しろと言っているわけではないのよ。第四艦隊と合流することで彼女達の協力を得られればより確実にインド洋から深海棲艦を駆逐することができる。その時貴女達が中心となって動けばそれでも十分Nelsonが貴女達を守った価値があると言うものよ」
死んでここまで悲しむ者がいるNelsonはやはり人格者ね。誰が言ったか人の価値はその人が死んだ時初めて判明するらしい。
Nelsonはイギリスだけじゃなく関わった多くの艦娘からその死を惜しまれる存在だった。その事実だけで彼女の偉大さがよくわかるしここにいる2人がNelsonに救われた命の価値が1人ではどうあがいても足りないと言うこともよくわかる。2人でようやく一人前、だけどそれでさえもNelson1人に届かないだろう。それを許容した上でせめて、なるほどNelsonが守りたくなるのも頷ける、くらいには思われるようになれれば合格といったところだろうか。
守る側が偉大だと守られた側も随分と苦労するのね。
…………私はどうなのだろうか。命をまるで代わりの効く物のように投げ打って戦い続ける二水戦の旗艦の命の価値。私自身はこれでもいいと思うけど形は同じでも中身はまるっきり違う現二水戦にこのスタイルが相応しいと言えるのだろうか。自分の事を偉大だと思ったことは一度もないけど今後私の行動を手本に二水戦が続くのであれば軽々と命を投げ捨てるような行動は慎むべきなんじゃないだろうか。
「陽炎さん」
「な、なに?」
考え込んでいたせいで返事がうわずってしまったけどJervis達は気が付かなかったみたいね。
「今の私達にインド洋から深海棲艦を駆逐できるほどの力があるとは思わない」
「近い将来、必ずそれが出来るほどの力を手に入れて見せます」
「「その時はインド洋から深海棲艦を奪還する為に力を貸してくれる?」ますか?」
「ええ。その時は必ず力になるわ」
いい目をするようになったじゃない。これならもう大丈夫ね。