第二水雷戦隊壊滅ス   作:鉄玉

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煙を燻らす

Nelsonの葬儀の翌日、私達は日本に帰るためにスリランカを離れ巡航速度でマラッカ海峡を目指していた。

 

「やっぱり煙草はいいわね」

 

煙を肺いっぱいに吸い込んで吐き出すと波の音に混じって隣から嫌そうなため息が聞こえた。

 

「なによ黒潮。言いたい事があるの」

 

「ないと思うんか」

 

黒潮が言わんとする事は理解している。けど人という生き物は不便なもので言葉で伝えないと相手の考えている事は伝わらない。

 

「さっぱり、検討もつかないわ」

 

「黒潮はその手に持っているものを早いとこ処分してほしいんですよ」

 

「あら、この12.7センチ砲の事?装備品を捨てるなんてできないわよ」

 

恍けたようにそういうと不知火は呆れたようにため息を吐き、それと同時に黒潮の右手が少しずつ上がっているのが目の片隅に映った。

 

「ああ、煙草の事ね!禁煙週間が終わって我慢できずについ吸ってしまったわ」

 

慌てた事を微塵も感じさせぬように今気付いたと言わんばかりにポンッ、手を叩いてそう言うと黒潮が目を細めた。

 

「海上での飲酒、喫煙は御法度やろ」

 

海上での飲酒、喫煙の禁止は軍規に明記された規則だ。飲酒はともかく喫煙まで禁止されるのは納得いかないけど一応ちゃんとした理由がある。

初代連合艦隊旗艦吹雪、同じく第二代旗艦五月雨の轟沈原因の一つに煙草の煙があるとされているからだ。吹雪は作戦終了直後、一服していたところを潜水艦に雷撃され轟沈。五月雨は咥え煙草をしながら航行していたところを姫級と遭遇して轟沈。

五月雨に関しては不意遭遇戦と言えばそれまでだが、先手は深海棲艦に取られ完全に不利な体勢からの戦闘になっている。深海棲艦に先手を取られた原因が、煙草の煙が遠くからでも見えた事が原因ではないか疑われた。

この件から吹雪轟沈に関しても、煙草が原因の一つではないかと疑われ調査したところ、煙草を吸っている艦娘と吸っていない艦娘だと、後者の方が潜水艦に見つかりにくいという事が判明した。その事から吹雪と五月雨両艦の轟沈の原因の一つが煙草であるとされた事から、現連合艦隊旗艦により海上での喫煙を禁止する規則が作られる事になった。

 

「今この場には私より立場が上のものはいない以上は私がルールよ」

 

軍規なんて罰を与えるものがいなければ有名無実化するものだ。ここでは私が最高位なのだから何も気にする事はない。

 

「帰ったら司令はんに言いつけるで」

 

「それはやめて。どうしてから知らないけどあの人私に対してだけそう言う事に厳しいから、間違いなく後で説教されるわ」

 

ほんと、なんでか知らないけど司令は私にだけそう言った事に厳しいのよね。なんなら他の艦娘が煙草を吸っていても何も言わないのに私が吸っていたら小言を言ってくるし意味わかんない。

 

「なら今すぐ煙草の火消すんやな」

 

「それは無理。だから黒潮も司令にはこの事黙っといてね」

 

ブチっと何かが切れる音と黒潮の右手が上がるのはほぼ同時だった。

 

「ええ加減にせぇや!」

 

そう言って右手に持った12.7センチ砲を私に向けて撃とうとするのを手首を掴む事ですんでのところで食い止めると黒潮を落ち着かせるようにもう片方の手を向けた。

 

「まぁ、落ち着きなさいよ。なにも理由もなく吸っている訳じゃないのよ。ちゃんと目的があって煙草を吸っているから説明くらいさせなさい」

 

部下の模範となるべき旗艦が率先して規則を破るようでは部下もそれを守らなくなるかもしれない。旗艦が率先してやるべきことではない。

 

「ほんまかぁ?」

 

「俄には信じ難いですね」

 

疑うような視線を向ける2人、いえ2人どころじゃないわね。後ろをよく見ると親潮、雪風を筆頭にほとんど全員が疑わしげな表情をしているわ。

 

「私達二水戦がスリランカに到着したすぐ後くらいからスリランカ、シンガポール間の航路が潜水艦の襲撃を受ける頻度が上がったのは知ってる?」

 

「第四艦隊がインド洋の西部と南部にかかりきりになっとるから、シンガポール、スリランカ間の船団護衛任務を、本来はシンガポール海峡とマラッカ海峡の防衛が主任務のシンガポール警備府の連中が一時的に受け持っとる。それ以来その航路で被害が増えとる言う話なら聞いとる」

 

「シンガポール警備府はインド洋派遣艦隊ほどの精鋭でもないから船団護衛はそれほどうまくいってないらしいわ。その上潜水艦の数が増えた事が原因で被害は更に拡大。1ヶ月くらいの間でVLCC*1が8隻沈んだらしいわ。他にも中型のタンカーや小型のものを含めてざっと50隻のタンカーが沈んだみたいよ」

 

元々インド洋全域を担当していたインド洋派遣艦隊が深海棲艦の襲撃により船団護衛に割ける戦力が減少した事がシンガポール警備府が駆り出された原因だけどこれの根本的な問題はインド洋の戦力の少なさにある。本来であれば東南アジアのように警備府を置いて専用の部隊が航路の安全を守るべきなのにスリランカのインド洋派遣艦隊と東洋艦隊以外は碌な戦力がいなく彼女達だけでインド洋全体の航路の安全を確保しているような状態だ。だから今回みたいに深海棲艦が攻勢をかけてきた時、簡単に防衛網に穴が開く。

 

「今回戦艦棲姫を倒した事で状況は改善するでしょうけど、取り返したチャゴス諸島周辺海域の安定化のために戦力を割かないといけないから完全に元通りになるまでまだ時間がかかるわ」

 

「チャゴス諸島を深海棲艦に占領される前以上に、要塞化せなまた取られるやろからな。で、それと煙草の何が関係あんねん」

 

「察しが悪いわねぇ。もののついでに私達でそいつらを仕留めて帰りましょうって事よ。煙草の煙で奴らが私達を襲撃してくれるかもしれないでしょ」

 

それ以外に海上で煙草を吸う理由なんてあるわけないじゃない。……吸いたかって言うのも理由の一つだけど。

 

「アホらし。そんな上手くいくわけないやろ。そもそも煙草の煙が深海棲艦に見つかりやすいって言っても、煙草を吸わへん艦娘と比較したらって話やろ。

タンカーと比較したらそらタンカーの方がみつかりやすいし、シンガポール海峡みたいな航路が限定されている場所ならともかく、広いインド洋でそう簡単に潜水艦に遭遇するわけないやろ」

 

黒潮の言う事は正しい。煙草の煙が影響するのはあくまでも艦娘同士で比較した時の話だ。より大きな船が相手だとそんなものは誤差に過ぎない。

更に言うとインド洋なんて広い海で小さな艦娘が同じく小さな深海棲艦に見つかる確率なんてとてつもなく低いだろう。

 

「そうね。いくら通常航路を通っているとは言え相手が待ち構えている近くを通らないと作戦が成立しないし賭けの要素が大きいわね」

 

「そやろ。やから大人しく煙草吸うのやめよか」

 

当たり前だけど敵の潜水艦のローテーションから外れていたりしたらダメ出しよしんばローテーションに合致していても艦娘を見つけられない可能性の方が高い。

タンカーでも連れていればあるいは攻撃を受けるかもしれないけど生憎私達は艦娘だけだ。潜水艦に見つかる可能性はごく僅かだろう。

だからこそ少しでも確率を上げようと煙草を吸っているのだけど黒潮はお気に召さないみたいね。

 

「けどそれとこれとは話が別よ。多少でも遭遇する確率を上げるために煙草はジャンジャン吸わないと。だから今回に限っては航行中の喫煙を許可するわ」

 

そう言って後ろを振り向くと何故か白けたような視線が向けられていた。

 

「今の二水戦に陽炎以外、喫煙者はいません」

 

「………」

 

不知火の言葉に私は一度煙と共に大きく息を吸い肺に送り込みしっかりと味わうと一気に吐き出した。

 

「知らなかったわ。前は結構いたからてっきり多いのかと思ってたわ」

 

「前も陽炎含めて三、四人やけどな」

 

そう言われて頭の中で呉の喫煙所で会ったことのある二水戦を思い浮かべると、確かにそれくらいの数しか思い浮かばなかった。

 

「年々喫煙率は下がってますし、そろそろ陽炎も煙草をやめたらどうですか?」

 

「…アンタまでそんなこと言うのね」

 

今まで何も言ってこなかったから無意識に味方だと思い込んでたわ。

 

「当たり前です。年頃の女の子が煙草なんて似合いませんよ」

 

「硝煙と血に塗れた年頃の少女なら十分似合うんじゃない?」

 

「硝煙はともかく血はないでしょう。深海棲艦にはそんなもの流れてないんですから」

 

私の言葉を鼻で笑って不知火は言った。

 

「あら、仲間の血と自分の血があるじゃない。それとも何、艦娘にも血は流れていないとでも言うつもり?」

 

誰も深海棲艦の血だなんて言ってないのに。失礼しちゃうわ。

 

「アホなこと言って、話誤魔化そうとしてるんちゃうぞ」

 

チッ、誤魔化しきれなかったみたいね。

 

「分かった、誤魔化すのはやめるわ」

 

「煙草を止める気はないっちゅうことやな」

 

「流石黒潮。よく分かってるじゃない」

 

飄々と言うと黒潮は鬼のような形相を浮かべ拳を握りしめた。

 

「お取込み中すみません。報告があるんですが……」

 

気の毒そうな視線を黒潮に向けながら親潮が言った。

 

「あらどうしたの?」

 

振り返って尋ねると同時に、他にも何人か気の毒そうな表情を浮かべる子と、少数だけど私に対して尊敬の眼差しを向ける艦娘がいるのが見えた。

 

「ソナーに感ありです。深海棲艦の潜水艦と思われます」

 

その言葉にほら見た事かと言わんばかりに視線を投げかけると黒潮はプルプルと拳を振るわせながら俯いた。

 

「……第三中隊前進!敵の潜水艦を叩くで!!」

 

そう言って命令も待たずに速度を上げる黒潮を止めたのは親潮だった。

 

「黒潮!潜水艦はそちらではなく10時方向です!!」

 

耳まで真っ赤にした黒潮は口を魚のようにぱくぱくと動かすと、親潮を睨みつけた。

 

「報告は正確にせぇや!」

 

そう言うと改めて指示を出し直し潜水艦がいるであろう場所に前進を始めた。

 

「確かに親潮の報告は不正確だったけどあれって完全な八つ当たりよね?」

 

不知火にそう尋ねると彼女は肩をすくめた。

 

「八つ当たりしたくなる気持ちもわかりますけどね」

 

なんか棘がある言い方ね。

 

「……まあいいわ。第一中隊は対水、対空警戒を厳に。第二中隊は第三中隊のバックアップに向かいなさい」

 

返事をして不知火が去っていくのを見送り私は一度大きく息を吐くと後ろを振り返り言った。

 

「ところで本当に煙草を吸う子はいないの?」

 

未練がましい私の問いかけに全員からノーを突きつけられ少し悲しい気持ちになった。いや、良い事なんだけど……。

*1
Very Large Crude Carrierの略。20万トン〜30万トンクラスの大型タンカーを指す。一隻で日本が1日で消費する原油の三分のニに匹敵する量の原油を運ぶ事ができる




自分で言うのもあれですけど煙草関連の話多いな。
それはそうと自分の記憶が確かなら煙突から出る煙が原因で潜水艦に見つかったみたいな話があったようななかったような……。
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