8話が呉空襲ならワンチャンありそうな気が…
現役艦娘の葬式は虚しい事が多いからあまり好きではない。多くの場合その肉体はすでに海中に沈み死体の回収ができないからだ。死体が回収できないと言うことは必然的に棺の中身は空になりただ故人の遺影を眺めるだけの葬式になる。仮に運良く死体が棺に入ってもその遺体は近海に沈められる。水葬が悪いとは言わないけどいつ深海棲艦に奪われるとも分からない海に沈められるのはぞっとしない。
なにより私が艦娘の葬式が好きでない1番の理由はたとえ死体がなくとも葬儀は水葬の形を取ることだ。艦娘といえば海、その気持ちはわからなくないけど全ての艦娘が海を好いているわけではない。少なくとも私は嫌だ。何が悲しくて深海棲艦が生まれてくる海に沈められなければならないのか、せめて墓だけは陸地に作ってもらいたいと思うのは私のわがままなのだろうか。
「不思議なものね」
「なにがや?」
「どんなに活躍しても艦娘の墓が陸に造られる事はないに等しい。いくら艦娘とはいえ墓くらいはきちんと陸の上に作ってあげたらいいのに」
「初期艦4隻の墓は高野山にあるからまったくないわけやないやろ」
「中身はないじゃない」
初期艦の1人、初代連合艦隊旗艦吹雪は沖縄奪還作戦終了直後に潜水艦の雷撃で轟沈。第二代連合艦隊旗艦にして第一艦隊初代旗艦五月雨はここ、セイロン島への視察に向かう途中シンガポール沖で戦艦棲姫、空母棲姫、軽巡棲姫、駆逐古姫の計4隻の姫級との不意遭遇戦で轟沈。第二艦隊初代旗艦叢雲はフィリピン沖で飛行場姫のものとされる航空機による攻撃を受け轟沈。二水戦初代旗艦は太平洋打通作戦でミッドウェイ島近辺で姫級3隻を含む100隻程の深海棲艦の艦隊と二水戦が戦闘した際に轟沈している。皆海の上での戦死だから当然死体は回収できずに海の底。高野山の墓は当然空っぽだ。
「せやけど艦娘の死体を引き上げるんはそれが深ければ深いほど困難になる。人の背丈くらいの深さなら採算度外視でやればいけるけど初期艦達が沈んどるんは深さ50メートル以上のとこやから技術的にも資金的にも到底不可能や」
「彼女達ほど日本のために戦ったものはいない。いずれ引き上げてきちんとお墓に納めてあげてほしいものね」
「それはそうやな。ウチかて墓はちゃんと陸の上に作って欲しいわ」
「あら、アンタがそんな話するなんて珍しいわね」
誰よりも生き残る事に貪欲な黒潮が自分からこう言った死に関する話をするなんてそうない事だ。明日は槍でも降るのかしら。
「いずれ人は死ぬんや。たまにはこんな話もするやろ」
「それはそうだけど……」
「ひ孫に墓参りの場所で愚痴言われるんは嫌やからな」
あぁ、そう言う事。
「その心配をするならまずは結婚できるかどうかの心配をするべきじゃない?」
仮に相手が見つかっても艦娘の結婚はうまくいかない事が多いと言うし
「うっさいな。自分かて人の事言えんやろ」
「それもそう……」
ふと私は古い記憶を思い出し言葉を止めた。
「なんや、相手でもおるんか」
いや、けどあんなの親同士の軽い冗談……のはずよね?けど相手が相手だし……。自分で言うのもなんだけどお互い家柄がいいから他の親戚連中が調子に乗っていてもおかしくない……か?
「……私が昔イギリスにいたのは知ってるわよね」
「知ってるけどそれがどうしたんや?」
「その時イギリスにいた駐在武官が軍の高官を輩出する名家の本家筋の人間だったのよ。その人と意気投合して家族ぐるみの付き合いがあったんだけどその人には私より13、4歳上の息子がいたのよ」
「まぁ、駐在武官になるくらいの年齢ならそら子供くらいおるやろな」
「その息子もイギリスに来てたんだけど食事の席とかで親が小難しい話をしている時相手をしてくれてたんだけどそれを見た親が酔った勢いで許嫁にしようだとかどうとか言った事があったのよ」
彼はちょうど今の私と同じか少し下くらいの年齢だったけど私が同じように子供の相手をできるとは思えない。その点よく面倒を見てくれたと思うけどだからと言って許嫁は意味がわからない。
「なんやそんな話か。陽炎の恋バナが聞ける思ったのに」
「艦娘がそんなものに縁があるわけないじゃない」
艦娘に全く縁がないとは言わないけど少なくとも黒潮が好きそうな純愛ではなくもっとドロドロした感じのあまり聞いていて面白くない話なのは間違いない。
「それもそうやな。ほんで、えらく悩んどったけどこの話の何が問題なんや」
「アンタも知っての通り親戚や爺様が古い考えに囚われているから私の知らないところで勝手に婚姻届に判を押されていたとしても驚かないわ」
「いや犯罪やん」
その通り。普通なら私文書だか有印文書の偽造でアウトだけど生憎ウチは違う。
「うちの一族は外交官が多いけど過去には大臣を輩出した事もあるし色んな方面に顔が効くのよ。そんなの揉み消す事くらい簡単よ」
「権力者って怖いわ〜。絶対関わりたないわ」
ほんと、迷惑な話よね。
「歳が離れすぎてるし今頃結婚してると思うんだけど……」
「なんか不安があるんか?」
不安、と言うほどのものではないけど少し厄介な相手にこのことを知られているのよね。
「金剛がこのことを知っているのよ。金剛に外堀を埋められると面倒な事になるわ」
「金剛って陽炎のこと嫌っとる第三戦隊旗艦の金剛の事やんな」
「そうよ。小さい頃は本当の姉妹みたいに仲がよかったからお互い会えば色んな話をしていてこの事も話しているから覚えていれば面倒な事になるわ」
「何の意味がるねん。結婚さしたところで金剛に利があるとは思えんけど」
「そうでもないわ。アイツは私を一族のトップに立たせようとしているから私が結婚して一線を退く事は私の死亡率を下げる事につながるから利しかないわ」
金剛が本気で私の嫌がる事をするとは考えにくいけど人は変わるのもだもの。ありえないと断じるのは早計だろう。
「益々分からんな。何で嫌っとる相手をトップに立たせようとすんねん」
確かに今の彼女は私の事を嫌っているのだろう。彼女からすれば私は義務から逃げているようにしか見えないのだから。けど何と言われようと私は私の考えを変える気はない。
「金剛は能力には義務と権利がついてくるって考えているのよ」
「どう言うことや?」
「金剛と私、いずれか一方はいずれ当主として一族を率いる事になる。これは間違いないけど生憎私は一族に思い入れなんてないし、何か助けてもらった事があるわけでもない。だから好き勝手生きて好き勝手に死んでいこうと思うのだけど金剛はそれが我慢ならないのよ。私の方が優秀だと思っているから私が当主になって一族を導かなければならないのにそれから逃げている私は悪者ってわけ」
ほんと、馬鹿馬鹿しい話よ。母が死に、父が死んだ今、一族と言っても思い入れがあるのは今じゃ金剛と祖父母くらいのものだと言うのにそれが分からないなんて。
いや、彼女は人一番責任感が強いからたとえそれがわかっていたとしてもこれまで従ってきた一族に報いるためにも最高の当主を迎えようと考えているのだろう。気持ちはわからなくもないけど私は一族の手助けを受けたこともなければ恩恵を受けたこともない。艦娘になったのだって父が死んで直ぐ後のことだから一時的に本家、つまり祖父母の家で面倒を見てもらったけどそれはある当然のことと言えるのではないかしら。
なにより祖父母以外の連中は父が死んだ影響をどう上手く利用するかしか考えていなかったように思うから嫌いだ。だから私は一族になんの思い入れもないし助けたいと思うこともない。そんな一族の事を考えていない当主を迎える事ほど不幸なこともないと思うのだけど……。
「つまりなんや、陽炎の方がトップに立つのに相応しい実力持っとるのにそれから逃げ回るから嫌いっちゅうわけか?」
「簡単に言えばそうね。能力なんて立場が上がれば自然に身につくものだしなんなら今の金剛でも十分当主に相応しいと思うのだけど金剛はそれじゃ納得できないみたいね」
良き姉貴分だった金剛と今ではお互い嫌い合う仲になるなんてあの頃は思いもしなかった。面倒見のいい彼女だからこそ、一族の事を一番に考え最善と思われる行動を取ろうとしているのだろうけど甚だ迷惑な話しだ。
お陰で彼女の事を嫌いにならなければならなくなった。
「物語の世界やと自分こそが一族のトップに立とうとして蹴落としあったりするイメージやけど現実は全然違うんやなぁ」
「そりゃね。一昔前ならともかく今は深海棲艦との戦いで余裕がないからそんなことしてる暇ないわよ」
深海棲艦との戦いで余裕がないのは事実だけどそれ以外にも理由がある。私の一族の強い分野、つまり外交に関してはもはや対抗できる勢力がないくらい強大だ。各国の有力政治家やその一族と一族ぐるみで付き合いがあるからいまさらウチの一族以外を外交に使う意味はない。ただ昨今のゴタゴタで多少隙を見せたせいで他所の介入を招きそうになったから一族が団結して跡目争いは起きていない。あるのは押し付け合いだけだ。
「そう言うもんか。ほんで、陽炎を無理矢理結婚させて一線を退かせたいっちゅうんはわかったけど肝心の相手はどこにおるんや?」
「そんなの知らないわよ。名前だって苗字以外忘れちゃったしその苗字もありふれたものだから探しようもないしね」
わざわざ探す理由もないし、なにより今の今まで忘れていたしこの件はもう時効でいいでしょう。
「私に三十超えたオッサンと結婚する趣味はないしもしそんな事が起ころうものならロシアあたりに亡命するわ。実力の高い艦娘はどの国でも歓迎されるしそれが艦娘三大国以外であれば尚更よ」
「ほんでウチら二水戦が追手に差し向けられると。ウチは死にたないから亡命なんてせんといてや」
他に有力な部隊もないし追手に相応しいのは確かだけど正直今の二水戦なら返り討ちにできる自信がある。
「安心しなさい。苦しまないように殺してあげるから」
「マジで冗談やないからな。本気でウチは陽炎とやり合うんや嫌やからな」
ほんの冗談のつもりだったのに必死に懇願してくる黒潮に思わず私は苦笑いを浮かべた。
「冗談よ。そんなのやるわけないでしょ」
「ホンマやんな!?」
しつこいわね。
「なに、信じてないの?」
「いや、だって陽炎は言ったことは絶対実行するタイプやん。ここでちゃんと言質とっとかな後が怖いわ」
よくわかってるじゃない
「まぁ、確かに最悪の場合それくらいするつもりだったけどそんなに怖がらなくても良いじゃない。私とアンタの仲なんだから手加減くらいするわよ」
友人を手にかけるなんてできればしたくない。
「手加減云々やなくウチは陽炎と戦いたないんやって」
「……まったく、わかったわよ。そんなに言うなら亡命はやめて他の手段を考えるわ」
そう言うと黒潮は明らかにホッとしたような態度をとった。
そもそも金剛が外堀を埋めようとしてるって決まったわけじゃないからそんなに必死に懇願しなくてもいいのにそんなに私と戦うのが嫌なのかしら。
「そろそろNelsonの葬儀が始まるわね」
忘れそうになるけどここはNelsonの葬式の場だ。あまり不穏な話はするべきじゃないだろう。
「そうやな。そろそろ黙ろか。陽炎、煙草は吸ったらあかんで」
「吸うわけないでしょ」
まったく、私の事はなんだと思っているのか。そのくらいのマナーと礼儀は弁えている。
そう反論しようと思ったけど東洋艦隊の艦娘達が棺を運んでくるのが見えたからその機会を逸する事になった。