それはそうと山城とかメインキャラっぽい扱いだった艦娘が序盤に消えた事に対して突っ込むのって野暮ですかね。
「疲れたぁ」
那覇泊地に到着し黒潮達二水戦主要メンバーと共に用意された部屋に入った私は行きとは比べ物にならないくらいの疲労感から思わずそう呟いた。
「ウチも疲れたわ」
私よりも更に疲労の色が濃い黒潮が溜息混じりにそう言った。
「まさかあんなにも釣れるとは思わなかったわね」
「陽炎はエスパーかなにかですか」
私達と同じく疲労困憊と言った様子の不知火が呆れたように言った。
「雪風よりも運がいいです」
「あれは運がいいって言うんでしょうか。むしろ悪いのでは……」
次々と溢れる愚痴とも呆れとも取れる言葉に私は何も言えなかった。
自分でも運がいいのか悪いのか、いやきっといいのだろう。そう思わないとやってられない。
「煙草を吸うたびに深海棲艦が現れるなんて誰も思いませんよ。お陰で多くの弾薬を消費しましたから予定になかった泊地による事になりましたから余計に時間がかかりました」
「その度にお偉いさんと挨拶しないといけないし本当に疲れたわ」
「泊地の司令官なんざよくて大佐やから今の陽炎より下やん。抜かれることなんてなんもないやろ。なんせ少将閣下なんやから」
深海棲艦との戦いで艦娘でない軍人の役割は小さい。艦娘の管理と日本近海における哨戒くらいだ。だから艦娘でない軍人はまるで平時のように年功序列と軍大学での成績により出世が決まる。けど最近は東南アジアに泊地が増えた影響でやや人手が足りていない。
元々泊地は深海棲艦から輸送船を守るために航路近くの島々に設置されて最低1個駆逐隊規模の駆逐艦を保有していた。艦娘が少ない頃は泊地の数も少なく指揮官は将官が担っていたけど艦娘が増えるにつれ泊地自体の数とその規模が少しずつ大きくなっていった。
全ての泊地に将官を配置しては人手が足らなくなり規模が小さい泊地は自然と佐官が指揮官を務める事も多くなった。
泊地の増加に伴い複数の泊地を束ねる存在として警備府が存在しているけどこれは将官が司令を務める事になっている。
「その言い方はやめてよ」
二水戦の再編を終えた時点でそれを評価され大佐に、戦艦棲姫を倒した件で更に少将に昇進している。本来なら戦艦棲姫を倒したくらいでは少将への昇進なんて叶わないけど昇進したのはNelsonが轟沈した影響だ。暗いニュースを少しでも明るいニュースで掻き消そうと、そう言う意図から私は昇進している。
半年足らずの短い間で少佐から随分と少将へと随分と昇格したものだけど正直あまりうれしくはない。私に限った話じゃなく艦娘は階級にこだわったりしない。そんなものなくても十分な給料を貰えるし名誉もある。それにこだわるのは余程野心に満ち溢れているか、何か目的がある艦娘だろう。
「途中で陽炎の煙草が切れたからよかったですけどずっと煙草を吸っていたらどうなっていたんでしょうね」
「別にどうにもならないでしょ」
「黒潮お姉ちゃんが止めなかったらずっと戦い続ける事になっていたって事ですか?」
途中立ち寄った泊地で煙草を補充しては黒潮に剣呑な視線を向けられついには取り上げられそうになって買い足すのを諦めたけどそれまでは殆どずっと深海棲艦と戦っていたわ。
「そんなわけないでしょ。東シナ海以降は煙草を吸っても深海棲艦とは遭遇しなかったからインド洋から南シナ海にかけては偶然、運が悪かっただけよ」
「そら東シナ海は完全に人類の勢力圏やからな。深海棲艦と遭遇する方が問題や」
東南アジアの勢力図は複雑だ。マラッカ海峡、シンガポール海峡は完全に人類の勢力圏だけどジャワ海は人類と深海棲艦が睨み合いを続けている。他には東ティモール周辺、バンダ海とティモール海なんかはほぼ完全に深海棲艦が占拠している。しかしパプアニューギニアとオーストラリアの間、アラフラ海は人類側の勢力圏となっていてその逆側に位置するソロモン海は知っての通り深海棲艦の勢力圏。東南アジアの状況はカオスに尽きる。島そのものは殆ど全て奪還済みだけど5年前に二水戦が東南アジアを主戦場としていた頃と比べて制海権を握っている範囲は減少している。
「本来なら南シナ海も人類が制海権を握っていたはずなんですけどね」
「3年前にスンダ海峡で深海棲艦の艦隊とスマトラ、ジャワの2つの警備府の連合部隊58隻が戦い大敗、スンダ海峡は深海棲艦の出入り自由になり南シナ海は深海棲艦に脅かされるようになりましたから仕方ないんじゃないですか?」
深海棲艦側は戦艦レ級1隻、ル級が2隻、空母ヲ級1隻を中核とする艦隊で数は60隻前後とほぼ互角だった。
空母の護衛を考えると前線における戦力はむしろ人類側有利だったけど運の悪い事に人類側には空母がいなかった。スマトラ警備府は空母を保有していたけどその虎の子の1隻が入渠中で作戦に参加できなかった事がこの戦いの勝敗に大きな影響を及ぼすことになった。
「あと少し、私達が着くのが早ければ勝っていたのは人類だったはずなんだけど……」
この戦いに私は援軍として派遣されている。別の任務で偶然シンガポールにいて一番近い二水戦が当時私の所属していた中隊だったからだ。
「もう3年前なんか。陽炎がえらい悔しがっとったん覚えとるわ」
「そりゃね。あの規模の戦いはいくら二水戦とはいえ経験できる機会はそう多くはないわ。何より私達が参加できていれば僅差ではあったかもしれないけど戦略的勝利を得ることができたはずよ」
この戦いにおける深海棲艦の被害は駆逐艦が8〜12隻、軽巡1隻が轟沈、戦艦ル級が大破した他中小破が30隻ほど。
対してスマトラ、ジャワ連合部隊は駆逐艦23隻、軽巡1隻、重巡3隻が轟沈。戦艦2隻と重巡1隻、軽巡1隻、駆逐艦5隻が大破している他にも中小破艦多数で無傷の艦娘はゼロ。
大敗と言っていいけど人類側の勝利条件は敵艦隊の壊滅ではなくスンダ海峡の制海権を維持する事だ。二水戦がいればそれがなしえた事疑いようがない。
「二水戦側の被害もなかなかひどい事になりそうやけどな」
「そりゃね。敵は私達の約4倍。正面からぶつかれば数で負けるけど魚雷や機雷を駆使して遅滞戦闘に努めれば周りの味方が到着するから敵は引かざるを得ない。私達ならそれくらいの時間は稼げるわ」
「数の上で互角であることにかまけて警備府の人達はそれをせず正面からの決戦を望んだから負けたという事ですか」
「その通りよ親潮。たとえ全滅しようが戦果を得れなかろうが要は戦略的勝利を得れればいいのよ。親潮、雪風、2人ともよく覚えておきなさい、貴女達もいずれはもっと規模の大きな部隊を率いる事になるのだから」
実のところ二水戦は戦術的敗北なら何度もしている。例えば北極海を奪還した際には二水戦の約半数が轟沈しているし東南アジアでの数々の戦いで二水戦は何度も戦術的に負けている。それ以上に勝ってるけどね。
だけど戦略的敗北は数えるほどしかない。二水戦が最強たる所以がこれだ。いくら被害を受けようとも戦略目的は必ず達成する。それくらいの信頼が二水戦にはあった。
「ほんまなら二水戦が水雷戦隊単位で動くことなんかそうそうないわけやからな」
「よくて中隊、大抵の場合は駆逐隊単位での行動を基本としていたわね」
ほんと、あの頃が懐かしいわ。経験豊富な中隊長や駆逐隊司令の下で指揮艦としての経験を積み各地へ派遣されるという好循環が造られていた二水戦が。
「本来の二水戦はそれだけでも十分戦局に影響を及ぼすほどの力がありましたけど生憎それができる指揮艦が陽炎以外だと私と黒潮しかいませんから」
不知火の言う通り、最低限の指揮ができるのはこの2人だけね
「ウチかてそんな自信ないけどな」
「そうね」
「そこはそんな事ないって言うとこやろ」
「だって事実じゃない。黒潮は二水戦に入ってからはずっと私の指揮下にいたから実践指揮なんて今回を除けば指揮なんて4年くらいしてないでしょ?」
私の言葉に黒潮は方をすくめた。
「まぁそうやな。それやって駆逐隊の指揮やし中隊規模となると流石にした事ないわ」
「私も中隊規模は演習でしか指揮した事がないですから実践指揮は今回が初めてですから実践指揮の点では黒潮と同じですね。陽炎はどうなんですか?」
不知火の問いかけに口元に手を当てて考えると私もあまりした事がない事に気がついた。
「……そういえば派遣先で現地部隊を統合して指揮した事はあるけど水雷中隊の指揮はないわね」
二水戦は即応戦力として各地に駆り出されるが同時に複数泊地での合同作戦などでは連合部隊の指揮を取る事もある。それで巡洋艦などを指揮下に収めて約30隻ほどの部隊を率いた経験なら何回かあるけど二水戦のように水雷中隊や水雷戦隊として編成された部隊を指揮したのは今回が初めてだ。
「こう改めて話してみると今の二水戦は指揮艦が少ない以前に部隊の指揮を教えられるものがいないのね」
「強いて言うなら私と陽炎ですか」
「一度呉で神通さん達に相談すべきかもしれないわね。日本海軍の即応部隊たる二水戦が水雷戦隊規模でしか動かないなんで大問題だわ」
かつての二水戦と比べるべきではないのかもしれないけど私としては再建するからには栄光ある二水戦実力だけでも匹敵するものにしたい。
それが二水戦第18駆逐隊司令としての、生き残った唯一の指揮艦としての務めではないだろうか。
「なんか大層なこと考えてそうやけどそう深く考えんでええんとちゃうか」
黒潮の言葉に思わず眉を顰めた。
「何考えてるんかはだいたい想像つくけどどうせあの頃の二水戦には戻れへん。今の二水戦にあった運用を上層部にはしてもらう事にしてウチらはその範疇で頑張るべきや」
「たとえ中身が変わっても二水戦はこの世界において最強でなければならない。それは絶対条件よ。伝統と誇りは捨てても実力まで捨てるなんて絶対にあり得ない」
私の答えに黒潮は肩をすくめた。
「まぁ、その方が陽炎らしいわな」
「実力が高くて悪い事はないですけど問題は部下達がそれについていけるかどうかですね」
「まぁ、なんとかなるでしょ。私が現役の内に部分的にでも駆逐隊単位での二水戦の派遣を再開したいものね」
でないと二水戦がそれをする機会は永遠に逸するこのになるに違いないのだから。